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狗狼丸-KUROMARU-  作者: T.ezu
8/16

Quest3 阿弥陀の継承者達

「邪気、退散!」

 気合一閃、香子の刃が魔人を切り裂いた。

「口惜しや、ただの人間に妾が・・・」

 その先を言うことはできず、魔人はあぶくとなって崩れ落ちた。

「いよっ、お疲れさん!」

 俺はそう言って香子の肩を叩いた。

「ええ、どうも」

 香子はそっけなく返す。どうも俺とはノリが合わないらしい。肩をすくめ、俺は足元の健吾に手を差し伸べた。

「Kiddo、立てるか?」

「あ、うん」

 健吾はそう言うと自力で立ち上がった。まあ、それができんならそれに越したことはない。

「皆無事だな。なら悪いが至急撤収だ」

 遥亮は息も絶え絶えながらにそう言って俺たちを急かした。俺たちは小走りでワゴンに乗り込み、誠治の別荘へと向かっていった。


 これが俺のアミダフォースの一員としての最初の闘いだった。帰りの車中、俺は隣に座っていた葵に言った。

「慣れたもんだな」

「は、はい?」

 葵は一瞬肩をビクッと上げて答えた。俺そんな変なタイミングで話しかけたかな。

「いや、訓練も受けてないだろうに随分闘い慣れてるんだなと思ってさ」

「あ、あたしはそんな全然だめです。城田さんとか木本さんはずっと前から闘ってるから慣れてるんでしょうけど・・・」

「いや、そんなことはないよ」

 運転席から遥亮が言った。ミラー越しに視線が合う。

「僕が阿賀野さんに誘われたのは二年ちょっと前だからね。城田さんに比べればまだまださ」

 遥亮は助手席の香子に目をやった。香子は視線を外に向けたまま気怠げに言った。

「私は六年前、誠治さんに命を救われてから」

 六年か、四人の中でも突出して強い印象を受けたのはその歳月のなせる業ってわけだ。

 それと、と香子は鋭い調子で付け加えた。

「訓練は当然しています。誠治さんが何の心得もないまま私たちを闘わせるわけないでしょう」

 俺にはなかったんだけど、とは言わないでおく。まあ昨日の今日だから状況的に仕方ない部分もあるしな。

「皆もあいつに助けてもらったクチなのか?」

 俺は誰にともなく問いかけた。ああ、と答えたのは遥亮だ。

「僕は二年前まで旅客機のパイロットだったんだが」

 へえ、かっこいいな、と俺は思わず口を挟む。照れ笑いをして遥亮は続けた。

「鳥、というよりはムササビかな、そんな感じの魔人に飛行機が墜落させられそうになってね。偶々乗客として居合わせた阿賀野さんに助けてもらったんだ」

「どうやって?誠治には陰陽師としての力はないんだろ?」

「あくまで戦う力がないだけで、攪乱くらいならできるらしい。あの時は結界で魔人から飛行機を見えなくしたって言ってたかな」

 大したもんだな、と俺は呟く。それができるのになお破邪の五宝が使えないとなると、人類の霊的な力は千年前からは想像もできないくらい下がってしまったんだろう。

「あんたは?」

 俺は葵に言った。葵はどもりながら答えた。

「あ、あたしは一年前閉館後の見回りの時に、あっ、あたしドルフィントレーナーだったんですけど、その水族館が閉まった後の見回りの時にイルカを食べてる魔人を見つけて」

 薄暗い水族館の中、人知れずイルカを喰らう異形の者との邂逅か。ぞっとする話だ。

「誠治さん、あっ後城田さんと遥亮さんが助けてくれたんです」

 二人でも倒せる魔人で良かったよ、と遥亮が言った。

「健吾は?」

 俺は葵の向こう側にいる少年に言った。

「オレは、普通に誘われただけで」

 そう言った切り健吾は口を開かなかった。疑問はあるが、無理に聞き出す必要もないだろうと俺は判断した。


 疲労からか口を開くもののいなくなった車内で、俺はふと手に握った棍を見つめた。

「すごい力だろ」

 俺は顔を上げ、運転席を見やった。

「ああ、そうだな」

 魔人の頑強な外皮すら焦がす紅蓮の業火。確かにとんでもない力だ。

「遥亮のそれは手斧ハンドアックスだよな。さっきはよく見えなかったんだけど、それもなんか出してたのか?」

 我ながら漠然とした問だったが、遥亮には伝わったらしい。

「ああ、それには風を操る力がある」

 それ、と言って遥亮は顎先をトランクに、正確にはそこにある手斧に向けた。風か、見えないわけだ。

「誰かがピンチになったら風で吹き飛ばすのが僕の役割だ」

 宍野君には必要なかったがね、と遥亮は付け加えた。俺は隣で眠る葵と健吾を見た。葵は両手に短刀を握り、健吾は手甲を装着して闘っていた。つまり、よりにもよって如何にも闘いに不慣れそうな二人が接近戦を強いられる武器を受け継いでいたのだ。にもかかわらず二人が重傷を負わずにすんでいるのは遥亮のサポートの賜物なのかもしれない。

