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第72話拠点内に現れますか?

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「はーい、これでもう大丈夫。痛いの痛いの飛ーんでけっ」


 いつだって、笑顔は子ども達を安心させる力を持っている。

 だから、母屋(おもや)満実(まみ)は笑みを絶やさない。


 例え世界がゾンビで溢れかえったとしても。

 二日経った今でも帰って来ない響達の事を考えて、不安でろくに眠れていなかったとしても。


 だから、部屋の中で転んでしまった家の子の膝に、こうして絆創膏を貼っている時でさえ、満実の顔に影が差す事などあってはならないのだ。


「……」


 立ち上がって、満実は近くのカーテンをちらと(めく)る。

 外の様子が子ども達に見えないよう、細心の注意を払いながら窓の向こう側を眺めると、ゾンビが「さくらい」の入り口付近で群がっていた。


 そこに長い金色の髪の少女が現れ、槍でゾンビ達の内一体を絶命させた。

 千華だ。返り血を意にも返さず、武器の切っ先を次の不死者に向けては貫き、あるいは斬り裂き、外へ押し戻す。


 敷地内を囲む塀は丁度、ゾンビが容易には飛び越えられない高さで、千華の守る入口からでないと敵は敷地内に入る事が出来ないようになっている。

 仮に塀を上れたとしても、数日前に袈刃音が取り付けてくれた、槍のように先の鋭いあの鉄柵がゾンビの命に喰らい付く。

 侵入経路を絞って、一度に相手にする敵の数を減らすこの作戦は、これまで少ない人手で「さくらい」を守るのに絶大な効果を発揮し続けていてくれた。


 しかし、今回塀の下に集っている屍達の数は尋常ではなかった。

 一体では届かないが、その上を這い上がる不死者が現れ始め、遂に至る所で彼等が天辺にまで到達し始めたのだ。


 大半は鉄柵の刃に貫かれ、死んだ。

 死んで、柵の切っ先に蓋をしてしまった。


「そんなっ」


 満実は戦慄した。


 (おびただ)しい数のゾンビが壁に群がる様は、横から見れば、防波堤に打ち付ける大波のように見えただろう。

 その屍の波の一部が、今まさにその境界線を越えてしまった。


 一、二、三……五体。

 侵入したゾンビ達が千華の下へと向かい始めた。


「――ッ」


 侵入者の存在に気付いて、千華の槍がすぐさま生ける屍達の始末に走る。

 が、背後の守りがあまりにも疎かで、彼女は後方から忍び寄る一体のゾンビに気付いていなかった。


「っ、千華ちゃん……ッ」


 不味いと、満実が窓のクレセント錠に手を伸ばしかけた時だった。

 透明な樹脂製の大盾が不死者を押し退けて、千華に迫る脅威を排除した。


 肩口まで伸びた黒髪を揺らし、彼女と背中合わせになって参戦したのは兎祁神(ときがみ)真白(ましろ)だ。

 フリル付きの白いTシャツは血や泥などで汚れ、ここからでは見えないが、両手に構えるライオットシールドも所々に傷が目立ち始めている。


 千華と同様、これまでゾンビと直接戦って「さくらい」を守ってくれた頼れる味方だ。

 満実も二人の事は十二分に信頼していた。


 けれど、今回の戦いは流石に二人だけでは厳しいだろう。

 だとすれば、最後に子ども達を守る役目を担うのはきっと……。


 頬を伝う冷たい汗。

 この最悪な状況の中、外で繰り広げられる攻防を静観するしかない満実は、知らぬ間に渇いていた喉を潤わせるように唾を飲んだ。


「?」


 と、そこで何やら後ろが騒がしくなっているのに彼女は気付く。


「あー!おねーさん、おてて血がでてるー!」


「あ、いや、これは違って――」


(つつ)()さん、どっちの手を怪我したのかしら?」


 努めていつも通りの笑みで、満実は部屋の床に腰を下ろす若い女性に尋ねた。

 彼女は、先程ゾンビから逃れるために、「さくらい」に転がり込んできた三人の内の一人だ。


 一人は骨折や打撲などの怪我が酷く、応急処置を済ませて近くで寝かせている。

