第89話あれれ?
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「ッ!?伏せて!」
言いながら、間に合わないと悟り、袈刃音は薙沙を抱き締めて床に飛び込んだ。
頭上を何かが通り過ぎたのはその直後だった。
体を転がし、警戒しながら上体を起こすと、少年は思わず目を見開いた。
数秒前まで、荒らされつつも、辛うじて店としての形を保っていたカフェ。
目の前でその半分が滑り落ちていったのだ。
驚くべきは切断面だ。まるで、鋭利な刃物に切り落とされたように鮮やか。
人間技でない事は瞬時に理解した。
そして、その怪物染みた芸当を、いとも容易くやってのけた少女の正体も。
「な、何だよ、これ……」
「桜井さん、逃げます!急いで」
「ちょ、おいっ」
薙沙の声も聞かず彼女の手を引き、袈刃音は駆け出してカフェから脱出した。
――クソ、何で百貨店の地下なんかに【守護者】が……!
考えている間にも少女からの攻撃は続く。
薄闇を無数の斬撃がすり抜け、後ろの壁を切り刻んだ。
背後を一瞥すると、【守護者】の少女が瓦礫の山を越えて、こちらに向かおうとしている最中だった。
迎え撃てはしただろう。十分に袈刃音はその力を持ち合わせていたはずだ。
それでも逃走を選んだのは、【守護者】が強いからだ。
少なくとも、周りに人がいる状態で、誰かを守りながら戦える余裕などない。
かといって、このまま相手が逃がしてくれるとも思えなかった。
せめて、一旦開けた場所へ――
「ぁぐッ!」
横っ腹を鋭い痛みが貫き、袈刃音は思わず転倒する。
立ち止まって、こちらに駆け寄って来た薙沙が、焦ったような顔で少年の肩を揺すった。
「おい、大丈夫か!?おいッ」
顔面にタイルの冷たく硬い感触を覚えながら、袈刃音は左手で腹部を押さえる。
感じたのは刺すような痛み、濡れた布の感触。
掌を見てみると、血塗れだった。
袈刃音は目を見開いた。
出血の具合に驚いたのではない。
少年は視線を奥へ向かわせる。
床には、長剣が深々と柄の辺りまで突き刺さっていた。
あの剣に――ただ飛来して来ただけの剣に斬られた。
「なんッ……」
これまで、あらゆる攻撃を受け、幾つもの傷を負って来た。
しかし、それらは全て正面からのもの。
相手の攻撃を100%の力で喰らった故のもの。
掠っただけで負傷した事などなかった。
それほどまでに頑丈なのだ、【鉄壁】で強化されたこの体は。
だというのに、
「斬られた、俺が?」
その瞬間、袈刃音は事の重大さを理解し、額や背中から冷や汗が吹き出した。
傷口から流れ出る赤い血が、左手の指の隙間からポタポタと床に零れ落ちて溜まっていく。
歯を食い縛り、片膝を立て、袈刃音は無理矢理に立ち上がった。
「黒い髪、焦げたクッキーみたいな色の瞳。学生服?だったっけ。うちの妹の言う通りなら、貴方がミウラ・カバネよね」
悠然とした歩みは余裕の表れか。
袈刃音が振り返ると、【守護者】の少女が凡そ十メートル離れた距離でその足を止めた。
――妹……?
その単語が一瞬引っ掛かり、少年は自身の記憶を探った。
『どうしてテラを手伝わないの、シャーエイドロード。テラを裏切ったの?お姉さまに言いつけるわ』
『元々アナタが勝手にワタシを巻き込んだのでしょう、テラ。そんな事でトゥラヌア殿を呼ぶのは控えるべきなのですよ』
そうだ。確か、初めて【守護者】テラと出会った時、彼女はシャーエイドロードとそんなやり取りを交わしていたはずだ。
だとすれば、視線の先で佇んでいるこの少女がトゥラヌア?
「あれれぇ?答えてくれないんだぁ。ひっどぉい、傷付いちゃったぁ」
白々しい。
あたかも悲しんでいる風な言葉とは裏腹に、トゥラヌアの顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。
相手は神の使徒だ。否定しようが肯定しようが、どうせこちらを殺すつもりだろう。
袈刃音は薙沙を庇うように立ち、トゥラヌアを睨み付けた。
「?戦うつもりぃ?」
「あぁ、そうだな。戦ってやるよ――後でたっぷりとな」
言い終える頃には、少年の思考は既に【メモリー】の抽出へシフトしていた。
呼び起こすのはゲーム内で抱いた怒り、殺意。
【メモリー】に保存された強烈な負の感情と、それを鎮静するイメージを糧に紺碧の焔が生まれ、袈刃音を中心に渦巻いた。
「わぁっ、すっごい焔。火傷しちゃいそっ」
【想焔】はトゥラヌアの視界を一気に奪い、天井を貫く。
――今だッ……!
薙沙の体を両手で抱え上げると、袈刃音は頭上の大穴へ向かって跳び上がった。
「ぅ、ぐッ」
一階の床へ着地するも、少年は腹の傷が痛んで駆け出せなかった。
「先に行ってください!直ぐ追い付くので、早くッ」
「え、あ、あぁっ。分かった」
有り得ない出来事の連続で半ば混乱状態だったのか、薙沙は戸惑いながらその指示に従って走り出した。
鋭い痛みを我慢しながら、袈刃音は屈した膝を伸ばす。
傷が思ったよりも深い。この状態で戦うのは無謀か。
「申請、――」
勿体ないが【ポイント】を使って傷を癒す。
長居は危険だ。【想焔】の妨害も永遠ではない、また直ぐにトゥラヌアは現れるだろう。
そうなる前に出口へ辿り着かなければ。
「ッ⁉」
床を蹴り、弾けるように再び駆け出した袈刃音を襲ったのは、下からの斬撃だった。
背後の地面が崩れたのに気付き、反射的に前方へ転がる。
床に手をつく。勢いをそのままに腕の力で跳ねた体を捻じると、再び足元を蹴り、進行方向へ跳躍。
その最中、少年の瞳が捉えたのは、初撃が直撃した付近を中心として足場が広範囲に渡って切り刻まれる光景だった。
一回、二回、三回、と回数を重ねる度にその範囲が広がっていく。
――何だあの切れ味、尋常じゃねぇッ。
鉄筋コンクリートが、まるで豆腐にでもなったかのようだ。
駆けながら顔を正面に戻すと、黄色味がかった白い光が数十メートル先に見えた。
出口が近い。
店内を脱出する頃には薙沙の背に追い付くはずだ。
合流した後、急げば先程通ったあのコンビニに辿り着けるか。
ともかく、待たせている子ども達と一緒に彼女をそこへ潜ませられれば、今よりずっと戦いやすくなるのだ。
ガラスドアから差し込む日差しが、出入り口付近の影を切り取っている。
眼前に見えるその境界線を越えると、太陽の眩しさが降り注ぎ、視界が一瞬真っ白になった。
煩わしそうに閉じた瞼を持ち上げると、袈刃音は、
「桜井さんッ、向こうのコンビニに、隠れ、て――えっ?」
袈刃音は何故か「さくらい」に、拠点に戻って来ていた。
「あ、れ。……は?」
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