「葵の短刀ダガーから水が噴き出てたのはわかった。でも、健吾のあれはなんだ?」

「大地に働きかける力があるって阿賀野さんは言ってたな」

 ふんふん、と俺は頷き、したり顔で言った。

「で、香子は雷か」

 遥亮は苦笑いをしつつ首を振った。

「僕も最初はそう思ったんだが、実際は金らしい」

「キン?大腸菌とかか?」

「ゴールドって言った方が良かったな」

 ジョークの不発を内心悲しみながら俺はまた問いかけた。

「ああ、goldね。じゃああの電気はなんなんだ?」

「金に空気中の静電気を集中させてどうこうって言ってたが・・・詳しく知りたかったら阿賀野さんに直接聞いてみな」

 ああ、そうだな、と俺は言った。ヘッドライトの先に別荘の明りが小さな点として見えていた。


 誠治の別荘での生活は思いの外快適だった。俺が共同生活に慣れているのも大きいかもしれない。なんせ大学ではずっと寮生活だったからな。

 戦略や呪術的な話を取り仕切るのは誠治だったが、生活面での長は遥亮だった。

「一人暮らし長いからな。家事は慣れてる」

「wife《嫁さん》はいないのか?」

「うるせーやい」

 驚いたのは香子が高校生だったことだ。二年生だから俺の六つ下ってことになるな。雰囲気の割に若い。

「私としては学校よりもアミダフォースとしての活動に集中したかったのですが」

「ボクが止めたのさ」

 Why?と俺は問うた。

「魔人の殲滅は闘いのゴールであってキミたちの人生のゴールじゃない。いつかは香子も社会に戻らなければならないんだ」

「その時のために学校は卒業しておくべき、ってことか」

 その通り、といって誠治はウインクした。仕草はともかく思想には賛成だ。あんたいい奴だな、と俺は呟いた。微笑む誠治のことを香子が熱っぽい視線で見つめていた。

 だがそうなると健吾の境遇が不可解になってくる。見たところ十代前半だろうに、日がな一日部屋にこもって学校どころか外にすら出ない。

「オレは、家で勉強してるんで」

 健吾が俺に口をきくようになったのは偶々俺とゲームの趣味が合うと判明してからのことだった。

「Homeschoololingってことか?日本でも合法になったんだな」

 Homeschoolingは学校に通わず家庭内で初等教育を終えるシステムを指す。アメリカでは一般的だが、日本にはまだ導入されていなかったはずだ。

「まあ、そんなとこ」 

 そう言いながら健吾は淡々とコントローラーを操作する。画面内ではスモウレスラーがツッパリの嵐をカウボーイに叩き込んでいた。俺は既に逆転を諦めて床に寝ころんでいた。


 勿論そんな長閑のどかな日々ばかりが続くわけではない。魔人の脅威は常に俺たちの隣にあった。東には海中に潜み船を転覆させる魔人が、西には樹々の間から人間を拐かす魔人が。ネット上の有象無象の情報を頼りに、あるいは誠治の超自然的な勘に従い俺たちは魔人との闘いに赴いた。

 二回目の闘い以降、俺は共に闘う仲間の動向にも気を配るよう努めた。一糸乱れぬ、とは言えないまでも中々統率の取れたチームだと感じれらた。

 司令塔は香子だった。平時では口数の少ない少女だが、戦闘においては絶え間なく指示を飛ばし、それでいて自身も先頭に立って闘うことが多い。本人のセンス・努力もあるかもしれないが、どうやら誠治と念話テレパシーで繋がっているらしく、それが冷静で的確な判断を可能にしているとのことだ。そんな便利なことができるなら俺たちにもテレパシーを繋げてくれと誠治に言ったのだが、相性が良くないとできないとの由。

