第69話!EMERGENCY!EMERGENCY!EMERGENCY!
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――確実に。
袈刃音の見えた範囲では、【想焔】は確実にシャーエイドロードを直撃した。
静寂を取り戻した世界の中、少年はおもむろに起き上がる。
受け身を取ったのと、元々の肉体の頑丈さのおかげで落下のダメージ自体はない。
問題は、【宝剣・シャルナ】とやらに散々つけられた鋭利な傷達の方だ。刺すような痛みと、出血がそこそこ酷い。
太い血管は切れていないようだが、あまり動くと傷が悪化して失血死も有り得るか。
「申請、――」
完全な治癒は行わないで、止血のみ行う。正確には、傷口の血液を凝固させ、即座にかさぶたを作ったのだ。
自分なんかのために、袈刃音はこれ以上無駄な【ポイント】の消費をしたくなかった。
と、そこで、【想焔】の余波から逃れるため、近くで身を屈めていた響がこちらに歩み寄って来たのに気付く。
「足止めサンキュ、響」
「うん。まぁ、大して時間は稼げなかったけどね」
「……大した時間、か。お前だけだよ、んな風に言うの」
自嘲気味に当人は言ったけれど、それが一体どれだけ困難な事か。
超人的な聴力で、あの距離から袈刃音の短い指示を拾い、瞬時に理解し、そして敵の攻撃に対応する。
鉄など容易に両断する威力と切れ味で、常人ならばたった一秒も持たないはずの、あの【守護者】の剣を、十数秒に渡ってだ。
しかも、袈刃音の次の行動すら計算に入れて。
そんなの無理だろう、普通。
相変わらずの凄まじい戦闘センスと能力を見せつけられて、袈刃音は思わず苦笑してしまった。
「って、それよりアイツ。袈刃音、倒したの?」
「結構な火力でぶっ放したし、直撃したはずだ。多分、生きてねぇよ」
二人の視線は、立ち上る土煙の出所となっている地面に向かった。
硬いアスファルトの敷かれた道路が、小さな隕石でも降って来た後のようになっていた。
直径十メートルにも届くクレーターだ。
その周囲には黒い焔が点々と散らばっており、ここからでも肌を焦がすような熱気が伝わって来る。
……確かな手応えがあった。
隙を衝き、敵を消し炭にしたと思えるだけの確かな手応えが。
生きている訳がない。いくら神の【守護者】といえど、致命の一撃であるはずだった。
「――まったく。……あぁ、本当に焼け死ぬところだったのですよ」
「「っ」」
だというのに、聞こえてはならない声が、道路に出来た巨大な窪みの中から聞こえて来た。
空耳ではない。
袈刃音の耳にも、響の耳にも、それはしっかりと届いていたのだ。
第四の神の使徒――シャーエイドロードの不気味な声音が。
のそりと、奴が首を重そうに持ち上げるようして立ち上がったのが見えた。
それも当然だ。シャーエイドロードの姿が見えるのは頭から腰の辺りまでだが、遠目から見てもわかるくらいにボロボロだった。
白く目立つ外套はほとんど焼失していて、かろうじて原形を留めているのみ。
煤と土埃に塗れた肉体は火傷を負っており、特に左腕が酷かった。
誰の目から見ても明らかな重症だ。
「響、目ぇ離すなよアイツから」
「分かってる……っ」
驚きよりも何よりも、緊張の糸が先に二人の心に張り巡らされた。
相手はこの場において最も小さく、手負いで、ともすれば今にも倒れ伏してしまいそうな程に弱り切った存在。もうまともに戦える状態ではない。
けれど、袈刃音達の瞳にはそれが死してなお起き上がり、こちらに飛び掛かる機会を窺う猛獣に見えていた。
ならば、十分な間合いを取るべきだ。
が、奴に関してはその「間合い」に意味などない。
シャーエイドロードは影を介して、瞬時に相手との距離を詰める術を持っている。
敵の姿か武器が影に沈んだ時、それが戦闘再開の合図。
攻撃の初動が見えない位置まで下がるのは悪手、逃げるのは最悪の愚策だといえた。
そんな二人の様子を眺めていた【守護者】が、不意に笑みを浮かべた。
「ふふ、今回はここまでにしておきましょうか」
「……?は?」
「これ以上長引かせる必要はない。えぇ、つまり簡潔に言えば、ここから先の戦いは完全に無益なのですよ。ですから、一旦ここで引いて差し上げるとしましょう」
「逃げられるって思ってんのかよ、テメェはここで――」
「逃げる?はは、何を言うかと思えば。ワタシは撤退してやると言ったのですよ。見逃してやると……。ここで妨害され続けて困るのは、アナタ方でしょうし」
どこか、引っ掛かる表現だった。
確かにシャーエイドロードは強敵だが、それでも勝敗は五分と五分といったところ。
響もいる。
だとすれば、どういう意図がそこに……。
突然響が叫んだのは、その時だった。
「袈刃音!ゾンビが」
「?さっきの騒ぎで集まって来やがったのか。チッ、二手に分かれ」
「――違う、そうじゃない!こっち見てッ」
「ッ。な、どうなって……!?」
声を荒げる響に、袈刃音が後ろを振り向く。
そこにはゾンビがいた。数百のゾンビ達が、いつの間にか。
「さくらい」の方面からだけではない、もう一方の駅の方からもだ。
思わず言葉を失った。
いくら前の世界よりもゲーム進行が早まっているからといって。三日目とは思えない程にゾンビが増えているからといって。
今日はまだ、実質四日目の段階でしかない。
こんな場所で、ここまでの数が一つの場所に集まるなど。
これではまるで、
「七日目」
