第46話闇夜に出会いますか?
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――時は『アンデッド・ゲーム』開始より二日目の夜に遡る。
暗い住宅街、そこに一条新奈はいた。
辺りを照らすのは、夜空の月明りと暗闇に浮かぶ街灯の白い照明だけ。
コンビニ袋を下げ、ゆっくりとした足取りで進む足。しかし、黒縁の眼鏡をかけた少女の歩みは明確な目的地を持っている。
「お父さん出張中だからって、何でこんな時間まで寝ちゃったかなぁ。冷蔵庫空だって知ってたら学校帰って来る途中でスーパー寄ったのに。近くにコンビニあるから直ぐ帰れて良いんだけど……」
新奈は意識しないでいようと努めていた周囲の暗がりに目を向ける。
レンズ越しに覗く暗闇は、昼間とは大違いに静かで不気味だ。
ともすれば、幽霊でも現れ出そうな雰囲気に包まれていた。
「いやいや、高二にもなってお化けとか。晩御飯買いに行って後は帰るだけだし、ね。……は、はは、怖がり過」
――ザッ。
「ヒィッ!?」
近くで音が聞こえて、両肩をビクンッと跳ねさせ、新奈はその場で石のように固まった。
しかし、それきり音はせず、辺りに再び静寂が戻っていた。
恐る恐る、新奈は首を回して周りの様子を確認する。
そうして勇気を振り絞ってみたら、現実が嘲笑した。……全っ然、何もいなかった。
「はぁ……びっくりしたぁ。もう脅かさないでよ、ってあれ、誰に言ってるんだろ。おーい誰かいませんかぁ、なんちゃって。……はは、いる訳ないのに変な事喋っちゃってるー…………」
安心しつつ、何だか恥ずかしさが増した。
唯一の救いは近くに人の目がなかった事か。
もっとも、暗くて視界が悪いし今は私服だ。
仮に同じクラスの人間に見られたって、多分、新奈だと分からない。
「そういえば今日、荒山さんどうしたんだろ?学校休むなんて。風邪とかかな。まぁ、言っときながら、先週まで自分がそれで寝込んでましたけど……。あぁんもう、独り言が直んないよぉ」
ともあれ、止まってしまった歩みは再開された。
「早く帰ろ……」
今日はツイていない。
無論、自分の怠慢が原因ではあるのだが、いいじゃないか別に。
今日は一人なのだ。いや、独りの間違いか。
どちらにしても、自分だけの食事をどうにかするのが面倒臭いのだ。
――ザ、ザザッ。
「はぁ、また聞こえる。はいはい、分かってますよ。どうせ虫か何かが騒いでるってオチでしょ。そんなのには引っかかり――」
言い終わる直前。
曲がり角を通り過ぎたその瞬間、新奈の右腕を何かが捕まえた。
「ぁっ、え」
「ぐ、ガァ……ぉ」
服装からして女の人だ。女の人が、自分の腕を掴んでいる。
思わず後退るが、運良く、女性の手が滑って放れた。
半ば無意識に、握られた腕を包む自身の左手。が、何かベタつきのようなものを、覚え、て……。
掌を確認したら、近くの街灯の明かりが――真っ赤な液体をベッタリと付けた自らの手を淡く照らしていた。
「……ぇ?」
やっと出せた声はそれだけで、全ての始まりは、眼前の女に視線を再度戻した瞬間だったッ。
「ヴァ、ガッ、アガァ……ッ、ヴォァァァアッッ!」
「――ッ!?」
気付いた時には襲われていた。真正面から両肩を掴まれ、堅いアスファルトの地面に押し倒され、馬乗りになった女が奇声を発して顔面から新奈に迫った。――それを、新奈は女の首を腕で押し返し防ぐ。
驚愕、恐怖、背中を道に打ち付けた痛み。
そんなもの、忘れていた。
ただひたすらに、本能が焦燥を訴えていた。命の危険がこの身に差し迫っている。
「ぅ、くっ……や、めッ」
――ぇ?え?な、何、これっ。嘘……アレ?私、も、もしかして…………。
死ぬ?
