第80話本当に、起動しますか?
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「響ッ。……!」
明かりの消えた通路を走り抜け、部屋に入ると袈刃音は言葉を失った。
室内には人影が四つ。
血溜まりに沈む見知らぬ女の死体と、その近くに佇む少女。
少女の方は、一度こちらの世界で顔を合わせたのと、響から聞いた話で知っている。彼女はそう、瑠璃、青木瑠璃だ。
鼻を啜り、瑠璃は目元から涙を零しながら一つの方向を見つめていた。
そこへ視線を向けると、響の背中と、彼女の腕の中でぐったりとしている満実らしき姿があった。
「間に、合わなかったのか」
満実を抱き、泣き崩れる響の様子を目の当たりにして、袈刃音は全てを悟った。
人知れず両の拳を握りながら、口の中で軋んだ音を鳴らす。
失踪した恋と来道を探すため響と共に「さくらい」を空けたのは、結果的に間違いではなかった。
もし袈刃音一人で向かっていれば、きっと、シャーエイドロードによってあの場の誰かが殺されていた。そこに誤りなど何もない。
過ちがあったとすれば、それは恋達が抱く不信感を無駄に加速させた袈刃音の言動全てだ。
回避出来たはずの問題の発生、その種を蒔いた己を強く嫌悪する。
――クソッ……。
ふつふつと怒りが込み上げて来て、袈刃音は心の中で悪態をついた。
「こっちですクロノ様、この先に満実様が……!」
「分かっておる――ん?」
背後からの声に振り向くと、部屋の入り口付近の薄闇から見知った人影が現れた。
時空神・クロノと、その腕に抱えられた時花だ。
室内に辿り着くと、二人もこちらの存在に気付いたのか、そこで足を止める。
どこかで袈刃音が施設に帰って来たのを見ていたのだろう、彼女達はそれほど驚いた様子を見せなかった。
「袈刃音か。それであの女子は――くっ、手遅れじゃったか……」
「そ、そんな満実様っ!」
クロノが周囲を見渡すと、事切れたゾンビ、そして、ぐったりとしたまま動かない満実の姿を発見し、険しい表情を浮かべた。
満実の下へ駆け寄るため、時花はクロノの腕の中から抜け出そうとする。
しかし、クロノはそれを許さない。
「止めよ時花」
「いやです、だめなのです!放してください、クロノ様っ。時花の時はもう遅かったかもしれませんが、満実様はまだっ」
「何を言っておる、あの者はもう……」
そうだ、クロノの言う通り満実はもう助からない。
だというのに時花は何故、以前の世界でゾンビとなった自分と今の満実が違うだなど……。
と、そこまで考えて袈刃音はハッと気付いた。
視線を響の方へ向ける。
彼女に抱えられたまま、相変わらず満実は動かない。
そう、そろそろゾンビゲームのあの忌まわしい死者蘇生システムが機能する頃合いなのに、全く動かないのだ。
「――まだ間に合うかもしれない」
「?袈刃音?」
「クロノ、死んでないならゾンビに噛まれた人間を治せるか?」
心臓の鼓動が大きくなっていくの感じながら、袈刃音は時空神に尋ねた。
そう。これは焦燥などではなく、大きな賭けに臨む際のあの激しい胸の昂りだ。
「何を言って……無理に決まっておろう。妾は今、【ぷれいやー】じゃ。多少力は使えるが、能力の行使可能対象は妾自身のみで――」
「その範囲を他人にまで広げられたら?」
「……だとしても、妾と遊戯神の力が互いに能力を打ち消し合う。妾とてあの女子を治してやりたいが、その現状を維持するので精一杯じゃ」
「それで十分」
分かっている。
今実行しようとしているのは――現状を誤認していたのもあったが――背負うリスクが高過ぎて真っ先に採用候補から外した策。
だが、他にこの最悪のシナリオを書き換える術はない。
――だったら、とことんまでやってやるよ……遊戯神ッ。
袈刃音は泣き崩れる響の下に歩み寄る。
そうして床へ片膝を付き、彼女の肩に右手を置いた。
こちらに気付いた響が振り向く。その顔は想像通り涙に濡れ、いつもの頼もしさが完全に消え去っていた。
「かばね……」
「響、まだ間に合う」
「え?」
「クロノの――時空神の力を使う。システムにアクセスして」
「ッ!それって……まさかアレを起動するつもり?でも、アレは」
