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1週間に1話くらいのペースでと書きましたが、今週は3話までアップすることにしました(3話は明日投稿します)。来週以降は1週間に1話か2話ずつ投稿できるといいかなと思っていますが、まだ未定です。

 戦闘科の授業は翌日からすぐ始まった。講義も訓練も基本的に戦闘科舎と呼ばれる建物でおこなわれるので、メソス・スコラの広大な敷地内を端から端まで移動して迷うということはなかったが、少しでも早く実戦に参加できるようにするため、戦闘科の一年生は他の科よりも忙しい。オストレアも、初日は疲れすぎて寮にたどり着くのがやっとという有り様だった。

 一年生が必死に学んでいる間、上級生は班ごとに交代でメソス・スコラの周辺を見回り、時には集落の要請を受けてバルバルス・オースの討伐に向かう。バルバルス・オースは一度獲物と認識したものをしつこく追い求める習性があるため、獲物の近くに潜むことが多いのだ。

 バルバルス・オースの前身は半蛇(オピース)族。『始まりの母(オムニス・マーテル)』から生まれた種族の一つだった。しかし半蛇族は目の前で動くものを片っ端から呑み込む衝動を抑え切れず、他の種族のみならず同族同士でも食い合った結果、人の姿を取ることがかなわなくなった。醜悪な大蛇の化物と化し、『野蛮な口(バルバルス・オース)』と恐れ蔑まれる存在となった彼らは現在、共同生活を営むことができず、単独で行動している。

 半人を食らい続けたことが原因か、その寿命はとてつもなく長く、数百年生きている者もいるとさえ言われている。ただ、同族も食糧とみなして襲いかかるため、繁殖は望めなかった。唯一の例外は総母で、食い意地のはった彼らも総母に対してだけは、食欲より種の存続という本能が増すらしい。

 総母が産んだ子は基本的に相手の種族の特徴をもつが、バルバルス・オースと交わった場合は必ず総母の側の種族と同じ見た目で生まれてくる。おそらく半蛇族の血の根絶を防ぐための知恵だろうが、子供はバルバルス・オースの性質を受け継いでいるので、たいてい集落やメソス・スコラで殺戮をおかして正体がばれ、討たれるか追われていた。

 バルバルス・オースについての説明を教師から聞きながら、オストレアは自分の母のことを考えた。

 きっともう生きてはいない。父も祖父母も母を捜すことをあきらめたのだ。

 戦うすべをもたない者がバルバルス・オースのもとから逃げ出すなど不可能だから。

 あとは、そう――死んでいてくれればいい。さんざんたたかれた陰口が脳裏によみがえりあふれ、知らずこぶしに変えた左手を震わせていたオストレアは、不意にその手を包むように別の手が重ねられたことにはっとした。

「大丈夫?」

 左側で講義を受けていたカシェの問いかけに、高まっていた負の感情が静まっていく。半魚(ピスキス)族も半避役(カマエレオーン)族も体温が低めなのに、カシェの手はとてもあたたかく感じられた。

「……うん。ありがとう」

 オストレアが平常心を取り戻すのがわかったのか、カシェがかすかに微笑んで手を放す。自分の生い立ちについて詳しいことは知らないはずなのに、初日にモラがみんなの前で話したことからカシェはいろいろ推測したのかもしれない。

 とても同い年とは思えない落ち着きと気づかいだ。戦闘科に在籍させるのがもったいないくらいだが、カシェと同じ班でよかったと、オストレアは胸を押さえてほっとした。

 昼休憩は図書館に行ってみないかと誘われ、オストレアはカシェと連れ立って中央校舎に向かった。

 メソス・スコラは正門から入ると左手に戦闘科舎、右手手前に芸術科舎、奥側に知識科舎があり、図書館や大会堂などすべての科が使う施設はまとめて中央校舎と呼ばれている。その周辺には寮や林、草場、噴水池等があり、さまざまな種族がくつろぎ、交流していた。

 まだ走れないのでゆっくりと歩くオストレアに、カシェは文句も言わずにのんびり付き合ってくれる。カシェ自身せかせかしているのは好きではないそうだが、この優しさがほんの少しでもあの半馬にあればとため息をつきかけたオストレアは、問題の男子生徒が中央校舎の陰に立っているのを見かけた。そばにいるのは同じ半馬の女生徒だ。

 暗赤色の長い髪に明るい灰黄色の瞳の女生徒は、黄色いベストを着ている。芸術科の生徒と何を話しているのかわからないが、女生徒はとても魅力的だった。班長のソンリッサのような華やかな美貌ではなく、控えめで静かな雰囲気なのに目をひく美人だ。

 頬を薄く染めて懸命に何かを訴えている彼女に、しかしタキュスは冷ややかな一瞥を投げて去った。そのまま草場に集まっているソンリッサや別の半馬たちのほうへ駆けていく。置いていかれた女生徒は悲しそうにうつむき、そっときびすを返した。

