Quest5-supplement 狗狼丸
銀は激情のままに錫杖を振るい、呪詛を唱えた。ふと気づいた時、狗狼丸は既に大地に倒れ伏していた。
銀は肩で息をする。沸騰するような怒りは怨敵を倒した今でも冷めやらない。
「終わりだ、狗狼丸」
銀は錫杖を狗狼丸に突きつけた。この悪夢に幕を下ろすために。白銀の光が魔人を包み込んだ。これで狗狼丸は泡となって消える。それが魔人の常だ。しかし、光の中から顕れたのは
「人間・・・?」
意識を取り戻した維親が呆然と呟いた。しかし、ただ驚くばかりの彼と違い、銀の心には懐かしさがこみ上げていた。
「父上」
幼き日、魔人と闘い散ったはずの父・阿賀兼満がそこにいた。
「月麻か・・・?」
兼満は銀の幼名を呼んだ。
「父上ぇっ!」
銀は兼満の下へ駆け寄った。
「父上、真に父上なのですか」
兼満は白濁した目で銀を見つめた。
「月麻、いや、今はそなたが銀か」
「はっ」
銀は頷き、兼満の手を取った。
「十に年ぶりだな」
「はい・・・あの日、一体何があったのですか」
兼満は目を閉じた。
「あの日、魔道が開き、地上に人界が溢れんとしていた。私の力ではそれを止めることは不可能・・・」
故に、そう言って兼満は地面に転がった仮面を拾い上げた。
「私はこれの封印を解いた」
銀は仮面を見て目を丸くする。狗狼丸の顔にそっくりだった。
「これは・・・」
「狗堕羅の面、我が一族に代々伝わる呪具だ」
そなたにも時が来たら話すはずだった、と兼満は言う。
「古代の陰陽師に付き従った狗を封じた面と聞く。魔人を喰らう内に己まで魔人と化した狗だと」
銀は狗堕羅の面を恐る恐る手に取った。凄まじい力とドス黒い情念を感じた。
「そして、私も魔人へと堕ちた。狗堕羅の面の力は私をいかなる魔人にも負けぬ存在へ変えたが、同時に人間としての心も奪ったのだ」
「それが、狗狼丸」
兼満は頷く。
「非力な私を許してくれ。私はこの仮面の怨念に勝てず、そして今再び魔道が開くことを止めることができなかった」
銀は首を振った。
「もう、もうよいのです。父上」
「私を、許して、くれ」
この言葉を最後に、兼満の肉体は塵と化した。
「銀」
維親は友の名を呼んだ。
「維親か」
銀は振り返らずにいった。
「すまぬ、某はゆかり殿を守れなんだ」
今夜魔道が開いた後、維親は都の外へ向かう狗狼丸を追ってこの荒神山へ来ていたのだった。だが、いかに武芸に長けた武士といっても人智を超えた魔人、その中でも最強と言っていい存在である狗狼丸には敵わず、先刻まで倒れ伏していたのである。
「そうか」
しかし、維親の謝罪に対して銀はまるで無関心なように見えた。その視線は狗堕羅の面に注がれていた。
維親は胸がざわつくのを感じた。
「銀、まさかそなた・・・!」
「維親。私には何かを護ることができるのだろうか」
そう言って、銀は狗堕羅の面をかぶった。刹那、黒い嵐が吹き荒れる。維親は思わず目を閉じる。次に目を開けたとき、銀の姿は影も形もなかった。
「かっ、兼盛いいいい!」
維親は叫んだ。
維親が戦場についた時には全てが終わっていた。あたりには悪臭を放つ泡、魔人の痕跡が散乱していた。
「阿弥陀衆よ!」
魂が抜けたようにその場に佇む彼らに向かって言った。
「銀は、狗狼丸はどうした!」
茜が蒼白な顔で答えた。
「狗狼丸と化した銀様は瞬く間に全ての魔人を調伏されました。そして『今こそ魔道を完全に封じなくてはならぬ』とおっしゃいました」
「魔道を封じる?いかにして」
「銀様曰く、魔道を閉じるためには人界からの封印では不足、魔界からも封印をほどこさねばならぬと」
維親は心の臓が冷え切るのを感じていた。
「銀様は自刃なさり、魔界へと旅立たれました」
茜は苦虫を嚙み潰したような顔で地面を指さした。そこには、ただ泡ばかりがあった。
「あ、ああ・・・」
維親は悟った。これが阿賀兼盛という男がこの人界に残した唯一の痕跡なのだと。
「なぜ、何故止めなかった!」
維親は茜につかみかかった。
「一度魔界に行った存在を人界に取り戻す方法など存じませぬ!ならば、ならばせめて主君の最後の命に従うのが我々の、我々の!」
茜は限界だった。まるで子供のように泣き崩れた。維親はもう何も言わなかった。
その後、阿弥陀衆は銀の命令通り、魔道を封じた。最早都人が魔人の脅威に怯えることはなくなった。
維親はまるで人が変わったように権力を追い求めた。源氏を打ち倒し、武士の頂点に立っても満足せず、権謀術数を駆使して貴族社会の頂点に立った。そして遂に帝という不可侵の領域にも手を伸ばした。皇室に自身の娘を送り込み、帝にしか許されない遷都を強行した。
それも全て銀を取り戻すため、まだ見ぬ呪術を追い求め、より遠き国との交わりを求めた結果だった。修羅となり果てても銀を救う、それが維親の覚悟であった。