確信に近い予感だった。生命の危機など生温い、これは命の終わりの予知だ。
まずい、マズイ、不味いッ。
訳が分からないまま、ただそれだけは分かって新奈は必死に抵抗する。
しかし、足は踏まれて動かせない、手で何度も思い切り叩いても、殴ってみても、痛みを感じていないみたいだ。全く動じていない。
最悪なのは、その手を掴まれて地面に押さえ付けられ、女の接近を妨げていた右手の手首も握られた事だ。
女は捕まえた新奈の右腕を力尽くで口元に引き寄せた。
開いた大口から歯が覗き、荒々しい息遣いが漏れ、そうして汚らしい涎が垂れる。
――あ、あぁ……。
どうしよう、声も出ない。
このまま独り、誰にも気付かれないまま、理解不能の状況の中で殺されると考えたら。
誰も、自分を見つけてくれないと思ってしまったら。
何か、無力感が襲って来て……。
「――バン」
目を瞑ったその瞬間に、閃光が走った気がした。
その後に衝突音が聞こえた。
「へ?」
体にのしかかっていた重みが軽くなった。
そう思って新奈が瞼を持ち上げると、先程まで自分を襲っていたはず女の上半身が消し飛んでいた。
「ヒッ」
残っていたのは下半身と、手首から上を失くした両手だけ。その指達が新奈を執念深く未だ捕まえていた。。
焦って起き上がり、手足をばたつかせて後ろに下がる。
女の死体が新奈から離れ、彼女は過呼吸になりながら右手の方向にある塀を見た。
塀の一部は大きな鉄球でも衝突したかのように破壊され、崩れた瓦礫が積み上げられて小さな山になっていた。
「あぁ、やっぱり人間だったか。よしよし、みぃ~っけ」
その反対方向から男の人の声が聞こえて、新奈はそちらに顔を向ける。
直後の事、声の主が自分の方へ歩み寄って来て、そこに影が射した。
新奈が見上げると、純白を基調とした外套に身を包む青年が月を背後に佇んでいた。
柔らかな風にサラサラと揺れる白に近い金髪が、月光に照らされている。
まるで闇夜の中、彼だけが昼のように光を放っているかのように。
――綺麗……。
彼を見た最初の感想がそれだった。
「やぁ、こんばんは」
端正な顔立ちの青年が浮かべた笑みは、この殺伐とした空間にはあまりに場違い過ぎる穏やかなものだった。
薄っすらと恐怖を覚えた。
人一人が死んでいるのに、どうしてこんな呑気に笑っていられるのだろう。
それに、よく分からないが、さっき女を殺したのは彼なのではないか。というか、今の状況だと間違いなくこの人だ。
脳裏にそんな考えが浮かんだ刹那、緊張が全身を駆け巡り、新奈の表情が硬くなる。
いや、必ずしも悪い相手ではないではないか。
よくよく考えてみれば、きっとこの人は自分を助けてくれるつもりで
「しかしラッキーだね、正直、腕の一本が一緒に消し飛ぶくらいは覚悟してもらうつもりだったんだけど」
「け、消し飛ぶ……ッ」
「はは、んなビビらなくても。無傷なんだから結果オーライ、気にしない気にしない」
自分でも顔が蒼褪めているのが分かった。
彼は、断じて「良い人」なんかじゃない。
だって、こんな恐ろしい事実を言葉で取り繕う素振りも見せず、全く何でもないように話すんだから。
もっとも、黙って怯えていられる時間は新奈に長く与えられなかった。
「ところで、その左手の血、さっきのに噛まれたの?」
「は、はぇ……?」
「勘違いだったら別にいいんだ。たださ、ゾンビに噛まれたら人間はゲームオーバーで、こっちとしても邪魔だから、益はないけど殺さなきゃ。まぁ、心配しないで」
新奈に目線を合わせるように膝を曲げて腰を下ろし、静かに青年は告げた。
「……もしそうなら、俺が君を、苦しませずに消してあげるからさっ」
その蒼い色を宿した目を怪しく細めつつ。
「ひぃッ!?か、噛まれてませんっ。あれ、噛まれ……私噛まれてないよね?っじゃなくて、あぁぁぁあ!違います違います大丈夫です勘違いでした噛まれてないです、嘘じゃないですホントですごめんなさい許してくださいごめんなさいッ。あ、そうだそうだお弁当!お弁当をお納めしますのでどうか殺さないで――って、ぎゃぁぁぁぁぁぁあッ、お弁当ぐっちゃぐちゃになってる!さ、さっき落とした時に。ど、どどどうしようぅぅ」
最悪だ、終わった。絶対に殺される奴だこれ。
冷や汗が全身から噴き出すのを感じながら、新奈は頭を抱えた。
しかし、
「ふっ、はは、ははははは」
青年は自分の様子を見て笑った。
それまで必死だった新奈はズレた眼鏡を指先で元の位置に戻しつつ、きょとんとした表情で彼を見つめる。
