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幸せの返し合い

「クラーラ。ハルトリー辺境伯様との婚約を白紙にしなさい」


イザベラの信じられない強要に、クラーラの思考が真っ白になった。

思わず耳を疑ったほどだ。

今こうして高慢に腕を組みながら立つ姉が、何を考えているのか理解できない。


昔からそうだった。

姉は自分が上だと信じて疑わず、無理な要求をする。

とうに実家とは縁を切ったはずなのに、まだイザベラは。


「待て。俺とクラーラの婚約を破棄するだと? そんなこと、断じて認めないぞ」


レナートは怒りを露にして非難の声を上げた。

だが、イザベラに道理は通じない。


「ハルトリー辺境伯様。あなたが婚約に肯定的でも、もしかしたら妹は嫌がっているかもしれません。これは借金を抱えているフールドラン侯様から紹介された婚約。クラーラももしかしたら断れなかったのかもしれないでしょう。……ね、クラーラ?」


認めろと。

そう言わんばかりにイザベラは尋ねてきた。

実家のリナルディ伯爵家では、あらゆる面倒事を引き受けて、姉と両親の要求はなんでも呑んできた。

だからこそイザベラはクラーラが逆らえないと信じて疑わない。


きっとクラーラも首肯していただろう。

実家に縛られているころの彼女であれば。



「――いいえ。お姉様、私はレナートを愛しています。レナートもまた、私を愛しています。ですので婚約を白紙に戻すつもりはありません。……この返答でよろしかったでしょうか? いえ、よろしいですね?」


クラーラが吐いた本心。

たとえ誰が相手だとしても、レナートとの婚約が嫌だなんて言えるわけがない。

強要を仕返しするかのように彼女は尋ねた。


瞬間、隣に立つレナートが小さく笑った。


「……君らしいな。あぁ、そう言ってくれると思っていたよ」


「私の心は、私の口から言わないと誰にも伝わらない。言わなければ、ずっと言いなりのままだから」


イザベラは放心したように目を見開いていた。

肩をわなわなと震わせ、信じられないものを見るような目で。

過呼吸になってイザベラは息を吐く。


「なんで……」


すべてが思い描く通りにいくと思っていた。

今までクラーラに命じたことは、すべてイザベラの思い通りだったのに。


「なんで、あんたが私の要求を断るのよ!? あんたは……姉に従ってればいいの! 幸せになっちゃ、いけないのよ!」


瞬間、複数の動きがあった。

気づけば目前に白い光が広がっている。

一拍遅れて隣に立つレナートがクラーラの手を引いて。


「っ……?」


何が起こったのか。

理解が追いつかないクラーラは、頭を押さえてふらつくレナートを見た。


「レナート!」


慌てて彼の体を支える。

レナートの目元にわだかまる魔力――普段クラーラが使う黒魔術の質とは真逆のものだ。

白魔術の攻撃……相手の目をくらませる術。

状況を理解したクラーラは咄嗟に叫んだ。


「衛兵! レナートが攻撃を受けました! 彼女を取り押さえて!」


「っ……大丈夫だ、クラーラ。この程度なんてことはない」


イザベラは自分が衝動的にしでかしたことを理解し始めたのか、顔を真っ青に染めて。

震える手を胸に当てた。


「ち、ちが……今のはクラーラに向けて……」


「……ほう。俺の婚約者を傷つけようとしたと? たしかに言質は取ったぞ」


「…………っ」


これ以上話してはボロが出ると思ったのだろうか。

イザベラは黙りこくった。

瞬間、彼女を衛兵たちが取り囲む。


社交の場で相手を害すること。

そして相手が辺境伯ともなれば、罪の重さは測り知れないものになるだろう。

今回の事件は目撃者が多く、言い逃れもできないはずだ。


イザベラは最後まで抵抗しようとしていたが……彼女の抵抗も虚しく、衛兵たちに取り押さえられて連行されていった。


「クラーラ! 大丈夫か?」


「もう……まずは自分の心配をしてちょうだい。私は大丈夫だけど……あなたはイザベラの魔術を直に食らったでしょう?」


「平気だ。噂に聞く白魔術も大したことないな。とにかく君が無事でよかったよ」


こんなときまでレナートは他人の心配だ。

そういうところが好きで彼を大切に想っている。


「さて……面倒なこともあったが忘れよう。そろそろ舞踏が始まるんだ。準備はできているか?」


「もちろん。イザベラのことはしばし忘れて、楽しい時間にしましょう」


「ああ。行こうか」


レナートは舞踏の会場へ歩きだす。

しかし、クラーラはエスコートに応じずその場に立ったまま。


「……ねえ、レナート」


広間へと歩いて行くレナートの背を見つめ、静かな声で呼びかけた。

レナートは振り向き、微笑みを浮かべる。


「どうしたんだ? 何か心配事か?」


「私は……ううん、こんなことを聞くまでもないのは理解しているの。それでも確認させてほしい。私は本当に、あなたの隣に立っていてもいいのかしら」


イザベラとのやり取りで不意に思った。

もしかしたらレナートは自分に情けをかけてそばにいてくれるのかもしれない。

もちろん、そんなことないのはわかっているけれど。

今一度……彼自身の口から聞きたかった。


レナートは再びクラーラの元に歩み寄り、そして……彼女を優しく抱きしめた。

抱擁から温もりが伝い、今までに感じたことのない感覚を覚える。


「これが俺の答えだよ。二度と君を手放すつもりはない。俺を幸せにしてくれた君を……これから先、俺が幸せにする」


「…………ありがとう」


そっとクラーラはレナートを抱き返した。

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