エピローグ 聴いて! あたしのソプラノっ!(5)
その小さな箱のフタが、彼のキレイな指でそっと開けられる。
すると、そこにあったのは、可愛らしい指輪。
銀色のリングの上に、イチゴをかたどった赤い石が輝いている。
「婚約指輪だぞ? オモチャだけどな。本物は、ちゃんと自分で働いた金で買うから、ちょっと待っとけ」
ダメだ。
泣きそう。
もう……、言葉が出ない。
「これでもう逃げられないぞ? 覚悟しとけよ?」
そう言いながらそっとあたしの左手を取って、その薬指に指輪を滑り込ませる聖弥くん。
思わず上を向いて、トンとかかとを鳴らした。
「なっ、なにそれ、そっちこそどっか行ったら許さないんだから」
ワーッと起こる拍手。
もう、恥ずかしいっ!
ううう……と唸って固まっていると、聖弥くんがジャンプして、またステージの上のあたしの横に並んだ。
そして、指輪が光るあたしの手に握られた、ビニール袋の鉢を覗く。
「お父さんのイチゴ、よかったな」
「うん」
お父さんが、あたしのために植えてくれたイチゴ。
お母さんのことが大好きなお父さんが、お母さんに残した命のイチゴ。
そして、あたしと聖弥くんを引き合わせてくれた、あたしの歌をずっと聴いてくれていたイチゴ。
見上げると、窓から覗くお母さんが、目じりにそっと指をあてながら、うんうんと頷いていた。
「さぁ、ひなっ、聖弥くん、歌うのよっ! オジサマっ、伴奏をっ」
「よしっ!」
「お母さまっ、お聴きになってっ! ふたりのっ、『翼をください』をっ!」
しなやかなピアノ。
聖弥くんの手が、ギュッとあたしの手を包む。
そしてその指が、トントンと小さくリズムを刻んだ。
温かい、彼の手。
あたしが、ちゃんとあたしで居られるように、ぜんぶあたしのせいだって言わせないように、いつもふんわり包み込んでくれる、優しい手。
あたし、もう、自分のことが嫌いだなんて言わない。
あたしなんて生まれてこなければよかったなんて、絶対に言わない。
お母さん、あたしを産んでくれてありがとう。
素敵な夢をくれてありがとう。
お父さんの夢は、お母さんの夢になって、そして、あたしと聖弥くんの夢になった。
あたし、イチゴが大好き。
聖弥くんと出会わせてくれた、お父さんのイチゴが大好き。
そっと聖弥くんを見上げた。
「聖弥くんの歌、毎日このイチゴに聴かせてね?」
彼も、すっとあたしを見下ろす。
「日向も一緒にな」
「うんっ。あたし、イチゴ大好き。聖弥くんは?」
「もちろん。特に……、透き通った歌声が素敵な、可愛いちっちゃなイチゴが大好きだな」
「あはは」
聴いて、お母さん。
聴いて、お父さん。
あたしの本当の歌声、あたしの本当の『ソプラノ』。
まっすぐ前を向いて、大きく息を吸った。
ふたりで奏でる主旋律が、この大空のずっとずっと向こうまで届くように。
おわり




