Quest5 上洛
京都は白銀神社、そこに俺たちが求めるものがあった。偉大な陰陽師の遺産は、千年の時を超えて彼の弟子の子孫を救ったのだ。
そうして目的は達成されたはずだったが、俺たちは未だこの古都に留まっていた。誠治がそれを望んだからだ。
「このまま帰っては同じことだ。今のボクたちでは狗狼丸には勝てない」
キミたち、ではないのは誠治自身も闘っているという意思の表れか。
「この白銀神社は阿賀兼盛の死後、牡丹が彼を祀るために建立したと聞く」
誠治は香子に視線を向けた。
「私の先祖が?」
そうさ、と誠治は言った。
「ここには何かヒントがあるかもしれない。キミに秘められた潜在能力を解放するヒントが」
「潜在能力・・・私にあるのでしょうか」
「ないとは言い切れないさ。数日前まで有り得ないと思っていたけど、この世にはボク以外にもう一人陰陽師の才を持つ者がいたんだ。さらにもう一人くらいいてもおかしくないだろ?」
俺は苦笑いするしかない。十の目玉に見つめられ、胸がキリキリと痛んだ。まるで魔人と相対したときのような敵意すら感じた。誰か知らんが俺を殺したいほど憎んでいる奴がいるとでもいうのだろうか。
いや、自意識過剰か。なにせここ数日ずっと体調が悪いのだ。考えも悪い方悪い方へと沈みがちになっているのかもしれない。
暫くの間、誠治は香子に付きっ切りで指導を行うとのことだった。俺たち残りの四人は完全にフリーになってしまった。
しかし、俺にはやるべきことがある。
「なあ、健吾」
健吾は振り返る。例によってゲームをした後のことだった。
「俺、お前に謝らなきゃいけないことがあるんだ」
首を傾げる健吾に向かって、俺は、でも、と続けた。
「もっと悪いことに、どうしてかは言えないんだ」
「なにそれ」
半ば呆れたように健吾は言った。
「だから、手紙を書いた」
そう言って俺は懐から封筒を取り出した。ライオンのキャラクターがプリントされた封筒だ。健吾はそれを手に取り、鋏を探し始めた。
「No!今はダメだ。明日まで俺が帰って来なかったら開けてくれ」
いよいよ健吾の顔は当惑に染まる。
「さっきから意味わかんないよ。明里さんらしくない」
そうだな、と俺は同意する。俺だって本当は・・・いや、今はよそう。
「Well、もう行くわ」
「ど、どこに?」
間髪入れずに健吾は言う。さあねえ、と俺は返した。俺にもわからないんだ。
「元気でやれよ」
俺は別れを告げた。
俺が日本に来た目的の一つは自分のルーツを探ることだった。そのためにまず栃木県に行き、そして京都へ向かうつもりだった。図らずもアミダフォースに加入したことで京都行きは取りやめになったが。
しかし、今俺はかつてご先祖が歩いた道を駆けている。陰陽師は魔人の気配を第六感で捕捉することができる。そして今俺の第六感はあの日出会った狗狼丸の気配を強く感じていた。誘うようなその気配を追って、俺は走り続けた。
気づくと俺は山の中にいた。最早第六感に頼る必要はない。耳が雅な音色を捉えていた。そこには、奴がいた。
狗狼丸は翠の草原に立って笛を吹いていた。
「消えぬ」
狗狼丸は呟いた。
「あの日よりずっと、この音色が消えぬのだ」
狗狼丸は俺を見た。その眼には理性の光が宿っているように見えた。俺は懐から「お守り」を取り出した。
「それか」
狗狼丸は言った。理性の光は消え、苛立ちが顔を覗かせていた。耳障りな音の原因を排除しようとしているのだろう。
「教えてやるよ、この音色の正体を」
俺は静葉を吹いた。
ー明里よ。ようやってくれた。
頭の中で声が響く。後は頼むぜ、ご先祖さん。そう念じて俺は肉体の主導権を譲った。
「そなた、あの小童か?」