「告白かな。タキュス先輩、すごくモテるって聞いたし……オストレア、顔」

 カシェが苦笑するほど、自分は苦々しい表情をしていたらしい。「だって」とオストレアはぼやいた。

「見た目だけよくてもね」

「能力もすごく高いみたいだけど」

「それを補ってあまりあるほど性格が悪いわ」

「オストレア、言葉の使い方が変だよ」

 たまらないとばかりに、カシェがついに声を立てて笑う。

「事実だもの。あの人に乗ると考えただけで気が重――」

 年上らしき男子生徒としゃべっていたタキュスが相好を崩したことに驚いたオストレアは、「あ、待って!」というカシェの警告と同時に何かにつまずいた。

 見事に顔からバターンッと倒れ込む。何もなかったはずのところがゆらめき、草色の髪を左右で三つ編みにした女生徒が姿を現した。

「ああっ、ご、ごめんなさいっ」

 黄色いベストの女生徒はぺこぺことオストレアに頭を下げている。カシェに手を借りて起き上がったオストレアは、打ちつけた鼻をさすりながらまたかと思った。

「半避役族がいるよってとめようとしたけど間に合わなかった。ごめん」

 カシェもあやまる。同族だとお互い体色変化をしていても見えるのだという。

「課題で誰を描こうか考えてたら、いつの間にか溶け込んじゃって……」

 ここに座って制作対象を物色していたらしい。集中しすぎて疲れたのでちょっと手足をのばしたとき、オストレアが引っかかってしまったのだ。

 半避役族はぼうっとしていても自分の意志でも姿を消せるのか。その特性は興味深いものの、頻繁にぶつかる身としてはいささか困る。でもくりくりした丸い目で必死に謝罪されると、怒りもおさまってしまった。

「ファルベといいます。芸術科の一年生です」

 はにかんだ笑顔が可愛らしい。オストレアとカシェも名乗って握手した。カシェとファルベは違う集落出身だったようで、初めましてと挨拶している。

 ふと視線を感じてかえりみると、タキュスたちがこちらを見ていた。ソンリッサは心配そうで、タキュスは唖然としたさまなので、転んだところをばっちり目撃されてしまったようだ。タキュスに話しかけられてうなずいているソンリッサに、オストレアは何ともないと手を振り、恥ずかしさをごまかした。

 まだ入学したばかりで友達がいないので、よかったら仲良くしてほしいと頼んできたファルベに、オストレアとカシェは喜んで応じ、予定を変更して今日は三人で話すことにした。こういうとき、同じ種族同士で盛り上がることも多々あるのに、ファルベとカシェはオストレアにもわかるような話題を選び、わからないものも丁寧に説明してくれた。周囲になじむ半避役族は配慮も得意なのかもしれないと、オストレアは感心した。



 午後からは担当教師のもとでみっちり指導を受けた。半魚族のカルマール先生は二十代半ばとまだ若い男性だ。穏やかな外見と語り口調に加え教え方も丁寧で、どんな小さなことでもほめてくれるので、初日こそ緊張したもののすぐに慣れ、オストレアは失敗を恐れず積極的に歌うことができた。

 朝食と昼食は自由だが、夕食は基本的に班でまとまって取ることが決められている。寮の食堂に入ったオストレアは、班の仲間がけっこうそろっているのを見て急いでおかずを選んでいると、知らない半鳥の男子生徒に話しかけられた。

「君、カエルラ・マールムに配属された子だよね?」

 今日訓練の様子を見たんだけど、とても一年生とは思えない技量で驚いたよと言いながら隣に立った黒髪の男子生徒は、料理を取りながら自分の班の戦力不足を語り出した。おそらく上級生なので失礼のないよう丁寧に相槌を打っていたものの、どうやら自分は勧誘されているらしいとオストレアは気づいた。返事に困っていたところで、「こらこら」とエグルが背後から割り込んできた。

「うちのかわいい後輩を引き抜かないでくれよ」

「別に、悩みを打ち明けてただけだぞ」

「仮にも班長がよその一年生に相談するなよ」

 言い合う二人は笑っている。どうやら気安い間柄のようで、オストレアはほっとした。エグルと親しいなら悪い人ではないのだろう。

「俺と同郷のコルヴォ。二グレードー・マールムの班長だ」

「よろしく」

 エグルの紹介を受けてコルヴォがにこりとしたので、盆を持っていたオストレアは握手の代わりに頭を下げた。

「現状が厳しいのは確かなんだよ。ルビーナも……まだ立ち直れなくて」

 視線を落とすコルヴォに、エグルは痛ましげに青緑色の瞳を揺らした。

「この子はタキュスがどうしてもって言って連れてきたから譲ることはできないが――」

「話を捏造するな。そんなことは一言たりとも口にした覚えはない」

 いきなり脇から会話に参加してきた不機嫌そうな声に、オストレアはびくりとした。タキュスはむっつりとした顔で手早くいくつかのおかずを盆に乗せると、カエルラ・マールムの班員が集まっている食卓へと歩いていった。

