Quest7 魔人降臨
「稔如だと・・・」
兼盛が絶句する横で、俺も驚愕に打ち震えていた。そんな俺の肩を健吾がつつく。
「明里さん、稔如って?」
「千年前の坊さんだ。時のemperor《天皇》に無実の罪をかけられて、失意のうちに死んだっていう」
「然り。そのことに対する都人の罪悪感が魔道を開く原因となった。つまり、とうに死んでいるはずの男だ」
兼盛は猛禽のような目つきで稔如を見た。臆することなく稔如は言う。
「死ねなかったのだ。朝廷を呪い続けた我が魂と魔道から溢れ出た邪気が呼応し、私を魔人として再生させたのだ」
魔人という不死の存在になったことで稔如は千年も生き続けてきたということか。誠治の大袈裟な言動も、千歳のジジイがやっていたと思うと途端に不気味に感じてしまうな。
「して、何故その娘の肉体を乗っ取った?」
「我が本懐の障害を排除するため、即ち」
稔如は突き刺すような勢いで兼盛を指さした。
「阿賀兼盛!わぬしを滅するためよ!」
「左様か」
兼盛は落ち着き払って言った。彼が右手を開くと、そこに光が収束していき、一本の錫杖が形成された。
「然らば、抵抗させてもらおう」
次の瞬間、兼盛の姿が消えた。続く金属音で俺は闘いの始まりを悟った。兼盛の錫杖と香子の―いや、最早稔如の―長剣がしのぎを削っていた。
「私を殺し、何をするつもりだ」
兼盛は一切力を緩めずに問うた。
「魔道を開き、人間をこの世から消し去る」
稔如はそう言うと、長剣から電撃を放った。兼盛は後方へ跳躍してそれを躱し、空中に紋様を描き始めた。その間も彼は問いを投げ続ける。
「解せんな。先刻までの私と違い、そなたは正気を、人としての心を保っている。なのに何故左様な世迷いごとを申すか」
幾何学的な紋様が完成すると、そこから無数の拳が現れ、稔如を襲った。
「その心が私を苦しめるのだ!」
稔如はそう吐き捨てると、長剣を地に刺した。黄金の壁が拳を阻んだ。
「魔界は苦界だ。魔人ですら心を蝕まれる瘴気が蔓延している、まして人間の心ならばその苦しみは筆舌に尽くしがたい。魔界に堕ちてからの数年は、無間地獄にいるかの如き心地であった」
稔如の顔が歪む。今にも吐き出しそうな表情が、彼の味わってきた苦しみを物語っていた。
「人界に戻ってからも、あの魔界にいずれ還る日が来るやも知れぬと思うと恐ろしうゅてならんだ」
再び稔如と兼盛は刃を交わす。閃光と稲妻が交互にスパークした。
「魔界は存在してはならぬ、そう私は悟った。だが、人間が存在する限り、魔界もまた消ゆることはない」
「人間の心から罪の意識を消すことはできぬゆえに、か」
稔如は我が意を得たりとばかりにニンマリと笑った。
「左様。実に人とは業の深き生き物よのう」
二人の闘いは式神の召喚合戦に移行していた。金の猛禽と銀の狼が空中で激突する。
「故に千年前のあの日、魔道を開くのは容易であった」
銀狼が猛禽の喉笛をかみ切った。だが、兼盛は依然総身を緊張させたまま言った。
「そうか、あの頃妙にそなたの怨念を恐れる者が増えていたのは・・・」
「左様、私の仕業よ。市中に噂を流したり、帝の前に姿を現したりと苦労したものよ」
嘲笑を浮かべる稔如だったが、その顔が醜くゆがんだ。
「だが、魔道を開いても魔人を掃討されてしまっては意味がない。それができるやもしれぬ存在がいた」
「私か」
兼盛はにこりともせずに言うと、錫杖の先から迸る光を鞭のようにしならせた。
「左様。無論、私とて無策ではなかった。最強の魔人である狗狼丸を操り、かつてここにあった寺を襲わせた」
稔如は剣で光の鞭を受け止めた。余裕そうな口ぶりとは裏腹に、身を守るだけで精一杯というような動きだ。
「ここにわぬしの女がおるのは調べがついていたのでなあ」
「ゆかり殿を愚弄するな」
兼盛は静かな怒りを滾らせて無数の光輪を放った。
「ふん、まさか当世最高の陰陽師がかように初心とは思わなんだ。・・・いずれにせよ、私の目論みはうまくいった。わぬしは部下と離れ、単身狗狼丸と戦うことになった」
稔如の体が震えている。光輪に身を切り裂かれた痛みによるものかと思ったが、どうやらそういう外的な要因によるものではないみたいだ。
「だが、私の計画は瓦解した!こともあろうにわぬしが狗狼丸の力を受け継ぎ、あまつさえ魔道を完全に封印するという荒業まで成してしもうたのだ!」
「お褒めにあずかり光栄だな」
兼盛が地面に錫杖を突き刺すと、地面から巨大な鰐の顎が顕現し、稔如に食らいついた。香子の体ごとかみ砕く気かと俺は慌てたが、顎の中から声が聞こえてきた。