すると、不意に青年と目が合った。
「ははは……はぁー、面白い反応するねぇ。久しぶりに笑っちゃった。何にせよ大丈夫そうだ。ねぇ君、名前は?」
「え?名前、な、名前ですか。えっと、えぇ、えぇっと、いち、一条新奈……です」
「イチジョウ・ニイナ……ニイナが名前かな。よしよし分かった。――じゃあニイナ、俺に渡すはずだったその晩御飯、駄目にしちゃった訳だけど……当然、代わりのものをくれるんだよね?」
「はい?」
「そうだな、俺の新しい名前を考えてもらおうか。丁度、ここでの仮名が欲しかった所なんだ。そうしたら殺さないであげよう」
「あれッ、色々おかしい!今の流れだと私許されるはずでは?!」
「ん?はて、そういう約束だった気が」
「記憶を自分の都合のいいように改変されてるんですがッ。せめてもう少し私の事も考えてもらえるとかないですか!?ちょっとくらい慈悲をくださいぃ」
「ダメダメ、世界ってのは理不尽で残酷なものだよニイナ。まぁその実、俺の気紛れな訳だけど」
「あぁ気紛れなんですね、何か泣けてきました……」
これでは自分の命の扱われ方がまるで虫だ。
自尊心が萎んでいく。
「ほらっ、は・や・く」
「えぇッ、あ、はっ、はいぃ」
満面の笑みで催促して来る青年が怖い、というか早くしないと殺されそうだ。
戸惑いつつも、新奈は焦って彼の名前を考える。
――な、名前。名前、何か、何か考えないと……。
とは思いつつも、中々頭に浮かんで来ない。
かといって適当な名を用意したら、それこそ殺されるのではないか。
せめて、取っ掛かりのようなものが欲しい。
金髪。碧眼。へんてこな恰好。いや、最後のは駄目だ、なしの方向で。
――でも、あの髪……やっぱり綺麗だなぁ。白っぽく光を反射してて、夜なのに、この人だけ昼間にいるみたいで…………。
こんな時に何を呑気に考えているのだろうかと自分でも思うが、しかし、
「白夜」
気が付けば、そんな言葉が口から出ていた。
しまった、と新奈は口を手で塞ぐ。候補に挙げただけで、大して深く考えた訳でもない名前を口走ってしまった。安直過ぎる。
不味い、殺される。
が、青年の反応は予想とは異なった。
「へぇ、ビャクヤか。良いねぇその名前」
「ひぇ?」
「じゃあ、ニイナの名字をもらってイチジョウ・ビャクヤ。よし、それで行こう」
何か、あっさりと青年の――ビャクヤの名前が決まってしまった。
こんな簡単に決まってしまっていいのだろうか。いや……しれっと名字を取られはしたのだが。
ともかく、命を取られる事はなさそうである。
ちょっと安心して、新奈は頬を緩ませつつホッと溜息を零した。
そんな彼女を他所にビャクヤは立ち上がる。
「幸先は良し。【トゥラヌアの短剣】の回収は、まぁ、ゆっくりやれば良いか。うん、今回はそうしよう」
「?」
「ちょっと探し物をね。ニイナはゲームの事、どこまで知ってる?昨日、頭の中に声が聞こえたろ。遊戯神がゲームの説明したはずだけど」
「ゲームって、あっ、もしかして昨日の夕方くらいにあった……。友達も言ってたけど。え、いやでも今日は別に何にもなかったし」
「今さっきあったろ?女のゾンビに襲われて、でっ、死にかけた。『アンデッド・ゲーム』はもう始まってるんだ。直に、街は不死者で溢れ返るよ」
「――ッ!?」
他人事のように告げたビャクヤの予言に、思わず背筋が凍った。
緊張した面持ちで、新奈は近くに横たわる女性の死体の残骸を見つめる。
ゾンビ。なるほど、確かに、「らしい」様子だったと言われれば否定出来ない。
あり得ないだろう、なんて思いたいクセに。
感情とは裏腹に、まるでゾンビ映画の世界に迷い込んだみたいな、そんな感覚が新奈の体に絡み付く。
「んじゃあ、俺は用事を済ませたらもう行くけど。そうだニイナ、ここに詳しいならちょっと手伝ってよ」
だが、恐怖に震える少女など気にした風もなく、得体の知れない青年は屈託のないあの笑みをまた彼女に向ける。
同じ時間と空間を共有しているのに、互いの感情は正反対で、かなり異様。
これが、二人の出会いだった。
文月です。
何とか8月中にもう1話投稿出来ました(頑張った)。
次回は9月になります。今週は多分もうないかなと、はい。
一応、未定としておきます。書けたら投稿したいので。
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《完了》
【次の話へ進みますか?】
【→はい/いいえ】