「――いいえ。正確には、六日目を少し過ぎた頃でしょうねぇ?」
「「ッ」」
聞き覚えのない少女の声が、袈刃音の発言を訂正した。
声に視線が引き寄せられると、瓦礫の上に腰を下ろす人影が一つ。
胸に抱いた白く分厚い本と、シャーエイドロードと同じ純白を基調とした外套。
見た目の年は、袈刃音と大して変わらないぐらいの、薄桃色の長髪をサイドテールにして束ねた碧眼の少女。
詳しく訊かずとも、彼女が敵である事は明白だった。
「どうしてテラを手伝わないの、シャーエイドロード。テラを裏切ったの?お姉さまに言いつけるわ」
「元々アナタが勝手にワタシを巻き込んだのでしょう、テラ。そんな事でトゥラヌア殿を呼ぶのは控えるべきなのですよ」
「むぅ……じゃあテラを一緒に連れて行きなさい。それぐらい構わないでしょ」
「えぇ、それくらいならば――」
「待って、どういうことッ」
テラと名乗る少女とシャーエイドロード。
両者の話を長々と聞いている時間と余裕は、袈刃音にはなかった。
けれど、それ以上に後方の響の方が鬼気迫る様子で、二人の【守護者】を睨み付けて問い詰めた。
テラは、一切の穢れを持たない本のページを開いた。
「『――かくして序章は幕を閉じ、そして真の物語が始まったのです。けれど、時を巻き戻し、至った世界の中で奔走する彼らは絶望の渦に飲み込まれてゆく』」
意味の分からない、まるで本の内容をなぞるように口にするような話し方。
「『姿を消した仲間を引き戻そうと、探し、行き着いた先で閉じ込められる。そして会敵する怪物』」
嫌な予感がした。
「『血みどろの戦い、幾多の危機』」
近くにいつの間にか大量発生していたゾンビ。
六日目、という敵の言葉。
明かされない新たな敵の能力。
そしてテラは、紛れもなく袈刃音達の話をしている。
……おかしいのだ。相手は二人で、一方は負傷している。
ゾンビはいるが、あの少女の【守護者】からは特別な凄みなど感じないのに、優勢なのはまだこちらのはずなのに。
何だ、この纏わり付くような不快感は。
気の所為だと否定したいけど、嫌な予感の方が良く的中する。してしまう。
「『しかし、敵を追い詰めた彼等は知らなかった。――そう、そうしている内に、彼等は時間を無駄にしたのです。二日以上もの時間を、失ってしまったのです』」
「……な、二日?」
「そんなはずない、携帯では。ほら――え?」
咄嗟に響が携帯を懐から取り出し、袈刃音にも見えるように日時を確認した。
ロック画面には七月十六日と表示されていた。
だが、それが次の瞬間、七月十八日に変わっった。
意味が分からず、周囲を見渡す。
すると、まだ青かった空が紅く染まり出し、夕日の光が袈刃音達を照らした。
それはあの日、袈刃音が旭と共に見たゲーム開始の光景と似ていた。
「は、ぁ?」
「結界を張っていたの、貴方達の周りに。この空間だけ、時の流れを遅くするために。早く行ってあげた方がいいんじゃない?『貴方達の拠点も、きっと酷い事になっているでしょう』なんてね」
そう言って、テラは本を閉じた。
その直後、袈刃音から許容し難い、烈火の如き怒りが吹き出しそうになった。
だが、それ以上に響は、
「何を……何をした。私の家族に何を!」
襲い掛かるような勢いで、いや実際にそうしようとしたのだろう、響が飛び出しかけたのを見て、彼女の腕を袈刃音は咄嗟に掴んだ。
「放して、袈刃音!アイツは――」
「分かってる。けど、今は施設に向かわねぇと」
袈刃音は敵を睨み付けつつも、響をなだめた。
彼女の怒りが少年の憤怒を辛うじて抑えつけてくれたけれど、この激情がなくなった訳ではない。
「まだ戦うおつもりで?」
「いや、やめておく。今日はな」
「ふふっ、賢明な判断ですね。でしたら、精々足掻くがいいのですよ、ミウラ・カバネ」
言って、シャーエイドロードロードはテラを連れ、自らの影に沈んでいった。
それきり、【守護者】達が姿を現す事はなかった。
撤退はブラフで、不意に襲って来るかとも思ったが杞憂だったらしい。
とはいえ、状況は最悪だ。
周りを見れば、大量のゾンビ達が前後からすぐそこまで迫って来ている。
これが「さくらい」の方でも起きているとすれば、いや、敵の情報が本当だとして、同様の現象はもう至る所で起こっているだろう。
――旭……っ。
どちらにしても、この場にいる全員を引き連れて一度拠点に戻らなければならない。
響の大声が周囲に響く。
「全員、私達の近くに集まって!作戦は変更。これから、ここを強行突破するよッ。袈刃音、先陣切って。私は後ろを守るから」
「あぁ」
押し寄せる不安を隠し、袈刃音と響は「さくらい」へ移動を開始した――。
文月です。
もうすぐ70話!
ここまで書いたのは久しぶり、本当に久しぶり。
読んでくれる方がいなければ多分どこかで折れていたのかな、と……。
きっと自分が書きたい事の、表現したい事の半分も文字に起こせなかった気がしますが、その一部でも伝わっていればと思います。
とか、後書きに書いたのは、今話が無茶苦茶に後味の悪い展開で、しかもその展開を突然思いついたからと、特に深く考えず書き切って投稿しちゃったからですね。はい。→「私って、ホントばか……」
とはいえ、一度その直感を信じて書いたのだから、あとは愚直に前に進むのみ。
話をややこしくした責任を取らねば。
ということで、次回の投稿は来月の初め頃となります。
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