プロローグ イチゴのパンツなんて履いてません!(3)
「別に、俺は怒ってなんかない」
後ろ姿越しに聞こえた、彼の言葉。
え?
そんな怖い顔しているのに、怒ってないの?
「あはは、それでいいわ。こんなことでちっちゃな女の子相手に怒りまくってたら、それこそ男としての器を疑うわ」
先生、もう一度言いますが、あたしは今年度で十六歳になる高校一年生です。
「あ、そうそう、あんたたちふたりとも、このことは必ず保護者に話しておくのよ? 学校からも連絡するから」
そう言って先生がクリアファイルでパタパタと顔をあおぎながらニコリとすると、なぜかずっと窓のほうを向いていた彼が、ゆっくりとこちらを振り返った。
その鋭い視線が先生に向く。
「俺は親には言わない。学校からの連絡もやめてくれ」
きょとんとした先生。
そして、彼が立ち上がりながら頬から離したハンカチタオルを先生へと突き出すと、今度は先生の顔がみるみるうちに絵本の赤鬼みたいになった。
うわぁ、怖いぃ。
「はぁ? 『やめてください』でしょ? あんた、敬語もできないの? これは大人の事情も絡むんだから、絶対に言わないとダメ。学校からも絶対連絡するから」
彼はまっすぐ下ろした両手をグッと握って、それから先生を見下ろしていた目をゆっくりとあたしへ向けた。
またドキッとする。
「お前も言うな」
乱暴な言葉とは全然違うキレイな瞳。
なぜかちょっと息が詰まって、あたしは思わず下を向いた。
床だけだった視界にすっと彼の足が見えて、あたしは慌てて一歩後ろへ下がる。
顔が上げられない。
「あああ、あの、あたしのお母さんは、絶対、三条くんのお父さんお母さんに謝らないとって言うと思う。だだだ、だから――」
「俺の親に関わるな。ろくなことにならない」
あたしの言葉に重なって、顔のすぐ横を彼の声が通り過ぎてゆく。
その声を追ってそっと顔を上げると、もう彼は出入口の取っ手に手を掛けて、顔をこちらへ向けていた。
「先生も、俺が誰だか知ってるんなら、俺の親の話も聞いてるだろ。担任に絶対連絡するなって言っておいてくれ」
「あのねぇ、そういうわけにはいかないのよ。まぁ、あんたがそこまで言うなら、一応、担任の若宮先生には話しとくけど」
先生の言葉に、小さく頭を下げた彼。
そして、顔を上げた彼の瞳はチラリとあたしに向いたあと、すぐにゆっくりと閉じられた戸の向こうに消えた。
思わず下唇を噛む。
あたし、どうしたらいいの?
「先生……、お母さんに言わないほうがいいですか?」
「うん? 宝満さんは、ちゃんとご両親に言ってよね。ちゃんと両方によ? 片方の親にしか伝わらなかったことまで学校のせいにされちゃうことがあるんだから」
「そんなことあるんですかっ? えっと、でも、うちはお父さんは居ないんで、お母さんにちゃんと伝えます」
「あ、ごめんね? こういうことがあるから、生徒には『保護者』としか言うなっていつも言われてんのに。許して。そういえば自己紹介してなかったね。私は養護教諭の水城。よろしくねぇ」
「先生、本当にすみませんでした。今度、翔太を連れてきます」
「あはは」
翔太の事を思い出して、また大声で笑い出した水城先生。
あたしは先生に深々とおじぎをして、それから行儀よく保健室を出た。