「相変わらず無愛想だな。顔立ちが似ていなければ、とてもソンリッサの弟とは思えない」

 コルヴォが苦笑してオストレアを見た。

「あれに乗るのは怖いだろう? うちの新人の半馬(エクウス)族は気さくだし、女の子に優しいよ」

 ぐらりと気持ちが傾いたのを勘づかれたらしく、エグルに「だめだめ」と肩を抱かれた。

「タキュスが許す子はめったにいないんだから、オストレアは絶対に渡せない。それに、オストレアが移籍したらモラが泣くよ」

 モラと離れるのは嫌だと、オストレアの心が再びカエルラ・マールム側に戻る。残念そうな様子のコルヴォにエグルが言った。

「当分はメソス・スコラの内部警備に回るんだろう? 外部に出動するようになったらまた声をかけてくれ。連携の優先順位を上げるから」

「すまんな。助かる」

 微笑んで去るコルヴォの目はうっすら湿っていた。それが気になりじっと見送っていたオストレアはエグルにうながされ、連れ立ってソンリッサたちが待つ食卓へ向かった。

「あそこは去年、仲間を二人亡くしたんだ」

「バルバルス・オースとの戦いで?」

「中距離から届いた救援要請に応じたら、共闘班がコルヴォたちを囮にして逃走したんだ」

 撤退の際は要請した側の班から後駆を出すのがならいなのに、連中はそれすらしなかった。結局コルヴォの班の班長だった半馬と相方の半魚が後駆を引き受けて味方を逃がし、二人は戻ってこなかったという。

「自分たちも班員が半分やられたからと向こうは弁解したそうだが、それでもな……コルヴォたちが行かなければ全滅だったんだから」

 帰還後に大喧嘩になり、コルヴォたちは永久断絶を突きつけた。もともと連携を結んでいた関係ではなかったのに情け心を踏みにじられ、大事な仲間を失ったのだから当然だと、エグルはため息をついた。

 付き合いがないのに危険を承知で援護に来た班を置き去りにしたプルプラ・マールムは信用できないとして、現在どこからも連携を拒否されているという。また二グレードー・マールムに対しては同情こそすれ、人員減少による戦力不足から今はやはり連携を渋る班が多い。

「あそこは俺たちと仲のいい班員がけっこういるから、できるだけ助けになってやりたいというのがうちの班の意見だ。オストレアもそのつもりでいてくれ」

 エグルの言葉にオストレアはこくりとうなずいた。

 モラがいつものように隣をあけてくれていたので素直に座る。エグルもほぼ定位置となっているマスィーフとタオヘンの間に腰を下ろした。 

「コルヴォの話、何だったの?」

「オストレアをもらいたいみたいだったな」

 尋ねるソンリッサにエグルが答え、モラが眉をひそめた。

「気持ちはわかるけど……もちろん断ったのよね?」

「ああ、コルヴォたちには悪いが、オストレアはタキュスがやっと気に入っ――」

「違うと言ってるだろう」

 最後まで口にさせずにらむタキュスに、エグルはにやけている。年上の余裕か、タキュスをからかって遊ぶのはエグルくらいだと、剣呑な空気を全身からにじませるタキュスにおののきながらオストレアはあきれた。エグルは女の子には甘く優しいのに、同性には意外と遠慮も恐れもしない接し方をするので、見ていて時々ひやひやする。 

「うちの新入りは二人とも優秀だから、周りの視線が熱いんだよ」

 エグルはタキュスからオストレアとカシェへ視線を移し、口角を上げた。

「カシェは今年入った半避役族の中では間違いなく一番だな。習得がめちゃくちゃ速いって聞いたぞ。しかももう武器の選定に入るんだって?」

 我がことのようにタオヘンが得意げに話す。

「オストレアもすごいわよ。初見でもまったく音程がぶれずに高唱できるの。歌力が高いから単独でも十分すぎるくらい強いけど、範囲唱法や支援唱法もオストレアならきっと楽勝よ」

 次の授業では一緒に歌うことになっているとモラが嬉しそうに報告する。新入生との歌合わせは私たちが一番乗りだと。

「俺もオストレアの歌声にはびっくりしたよ。吸い寄せられるだけじゃなく、離れられなくなるんだよね」

 見学に来ていた他の班の連中も聞き惚れてて、うらやましがられたよとエグルが片目をつむる。それが自然でさまになっているので、オストレアは微苦笑を漏らした。

「おかげで連携の申込みが殺到してるわ」

「優先一位はルボル・マールムだろう?」

 マスィーフの確認をソンリッサは肯定した。ルボル・マールムにはマスィーフの弟が所属している。しかも班長のシュタルクはソンリッサの恋人だという。

 バルバルス・オースは基本的に単体で動くが、争いの起きている場所には獲物がいると期待するのか、やたら集まってくる。複数のバルバルス・オースに囲まれてしまった場合、他の班に救援要請を出して共闘しなければ生存率が一気に下がるため、出動前は必ず連携を結んでいる班と互いの行き先など情報交換をすませておく必要がある。

 どの班も生き残りたいから、できるだけ強い班と組みたがるのは当たり前だが、苦境に陥ったときに協力しあえるかどうかの見極めは非常に重要だ。

 共闘は難しい。きっと班員を危険にさらした責任を取ろうとしたのだろう先代の二グレードー・マールム班長を想い、また今後自身も向かうことになる戦いに、オストレアは身を震わせた。

 

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