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狗狼丸-KUROMARU-  作者: T.ezu
12/16

Quest6 稔が如し

「本懐を果たす前に儂は熱病で死に、一門も滅びた。だが、我が子宗親は流罪先で子をもうけ、血脈をつないだ」

 俺の肉体を抜け出し、霊魂の状態になった維親が言った。

「その相手ってのが、没落して都を離れてた茜の子孫だったらしい。だから俺は茜の子孫であると同時に、この爺さんの子孫でもあるってわけ」

 俺は維親を指さして言った。ようやく隠し事をせずに話せることが嬉しかった。

「そして儂はこの笛に宿り続け、ぬしを救う日をずっと待っておったのだ」

「愚かな男よ」

 維親の述懐を聞いた兼盛の第一声である。

「多くの人の恨みを買い、一門を滅ぼし、挙句死してなお霊魂として現世に留まり続けだと」

 あまりの言い草に俺は何か言ってやりたくなったが、維親が何も言わない以上、俺が口をはさむ権利はないだろう。

「私のことなど、忘れるべきだったのだ」

 維親は笑っていった。

「愚かだと。魔界を封じるため、己までも魔界に行くような愚か者に言われとうはないわ!」

 兼盛はふっと笑った。

「そうだな。だが後悔はない」

「奇遇だな、儂もだ」

 二人は高らかに笑った。

「お、おい爺さん!」

 水を差すのを承知の上で俺は叫んだ。維親の姿が水面に映っているかのように揺らいでいた。

「騒ぐでない。こうなるのはわかっておったわ」

 維親は落ち着き払って言った。そう、そうなのだ。彼の唯一の未練がなくなった以上、維親の魂はもう現世に縛れることはない。

「・・・もう行くのか」

 兼盛が言った。

「後事は任せたぞ、明里」

「承知!」

 俺は決然たる面持ちで言った。維親は満足げに頷き、兼盛へ向き合った。

 二人の男が視線を交わす。そこに言葉はない。だが、確かな絆があった。

「波の下にも都のさぶらうぞ・・・」

 それが維親の最後の言葉だった。その視線は遥か西を、恐らくは1000年前に彼の一族が沈んだ海を見つめていた。


「して、そなたらが阿弥陀衆の末裔ということか」

 ああ、と俺は頷く。兼盛は俺の手元を指して言った。

「それは?」

「阿弥陀衆が作った『破邪の五宝』だ。これのおかげで俺たちは今日まで闘ってこれた」

 俺が棍を渡すと、兼盛は赤子を抱くようにそっと受け取った。

「良い呪具だ。私が消えてからも修練を積んだのだな」

 今は亡き部下達に思いを馳せ、兼盛は言った。

「ゴホン」

 咳払いの主は遥亮だった。

「確認させてください。あなたが1000年前の陰陽師、阿賀兼盛なんですね」

「然り」

 兼盛はニコリともせずに頷いた。

「そして、さっきまで狗狼丸だった・・・」

「ああ。1000年魔界で暮らすうちに正気を失ってしまったようだ。そなたたちにはすまぬことをした」

 そう言って兼盛は頭を下げた。

「・・・維親の一撃が私を人間に戻してくれた」

 兼盛はそう言って足元の何かを拾い上げた。今にも噛みついてきそうな狼の仮面だった。

「爺さん、あー、維親はあんたを救う方法をずっと考えてたんだ。あんなたを殺さず、その仮面を引き剥がすには強い破邪の力が必要だった」

「だがただの人間、まして霊体となったあやつには破邪の力を手にすることができない。故にそなたに憑依した、と」

 俺は何度も頷いた。兼盛を救う、そのために維親がどんなに苦心したか。それを細大漏らさず伝えなければならないと思った。

「茜が生み出した呪具、それを操る資質を持った肉体、そして何より・・・」

 兼盛は目を伏せた。

「千年に渡る祈り、いずれが欠けても成らぬ神業であったな」

 俺は悟った。維親の苦労や思いを俺が伝える必要はない。この二人の千年の友情に、余計な言葉はいらないのだ。

