第78話◆■▪湖窓 響の【メモリー】→ロック解除▪■◆
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『ね、聞きました?佐藤先生、あの子の事』
『え?あぁ、二組の湖窓さん?確か先週、交通事故で両親を……』
「即死、だったらしいですね」
あの事故以来、耳に入る全ての音が雑音だった。
『まだ五年生に上がったばかりですよね、可哀そうに。しかも、あの子、親族の引き取り手が――』
『ちょっ、それ以上は聞こえたら不味いって』
肌寒い部屋の天井から聞こえる、冷房の音も。
部屋の入り口付近にあるコピー機の、紙を刷る音も。
『いや……ここ職員室ですよ?結構距離も離れてますし、流石に大丈夫でしょ』
そして、遠くで誰かがしている自分の噂話も……。
何もかもが、耳障りで大きな雑音だったのだ。
『――という事だから、これから響ちゃんには施設で』
『うる、さい。うるさいよ。影でこそこそ、面と向かって言えもしない癖に。勝手言って。……ッ、うるさいんだよ!』
『え?ちょ、響ちゃん、どこ行くの!?先生、まだ話が終わって……!』
あらゆる音を拾ってしまうようになったこの耳が、堪らなく憎かった。
耳が千切れてしまえば良いとさえ思った。どれだけ優れた聴力でも、死人の声までは聞き取る事が出来ないのだから。
そんなガラクタなど、響は要らなかった。
『はぁ、良かったぁ。校舎裏にいたのね』
『……だ、誰、お姉さん。私に何か用?』
『あら、先生から聞いてなぁい?私、母屋満実。――今日から緒のお家で暮らす事になったから、よろしくね』
『え?』
『あっ、そうだナギちゃんに知らせないと。おーい、ナギちゃーん!響ちゃん見つかったよーっ』
要らなかった、新しく自分を養ってくれる誰かなんて。
その枠にピッタリ嵌まる人は特別で、道を行き交う人の内から適当に選んでどうにかなる存在ではない。
『じゃーん、ここが響ちゃんの家でーすっ。ふふ、大きいでしょう?』
『……別に、広ければ良い訳じゃないよ。くだらない』
要らなかった、新しい立派な家なんて。
人の気配を感じない、空虚で無価値な家ならば既にあったのだ。
両親と十年以上の思い出を生み出し、けれど今は、その残滓と自分のみを残して誰もいなくなったあの家が。
――物を捨てた訳でもないのに、前の数倍広く感じるあの明かりの消えた家が。
故に、似たようなものが一つ増えるだけで、響には無意味に思えた。
『響ちゃんが来てから、もう一月かぁ。早いねー』
『長かったの間違いでしょ。毎日うるさいし、寝る時にくっ付いて来るし……寝不足なんだけど』
けれど、でも。
『えー、嬉しい癖にぃ♪』
『っ。ぁあもう、朝っぱらから抱き着くなぁ!』
『ふふ』
『ったく……』
いつの間にかその声が、密着する体から伝わる心音が、雑音ではなくなっていた。
『い、いやマミ姉、私外はちょっと……。人混みの中だとか、車の音とかうるさいし――え?』
『じゃあ響ちゃん、これあげるっ。今お母さんが使ってるお古だけど』
そうしてある時、黒くて、やや重みのあるヘッドフォンを貰った。
お下がりというには傷も汚れもなく、長年使っているような風には見えなくて。
それが新品である事は、直ぐに分かった。
『マミ姉、これ――』
結局、確認は出来ず仕舞いで、「ありがとう」すら伝えられなかった。
そうだ、その通りだ。伝えられていない。
『……そういえば、お母さん呼びするタイミングも逃しちゃたな』
満実は響に、新しい居場所をくれた。
孤独を埋めてくれた。
愛情をくれた。
灰色で騒音だらけの世界から、手を差し伸べて救ってくれた。
けれど、彼女から貰った物があまりに大き過ぎて。
それを返すのが、あの頃の自分には恥ずかしくて出来なくて。
この思いの百分の一すら、未だに伝えられていないのだ。
「くぅ……!この。はな、せ――ぁっ」
響が背後から別のゾンビに捕まり、それを強引に引き放した弾みで、首元のヘッドフォンが破損した。
それに詰まった思い出の結晶と共に、少女の中で、大切な何かが消え失せた気がした。
否、その何かの正体を響は知っていた。
言葉にしなかったのは、出来なかったのは、自分の予感が現実になるのを恐れたから。
「うぉぉぉぉぁぁぁぁぁああッ!」
壊れた薙刀を振るってゾンビ達を斬り倒し、進んで行く。
満実達は部屋の中で身を隠しているはずだ。
そう信じて、走って、走って、走り終えたその先で
――瑠璃が扉の前で膝をつき、項垂れていた。
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