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二人の戦い

ハルトリー伯爵家の書庫。

そこに新たに担ぎ込まれた、山のような書物の数々。


「どうかな、クラーラ? 君のご実家にある書物はほとんど買い取ったよ。これでトビアスの病を治す手がかりが見つかればいいんだけど……」


「ええ……たしかに。実家で見た書物がたくさん。もっとも、私はこの書物たちを読むことは許されなかったのだけど」


白魔術至上主義のリナルディ伯爵家において、黒魔術師のクラーラには書物を読む権利すら与えられなかった。

白魔術に関する書はもちろん、それ以外の本も。

初めて触れる叡智にクラーラの心は躍っていた。


「しかし……よく強情な父を説得できましたね?」


「俺が交渉したわけじゃないよ。カーティスとその使者が交渉に当たったんだ。書物の買い取りだけじゃなくて、領地を借金の代わりに接収することで民の暮らしを安定させたり、魔物の脅威を退けたりしてくれた。カーティスと父君のフールドラン侯には本当に頭が上がらないよ」


金を餌にされれば父は迷わず飛びつく。

クラーラにはその確信があった。

しかし、こうも簡単に餌につられてしまうとは……嫌いな父ながらも少し情けなくなる。


「でも……どうせリナルディ伯爵家は送った資金をすぐに使いきるわ。あの姉と母のことですもの」


「まあ、そこら辺は知ったことじゃないな。クラーラとロゼッタさんが奔走してくれたおかげで、リナルディ伯爵家に仕えていた使用人たちも引き抜きの準備ができた。後顧の憂いはほとんど断てただろう?」


「ええ、そうですね。こちらで使用人たちを受け入れる準備をしてくれて、本当に感謝しています」


「愛しき婚約者のためだ。当然だろう」


そう、クラーラも手持ち無沙汰に事態を傍観していたわけではない。

これまでリナルディ伯爵家に仕えていた使用人たちが、露頭に迷うことはクラーラとしても看過できなかった。

あの愚かな家族の強い風当たりに耐え、彼らは今まで一生懸命仕えてきたのだから。

そこでロゼッタの伝手も使い、使用人たちをハルトリー伯爵家の使用人として召し抱えることにしたのだ。


一連の出来事でリナルディ伯爵家の規模は急速に縮小。

クラーラもほとんど実家とのつながりを断つことに成功した。

もはや実家に残した未練はない。


「さて、あとは……」


改めて書物の山に向き直る。

この山のような書物を紐解く作業が始まる。


「トビアス様を助けるため、使えそうな情報を徹底的に集めましょうか」


「そうだな。ただ……これは本当に、俺とハルトリー伯爵家だけの問題だ。クラーラにそこまで手伝う義理はない。それでも……手を貸してくれるのか?」


やれやれ……とクラーラはかぶりを振った。

いまさら野暮なことを。

彼女はレナートに微笑み手を取った。


「私はあなたの妻になるのです。これは私の問題でもあるわ。それに……いつまでもあなたが笑えないんじゃ、私も幸せになれないでしょう?」


「クラーラ……」


静かに碧の瞳を揺らすレナート。

彼の瞳に決意の光が宿る。


「――ありがとう。必ず、トビアスを助けよう」


そして二人の戦いが始まった。


 ◇◇◇◇


朝から晩まで資料を漁り、とにかく手掛かりを探す。

意識不明の状態から回復させる手段を。


クラーラは注意深く文意を読み本質を探る。

レナートは俯瞰して全体を把握し体系を探る。

眼光紙背に徹する二人の解読は、すさまじい効率で進んでいった。


時が進むにつれ増える情報。

時折ジュストやロゼッタが心配そうに様子を見にくるが、集中した二人は気に留めず作業を進めていく。



ふと、クラーラは筆を止める。


「これは……」


ひとつ気になる記述があった。

読んでいたのは古い黒魔術書。

かつてリナルディ伯爵家が禁書に指定し、書庫に封じていたものだ。


「……ん。クラーラ、何か気になることが?」


「ええ。ずっと昔の禁書に……人を深き眠りから解き放つ黒魔術の記述がありました。原因不明の寝たきりになった人の治療も、その黒魔術で行えたとか。試してみる価値は大いにありそうですね……」


「本当か!? 見せてくれ!」


トビアスが昏睡している原因は不明。

そもそも人体は不思議なもので、明かされていない事実の方が多い。

今は『なぜそうなったか』ではなく『どうやって解決するか』を探るべきだ。

その点から見れば、この記述は非常に有益なものであると言えるだろう。


「なるほど……人を眠らせる黒魔術を応用して、逆に昏睡から目覚めさせるのか。この術を使って不眠不休の労働を強いた貴族がいたから、禁術に指定されたみたいだな」


黒魔術は他人に害を与えるものだけではない。

それを反転・応用させて益を生み出すこともできる。

クラーラが得意とする魔物除けの結界もまた、侵入を阻む黒魔術を応用したものだ。

中にはこうして歴史に埋もれていってしまった魔術も。


「難しいな……昔の理論が使われているから、色々とごちゃごちゃになってる。材料も見たことがないものが多い。一筋縄ではいかないが……」


レナートは書物を抱えて立ち上がる。


「でも、試さない手はない。そうでしょう?」


「ああ。屋敷の者を総動員し、術の行使に取りかかろう。今回は俺と同じく黒魔術師である、クラーラの力が頼りになる。……頼りにしてもいいかな?」


少し不安そうに彼は尋ねた。

もちろん返す言葉はひとつだけ。


「大船に乗ったつもりでいてください。私とあなたが力を合わせれば、きっとトビアス様は目を覚ましてくれます。さあ、皆に協力を仰ぎにいきましょう」


クラーラはひと足先に書庫を出る。

去り際、レナートの瞳が潤んでいるのは見ないことにして。

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