狗狼丸は怪訝な顔で言った。
「否、我が名は平維親なり!」
俺は、いや俺の体に憑依した維親は高らかに言った。狗狼丸の脳にその名を刻みつけるように。狗狼丸はますます苛立ちを募らせている。
「わからぬ、わからぬのだ!」
狗狼丸は吼えた。一瞬で距離を詰め、刀を振るう。ギンッという音とともに棍が刃を受け止めた。
「さらば思い出させてやろう!」
維親は棍を振るった。火炎が吹き出し、狗狼丸の身を焼く。俺の肉体を介することで維親にも五宝の力を引き出すことができるみたいだ。
一進一退の攻防だった。途中、維親は何度か狗狼丸に語りかけようと試みたが、矢継ぎ早に繰り出される攻撃は、維親に口を開く間すら与えなかった。
しかし、無限に続く闘いはない。咆哮とともに繰り出された一突きが、棍を弾き飛ばした。
あなや、と維親は叫ぶ。狗狼丸は不敵に笑うと左手に黒いボールを形成した。ボールが弾け、暗黒の波が維親を吹き飛ばした。
あまりの衝撃に維親の憑依が解除され、俺は吐血した。狗狼丸は左手で頭を押さえながら、右手で刀を振り上げていた。
「終わりだ!」
漆黒のエネルギーが狗狼丸の刀に収束していく。絶望の味が口いっぱいに広がる。チクショウ。
その時、狗狼丸の下の地面が隆起した。バランスを崩し、狗狼丸はエネルギーを空に向けて放つ。追い打ちをかけるように逆巻く波が狗狼丸を襲う。
呆然と眺めていると、俺の身体を柔らかなつむじ風が運んだ。誰かが俺の身体を抱きとめた。
「明里さん、大丈夫!?」
この声は
「健吾、か?」
俺は健吾の顔を見上げた。剣戟の音に目を向けると、遥亮と葵が狗狼丸に立ち向かっていた。
「ごめん、二人にも話しちゃって。でも、手紙は見てないから!」
そう言って健吾は封の閉じた封筒を見せた。
「どうして」
俺は息も絶え絶えに言った。
「だって、明里さんまるで死にに行くみたいなこと言うから、ほっとけないよ!」
でも、と言おうとする俺の耳に仲間たちの声が入ってきた。
「どうした狗狼丸!僕は山吹だ!」
「あたしは竜胆です!」
遥亮と葵は先祖の名を名乗っている。狗狼丸の注意を引くためだろうか。狗狼丸が何か痛みをこらえるような表情をしているあたり、その試みは成功していると言えるだろう。
「二人とも、明里さんと仲直りしたくて、でも中々言い出せなくって・・・」
健吾は必死に言い募った。俺は、そっと目を伏せた。
「ああっ!」
だがその時、健吾が叫ぶ。顔を挙げると、狗狼丸が遥亮と葵の首をつかんでいた。五宝は二人から離れたところに転がっている。このままじゃ、二人とも死んでしまう。そんなの嫌だ!
そう思うと同時に、ふっと意識が肉体から離れた。
「いい加減にせよ!銀、否、兼盛ぃ!」
狗狼丸の動きがピタリと止まった。その隙を逃す維親ではなかった。棍から噴出した焔が刃を作り出す。日本刀《Japanese Sword》のようになったその紅蓮の業火を維親は全力で振り下ろした。
ボキッ、と鈍い音が鳴って狗狼丸の角が折れた。
「ガ、ガ、グアアアアアアア!」
吼える狗狼丸を中心に真っ黒な竜巻が荒れ狂う。維親は遥亮と葵を抱え上げると、一目散に駆けだした。健吾のところまで逃げ、維親は竜巻を見つめる。やがて竜巻は次第に勢いを失い、そしてふっと消えた。
暗黒が渦巻いていた場所には一人の青年が膝をついていた。俺の目から俺のものではない涙が溢れだした。
「あ、ああ!」
維親声にならない叫びをあげると青年に駆け寄り、抱きしめた。
「兼盛、兼盛ぃ!」
青年は慈愛に満ちた目で維親を見た。一筋の涙が青年の頬を伝った。
「そなたは相変わらずやかましいなあ、維親」
陰陽師・阿賀兼盛が自我を取り戻した瞬間だった。




