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第88話あれ?

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 百貨店へは数分で辿り着いた。


 問題はここからである。


 どうにも、『アンデッド・ゲーム』でのプレイヤー情報は、ある程度保護されているらしい。


 そのため、他のプレイヤーがどこにいるか【ポイント】を使って調べると、かなりの量を消費する。

 しかも、正確な位置までは教えてくれない。


 ゲームシステムにより現れ、袈刃音の眼前に浮かぶ黒いボード。

 そこに表示された地図上の赤い丸が薙沙なのだが、この百貨店で止まったまま、それ以上詳細な居場所を示さない。


 分厚いガラスの扉を押して中に入ると、照明が全て消えていた。

 店内に広がる薄闇は奥に行く程濃くなっており、朝の百貨店とは思えない異様な静けさに包まれている。


 足元に違和感を感じたかと思えば、赤黒い血液で汚れた乳白色のタイルの床を靴が踏んでいた。

 今さら嫌悪感を覚える訳ではないが、足で撫でると血がネチャッと広がり、引き摺ったような跡を残した。


 まだ新しい、と周囲を警戒しつつ歩き始める。


 やはり、完全に固まったものもあれば、同じように乾き切っていない血も時折見られる。

 床、時計の入ったアクリルケース、商品棚の縁など場所は様々だが。


 案の定、直ぐに「ヴぁ、ぁあ……」と呻くような声が、十メートル先の衣類売り場近くから聞こえた。視線をそこに向かわせると、ゾンビの頭が一つ……いや二つか。


 気付かれないよう静かに歩を進めつつ通り過ぎる。


 過去に戻る前の事を、旭と最後に訪れたショッピングモールをふと思い出した。


 確か、あの時もこうだった。

 至る場所に見える血の跡。静かな店内。視界に映る数体のゾンビ。

 過去の記憶が、今この場所と符合する。


 ――()()()()()()()


「何でこんなに、ゾンビが少ないんだ?」


 あの時は大量のゾンビがいた。

 無論、それは藍刃愛羅が奴等を使役していたからでもあるが、常にあの数を引き連れているとも考えづらい。


 となれば、彼女は自らの手駒を現地調達していたはずだ。あのショッピングモールで。


 当時の自分の不注意さを思い出して嫌になるものの、思い返せば、店内はゾンビ共が潜んでいても十分おかしくない雰囲気だった。

 まさに今この状況のように。


「っ?」


 停止したまま動かないエスカレーターの手前に立つと、袈刃音は何か騒がしく感じた。

 一方は一階から二階のフロアへ上がる階段、もう一方は地下一階へ降りる階段だ。


 音が聞こえたのは後者から。


 何か嫌な予感がする。そう思って、袈刃音は階段を一気に飛び降りた。

 着地して耳をそばだてると、(おぞ)ましい声が背後の方で聞こえた。


 それも一つや二つではない。


 数十、いや数百?

