3-2 それって、もしかしてプロポーズっ?(4)
うわ、小夜ちゃんがドン引きしてる。
三条くんには言ったのよ? そんなことしなくていいって。
そしたら、「なにごとも経験だ」って言って、翔太と晃にいろいろ教わって、いつの間にかやってくれるようになって。
「家はこっちだ」
なぜか我が家を案内する三条くん。
キョロキョロと周りを見回しながら、肩をすくめて歩く小夜ちゃん。
初めて来る人は、この先に家と農園があるなんて思わないよね。
雑木林のトンネルをくぐって庭へ抜けると、見慣れた我が家が姿を見せた。
右を見ると、庭の向こうに鶏小屋と温室。
そして、その先の石垣の上には、山家さんと三条くんのアパート。
もうずいぶん日が傾いて、アパートは山家さんの部屋にだけ灯りが点いていた。
どうも話からすると、小夜ちゃんはあのアパートで三条くんが独り暮らししていることを、まだ知らないらしい。
面倒くさくなりそうなので黙っておこうかな。
「日向、温室を見せてもらっていいか?」
「うん」
庭を横切って、温室の前へと向かう。
ローファーが砂を踏む音が、静かな庭に、ザッ、ザッと響いた。
見上げると、アパートの向こうの柔らかな藍色の空に、姿を現したばかりの一番星。
温室のドアに手を掛ける。
ドアのガラスに、あたしの後ろに立っている三条くんの顔が映った。
そのさらに後ろに、まだキョロキョロとしている小夜ちゃんも映っている。
ドアを開けた。
もわっとほっぺを包む湿気。
入口のすぐ脇にあるスイッチに触れて、通路の上にぶら下がっている照明を点ける。
温室の中がふわりと黄色い灯りに包まれて、中央の奥に長い通路が幻想的に浮かび上がった。
「三条くん、どうしたの? 急に温室なんて」
「俺、お母さんの夢、ちゃんと聞かせてもらった」
「え?」
照明で浮かび上がった真ん中の通路の両側は、いろんな花や野菜たちが肩を並べて楽しそうにしている。
奥のほうは、直に土に植えている背の高い野菜たち。
手前のほうは、トマトやチューリップの水耕栽培。
その水耕栽培の箱の右側、沈んでいくお日さまが今日の最後の光を残してくれているその場所へ、三条くんがあたしを追い越してゆっくりと近寄った。
「日向、これがお父さんのイチゴだろ?」
「うん」
あまり人には見せない、みかけの悪いイチゴたち。
三条くんが、そのところどころ白くなっている、いびつな形のイチゴのひとつを手のひらですくい上げた。
小夜ちゃんは、あたしの横で固まっている。
「日向、これ、食べていいか?」
「え? うん」
この数週間、もうなん百個とイチゴを摘んできた、三条くんの手。
その手が、とってもしなやかにイチゴを包んでひっくり返すと、へたに繋がった茎を優しく下へ引っ張った。
ふわりと彼の手のひらに落ちた、お父さんのイチゴ。
慌てて小夜ちゃんが三条くんに駆け寄る。
「ちょっとっ、そのイチゴは病気よっ? お腹壊しちゃうのっ!」
壊しません。
逆に、なにも薬品を使ってないんだから、体にはいいのです。
パッと伸ばした小夜ちゃんの手をよけて、三条くんはお父さんのイチゴを口に放り込んだ。
お父さんのイチゴは、ちょっと酸っぱい。
しゃくりと舌の上に果肉が広がると、少し遅れてみずみずしい香りが湧き上がってくる。
「うん。旨い。お母さんが、このイチゴは『日向そのもの』だって言ってたよ。今日、お母さんの話を聞いて、ようやく俺が抱えていた違和感の謎が解けた」
謎?
手を伸ばしたまま、「ハァ?」という顔をした小夜ちゃん。
三条くんは、ちょっと笑っている。