 動けそうな筒彌ともう一人には、出来ればここを守るために力を貸して欲しいのだが、怯え切ってしまって部屋から出られない状態だった。


 しかし、それでも負傷していたのなら伝えてくれれば良かったのに、遠慮されていたらしい。


「い、いえ大丈夫です。さっきちょっと転んで、擦り剥いちゃっただけなので。その、消毒液と絆創膏だけもらえたら自分で何とか出来ます」


「でも……うん、分かったわ。じゃあはい、絆創膏、大きさこれで大丈夫かしら」

「あっ、ありがとうございます――」


 エプロンのポケットから取り出した絆創膏を受け取ると、筒彌は逃げるように部屋の隅へと去って行った。


「……」


 満実も馬鹿ではない。

 彼女が終始左手で右手を覆って、こちらから傷口が見えないようにしていた事くらい気付いていた。


 どんな傷であっても、手当てを受けられるのならば伝えるはず。

 にも関わらず、筒彌が報告しなかった理由。

 考えられるとすれば一つ、それがゾンビに噛まれた傷であるという可能性だ。


 かと言って、正直尋ねても答えてくれないかもしれないし、どのような怪我なのかも判明していない。


 もしもの状況を考えて、後ろからこっそり彼女の右手の様子を確認しておこう。


「あっ、カーテン」






 それは有り得てはならない事態だった。

 先程少し開いたままのカーテンに近付いて、ふと窓に視線を向けた刹那――満実の目の前に、血に塗れたゾンビの顔があった。


「――ッ!」


 喉が、顔が、四肢が、全てが凍り付いた。


 光を正しく受け取らない、瞳孔の開いた虚ろな瞳がこちらを品定めするように見ている。

 分かっている、ゾンビには満実の姿が見えていない事実は。


 けれど、呼吸すらままならなかった。


 幸いだったのは、恐怖のあまり声が出なかった事だ。

 悲鳴を上げていれば、きっと今頃、不死者が窓硝子を割って襲い掛かって来ている。


 無論、今誰かが騒ぎでもしたらお終いだ。

 全身の冷や汗と、心臓がバクバクと音と鼓動するのを感じながら、満実は息を殺してその場で動かずにいた。


 少し経って、ゾンビが去って行ったのを確認した彼女は、半ば放心状態で立ち尽くしてしまった。


 が、それも束の間。

 満実はハッと正気に戻り、事態の重大さに戦慄した。


 ――何で?外は千華ちゃん達が守ってくれてるはずじゃ……。


 正面からゾンビが侵入したとは思えない。

 だとすれば、


 ――「さくらい」のどこかから、入って来た?


 考えられるのは裏庭か。

 狭くて自分も子ども達もあまり使わず、人の目が行き届きにくい場所だ。

 だから、以前から知らぬ間に大量の雑草が伸びていたり、塀に大きなヒビが入っていたりしていた。


「っ、そうだ。あの子達ッ」


 満実は少し前にトイレへ向かった子ども達の存在を思い出す。

 ここからはやや離れていて、距離にしてみれば数十メートル程度だが、一度外の通路を通らなければならない。

 そんなに危険はないし、直ぐに戻って来るだろうと着いては行かなかった。


 ……家の子達は、まだ帰って来ていない。


 もしも今見たゾンビとあの子達が鉢合わせでもしたら、と嫌な想像が脳裏を過る。

 迷う間もなく満実は決心した。


「行かないとッ……」











文月です。

投稿が遅くなってすみませんっ。


怠慢でした。

ちょっと、「なろう」の仕様の変更に戸惑ってしまったのもありますが。

その件は多少慣れたので、もう問題ないと思います。


すっごい様変わりしちゃったよ……これが歴史かぁ。


【・ご案内】

 下の★★★★★の部分は、読後、ぜひ本作の評価にお使いください。

 ブックマーク、感想などもよければ。


 作者のモチベーションとなります。


 《完了》





【次の話へ進みますか?】

【→はい/いいえ】

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