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密航

作者: たかどん

「ここが、私の戦場」


 機内でいわゆる米語を喋るアジア系の女に、俺はあえて日本語で応えた。


「観光じゃねーんだ。旅券、代えるからさっさと寄こせ」


 全くもって面倒きわまりない。何のために一週間もかけて日本語を教えたと思ってるんだか。


 高度を落とした事による揺れが体に伝わる。


 機内アナウンスで、ベルトをしろと異国語で言われた。


「ワカッテる」


 女は外人なまりの抜けない日本語で返事をし、満面の笑みを浮かべる。


「ありがとゴザイマス」


「…………」


 俺はややげんなりした気分を感じ、仕方なしにスティック型の音楽プレイヤーを押しつけるように渡した。


「一応もう一度学習しておけ。着いてすぐに死にたくはねえだろう」


 しかしそれに、女はきょとんとした後「ダイジョブダイジョブ」とあっけらかんと返した。


 何でこう大雑把なんだ外人って奴は…………。


 俺がいくら言っても「ダイジョブ」と「ありがとゴザイマス」を繰り返す女は、入国審査における多難を予感させた。




 米国とある国の戦争途中にそれは起きた。


 刃の嵐と呼ばれる凄まじい竜巻が起こり、周囲に駐屯していた米軍が全滅。それを機に、世界中で不可思議な現象が多発。それらが全て第二世代と呼ばれる超能力者による物だと分かったとき、世界の均衡は崩れた。


 まさに人間兵器。


 観光客に見立てた兵器密輸時代の幕開けというわけ。


 まあ、今はそれが俺の飯の種だってんだから、皮肉なもんだ。


 探知系能力を持つ第二世代はどこの空港にも必ず一人はいる。


 特に米国と戦争中であるこの国では二十四時間態勢で、能力者が見張っている。


 しかし俺は、ここの探知系能力者が第二世代をピンポイントで判別する能力を所持していない事をすでに聞き及んでいる。


 しばらく使われているルートなのだ。後一週間も経てば何か対策でもたてられたかも知れない。


 能力者は二種類で、相手の表層思考を傍受するタイプと、ポリグラフのように相手の呼吸、脈拍、血圧などから嘘を見抜くタイプだ。


 そして今日の第二世代は後者。つまり嘘発見人間と言うことになる。


 旅券に査証、帰りの二人分のチケットなどと必要な物をそろえてはいるが、第二世代にそんな物は通用しない。


 長い通路を歩きながら、何度経験しようが抑えようのない緊張感がこみ上げる。


 俺は女と腕を組み、さも新婚で何を思ったかこのような場所を訪れたバカップルを装う。


 空港のあちこちに立つ軍服に短機関銃を携えた兵士が目を光らせる。もしばれたら、その場で射殺でもされかねない。


 入国審査のゲートまで他の乗客と共に流れる様に着くと、片隅に兵士に守られるようにして立っている第二世代、嘘発見人間を見つけた。彼の注意はもっぱら現在審査を受けている人間に対してのみ注がれている。


 ゲートにはかなりの列が出来ており、俺たちの番まではかなり時間がありそうだった。


 俺は予定通り、その間に嘘発見人間を観察する。


 第二世代の視線は順繰りに審査中の外国人を捉える。どうやら彼のペースに会わせて審査を行っているらしく、審査官が質問などをしてその時間の帳尻を合わせたり、明らかに疑いを持つような事が無ければ、彼の検査をすっ飛ばして入国もさせるのだ。