 遥亮は本人の弁の通り、専ら後衛についている。態勢を崩した仲間を吹き飛ばしたり、魔人の不意をついて隙を作ることに長けているようだ。

 葵は中距離を維持して闘っていることが多い。前に出るのは怖い、しかし後ろから的確に攻撃できるほどの技術はないのだと本人は語っていた。

 健吾は、本当なら極力戦闘に参加したくないんじゃないだろうか。しかし、与えられた力が肉弾戦を強要する以上、誰よりも前に出て戦わざるを得ないようだ。ただ、純粋に運動神経があまり良くないらしく、遥亮や俺の支援でギリギリのところで命を拾っている。


 しかしやはり終わりなき闘いは俺たちの精神を摩耗している。それでもなお表面上穏やかに過ごせているのは、狗狼丸を倒せば状況が好転するのではないかという淡い希望を抱いているからだ。そして今日も俺たちは魔人との闘いに赴き、そしてそれが狗狼丸でないことに落胆するのだ。

 ざぶん、と俺は湯船に身を沈めた。シャワー派を貫いていた俺だが、数か月の日本暮らしは風呂の魅力を知るのに十分な歳月だった。

「宍野さーん」

 脱衣所から葵が言った。なんだ、と俺は答える。

「柚子、つつかないでくださいね」

「ユズ?これか?」

 俺は湯船からオレンジのような果実を拾い上げて戸を開けた。

「そ、それです。皮が破れると掃除が大変になっちゃうので・・・・」

 わかってるって、そう言いながら俺は柑橘の爽やかな香りを胸いっぱいに吸い込んだ。あたしは闘いも家事も苦手でダメだ、と葵は言う。しかし今日の柚子風呂をはじめとする細やかな気遣いは確実に俺たちの生活を潤してくれていると俺は思う。


 風呂上がり、自室で髪を乾かしている俺のもとに葵が訪れた。

「そ、そのお怪我大丈夫かなと思って」

 ああ、と俺は言った。今日の闘い、俺は葵を庇って背中に手傷を負っていた。といっても大したものではないが。誠治曰く、俺たちが負うべきダメージの大半は破邪の五宝が肩代わりしてくれているのだという。そうじゃなきゃ魔人の攻撃をまともに食らって五体満足でいられるはずがない、さもありなんといったところだ。

