第9話全てを思い出しますか?
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言葉が、出なかった。
あまりに、唐突過ぎた。
嘘だ、と誰かにそう言って欲しかった。
おもむろに顔を上げ、霞雅を見た。
「は、ははッ…違う、俺、俺は悪くない。だ、だって、朝比奈が悪いんだ。アイツが袈刃音とキスなんかして、だからついカッとなって…。しかも、袈刃音の近くにいたから呪いが当たったんだッ。あぁ…そうだ、そうだ、みんなあの淫乱女が悪いんだ!はは、はははは…フッ…ハハハハハハハハハハハハハ」
嗤っていた。
自らの罪も認めず、逃げて、挙句死者の所為にした。
どうして好きだったはずの人を殺して笑う事が出来る、どうして罵る。
…ふざ、けるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ……!
「……かす、がぁ……………ッッ!」
涙が零れ流れた。
悲しみが溢れ辛かった。
そして、激しい怒りの焔に心が焼かれ囚われた。
そこから先の事は覚えていない。
何も聞こえていなかった。
何も見えていなかった。
ブラックアウトを起こしたように、袈刃音の世界が死んだ。
ただ、気が付けば雨に打たれていて、近くには霞雅らしき顔の潰れた屍が転がっていた。
それから視線を両手に落とすと、血塗れで、それを雨がシャワーのように洗い流している最中だった。足元には、藍刃愛羅から奪ったサバイバルナイフが血糊をべっとり付けた状態で落ちている。
なるほど、と自分が何をしたのか袈刃音は冷めた思考の中で理解した。
けれど解っただけ、ただそれだけ。
憤怒も悔恨も、怨念すらも、嵐が去った後のように過去へと消えていた。
遠くにひっそりと横たわる旭の遺体に近付くと、袈刃音は彼女の開いたままの瞼をそっと手で閉じた。
「…………………………………」
瞳は虚ろに、思考は朧気に……。
袈刃音はただ、旭の亡骸を見つめていた。
もう、全てがどうでも良かった。こんな苦しみしかない世界で、罪だけを背負わなければならない世界で、生きている意味を見い出せなかった。
――死にたかった。
呪いの所為か、旭はゾンビにならず、それだけが救いだった。
【条件を満たしました。時間遡行者・三浦袈刃音の全記憶を再ダウンロードします】
「…は?何だよ、それ……」
眼前に現れた薄く黒い板へ刻まれた文字を見て、少年は掠れた声で呟いた。
何を今更思い出すべき事があるというのか、一番失いたくなかった人は、既に失った後だというのに。
時間を遡ったというのなら、自分は何故それを忘れているのだろう。
何故今になって思い出さなければいけないのだろう。
腹立たしくて、思わず強く握りしめた拳。
止まない雨の中、袈刃音は目の前の現実から、浮かぶ文字から、見たくない全ての物から逃げるように立ち去ろうとする。
――しかし、
『好きな訳、ないだろッ…!誰の所為でこんなになってると思ってんだ…。お前が、お前が霞雅を誑かさなけりゃ、俺はイジメられてなかったんだッ…!』
「……え?」
ふと自分の声が脳裏に響いた。同時に、その言葉を叫んだ時の光景が、頭に浮かんだ。
そう、頭に流れ込んで来たのは忌まわしくて忘れたい、けれど忘れてはならない――袈刃音の記憶だった。
だが、流れ込む記憶はそれだけではなかった。
『ごめん、殺してしまって。でも、これしか方法がなかった…』
「な、んだ……これ…?」
無理解のまま、けれど、思い出の奔流が止むことはなくて、
『させないよ、袈刃音。言ったよね?『勝手にしろ』って…。だから、勝手に私を助けて傷付いた袈刃音を、私は勝手に慰めるよ』
『…放さないよ。何を言われたって、どれだけ振り払われても…絶対、絶対1人になんてさせない……。『好きだ』って、そう言ってくれた。それで、自分に正直になって良いんだって、袈刃音を好きでいて良いんだって…だから、私が側にいてあげるんだ。そう決めたんだッ』
『ん?あさひ…?』
『う、嘘だ…。呪いの狙いが、外れた…?そ、そんなッ、何で……』
『まて、よ…。まさか、そんなまさか…だよな?』
『は、ははッ…違う、俺、俺は悪くない。だ、だって、朝比奈が悪いんだ。アイツが袈刃音とキスなんかして、だからついカッとなって…。しかも、袈刃音の近くにいたから呪いが当たったんだッ。あぁ…そうだ、そうだ、みんなあの淫乱女が悪いんだ!はは、はははは…フッ…ハハハハハハハハハハハハハ』
そして、朝比奈旭は霞雅によって殺されていた。
「んだよ……なん、だよ、何なんだよこれぇッ…!?」
分からない、分かりたくない、分かってしまいそうで、だからそう言って自分に嘘を付かなければ、気付いてしまいそうだった。
