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狗狼丸-KUROMARU-  作者: T.ezu
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Final Quest 旅立ち

「よっ、就職おめでとう」

「ありがとう、明里君」

 日本の地方都市にある空港で、俺は遥亮と再会した。アミダフォースが解散して以降、直接顔を合わせるのは久しぶりのことだった。

 遥亮の再就職は難航したと聞く。パイロットという特殊技能を持っているとはいえ、二年のブランクはデカいということだろう。昔の伝手をたどりながら、なんとか業界では中堅どころの国内線専門の航空会社に就職できたと先日電話があったのだ。

 ぶっちゃけ、キャリアとしては以前の会社より一段劣るのは間違いない。しかし、遥亮の顔は晴れやかだった。

「いい機会だ。じっくり平和な世界を満喫することにするさ」

 遥亮はそう言って仕事へ戻っていった。


 ドパンッ、と鈍い音がして猛烈な水飛沫が舞う。最前列に座っていた俺は一瞬でびしょびしょになってしまった。こんなことなら素直にレインコートを買うべきだったな。

 プールの向こう岸では、見事な大ジャンプを見せたイルカを葵が撫でていた。

 遥亮とは対照的に、葵の再就職はかなりあっさりと決まった。なんでも、元々勤めていた水族館でベテランドルフィントレーナーが丁度辞職したとか。まあつまり、再就職というか復職したと言える。

 今日は葵が復職して四度目のショーだったらしい。

「ようやく勘が戻ってきました」

 水族館のラウンジで葵はそう言った。

「十分すごかったけどな」

 お世辞抜きで俺は言った。

「いえ、まだまだです。あの子も新人さんだし、あたしが引っ張っていかなきゃ」

 あの子、とは現在葵が調教しているイルカのことだ。この水族館に来たばかりのイルカで、葵が最初のパートナーになったとの由。

「ふふっ」

「どうかされましたか?」

「いや、イルカ相手にはしっかりしてるんだなと思ってさ」

 葵はフグのように頬を膨らませた。

「ひっどい!人間相手だとダメダメみたいじゃないですか」

 まあ、事実ですけどと葵は小声で言った。俺たちは子供のように笑いあった。

「では、また」

 昼休憩が終わり、葵はラウンジを去っていった。


 住宅の間に緑を残す田舎町に俺は来ていた。古民家を改造したレストランの戸を開ける。

「あっ、明里さん」

 奥の方、窓際の席に健吾がいた。

「Sorry《悪い悪い》、迷っちゃって」

「この辺同おんなじような道ばっかだからね」

 俺はここに来るまでのプロセスを思い出して苦笑する。実際、スマホのナビがなければこのレストランを訪れることすら難しかったかもしれない。

「まあでも穏やかでいい町じゃないか」

「閉鎖的なだけだよ」

 健吾は首を振った。生まれ育った町でも、彼にとっては辛い記憶の刻み込まれた地でもある。俺は返事をせずに食前のスープをすすった。

「だから、オレ、町の外の学校に通おうと思って」

 健吾は早口に言った。

「そうか。親御さん、納得してくれたんだな」

 健吾は頷いた。健吾の両親は誠治ーいや、稔如かーの術によって健吾が寄宿制の学校に行っていると思い込まされていたらしい(知ってりゃ俺のアイツへの評価も随分変わったんだがな)。術が解けた時、一年近く息子が行方不明だったにも関わらず放置していた健吾の両親は気が狂いそうになっただろう。そうならないよう、俺が多少記憶の調製を行ったが、それでも蟠りは残ってしまったようだ。

 その状況下で、健吾はなんとか両親を説得したのだ。転校し、新たな人生を踏み出すために。

Excellentヨシ!お祝いだ、今日は食うぞ!」

 健吾ははにかんだ。


「あー、よお、久しぶり」

 香子はにこりともせずに会釈した。

 ここは荒神山、俺たちの最終決戦が行われた場所だ。香子は俺に会う条件として、この場所での集合を提示した。

「私、最初あなたのこと嫌いだったんですよ」  

 草原に腰を下し、沈黙を過ごすこと五分、出し抜けに香子が言った。

「知ってたよ」

 なんとなく、というか俺への態度で気づいてはいたのだ。ただ、

「なんでなんだ?」

 理由はいまだにわかっていない。

「『女の割に強いじゃないか』そう思ってましたよね」

 図星を突かれて俺は目を丸くする。確かに俺の第一印象だ。でもなぜそれが。

「そういうことを思ったのはあなたが初めてじゃない。なんとなく、わかるようになってしまったんです」

 香子は物憂げに目を伏せた。

「私には戦士としての誇りがありました。そこに男も女もありません」

 六年間、ずっと戦士として闘い続けてきた香子は、知らず知らずのうちに己の誇りを傷つけるような物言いに敏感になり、果ては心で思っただけでそれを感じ取れるようになってしまったのだろうか。