 葵は軟膏を俺の背中に塗ってくれた。手が届かず難儀してからありがたい。

「それ、なんですか?」

 葵はベッドの上の横笛を指して言った。

Wellああ、なんていうか俺のお守り?みたいな」

 笛、ですよねといいながら手を伸ばす葵に先んじて俺は横笛を手に取った。

「骨董品でね。ご先祖様が使ってたらしい」

「・・・ああ!ごめんなさい」

 いや、別にいいんだと俺は返す。

「吹けるんですか?」

 そう言って葵は横笛を構える仕草をする。俺は頷いた。

「でもこの笛は壊れてるみたいで・・・ま、あくまで『お守り』ってことだわな」

 そうなんですか、と葵は言う。

Granpaじいちゃんは吹けるんだけどな」

「おじい様は日本の方?」

 うーん、と俺は呻った。

「いや、確かgreat-grandpaひいじいさんの代にアメリカに帰化したから、grandpaは日系Americanだな。俺と同じ」

 あら、そうだったんですね、と言って葵は微笑んだ。

「宍野さんが日本語上手なのもご家族に教えてもらったから?」

 明里でいいよ、そう言ってから俺は答えた。

「まあ、そんなとこだな。ついでに笛の吹き方もな」

 なあ、と俺は手に持った笛に向かって言った。葵はそんな俺を見てクスクスと笑った。そこから話題は葵の家族に移り、いつしか夜は更けていった。


 それから数日後のことである。

「皆、狼の尾を掴んだよ」

 夜も二時を過ぎたころ、俺たちを集めるなり誠治が言った。

「遂に、狗狼丸と決着をつける日が来たのですね」

 香子は額に汗をにじませていった。

「ああ、ボクの式神が満身創痍の魔人を見つけたんだ、場所は・・・」

 誠治はこの別荘からほど近い海岸の名を告げた。俺たちは例によって遥亮の運転するワゴンに乗り込んだ。

「で、なんであんたも着いてくるんだ?」

 後部座席はスシ詰め状態になっていた。普段より一人乗客が多い、つまり誠治が乗っていたからだ。

「宿縁の終わりを見届けない手はないだろう?」

 怪我したらどうすんだよ、と俺は言った。

「怪我なんてさせません」

 香子は剣を握り締めた。

「私が、必ず護ります」

 俺はこっそり鼻を鳴らした。視線を窓の外に移す。銀色の満月が俺たちを照らしていた。


 誠治を車中に残し、俺たちは砂浜を探索した。

Guysみんな!」

 昔ナショナルジオグラフィックで浜にうちあがり腐乱したクジラを見たことがあるが、俺の目の前のものはそれを思い起こさせた。

「魔人の、死体か?」

 遥亮が言った。俺は首を振る。

「いや、魔人は死んだら、というか厳密には死なないけど、魔界に還るんだろ?」

「ならとどめを」

 そう言って香子は剣を構えた。俺は彼女を手で制止した。

「いや、多分これは罠か、あるいは・・・」

 メッセージか、そう俺が言おうとしたその刹那、海から平べったい頭部を持つ鮫のような影が飛び出し、あっと言う間に魔人を冷たい水底みなそこへと引きずり込んでいった。

「待ちわびたぞ、阿弥陀衆」

 地獄の底から聞こえてくるような声に、俺たちは振り向いた。

 その姿は以前絵巻で見たものとよく似ていた。狼を思わせる相貌、額に生えた猛々しい一本の角、その名は。

「狗狼丸・・・!」

 香子は歯ぎしりしながら言った。

「待ちわびた、か俺たちはまんまと釣られたってわけだ」

 俺は呟いた。どんな目的があってか知らないが、狗狼丸は俺たちをこの海岸に呼び出すために、あの魔人をボロ雑巾にしてわざわざ目につくところに打ち捨てておいたのだろう。

「我が千年の恨み、今こそ晴らさん!」

 言うなり!狗狼丸は隼のようなスピードで俺たちの眼前に躍り出た。

「家族の仇!」

 香子は鍛えぬいた剣技でそれを迎え撃つ。しかし、狗狼丸は抜刀すらせずに斬撃の嵐の真っ只中に身を置き、そしてその全てを躱した。

「牡丹か」

 そう言って狗狼丸は香子の剣を掴んだ。

「なっ・・・!」

 バチバチと狗狼丸の腕に黒いスパークが発生し、次の瞬間それが剣を伝って香子の全身を包み込んだ。 

 香子の絶叫が暗い砂浜に響く。

「やめろおおおお!」

 遥亮が飛び出した。俺たちも武器を構えて続く。

「返すぞ」

 そう言って狗狼丸はぐったりとした香子の肉体を遥亮に投げつけた。スパークが遥亮に伝播し、遥亮もまた絶叫する。

 狗狼丸は二人に向かって容赦なく刀を振った。パリィと何かが弾ける音が二連続で聞こえた。

「次は俺だ!」

 俺はそう叫んで棍を狗狼丸に向けた。紅蓮の閃光が走り、狗狼丸の体が炎に包まれた。

「葵!健吾!油断するなよ!」

 俺は両脇にいる二人に言った。その時、ウオオオオン、という遠吠えが大気を揺らした。

「No wayマジかよ・・・」

 赤い炎がみるみるうちにドス黒く染まっていく。いや、それだけじゃない。何かを形作っている。

 それが狼のかおだと気づいたその瞬間、黒い狼炎が俺たちに襲い掛かってきた。

「二人ともあたしの後ろに!」

 葵が俺たちの前に出てダガーを振るった。激流が渦を巻いて炎をかき消した。大量の蒸気が辺りに満る。

「狗狼丸は、どこに?」

 葵が呟く。答えようとしたとき、俺は喉に何かがつっかえたような息苦しさに気づいた。

「・・・に、逃げ・・・」

 だが、もう遅かったみたいだ。黒い蒸気が葵と健吾に周囲に集中していく。瞬きする間に、蒸気は狗狼丸へと変わった。その腕に葵と健吾を捕えている。

「放せ・・・」

 俺は息も絶え絶えに言った。狗狼丸は一顧だにせず、腕をひねった。再びパリィという音が響く。

「You,assholeクソッタレ!」

 俺は棍をより一層強く握りしめた。棍が業火を纏い、狗狼丸に復讐の一撃を叩きこむ。しかし、狗狼丸の刀が容易にそれを受け止めた。そして、恐るべき魔人の拳が闇を纏って俺の腹に打ち込まれる。酸味と刺激臭が口いっぱいに広がる。薄れゆく意識の中、雅な音色が海岸に響き渡るのを感じた。


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