 ただ佇むことしかできない俺に、兼盛が人差し指を向けた。瞬間、兼盛の指先から閃光が迸り、俺の胸を貫いた。

「あ、明里さん!」

 俺の口から迸る黒い液体を見て健吾が悲鳴を上げた。遥亮と葵は咄嗟に臨戦態勢をとる。そんな彼らを俺は手で制した。

「体が、軽い」

 地面に落ちた黒い液体はまるで意思を持つように蠢いている。兼盛は今一度閃光を放った。ラードが焼けるような音を立てて黒い液体が蒸発した。

「数日かけて死に至る呪詛だ。かように強力な代物を扱える者がこの時代にいるとは」

 健吾たちの顔に驚きが浮かぶ。俺を労わる声、名も知らぬ呪詛の使役者に憤る声、一体いつどこで俺が呪詛を受けたのか不思議がる声が聞こえる。

 強力な呪詛を扱える者、か。心当たりはある。だがこの期に及んで俺は半信半疑だった。

「皆さん、何をしているのですか」

 振り向くと数十メートル先に香子がいた。その後ろには誠治もいる。

「誠治さん!来てください、あなたの・・・」

 遥亮が言い切らないうちに銀色の閃光が走り、誠治の足元の草を焦がした。

「な、なにを!」

 香子が憤る。意にも介さず兼盛は俺に向かって言った。

「あれはなんだ」

「あんたの子孫、らしいぜ」

 兼盛の顔がますます険しくなる。

「そんなものは・・・」

「いないんだろ。やっぱりそうなんだな」

 兼盛の子孫だと、馬鹿な。あいつは惚れた女がいながら別の女と肌を合わせるような男ではないわ。

 維親の言葉を思い出す。そう、ある尼僧を一途に愛した兼盛に子孫がいるはずないのだ。

「誠治、ずっと聞きたかったことを聞くぜ。あんたは何者なんだ?」

 誠治は答えない。

「・・・誠治さんを疑うのですか」

 香子は瞳に怒りを燃やして俺を睨んだ。

「木本さん、新田さん、玄岩さん」

 一人一人名前を呼んで香子は視線を向ける。しかし、誰も目を合わせようとはしなかった。

「あなたたちまで。どれほど誠治さんにお世話になったか忘れたのですか!誠治さんは私たちを!」

 怒声を吐く香子の動きが止まる。その背中に誠治の手刀が突き刺さっていた。

「誠治・・・さん・・・?」

「ごめんね香子、でも」

 誠治の眼が爛々と光る。

「これがわぬしの宿命さだめぞ」

 地獄の底から響くような声だった。それを聞くなり、香子は身悶えする。

「待て!」

 棍をもって飛び出さんとした俺を兼盛が制した。

「彼奴め、融け合うている」

 今一度香子と誠治を見ると、誠治の手刀を伝って香子に何かが流し込まれているのが見えた。

「せ、誠治さん・・・」

 香子は息も絶え絶えに言う。その瞳には一筋の希望がある。何かの間違いであってほしい、あるいは何か作戦であってほしい。そんな思いがうかがえる。

「立派になったね、香子。現代の人間からこれだけの力を引き出せるとは思わなかったよ。キミの血筋とたゆまぬ努力の賜物だ」

 若い、いつもの誠治の声だ。それゆえに一層恐ろしい。だが、香子はそれでも縋るような視線を向け続けた。

「誠治さん」

「嬉しいことはもう一つある。キミがボクに恋してることだ」

 香子の顔が赤く染まる。

「おかげで・・・」

 誠治は白い歯を輝かせて笑う。

「・・・本懐を遂げられるというものよ」

 地獄の底、いや二度聞いてはっきりとわかった。これは老人の声だ。長い、とてつもなく長い時を生きた老人の声。

 ずるり、と音を立てて誠治の体が崩れた。まるでピザ生地みたいだ。まさか、皮だけになっているのか。

「矢張り、よき肉体からだじゃ」

 香子が言った。いや、やつはもう香子じゃない。

「そなた、一体何者ぞ」

 兼盛の問いに、香子の肉体を奪ったやつが答える。

「我が名は、稔如」

 千年の因縁、いまだ終結せず。


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