「癪だがわぬしの変じた狗狼丸は強すぎた。だが、苦節千年、ついに破る方法を見つけたのだ」
兼盛が錫杖を鰐にむけると、深緑の光に包まれた。稔如の動きを封じる呪縛がさらに強まるのを感じる。絶体絶命のピンチにも関わらず、稔如は何か呪術を行使することなく、ただ言った。
「破邪の五宝よ、阿弥陀の血脈に今一度巨大なる力を」
それがいわば呪文だったのだろう。棍が凄まじい熱を発した。思わず取り落してしまうが、棍は地面に落ちることなく浮遊し、鰐の、いやその中にいる稔如の下へ向かっていく。見ると健吾たちの五宝もその後を追っていた。
鰐が爆発する。中から姿を現した香子の下に、五宝が集結していき、組みあがり、そして一本の両刃剣へと変化した。
稔如が剣を一振りすると、虹色の衝撃波が空を走った。兼盛は咄嗟に五芒星型のシールドを展開する。数多の魔人の攻撃を防いできたはずのそれは、まるでガラスのように砕け散り、兼盛の体はざっと五十メートル近く後方に吹き飛んだ。
「破邪五輪剣・・・破邪の五宝が真の姿よ」
「それを使わんとしてその娘の肉体に憑依したということか」
兼盛が息も絶え絶えに言った。なおも立ち上がろうとするが、最早身体がいうことを聞かないようだ。
「左様。破邪の五宝は正当な使い手とともに闘うことでその戦闘の記憶を蓄え、その力を増すという特性がある。この特性を最大限活用するためにアミダフォースなどという児戯に興じておったのだ」
「なんだって」
俺は思わず口をはさむ。稔如は顎で兼盛指した。
「魔道を封じる結界は、それに関わった者の血筋が絶えぬ限り消えないという仕組みになっておった。それ故、私は阿弥陀衆の血をひくものを千年かけて根絶やしにしてきたのだ」
俺は、気づいた。俺の一族の人間が、特に優れた呪術の才能を持つものほど昔から謎の不審死を遂げることが多かったその理由に。
「てめえが、てめえが俺の一族を千年に渡って苦しめ続けてきたんだな!」
俺は叫んだ。稔如は頷く。
「あと僅かというところで、私は魔界に堕ちた狗狼丸もまた結界を維持する要素の一つであることに気づいた。阿弥陀衆の血を引く呪術師が減ったことで結界は弱り、狗狼丸を人界に引きずり出すことには成功した。だが、私の力では狗狼丸を倒すことはできなんだ」
稔如は嗤う。
「明里よ。わぬしらが生きていたことに感謝するぞ。おかげでこの力を手にすることができた」
「てめえ!」
やめろ、勝てるわけがない。そんな理性の声を無視して俺は駆けだした。せめて一矢報いねば気が済まない。
「わぬしらが五宝を使うたび、その戦闘をこれが記憶し、強化されていったのだ」
俺は拳に炎を纏い、稔如に殴りかかる。
「俺たちを闘わせるために、存在しねえ阿賀野誠治なんていう人間をでっちあげたんだな!」
稔如は俺の渾身の一撃をあっさり受け止めた。
「それは誤解ぞ。阿賀野誠治という男は実在した」
俺は地面に叩き付けられた。背中がキリキリと痛む。
「兼盛に子はおらぬはず、だったか」
俺は答えず、足払いを試みた。だが、稔如の体は巌のように動かない。
「それは真実、だが、兼盛に弟がいたこともまた真実じゃ」
俺は倒れ伏したまま目を見開いた。稔如は続ける。
「数世代後、戦国の世に阿賀家は再興した。そして数十年前の頭領、阿賀野誠治は私の魔手を逃れるべくある決断をした。奇しくもわぬしの祖父と似た決断をな」
俺のgrandpaと?
「自身の娘に阿賀野の姓を捨てさせ、新たに城田という姓を名乗らせたのだ」
城田。その苗字には聞き覚えがあった。あって当然だ。
「私は誠治を殺し、その姿を奪い、人格をも完全に写し取った。阿賀野家の末裔であると同時に、牡丹の一族の末裔である者に近づくためにな」
そうか、牡丹は兼盛の部下であると同時に弟でもあったのか。なら、その末裔ってのは
「香子が私にに惹かれたのも道理よ!あれの祖父の姿と人格をそのまま私はなぞっていたのだからな!まあこの娘には親愛と性愛の区別もつかなんだようだがな」
「この、外道がっ」
頭上で響く高笑いを俺は止めたかった。だが、その力がない。物心ついてからずっと、こいつを倒すために厳しい修練を積んできたのに。
涙が止まらなかった。泣くしかない自分が情けなくって反吐が出そうだった。
「もう十分だ」
顔を上げると、兼盛がよろよろと立ち上がるのが見えた。
「そなたはなんとしても私が滅ぼさねばならん」
「言うは易く行うは難し、この剣を手にした私に勝てると思うか?」
明鏡止水。今の兼盛を見てそんな言葉を思い出した。
「阿賀兼盛は勝てぬ。故に」
兼盛は右手に持ったそれを顔に当てた。
「今一度、鬼と成ろう」
暗黒のオーラが渦を巻いた。