 分からない。いずれにせよ、とんでもない数だ。

 何かが激しくぶつかる音も時折耳に届く。


 後ろを振り返り、首を振って辺りを見渡すと――いた。

 大量のゾンビが、カフェの方に群がっている。


 急いでそこへ向かって走ると、袈刃音は目を見開いた。


 カフェを囲うガラスの壁が破壊し尽くされている。

 そしてそこから、我先にと店へ侵入しようと画策するゾンビ共。


 群がっている、どころではない。

 前の者を押し倒し、その上を這って進もうとする連中は、不死者の山という程に集まり、積み重なっていた。


 カフェ内が既にゾンビで埋め尽くされているからではない。

 そうなるまで、奴等を押し止めていたのは、天井へ届く程に積み上げられた木の椅子やテーブルの壁であった。


「バリケード?って事は……」


 薙沙がいるのはここか。


「っ、急がねぇと!」


 言い終える頃には走り出していた。


 袈刃音の右手が暗い焔を纏う。


 突貫工事で仕上げたであろうあの木製の防壁では、きっと長くは持たない。

 かと言って、高火力の焔で店ごと焼き払うという訳にもいかない。


 ならばどうするか。簡単だ。


【想焔】の色も質も、燃料となる想いや感情によって左右される。

 その性質を応用するのだ。


 敵味方問わず、全てを見境なく燃やす焔は影のように暗い光を放っている。

 だがそれは、袈刃音の脳裏に浮かぶ「沈静」の想いと共に燃え、深い青へと変化した。

 ――火力をそのままに、ゾンビ以外への敵意を失った破壊の焔へ。


「ど、けぇッ!」


 空気を引っ掻くように腕を振るい、袈刃音が【想焔】を飛ばす。

 直後、放たれた焔は、巨人の平手打ちのように右からゾンビ共へ直撃して一掃した。


 崩れた不死者の山を越え、バリケードの一部を【想焔】で溶かして店内へ辿り着くと、女性の大声と共にゾンビがこちらまで吹き飛んで来た。


 金属音が聞こえ、前を見る。

 数メートル先にいたのは若い女性だった。


「あっ」


 袈刃音は、薙沙とは直接あった事はない。

 けれど、その容姿であれば、写真で見た記憶が確かにあった。


 雑に染めたのか、金色とその中に交じる黒髪。

 高い背と鋭い瞳。


 眼前の女性は、記憶に残る薙沙の姿とほとんど一致していた。

 口を開くと、写真では見えなかった八重歯が覗いていたり、服や体の傷と汚れが少々目立っていたりしてはいるものの、彼女は薙沙本人で間違いないだろう。


 見れば、幾つものゾンビが床に転がって死に絶えており、薙刀を支えに彼女だけがその場に立っていた。


 左のカウンターの窓にバリケードが一部ない。

 袈刃音の背後の椅子やテーブルには限りがあったし、それをワイヤーで補強する時間も必要だったはずだ。


 どうしても壁に穴は生まれてしまう隙間からゾンビが侵入し、それを彼女は薙刀で迎え撃っていたのだろう。


 疲弊した様子の薙沙を前に、袈刃音は安堵の息を漏らす。


「ふぅ。良かった、間に合った」


 一方、薙沙は立っていられなくなったのか片膝を床につき、怪訝そうな顔を少年に向けた。


「ハァ……ハァ……。あ?誰、だ。てか、外のゾンビは、どうした?」


「倒しました。動けますか?無理そうなら背負うので、取り敢えず「さくらい」に戻りましょう」


 そう言うと、彼女はさらに眉根を寄せた。


「?何で、ウチを知って……」


「あぁ、えっと、響の友達なので。それで、さっきの電話を聞いて助けに来ました」


「助けに来た……って。お前、ウチからここまで、どんだけ、距離、あると思ってやがる」


「詳しい話は後でします。急ぎましょう」


 袈刃音は右手を差し出しつつ言葉を返す。


 外で待たせている子ども達の事もあるし、拠点の守りが長い時間手薄になるリスクが怖い。


 響がいるとはいえ、相手は神やその使徒だ。

 用もないのに、悠長に道草を食っている時間はなかった。


 薙沙は一瞬考えるが、ゆっくりとした瞬きの後、視線を袈刃音の顔へ戻した。


「……後で、絶対だからな」


「あ、はい」


 手を取り、立ち上がる薙沙。

 彼女がふと遠くを見るように目を細めたのは、その直後だった。


「?なぁ、後ろの奴も響のダチなのか」


「え、いや、ここに来たのは俺だけで――」


 と、薙沙の言葉を否定しつつ、背後へ目を向けた少年の口が止まる。


「?」


 視界の先。

 轟々と燃え広がりつつある青い焔に焼かれ、パチパチと音を立てる木工品のバリケードの外。


 距離にして十数メートル離れたその場所で、赤いドレス姿の少女が一人、じっと動かずこちらを見ていた。

 ウェーブのかかった赤紫色の長髪を揺らし、首を右へ傾け、少女が笑みを浮かべた気がした。


 その無害そうな微笑みの所為で、袈刃音は気付くのに遅れた。


 ――いつの間にか、少女の右手に長剣が握られている事に。














文月です。

今週は結構早めに書けました。

……普段からこのペースで書ければいいのにね。


次回をお楽しみに。


あ、ちなみに、特にお知らせはございません。


【・ご案内】

 下の★★★★★の部分は、読後、ぜひ本作の評価にお使いください。

 ブックマーク、感想などもよければ。


 作者のモチベーションとなります。


 《完了》





【次の話へ進みますか?】

【→はい/いいえ】

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