「大丈夫、【ポイント】なら十分ある。ゲーム終了まで【ペナルティ】は受けない。だから、今日くらい『我欲に従え』響」
袈刃音は少女の翡翠色の瞳を見つめ、あの日、時空神が自分の背中を押したのと同じ台詞を口にした。
その言葉がどれだけ彼女の心を動かしたかは分からない。
しかし、響は動揺を顔から消し、瞼を閉じて深呼吸すると決心した顔付きで、
「分かった。やろう」
「あぁ。【ポイント表示】――申請、【ポイント・コネクト】」
袈刃音がそう唱えるや否や、その眼前にいつものあの黒いボードが出現し、少年の所持【ポイント】数が表示される。
そして、もう一つ。
【プレイヤー・三浦袈刃音と、プレイヤー・クロノのポイントの受け渡しが可能になりました】
準備は整った。
袈刃音は立ち上がり、近付いて来たクロノの方を向く。
「何じゃこれは、袈刃音。【ぽいんと】の受け渡しとは」
「これからは、それをする必要があるからな。――申請、【基地システム・起動】」
その瞬間、クロノの肉体が淡い黄金色に包まれた。
同時に袈刃音の黒いボードに、新たな文章が書き加えられた。
【基地システムを起動しました。基地のコアをプレイヤー・クロノに設定。各種アビリティと一部能力が解放されます。さらに強化しますか?:→はい/いいえ】
「これは……妾の力が戻って?馬鹿な、神界で一度封じられたはず。下界で戻るはずなど……っ。だが、これであれば――やれる」
クロノが満実の傷口に触れる。
すると、見る見るうちに傷が塞がり、若干だが満実の顔に血の気が戻った。
「な、治った……!満実姉っ」
「否、傷だけじゃ。血はそこまで戻せておらぬし、根本の不死者化自体も何とか食い止めているだけに過ぎん。この下らぬ遊戯を終わらせねば、決して治らぬ」
「でも、死なないんだよね。だったら、それだけで十分だよ……ありがとうクロノさん」
「構わぬ。代わりに、もしもの時は時花を守れ」
クロノの言葉に響は静かに頷いた。
二人の様子を近くで眺めつつ、袈刃音はようやく一息付いた。
だが、また直ぐに緩んだ頬を引き締める。
この現状は手放しで喜べるものではなかった。
これまで同様、遊戯神の先手を許し、全てが後手に回ってしまった。挙句の果てに満実を失いかけ、【基地システム】に手を出してしまったのだから。
最早引き返す事は出来なくなった。
しかし、同時に好機でもある。
袈刃音はカーテンの隙間から見える、青みの差した茜色の空を睨んだ。
先日見た青い空とは異なり、相反する二つの色が混ざって不気味な色合い。
そうして袈刃音は強く決意する。
これ以上遊戯神の好きにさせない、そのための大きな一手を打つ。
今度は袈刃音一人ではない、新たな仲間達と共に――。
ぷはっ、息止めとくのって大変だぜ……
(※シリアスな雰囲気を壊したくなかったから、珍しく後書きで暫く黙ってた)
文月です、ブクマ、Pt評価等々、いろいろ応援ありがとうございます!
ストーリーが80話に突入し、ユニークPVもついに5000を突破、ついでにあと少しで総合評価が100Ptに。
そういった部分でも、モチベが上がっております。
さて、これにて第2章・完……と言いたいところなのですが、もうちょっとだけ続きます。
あと1話くらいでしょうか。もしかすると2話になるかもです。
どっちにしても、もうすぐ3章を始めます。
ちなみに、実は次の章に入ったらサブタイトルを消そうか悩んでいました。心底どうでもいい話、長いタイトルが嫌で、あと覚え辛いですし……。
そう考えていたんですけれども、やめました。
この作品の趣旨は変えんぞ、とそういう意思表明って大事だと思いましたので。
そういう文月のくだらない話を頭の片隅にでも残しつつ、3章を楽しんで頂ければと思います。
【追記・2024/6/9】
すみませんっ、次回の投稿ですがもう一週間後になりそうです。
【・ご案内】
下の★★★★★の部分は、読後、ぜひ本作の評価にお使いください。
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作者のモチベーションとなります。
《完了》
【次の話へ進みますか?】
【→はい/いいえ】




