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第94話全ての力を使い、遊戯神の【守護者】・トゥラヌアに挑みますか?

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 スイカが爆発したかのように飛び散った血と肉片が、自分の額や頬、唇にべちゃりと付着した。

 頭部を失った薙沙の体はバランスを失い、背中から地面に倒れる。


 ……あまりにも、呆気なく。


「……ぁぁ」


 響は膝から崩れ落ちた。


「ぁ、ぁぁ……」


 掠れたような声だけが口から漏れ出る。

 言葉が喉の奥でつっかえ、形になる前に消えてしまうのだ。

「ナギ姉」と名前を呼ぼうとしても、「起きてよ」と力の限り叫ぼうとしても、全部。……全部。


 胸を突き破った悲しみさえも声にならず、行き場を失い――そうして遂に、涙となって瞳に溢れた。


 視界が雨粒で濡れた窓のようにぼやけて何も見えなくなり、次第に呼吸も出来なくなっていく。

 崩れたままの表情が元に戻ってくれない。

 必死に堪えても、堪えても、涙と嗚咽が止まってくれなかった。


 悪辣な天の使者の声が耳に届いたのはその時だった。


「?……やんもぅ、前が見えないから狙いが逸れたぁ。どうせ後で始末する予定だったけど、気分悪いわぁ。煙臭いし、最低ね貴女」


 煙幕の中から現れたトゥラヌアが、羽虫を見るような目で響を見下ろしつつ言った。


 いや、この人の姿をした怪物にとって、眼前の自分達はまさにそれなのかもしれない。

 矮小で、取るに足らず、近くで煩く飛び回る鬱陶しい駆除の対象。


 ――きっと、そんなものでしかないのだ。




「…………【必殺(デス)コマンド・自己犠牲(サクリファイス)】」



 ゆらりと立ち上がりトゥラヌアへ向き直って、それから震える声がようやく紡いだのは、怒りの言葉でも、恨みの言葉でも、ましてや悲しみの言葉でもなかった。


 風が巻き起こった。ふわりと、それは響の前髪を持ち上げ揺らめかせる。

 自身の体から放出される純白のオーラに、空気が押し出されたのだ。

 瞼を閉じると、目の端の涙が空へと舞い散った。


 白い輝きを持ったエネルギーの奔流が激しさを増して行く。

 しかし、それは【コマンドバトル】の特殊能力により、自らの魂を犠牲にして生み出した刹那的な力であった。

 生命力を吸い取られるように深緑の髪からは色が失われて行き、みるみるうちに白く染まって行く。


 失った、喪った。

 目を開けば、そこに佇んでいたのは神の【守護者】のみで、あとはもう何もいない。誰もいない。


 助けは来ないだろう。

 だからこそ――胸の中の感情を必死に押し殺し、今出来る最善を貫き抜く覚悟を決めた。


 死はもう(まぬが)れないだろう。

 だが、目の前のこの敵は、トゥラヌアだけはここで道連れにしなければ。

 でなければ、もっと多くの家族を失う事になる。


 満実も、瑠璃も、恋も、来道も……。


 せめて、それだけでも阻止してやる。


「もしかして、抵抗のつもりぃ?」


「抵抗?……あぁ、そうだね。お前だけは私が殺すよ。この手で殺してやる」


 【自己犠牲(サクリファイス)】を発動すると、命を失う代わりに防御不能の力を得る。

 いわば敵へ確定ダメージを与える必殺のスキル。


 虚空に白銀の光が収束し薙刀を形作る。

 それは響の手では掴み切れない程に巨大で、鋭利に研ぎ澄まされたエネルギーの刃だった。


「ラッシュ1・投て――「【千剣(せんけん)】」――ぁがっ……!」


 空気を引き裂くような右手の大振りに伴って、光の刃がトゥラヌアへ一気に射出されようとする。

 だが、その直前、響の腹を鈍い衝撃が突き抜けた。


 剣。十を超える剣が腹部に突き刺さり、背中に鋼の花を咲かせたのだ。


「カ――フッ……」


 内臓をやられ、響は咳き込みながら大量の血を吐いた。

 眩暈がした。視界が霞んだ。呼吸すらままならず、力が全身から抜けて行く。


「ま……だ、だぁっ!」


 膝を屈し、手までアスファルトの地面を突いた。

 けれど、まだこの体は寸前の所で地に伏していない。


 ――止まって、たまるもんか。私が、私がやらなきゃ。ナギ姉を殺したアイツは、放っておけば袈刃音達の脅威になりかねないアイツだけは、私が……!


 形を失いかけた光の刃が、輝きを増し、鋭さを取り戻して行く。

 それどころか、より鋭利に、より巨大に姿を変えようとさえしている。


 その光に、響は手を伸ばした。


 この傷付き過ぎ、満足に動けもしなくなった肉体には見切りをつけた。

 この体では、もうトゥラヌアには届かない。


 故に、自らの全てを眼前の刃に託したのだ。


「あ、ぐッ……。くっ――あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 痛みや吐血などに構う事も忘れ、響は光の薙刀を()()した。


 彼女からは、あの目も眩むような白い輝きが失われていた。

 命の灯は既にほとんど力を失い、残る火も風に掻き消されるのを待つのみだ。


 だが、その火は風を受け、最後に大きく猛り揺らめいていた。

 他のどの魂よりも激しく、あるいは儚く。


 一人の少女の魂を犠牲に生み出された巨大な刃は、空気を突き破り進み、そして――




「穿ってぇ、【千剣】」


「なっ……!?」


 トゥラヌアの呼び出した数多の剣により打ち砕かれ、光の粒子となって散った。

 そのおまけとばかりに一本の剣が飛来し、響の心臓を貫いた。


 衝撃によって吹き飛んだ体は言う事を聞かず、遂に響は上体を起こす事も出来なくなった。

 朦朧とした意識は闇へ引きずり込まれて行く。

 死の淵で、彼女は手を伸ばせば届くかどうかの場所に薙沙の姿を見つけた。


 ――チク、ショウ……


 今度こそ枯れたかと思った涙が、右目の端から零れ、重力に従って頬を流れた。

 残された僅かな力を振り絞り、指先を薙沙へ向かわせる。


 視界は徐々に失われつつあった。

 夏の強い日差しによって、目の前の景色が真っ白になっていく。


 何も見えない。

 仮に触れられたとしても、もうそこに薙沙はいないだろう。

 何故なら、彼女は既に……。


 だが、それでも最後に、響は薙沙の手を握っていたかった。

 自分からはもうそれが出来ないと思っていたのに、どうしても、彼女を放したくなくて。どこにも行って欲しくなくて。


「ぁ……」


 何かが自分の手に触れた。

 光に包まれた世界が暗くなっていく。

 意識が途切れる直前、響はそれを包むように優しく握った。

















「【反転】」





【END1・犠牲の果て】










【・ご案内】

 下の★★★★★の部分は、読後、ぜひ本作の評価にお使いください。

 ブックマーク、感想などもよければ。


 作者のモチベーションとなります。


 《完了》





【次の話へ進みますか?】

【→はい/いいえ】

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