「ですが、結局私はどこまでいっても『女』だったんですね」

 香子の視線の先には焼け跡が、稔如が香子の肉体を利用して放った稲妻による焼け跡があった。

 ひょっとしたら初恋だったのかもしれない。そんな相手に香子は騙され、利用され続けていたのだ。

「私は、大馬鹿者です」

 香子は震えている。

「恋をしたら皆そうさ。それこそ男も女もねえ」

 我ながら気障な科白だ。だが、香子にはその方が効くだろう。

 それに、と俺は続ける。

「俺だって、誠治のことは信じてた」

「でも、あなたは最初から・・・」

 俺は首を振った。

「疑ってたのは確かだ。でも、いつしか信じて、いや信じたいと思うようになっていったんだ」

 結果はご覧の有様だがな、と俺はお道化て見せる。香子は微笑する。こいつが俺に笑みを向けるのは初めてじゃなかろうか。

「私、どうしたらいいんでしょう。何を目的に生きていけば・・・」

 社会とのつながりは保っていたとはいえ、六年間闘いに身を投じてきたのだ。平和は嬉しいが、しかし生きがいを失うことでもある。その気持ちは痛いほどわかった。

「さあねえ」

 俺は立ち上がり、尻に付いた草を払った。

「探すっきゃねえよ。人生は長いんだ」

 香子に背を向け、俺は山を下りた。

 山口県、壇ノ浦。俺のルーツを探る旅の終着点。だが、そこには思わぬ出会いがあった。

「阿賀・・兼盛・・・」

「狗狼丸だ」

 狼の貌をした魔人は素っ気なく言った。

「驚いたな。あんたとまた会えるとは思わなかったよ。なんでここに?」

「維親の気配を最後に感じた地故にな」

 あの時消えた維親が見ていたのはやはりここ、平家滅亡の地だったんだな。だが、狗狼丸がここに来たのは単なる弔いのためだけではないらしい。

「旅立ちには丁度よい」

「旅立ち?どこへ?てか何しに?」

 正直言ってかなり目立つ風貌の狗狼丸が旅とは意外だった。

「外つ国へ。魔人を滅ぼすためにな」

「何だって⁉」

 万骸を倒してたことで魔人も魔界に送り還せたんじゃないのか?そんな俺の疑問を察してか、狗狼丸は続けた。

「全ての魔人が万骸となったわけではない。それに、魔道の封印も最早完全ではない。たとえ私が再び魔界へ再び赴いたとしても、人界で封印を再構築できるだけの呪術師もおらぬ」

 俺では力不足なんだろうな。

「だが、案ずることはない。私が生きている限り、封印は不完全であっても維持される。人界に来る魔人の数は私一人で十分対処できる数に抑え込めるだろう」

「俺も協力するよ」

 思わず言葉が口を突いて出た。だが、狗狼丸は一喝した。

「ならぬ!」

「でも」

「そなたは今を生きよ。魔人を調伏するのは私の役目だ」

 今を生きよ、か。まるで自分は生きていないような物言いだ。

「・・・実を言うとな」

 狗狼丸は言いにくそうに口を開いた。

「私は稔如殿を哀れに思うているのだ」

「えっ」

 俺は首がねじれるくらいの勢いで狗狼丸の方を向いた。

「魔界は苦界だ。私は百年も経たぬうちに正気を失ってしまった。だが、それによって却って意識の奥底に人間の心を残しておくことができたのかもしれぬ」

 だが、と狗狼丸は天を仰いだ。

「稔如殿は正気ではなかったかもしれぬが、だがさりとて完全に狂気に堕ちることもできなんだろう。その苦しみは私には想像もできぬ。その果てに人の心を失ったとしても無理なからぬこと、そう思ってしまったのだ」

 狗狼丸の心底辛そうな表情に、俺は思わず問うてしまう。

「だったら、なんで」

 狗狼丸は無言で俺の頭に手をのせた。俺たちの、現代の人間のために、それが答えか。

「不思議なものだ。似ている点など全くないのに、何故あやつらを思い出してしまうのだろうな」

 居ても立っても居られず、俺は静葉を狗狼丸に差し出した。

「これはあんたが持っていていてくれ」

 狗狼丸は静葉を受け取ると、優しく口を付け、吹き始めた。次の瞬間、目の前の魔人が阿賀兼盛と化していた。いや、それだけじゃない。維親と優しそうな女の人もいる。だが、俺が目をこするとそこには禍々しい姿の魔人がいるばかりだった。

「さらば」

 それだけ言うと、狗狼丸は俺に背を向け、海へ消えた。一瞬のことに、俺は呆然としてしまう。俺は海に向かって叫んだ。

「狗狼丸ー!」

 青い海がどこまでも広がっていた。




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