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風光明媚

食後、レナートにエスコートされてクラーラは黒魔術の工房へ歩いていた。

窓の外を見ると、すでに日は落ちきっていた。


「最初のうちは迷いやすいだろう。うちの使用人は少ないから、迷ったときに頼れる人が近くにいるとも限らないし……ああ心配だ」


「記憶力には自信がありましてよ。ご心配なさらず、レナート様」


会話の途中、急にレナートが立ち止まる。

何事かとクラーラは彼の顔を覗き込んだ。


「クラーラ。俺たちは夫婦になるんだ。俺のことも気軽にレナートと呼び捨てにしてくれて構わない」


「しかし……」


「いや、レナートと呼んでくれ。じゃないと、俺も『クラーラ嬢』と呼ぶことにする」


それは嫌だ。

なんというか、距離感がまた遠ざかってしまう気がして。

せっかく仲睦まじくなれそうな婚約者に出会えたというのに、再び縁を失うのはクラーラの心が許さなかった。


「じゃあ……レ、レナート」

「うん!」


「レナート」

「ああ!」


「レナート様」

「……」


「レナート」

「なにかなクラーラ!」


露骨に反応の違いを見せるレナートに、クラーラはくすりと笑う。

――ああ、彼もまた同じか。

そうだ。彼も親しい人がほしかったのかもしれない。


辺境に閉じこもり、嘘がつけない性質から人づき合いも碌にできず。

理由こそ違えど、クラーラと同じく人を遠ざけていた。

自分の過去に重なる想いを感じて、クラーラの心は一歩前進した。


「さて、気を取り直して。ここを右に曲がって進むと、俺の魔術工房がある。設備には金をかけている。というか、趣味で金をかける場所がそこしかないんだよな」


「わかりますわかります。黒魔術ってお金がかかりますわよね。珍しい材料を使うことが多いものですから、何かと出費がかさんで」


「そうそう。特に俺が最近仕入れた火竜の尻尾とか、かなり高かったんだよ。ジュストにも怒られてさ……」


「まあ、火竜の尻尾を? 王都でもなかなか流通していない高級品ではありませんか」


……などと、二人は一般人が入り込む余地のない会話を交わす。

こうして黒魔術に関する話をできたのは、二人にとって初めてのことだった。

クラーラのリナルディ伯爵家では白魔術が至上とされ、またレナートは家から出ずに交流を広げられないゆえに。


気づけば『扉』は眼前に迫っていた。

レナートが指をそばに立っている石柱に押しつける。

すると、魔力を発して扉が左右に開いた。


これは都でも王城くらいでしか使われない、最先端の技術。

設備に金をかけているという話は本当のようだ。


「あとでクラーラも認証するよ」


「ありがとうございます。工房の中は……まあ!」


クラーラは工房に入って立ち尽くした。

周囲には数々の魔道具がそろい踏みだ。

だが、彼女を驚かせたのは別に理由がある。


眼前に広がる大庭園。

どうやらレナートの工房は、大庭園を一望できる位置にあるらしかった。

夜景の中を蛍が飛び交う。

さながら夜闇で光る宝石のように、ひとつひとつの燐光がクラーラの心を刺激した。

不規則に飛び交う蛍光が、ときどき中央に流れる噴水の飛沫を輝かせる。


「綺麗……」


「ここからの眺望は美しいだろう? 俺も研究の合間に、よく風景を眺めている。昼には綺麗な花々が見えるし、秋には見事な紅葉が。冬には雪化粧を被った木々たちが顔を覗かせる。ここが屋敷の中でいちばんお気に入りだ」


リナルディ伯爵家では、ひっそりと隅の方に工房を構えるだけだった。

研究に美しい環境など不要と、クラーラはそう自分に言い聞かせてきたものの……ここまで見事な絶景を見ると何も言えない。

ここで一年を過ごしてみたい。

叶うことなら、レナートと共に。


「レナート。私、ここに来られて本当によかったと思います。本当に私がこの工房を使ってもよろしいのですか?」


「もちろん。一人じゃ少し寂しかったから、こちらからお願いしたいくらいだ。そうと決まれば、明日さっそく君のスペースを作ろう。何か必要な素材や設備があれば遠慮なく言ってくれ」


「ありがとうございます……! 今晩中に必要な資材を考えておきます」


クラーラの心は喜悦に満ちていた。

対するレナートもまた、これからの婚約者との日々に胸を高鳴らせて。


わずかに開かれた窓のそばで、純白のカーテンが揺れる。

花弁が一枚、するりと隙間から入り込んで落ちた。


庭園から流れ込むゆるやかな風。

風は言葉を持たないが。

新たな家族の存在を祝福しているようだった。


 ◇◇◇◇


工房を見た後、さっそくクラーラは庭園に出てみた。

上から眺めるのもいいが、やはり地に降りるとまた別格の美しさがある。

夜だから危ないのでと、隣にはレナートも一緒に来てくれている。


「ハルトリー家はさぞかし優秀な庭師を雇っているのでしょうね」


「ああ。まあ、辺境だから景色の美しさくらいは王都の貴族には勝たないとね。この庭園を整えているのは、主にカーティスという庭師で……ああ、話をすれば」


レナートは噴水の方を示した。

夜闇の中ではっきりとは見えないが、大きめの体格の男性が佇んでいた。


「おや、レナート様。お隣にいらっしゃるのは……」


「お初にお目にかかります、クラーラ・リナルディです。レナートの婚約者です」


「おお、これは失礼いたしました! 私はカーティスと申します。ハルトリー家で庭師を務めながら、ときたまレナート様の政務の手伝いもしております」


金色に近い茶髪をまとめた、小綺麗な男性だ。

彼は恭しく一礼した。


「こちらの庭園、とても綺麗ですわね。思わず見とれてしまいました」


「お褒めにあずかり光栄です。元々、庭師を目指すつもりはなかったのですが……今はできるだけ美しい庭園を目指すことが生きがいとなっております。貴族の家の外観は、主の精神を示すとも言いますから」


たしかに合っている気する。

クラーラの実家はツタが蔓延る外壁に整備されていない雑草。

対してここは風光明媚な庭園だ。

主の性格からしても、まったく正反対。


「いや、実はカーティスはすごいんだよ? 彼の生まれは……」


「レナート様」


「ああ、悪い。別に隠しておくことでもないと思うが……俺は黙っておくよ。まあ、この家には彼やジュストのように有能な使用人が多いんだ。クラーラもぜひ彼らと交流をしてみてくれ。きっと居心地がよくなる」


「はい、もちろんです。私の侍女ロゼッタも、他の使用人に馴染めるように積極的に交流していきますわ。ここが今日から私の家ですものね」


クラーラはくすりと笑った。

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