――これが過去に起こった事だなんて、信じたくなかった。
それでも、強制的に見せられる記憶の続きを拒む事など袈刃音には不可能だった。
『そう、だ……【ポイント】を使えばいいんだ』
『蘇らせられない、のか?』
『なら、なら時間を巻き戻せば……ッ』
『大分溜まった。けど、この程度の【ポイント】じゃ時間を巻き戻せない』
『はははははははッ!やった、溜まった。これで……』
記憶の流入が終わる。
「そうか、俺、時間を巻き…戻したんだ」
自らの行いを思い出し、震える声で袈刃音は呟――
【第一周目の記憶開示が終了しました。第二周目の記憶の開示を始めます】
「えッ……!?」
しかし、追憶すら袈刃音には許されなかった。
同じ台詞を言い、同じ行為を行い、同じ過ちを犯し――その果てに朝比奈旭が自分の腕の中で命を散らした。
そして、それはもう既に終わった事だった。
最悪だったのは、
『なら、なら時間を巻き戻せば……ッ』
自分が終始何も思い出さず、また同じ過ちを繰り返した事だった。
「……めろ…やめろ」
言葉は自然に、無意識の内に口から漏れ出た。
「…や、めろ」
記憶の中の自分へ懇願するように、
「止めろ!」
何度も、必死に、けれど――それを嘲笑うかのように、過去の袈刃音は時間を巻き戻した。
「ぁ――」
もう嫌だ、こんな悪夢見たくない。痛いのは嫌だった、怖いのも嫌だった、辛いのも嫌だった、誰も傷付けたくなかった、誰も殺したくなかった、誰も失いたくなかった。
でも、世界はそこまで優しくなかった。だからせめて、それが叶わないなら、君だけには笑っていて欲しかった。
だというのに、現実は何時も残酷で……。
「あ、あぁ…」
声が漏れた。
【第二周目の記憶開示が終了しました】
「あぁ……」
両膝が崩れ、地面に着いた。
【第三周目の記憶開示が終了しました】
「あぁ…あぁ……」
瞼を思い切り閉じ、頭を両手で抱えた。
【第四周目の記憶開示が終了しました】
「あぁ…あぁ、あぁ……ッ」
その手が、耳を塞いだ。
【第五周目の記憶開示が終了しました】
「あ、あぁッ……!」
けれど、脳裏に焼き付いていく記憶はまるで消えてくれなくて。
【第六周目の記憶開示が終了しました】
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァアッ!」
絶叫した。
【第七周目の記憶開示が終了しました】
涙が出た。
【第八周目の記憶開示が終了しました】
その所為で視界がぼやけた。
【第九周目の記憶開示が終了しました】
止まない。
【第十周目の記憶開示が終了しました】
涙も、絶叫も、悪夢のような記憶の流入も。
【第十一周目の記憶開示が終了しました】
だから、だから、だから。
【第十二周目の記憶開示が終了しました】
頭を地面に打ち付けた。
【第十三周目の記憶開示が終了しました】
痛みがこの辛さを紛らわせてくれると信じて。
【第十四周目の記憶開示が終了しました】
何度も、何度も、額から血が流れても。
【第十五周目の記憶開示が終了しました】
けれど、やはり辛かった。
【第十六周目の記憶開示が終了しました】
止めてくれ。
【第十七周目の記憶開示が終了しました】
お願いだから止めてくれ。
【第十八周目の記憶開示が終了しました】
この苦しみは、どうしたって紛れない。
【第十九周目の記憶開示が終了しました】
その願いが届いたのか。
「あっ…」
【全記憶の開示が終了しました】
やっと悪夢が終わってくれた。
だから――もう、死にたいと思った。
土砂降りの中、袈刃音は呟く。
「終わらせよう、全部。……もう、嫌だ」
そして、藍刃愛羅から奪ったサバイバルナイフを取り出し、それを自分の首に突き付ける。
今の袈刃音が持つ身体能力でなら、この刃を自分の首に突き刺す事など造作もない。
既に、その切っ先は首の肉に喰い込んでいた。
このまま一思いに死んでやる。
死への恐怖に体を震えさせながら、けれど、心の何処かでもう苦しまないで済むのだと安堵しつつ少年は決意した。
だからこそ、
【ねぇ、今どんな気持ち?】
「え……?」
【散々時間を巻き戻して、得られたこの結果を見てさ】
唐突に目の前に浮かんだ黒いボード。そこに書かれた文字を見て、袈刃音は混乱を隠せなかった。
【ほら、早くしてよ、これは命令だよカバネ君】
「は…?」
【だ・か・ら、敢えて記憶も、能力も引き継がせないで時間を巻き戻して君を見てたけど、つまんないし飽きたからせめて教えてよ。――ねぇ、今どんな気持ち?】
「は、ぁ……?」
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【→はい/いいえ】