第70話拠点を守りますか?
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地獄絵図を見た事がある。
深い奈落の底で、罪人達が鬼共に襲い掛かられ、泣き叫ぶ様子を描いた絵を。
そこでは一度捕まってしまったが最後、痛みに苦しみ悶え、しかし、死のない世界では息絶える自由すら与えられない。
逃れられない苦痛に苛まれ続ける。
だとすれば、眼前の光景はあの日見た地獄絵図よりも幾分マシだろうか。
――ふと、荒山千華はそんな馬鹿げた事を思った。
呻くような、意味のない声が至る所から聞こえる。
屍の鬼達が次々と、こちらに鈍い足で押し寄せて来ているのだ。
退路は塞がれ、こちらには戦力と呼べる者はほとんどいない。
徐々に、徐々に、死が明確な形で訪れようとしている。
「千華ちゃんっ、こっち!」
「う、うん!」
後方から聞こえた真白の声で現実に引き戻された千華は、彼女の方へ振り向いて向かう。
道路から迫り来るゾンビの数は数十程度。
真白の前に立つ、白い半透明のシールド三枚がそれらを食い止めているが、所々に亀裂が走って広がり決壊が近い。
「一番右、【庇護結界】もう解けっ――」
その瞬間、遂に限界を迎えたシールドの一枚が破壊された。
しかし、
「行くよ、【血華閃】!」
千華が上段から放った槍の一撃が、強烈な威力を伴って不死者を切り裂いた。
少女の体躯からは凡そ考えられない速度で振り下ろされた刀身。
鋭い傷口より鮮血は舞えど、敵を両断するには至らない一撃だ。
だが、その直後、斬撃を受けた一体が、背後の生ける屍達をも巻き込んで吹き飛んだ。
高ダメージの付与と吹き飛ばしを兼ね備えた攻撃法、千華の能力である。
「あっちに、行けっ」
すかさず懐からボール状の小型アラームを取り出し、思い切り遠くへ投げた。
ゾンビ共が鳴り響くアラーム音に気を取られている隙に、千華は真白を連れて、施設の方へと退却を果たす。
「はぁ……はぁ……一先ず、何とかなったね千華ちゃん」
「けど、また戻って来るよ。囮の音で少しは向こうに流れるだろうけど、どうせそれも前みたいにすぐ壊れると思うし。――今の内に、迎え撃つ準備しなきゃ」
門の方へ警戒心を宿した視線が注がれる。
盲目の亡者達は未だ、柵の向こう側で腐臭を漂わせながら、音だけを頼りに人間を探し求め彷徨い歩いている。
――気持ち悪い……。
「一昨日まではマシだったのに……」
「仕方ないよ真白さん。袈刃音も予想してたし、今は目の前の事をしっかり片付けないと」
――気持ち悪い……。
「そうだけど」
「大丈夫。昨日とか、今日の昼の時とかと同じ風に動けば、上手く行くよ。それに袈刃音達も、きっと直ぐ帰って来るはずだから。ね?」
――気持ち悪い……。
「……励まされちゃったね。ありがと、千華ちゃん」
「ううん、全然。それじゃ私、クロノさんの所に行って罠の準備確認して来るから」
真白を背に、千華は玄関へ駆け足で向かって行く。
けれど、それまで笑みで取り繕っていた少女の顔に、暗い影が差した。
どうしよう、表情が戻らない。
どうしよう。
――気持ち、わるい……
『アンデット・ゲーム』開始より五日目、夕刻。
陽はまだ高い位置にあるが、あと二時間も経たない内に辺りは夜の闇に覆われるだろう。
不安だ。
闇夜の視界というのは、恐ろしく悪い。
周囲に幾つかあるだけの、小さな照明の青白い光だけを頼りに不死者達を相手取っていたら、明かりの届かない影から突然腕を掴まれて、噛まれそうになったのが昨日だったか。
何にせよ、ゾンビの数は爆発的な速度で増え続けており、昨晩よりも厳しい戦いを今夜は強いられるのだろう。
それに、体調も万全じゃない。
千華達はこの二日間、こちらに侵入しそうな屍達への対処に追われていた。
緊張の連続で、真白も千華も睡眠の質・量は共に最悪。千華に関しては、昨日から一睡も出来ていない。
けれど違う。
千華が息苦しさを覚える原因は、死を予感させるこの状況でも、体の不調でもない。
もう、限界なのだ。
生きるためにゾンビを殺す度、どこか遠くにあった人殺しの実感が現実と同期していく。
それまでは喧嘩すらした事もなかったのに、人の肉を槍の刃で貫き切り裂く感覚が手に染みついて、休み時間の僅かな時間でさえその感触が忘れられない。
おまけに不安で、気力も体力も削がれていて、本当はもう泣き出してしまいたいくらいに一杯一杯で。
けれど、この施設を守れる人間は、片手で数えるくらいしかおらず、そんな中で、ゾンビへの攻撃能力を一番持っているのは自分だ。
皆が自分の力に期待してくれている。
皆が自分を頼りにしている。
皆が、皆が、大人の真白だって……。
――だから、私が折れたら駄目。だから、私が強がってないと、明るくいないと……ッ
そう思えば思うほど、見えない重圧に押し潰されそうになる。
先程この敷地内に逃げ込んで来た数人も、怯え切ってしまっていて、外に出て戦える状態ではない。
「クロノさん。罠の準備どうですか?」
文月です。
70話!良い感じに進んでおります。
今回は特にお知らせはありません。
【・ご案内】
下の★★★★★の部分は、読後、ぜひ本作の評価にお使いください。
ブックマーク、感想などもよければ。
作者のモチベーションとなります。
《完了》
追記、2024/3/7→修正しました。
70話にて、『アンデッド・ゲーム』開始から6日目としていましたが、ミスでした。
本当は5日目です、すみません。
【次の話へ進みますか?】
【→はい/いいえ】