 異国に来て興奮している者も居るだろうが、恐らくそれとは別の緊張も手に取るように分かるに違いない。


「ドウするの」


 女が小声で話しかける。


「このまま行く。この順で良い」


 俺はそれ以上言葉には出さない。


 現在の順のまま進めば、俺達に第二世代の視線がくるまで、二十秒近く間隔が空く。

 その間に審査官をごまかすために、女には日本語を教えた訳だが。それが無駄だったため、小芝居を打たせる事にした。


 俺はすでに落ち着きを取り戻していた。女はそもそも緊張感などかけらも持っていないらしく、上手く演技をこなした。


 つまり、飛行機に長時間揺られ、体調を崩した、日本人妻と言った具合。


 存外楽に済ませる事が出来そうだ、と俺は安堵した。


 先に女の旅券を差し出すと、入国審査官はにっこりと微笑み、女を見ながらそれはそれは流ちょうな日本語で「新婚旅行ですか?」と言った。


 女のそれよりよほど達者な日本語。


「ええ、妻がどうしてもと言いまして」


 俺は心乱す事無く、変わりに応える。


 その間女は笑みを絶やさず相手の目を見返す。


「良い旅を、奥様も」


 相手がそう言った直後、俺は嫌な予感に襲われた。無視を決め込む事も出来るが、それでは後五秒ほど『検査待ち』となる確率が高い。


 今、心中穏やかでない俺が第二世代の目にかかれば恐らく簡単にバレることだろう。


 そうなれば俺の人生共々全ては水の泡だ。


 しかしその問いに女が返す言葉は「ありがとゴザイマシタ」しかない。そんな日本語を喋ればたちまち第二世代の必要もなくバレてしまう。


「妻は今体調が優れ――――」


「ええ、ありがとうございます」


 しかし、俺の言葉を遮り、女が返したのは、非の打ち所の無い流ちょうな日本語だった。


「どうぞ」


 旅券を返す男を尻目に、俺と女は悠々とゲートをくぐる。 


「お前、喋れたのかよ」


「だからダイジョブ言っタ。サンタ先生」


 ととぼけた調子で、言う女に俺は目眩がするかと思った。


 背中は冷や汗でぐっしょりとしている。


 どうやらありがとう、こんにちはなどの定型文は完璧だったらしい。





 入国審査時の緊張感から解放された俺は空港内のソファの席を三つ占領し、天井を仰ぐと盛大な溜息を吐き出した。


「サンタ、ドウする?」


 サンタとは俺の名前と言うことになっている。


 同じく無事『不法入国』を果たした『戦略物資』は、先ほどと変わらぬ笑顔で話しかける。


「観光してから帰るよ」


「ワタシ、今日イチニチ暇」


「よしてくれ。これ以上積荷の世話をするのはごめんだ」


 俺は観光パンフレットを顔に乗っけた状態で、右手をひらひらと振り、関係の終わりを告げる。


「ソレジャ、また会う日マデ」


 意外にも女はそれだけ言うと、さっさと荷物を担ぎ去っていった。


 女はこの後現地の運び屋と落ち合い、作戦区域にでも投入されるのだろう。


 女の能力がどういったもので、一体何をするのかは一介の運び屋である俺が知るところではないが。


「まるで、殺人に自殺斡旋業…………だな」





 俺は空港近くのホテルに滞在し、次の連絡を待っていた。観光するなどと言ってはみたが、空港から市内までの道のりを観光客が生きて通れる保証など何処にもない。


 とりわけ何かに興味があるわけでも無いので、俺はただぼーっと弾力の無いベッドに寝転がりながら、開け放たれた窓より入り込む砂埃と共に聞こえてくるラジオのニュースを聞き流していた。


「――――!!」


 ノイズの混じった音が伝える情報に、俺は驚きと徒労感を隠しきれなかった。


 曰く、米国より不法入国をした女を軍が捕らえた、と。


「クソっ!!」


 俺は日本語で毒づくと、荷物を畳み、空港までの道のりを全力で走った。灼熱の太陽も、肌に貼り付く砂

も、今は気にしている余裕はない。


 別のパスポートは用意してある。


 すでに俺の情報は吐かされているだろうか? それともすでに殺されているのだろうか。


 どちらにしろ、米国人の女と再び相まみえる事などもう無いのだろう。


「クソったれが!!」 


 笑顔の絶えない女だった。


 関わった時間など、たかが一週間。


 しかし、俺には分かっていた。見てはいなかったが、別れ際も恐らく笑顔だったのだろう。


 自分が仕事をしくじった訳ではない。しかし、どうしようもない無力感に襲われた。





「サンタ。次の仕事だ」


 都会の雑踏の中、それでも携帯越しに男の声はよく聞こえた。


 日本国、東京はこの武器無き戦争時代にも、その様相を変える事無く、存続している。


 日本は偶然か神の意志かは分からないが、豊富な第二世代に恵まれた。


 それはつまり、核兵器を大量に所持しているのと変わらない。


 四七都道府県のいくつかが消滅し、その見返りか今この国は永世中立国というわけだ。


「…………ああ」


「おい、どうした? この前の女か? 良いじゃねえか仕事は相変わらず完璧、きちんと報酬は出ただろ」


「その報酬のおかげで後一月は遊んで暮らせるんだ」


 俺はややむっとして言い返した。


「仲介屋にたてつくと良いことなんてねえぜ?」


「干されて、最後には最低な仕事を紹介される…………か」


「わかってんじゃねえか」


 男は恐らくでかい腹をゆらしケタケタと笑う。


「まあ、そう意地悪するなよ。とりあえず明日の夜は空けとけ。今度はでかい仕事だ。一ヶ月どころか十年は遊んで暮らせる報酬が入るって寸法だ」


「今度は自殺の手伝いにならないと良いがな」


「おいおい、お前の仕事は、人間を右から左に運ぶだけ。その後の事なんか考えるだけ無駄だろ」


 男のあっけらかんとした声。そのように割り切れればどれ程楽か。


 冬の空は高く、吐く息は白く、風に吹かれ消えた。


 後で分かった事だが、あの女の処刑動画がネットで流れた。


 俺はそれを見た瞬間、嘔吐した。


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― 新着の感想 ―
[一言] シリアスに進む物語でも、緊張するところではしていて、緩いところは緩めてある。 戦争ものが嫌いでないので、とても楽しめました。 ありがとうございます。
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