リナルディ伯爵家の絶望
リナルディ伯爵家はかつてない混乱に包まれていた。
「な、何が起こっている……!?」
リナルディ伯爵ウンベルトの狼狽。
今朝、ハルトリー辺境伯家とフールドラン侯爵家、そして王家の印章が押された書状が届いた。
リナルディ伯爵家が男爵家にまで降格されるという。
そして領地の大半も没収される。
娘のイザベラによるハルトリー辺境伯への攻撃、近ごろの領地の失政、そして白魔術の名門としての技術の不足など。
降格理由が淡々と綴られている。
イザベラが先日の夜会から帰って顔を合わせないと思ったら、こんな事件を起こしていたとは。
書状の内容を見た夫人のルイーザは半狂乱になって喚き散らした。
「嘘、嘘よっ! ねえあなた、これはきっと私たちを陥れようとする罠よ!」
「そ、そうだな……これが偽装の文書である可能性も否定できん」
ウンベルトは一縷の望みに賭けて、書状を持ってきた王家仕えの文官を見た。
しかし文官は呆れた様子で肩をすくめる。
「正真正銘、本物の文書です。疑うのであれば紋章官に頼み、真偽を鑑定してもらっても構いませんよ」
「なぜだ! あまりにも突然すぎる! 確かに娘がハルトリー辺境伯に攻撃したことは陳謝しよう。しかし、領地までいきなり奪うとは……」
「異議申し立てがあるのならば、裁判で行うべきでしょう。そもそも領地とは国王陛下から諸侯に貸与され、陛下に代わって領主が民を治めるもの。その責務を放棄して民をないがしろにし、贅を尽くすとは言語道断。裁判でも異議申し立てが通る可能性は限りなく低いかと」
項垂れるウンベルトとまだ文句を言いたそうなルイーザ。
二人の様子を見て、文官はまだ言葉足らずかと口を開く。
「そもそもですね、リナルディ伯爵家は白魔術を有することで大きな存在意義を誇っていました。しかし当代の伯爵、および子女のイザベラ嬢は最低限の白魔術しか扱えない。そして白魔術の書物もほとんどハルトリー辺境伯家に売ってしまったのでしょう? 多大な借金をわずかでも減らすために叡智を手放すとは、領主としての経営力がないと判断されても仕方ないでしょう」
「くっ……」
「それでは、私は失礼いたします」
反論できない。
文官の言葉はすべて正しかった。
娘と妻の豪遊はもちろん、ウンベルト自身も妻子を甘やかして領地を放っておいたのだから。
去っていく文官の背を見つめ、ウンベルトは力なく呟いた。
「ハ、ハルトリー辺境伯家に謝罪するしか……ないか。イザベラを呼べ」
まずは謝罪だ。
クラーラが嫁いだハルトリー辺境伯家ならば、まだ救ってくれる可能性はある。
そのためには無礼を働いたイザベラに頭を下げさせなくてはならない。
呼ばれてやってきたイザベラの顔は青ざめていた。
何があったのか、すでに彼女は理解しているのだろう。
「イザベラッ! 今すぐにハルトリー辺境伯家へ向かい、レナート様とクラーラに謝罪してこい!」
怒号が飛ぶ。
イザベラは肩をビクリと震わせて、反抗的な目で父を睨んだ。
「クラーラに謝罪!? 絶対に嫌よ!」
「な、なんだと……? そもそもお前がきっかけになったことだ! 男爵家に降格したら、今までのような贅沢はまったくできんぞ! 領地もなく税もほとんどない、平民のようなものだ!」
「原因は私だけじゃないもの! お父様がちゃんと領地を経営できなかったのが悪いんでしょう!? 私、絶対に謝罪になんて行かないから!」
強情に吐き捨てたイザベラ。
彼女は父の制止も聞かず、大きな足音を立てて二階へ上っていく。
どうしてあの娘には言葉が通じないのか。
自分がこれからどうなるのか、理解していないのか。
「あなたも謝罪に行くべきよ。イザベラと一緒にハルトリー辺境伯に……ううん、それだけじゃないわ。陛下とフールドラン侯にも降格を取り下げてもらうようにお願いしてくるのよ。早く……!」
「お前……! お前が散財したせいだろうが! そもそも借金を抱えるハメになったのも、お前とイザベラのせいで……」
「私はそこまでお金は使ってないわ! イザベラが一番悪いのよ!」
責任の押し付け合い。
リナルディ伯爵家の面々は互いに非を一度も認めることなく、ただ言い争いを続けた。
そんな彼らを慕う使用人もいるはずがなく……やがて彼らは孤立する。
この高慢な家族が、かつて蔑んだクラーラに謝罪もできるわけなく。
書状の命令通り、リナルディ伯爵家は男爵家に降格となった。
それから彼らは困窮し、一族は途絶えたという。