雑誌の付録をねだる友達
私は友達の前でティーンズ雑誌を開封している。毎月買っている雑誌で、先ほど寄った本屋で今月号が出ていることを知って、お小遣いをはたいて買った。
本を縛っている紐を、ゆっくりと解いていく。
表紙に書いてあった『制服着こなし特集』を今すぐ読みたかったが、中に挟まっているダンボールの存在が私たちの意識を惹きつける。
開けてみると、付録の白いヘアブラシが入っていた。ブランドロゴがしっかり入っていて、持ち手部分が小さい。今っぽくて、可愛いデザインだと思った。
私はじっと、ヘアブラシを見た後、友達を意識した台詞を言う。
「くしかぁ。別にいらないなぁ」
私のものになるであろう付録に対して、冷たく突き放す言葉だった。例えば、「やったー」なんて喜んで見せると、由香が悔しがると思ったから、あえて雑な感じに言った。
「えー。いらないなら、ちょうだいよ」
私の気持ちを知ってか知らずか、由香が無表情な顔で言う。
「えっ……」
私は困ってしまった。
付録はいらないとは言ったけど、たとえ友達でも、誰かにあげるつもりはなかった。由香が「いらないのかーい」と突っ込んでくれるのを、心のどこかで期待していた。
「……由香の家に、くしたくさんあるでしょ!」
はっきりと断ることができない私は、苦し紛れに話を逸らした。
「たくさんは、ないから」
由香がばっさり切る。
「……まぁ、梓がやっぱり、くしいるって言うなら、貰わないけど」
ずるい。悲しそうな顔で、そんなことを言われると、ヘアブラシをあげない私が悪者になる。
そもそも付録をあげるか、あげないかは、私が自由に決めていいはずだ。由香に精神的に追い込まれている今の状況にイライラした。
軽々しく、ヘアブラシをいらないと言ったことを後悔した。
「……本当に欲しいの?」
睨むように由香を見ることになった。私はヘアブラシに対して未練がある。
「……別に、すごく欲しいってわけじゃないけど」
由香がしぶった。
あれ? これはヘアブラシを渡さなくて済むかも……。
私たちがしている駆け引きは、対等のように思えた。
「じゃあなんなの? 何でちょうだいって言ったの?」
ヘアブラシに対する執着心が、かなり高まっていた私は、強く出た。
「別に、何となく言っただけじゃん!」
「私が雑誌を買った立場だからさ、やっぱり、くしも使いたいよ!」
「じゃあ、最初からいらないなんて言わないでよ! なんか馬鹿にされたと思うじゃん」
由香と私は今まで喧嘩をしたことがない。
それなのに今、付録が原因で険悪な雰囲気になっている。
このままだと、由香が家に帰ってしまうかもしれない。予定では、一緒に雑誌を読んだり、ゲームをしたりする予定だったのに……。
はぁ。最悪だ。
落ち込んでいたら、玄関からお母さんが帰ってくる気配がした。そういえば今日のパートは早く終わると言っていた。
「梓ー! これ、雑誌あったよ! あんたが毎月読んでるやつ! お母さん買ってきたよー!」
階段下から、お母さんが大声を出して私を呼んだ。
えっ。
由香に断り、素早く一階に降りると、お母さんが、ヘアブラシが付録の雑誌を手にしていた。
簡単にお礼を言い受け取ると、由香がいる部屋まで、いそいそと戻る。
「……お母さんがさ、同じ雑誌を買ってきた。その、くしが付いているやつ」
「……」
「このままだと、家に同じ雑誌が2冊あることになるから、良かったら……由香、貰ってくれない?」
「……いいの?」
私と由香の目が合う。
お母さんが買ってきた方を無言で由香に渡す。
「ありがとう……」
由香が大事なものを貰ったかのように雑誌をじっと見つめる。
「……梓とくし、お揃いになるね」
「あっ。本当だ」
結果的に、一人に一つ、ヘアブラシが行き渡ったことで、場が丸く収まった。
由香と絶交することにならずに済んで良かった。こんな、よそよそしい雰囲気を体験するのも初めてだった。
◇
その日の夜。
由香が、由香のお母さんと一緒にケーキを持って家に訪ねてきた。
「うちの子、梓ちゃんママから雑誌をいただいたそうで……。ありがとうね。これ、良かったら皆さんで食べてくださいね」
「あら〜。別に良かったのに。梓と私、同じ雑誌を買ったみたいで……。むしろ由香ちゃんに貰ってもらえて助かったわ〜。逆に気を遣わせちゃったわね〜」
由香と、由香のお母さんは頭を下げていた。
私のお母さんは快活に対応している。
顔を上げた由香を見ると、髪の毛がツヤツヤしていることに気づいた。
あっ。早速、ヘアブラシ使ったな。私はまだ使っていないというのに……。ずるい。
明日、学校で由香とヘアブラシの話ができると思うと心が躍った。
その前に、今日ケーキが食べられる事実を意識した瞬間、にやける表情が抑えられなかった。