未来を見据えて
舞踏の時間は終わり、クラーラとレナートは見事なダンスを披露した。
友人たちとも別れを告げ、次々と馬車が夜会の会場から出ていく。
そんな中、クラーラはトビアスと共に待機していた。
レナートがカーティスと今後の方針を協議している最中だ。
イザベラが起こした問題と、不正にイザベラを夜会に滑り込ませたリナルディ伯爵家への対処を議論しているそうだ。
クラーラは気遣われたのか、議論の場には不参加になった。
自分としても実家のことは思い出したくないので、配慮してくれて助かっている。
「クラーラさん。あの、疲れてないですか? なんか色々あったみたいだから……」
「大丈夫よ。トビアス様も慣れない夜会でお疲れでしょう?」
「僕は詳しいことはわからないんですが……ええっと。リナルディ伯爵家は白魔術の名門なんでしたよね。それで、イザベラさんは白魔術を使えることを誇っていた。でも……それが他人に偉そうにしていい理由にはならないですよね」
「……そうね。ええ、力は誇るものではなく、魅力程度に留めておくべきなのでしょう。だけど自分の能力を誇示することを我慢できない人もたくさんいるのよ」
白魔術は使い手がとにかく少ない。
代々一部の家系の特権とされてきて、清廉な術とされているのだ。
だからこそリナルディ伯爵家の面々には選民思想のようなものが満ちている。
「……よし、決めた」
おもむろにトビアスは立ち上がる。
彼はどこか自信に満ちた表情を浮かべていて。
「僕、将来は文官になるため勉強しているんです。だから僕が文官になって……いろんな魔術のすばらしさを広めてみせます。黒魔術だって、白魔術と同じくらいすごいものだと。それが呪いを長年背負ってまで僕を救おうとしてくれた、兄さんへの恩返しになると思いますし」
「まぁ……! なんて素敵な夢なのかしら。私も応援したいわ、その夢」
「うん、がんばります。たまには勉強とかでクラーラ様に教えを乞うこともあるかもしれません。そのときはよろしくお願いしますね!」
「ふふ……いつでも頼ってちょうだい」
きっとトビアスの夢は叶う。
レナートが弟を救う夢を叶えたように。
兄弟の瞳には、同じ光が宿っていたから。
◇◇◇◇
「リナルディ伯爵家は不正に参加者の名簿を入手し、そのうえでイザベラ嬢の正体を伏せたまま夜会に滑り込ませた。なんと狡猾な所業でしょうか」
カーティスが怒りを露にして顔をしかめる。
イザベラからひと通り事情聴取した後、明るみになった事実の数々。
これにはさしものレナートも頭を抱えた。
「今までクラーラが参加する夜会には、リナルディ伯爵家の者が出ないことを確認していた。だが今回の件を受けて……彼女を夜会に参加させるのは危ない気がしてきたぞ。リナルディ伯爵家が何をしてくるかわからない」
「レナート様が婚約者として、クラーラ様よりもイザベラ嬢を優先すると思い込んでいたのも哀れですな。お二人の愛を考えれば、そんなことはあり得ないというのに。ここは厳粛に対処すべきかと」
「……そう、だな。あまり角は立てたくないが、クラーラに危害が及ぶ可能性があるなら容赦はできない」
レナートの基本的な方針は『政敵を作らないこと』だ。
しかし今回の事件は目に余る。
リナルディ伯爵家は明確に敵になったと言っても過言ではないだろう。
「レナート様への攻撃魔術の行使……そして不敬な態度の数々。これは多くの目撃者もあり、十分な証拠となるでしょう。神明裁判のもとにリナルディ伯爵家を起訴し、追い詰めるべきでしょうな」
「ああ。リナルディ伯爵家の権威はすでに先代より落ちている。白魔術の名門を謳いながらも実力は伴わず、また経済的にも落ち目だ。伯爵家存続の是非すら問えるかもしれないな」
「フールドラン侯爵家も協力させていただきます。当家としても、ハルトリー辺境伯領との結びつきは深めておきたいですからな。父も承諾するでしょう」
「……よし。方針は決まった。さっそく明日から準備に取りかかろう」
「承知しました」
自分の婚約者が受けた仕打ちを考えれば、レナートに迷いはなかった。
クラーラは完全に実家から切り離す。
そして新たにハルトリー辺境伯家の一員として、社交界に認めさせるのだ。
議論も終わるかと思いかけた、そのとき。
レナートがさらに言葉を継いだ。
「それとカーティス。トビアスやジュスト、ロゼッタさんとも連携して進めてほしいことがあるんだけど……頼めるか?」
「ふっ……言われずとも。すでに結婚式の準備は進めておりますよ。クラーラ様には内緒ですね?」
「ははっ……まったく、みんなには頭が上がらないな。じゃあ、頼んだよ」