4-2 もうっ、いっぱい抱きしめてやるっ!(4)
「それから俺は、カーテンを開けるようになった。部屋の中が明るくなって、歌声で気分もよくなって……。そうしているうちに、俺はとうとう……」
「彼女を見つけたんだ。ちっちゃなイチゴのような、とても愛らしい彼女……。温室の中で、まるで植物に語り掛けるように優しい歌声を響かせる……彼女を」
「親から言いつけられているのか、毎日、忙しそうに家事をこなしているが、それでいてまったく辛そうにしてなくて、弟たちと楽しそうに笑い合って……」
「来る日も来る日も、俺はその歌声に耳を傾けた。よく聞こえていたのは、『翼をください』だな」
「毎日が地獄のように辛いのに、その透き通るような歌声に包まれたとたん、俺の傷だらけの心はあっという間に癒えていくんだ」
「彼女を見つけて、俺の日常は一変した。あの部屋に行くのが楽しくて、彼女の姿を眺められるのが嬉しくて……」
「俺は、彼女に救われた」
「その秋になって、俺は勇気を出して隣の山家さんに彼女のことを尋ねた」
『隣の子、よく歌ってますね』
『ん? ああ、隣の農園の娘さんだよ』
『ふぅん。中学生くらいですか?』
『うん。聖弥くんのひとつ下、いま中学三年生だね。来年はそこの県立高校を受験するって言ってたな』
「そのとき、俺は急に思ったんだ」
『彼女と同じ高校へ行きたい』
「本気でそう思った。笑えるだろ? 突然、あふれるように思ったんだよ。そして、母親が望んだ名門私立は一切受けないと、そう決めたんだ」
「このことは、父さんにだけ話した。父さん、ゲラゲラ笑ってたな」
『まぁ、男にはそういうロマンも必要だ。その子と知り合えたらいいな』
「同じ高校へ行けたとしても、知り合う機会は訪れないかもしれない。それ以前に、彼女が別の高校へ行ってしまうかもしれない。それでも構わない。少しでも彼女のそばへ行きたいと願ったこの気持ちにまっすぐに向き合おう、そう思った」
「そして偶然にも、俺の願いは叶ったんだ」
「廊下に居た彼女を目で追っていたら突然バッグが飛んできて……、部屋で寝ていたら夜明けにニワトリと一緒に彼女が飛び込んできて……、音楽室の掃除に小夜除けを使ったら代わりに彼女がやってきて……」
「彼女がずいぶん大事なお金を落としてしまって、差し出がましく俺が立て替えたこともあったな。なけなしの生活費だったけど、それでしばらくメシが喰えなくても構わないって、本気でそう思った」
「それから一緒に交番へ行って、そして招待されて夕メシをご馳走になって……、もうずっとドキドキの連続だった」
「彼女の料理、最高に美味いんだぜ? なんか、ちょっとドジっ子系かと思っていたのに、めちゃくちゃ料理が上手くて、弟たちから慕われてて、家庭的で温かくて……」
「正直、こんな素敵な子が現実に居るなんて、信じられないって思った」
「そして、もっと信じられなかったのは、夢の話だ。彼女と、彼女の弟たちが語った夢……」
「その夢に、俺はもうこれ以上ないくらいに打ちのめされた。それぞれが思い合い、その夢はぜんぶ愛する誰かの幸せに繋がっている……。こんな素敵なことはない」




