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第32話死亡ルートを選択しますか?

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 錆びた鉄の欠片を()むような決断だ。

 苦く、とても受け入れられない。


 けれど、何としても回避したかった展開が今、現実のものとなりつつある。


 旭を人質に取られている状況で、真正面から敵陣へ乗り込むのは下策も下策。

 そう考えて、敵に奇襲を仕掛けるつもりだったはずがこのザマだ。


「……」


 イートスレイトが使役する眼前の二匹の猫を睨んだ。


『袈刃音よ、これは遊戯の(てい)を成した(いくさ)じゃ』


 脳裏に蘇ったのは時空神・クロノの助言。

 なるほど、であれば袈刃音は、きっとこの戦とやらに敗北を喫したのだ。

 ならば、その失敗を取り返さなければならない。


「――真白さん。ここに来るまでに決めたこと、覚えてますか?」


 袈刃音は近くを歩く真白へ、小声で話しかけた。


「もしもの時のこと、で合ってる?」


「後で、言った通りになると思っててもらえると助かります」


「それは……ううん、分かった」


 出しかけた言葉を飲み込んだ真白が何を言いたいのか察しながらも、袈刃音は聞かなかったことにして再び口を閉ざした。

 とはいえ、自身に抱えられながら会話を終始聞いていた時花は別だった。


 話の意味が理解出来ずに、くりくりとした瞳がこちらを不安そうに見上げる。


「大丈夫、何とかするよ」とだけ袈刃音は告げた。

 同時に浮かべた微笑はどこかぎこちなく、自分では強張っているように感じた。


 時花へ送った言葉も、ひょっとすると、自分のために言ったものでもあったのかもしれない。


「……ふぅ」


 袈刃音は心を落ち着けるように静かに息を吐く。

 大丈夫、覚悟は決めた。

 今度は間違えない。


 そして、必ず――。


 そう決意を固めたところで、袈刃音達は廃工場の入り口に辿り着いた。

 眼前には地面近くまで下ろされたシャッター。

 その僅かに空いた隙間に、先導していた猫達が潜り込んだ。


「開けて入って来いってか」


 袈刃音はシャッターを上に押し上げる。

 ――敵らしき影は、中に入ってすぐに発見出来た。


「ようこそ、ミウラ・カバネ」


 銀髪を腰ほどまで伸ばした少年が、廃工場の奥にぽつりと佇んでいた。

 そのおどけた態度が既に知る敵の名を想起させた。


「お前……」


「イートスレイト。それ以上の説明は不要だよねぇ、ねぇ――そうだよねぇ?」


 敵意をイートスレイトへ向けた袈刃音は、鋭く視線を動かして周囲を見る。

 まるで空っぽの倉庫のような空間だ。何もない。

 ただ、左端の壁が崩壊し瓦礫の山が出来ている。


 そして、二時の方向、その先の壁際に背を預け立つ、イートスレイトと同様の白い外套を羽織った逆立った黒髪の男。


 腕を組んで、この廃工場に入った瞬間から監視するようにこちらへ目を向けている。


「旭はどこだ」


 男の視線にも危険な感覚を覚えるが、袈刃音は一度それを思考の隅に追いやり最も肝心なことをイートスレイトに訊く。

 返答はなく、代わりに奴は胸の高さまで持って来た右手の人差し指をこちらに向け、クイッと上に折った。


 直後、先ほど見た瓦礫の死角から、大きな人影が一つ……否、それに続いてもう一つ小柄な影が現れ出て来る。


 ――旭……ッ。


 巨漢の背後をついて行く少女は朝比奈旭、彼女だった。


 思わず飛び出しそうになる。それを理性が止めた。

 けれど、鼓動が高鳴り、胸をキュッと締め付けられる感覚が袈刃音を(さいな)む。

 それは歓喜か、渇望か、はたまた焦燥によるものなのか、少年にはまるで判別がつかなかった。


 ただ、瞳が微かに潤んだ。


 そこでふと、旭がこちらを向いて、しかし動揺したように目を見開き立ち止まった。


「か、ばね?」


「ははっ、だから言ったじゃん。来るってさぁ。いくらレアキャラだからって、ちょっと心外だよねぇアサヒナ・アサヒ、そうだよねぇ。そういうのは良くない」


「何で、何でッ……。ッ!袈刃音、ダメ、逃げ――」


 旭が言えたのはそこまでだった。

 空いたままの口が、舌が、喉が自分の意に反して全く動かなくなった。


 袈刃音は理解した、イートスレイトの仕業だと。


 奴は旭に近付くと、彼女に短剣を差し出す。

 刀身が歪んだ、ある意味禍々しい短剣だ。


 旭は短く鋭利なその剣に視線を落とし、意味が分からず、怯えたようにイートスレイトを見上げた。


「さてと、んじゃあ早いとこ始めようか?いや、()()()()()の間違いかなぁ」


「……ッ、……ッ」


 違う。

 きっと彼女は、自身に短剣を差し出された意味を察していた。


 袈刃音と同じように悟って、それが到底受け入れられなくて、旭は恐れと懇願の入り混じった表情をイートスレイトへ向け首を横に振る。


 ゆっくり、ゆっくり。


 ――それで袈刃音を刺すなんて、そんなこと、自分には出来ないと。


 イートスレイトが袈刃音に視線を寄越す。


「どっちでもいいや。ミウラ・カバネ、武器を捨てて取引だ」


「……どういう風に」


「簡単さ、僕達はお前が死んでくれればそれでいい。お前は人質が返って来てくれればいい」


「……」


「じゃあ、人質の解放はお前の死と同時だったらいいワケだ。何より、神々もそれを望んでおられる。きっとね?」


 そう言って、イートスレイトは旭に短剣を受け取らせた。


 どう動くべきか一瞬迷う袈刃音。

 しかし、壁にもたれる黒髪の男の能力なのだろう、奴が自身の周囲に炎の弾を複数出現させたのを見た瞬間に決心した。


 右手に握ったバールを地面へ捨てる。


 袈刃音が要求に従わなかった場合、あの火炎の弾がどうなるのか。

 どう予測しても碌な結果にはならないだろう。

 それに、アレをどうにかしている内に、旭がイートスレイトに短剣で殺される。


「千華。頼む」と、彼女に時花を預けると、袈刃音はおもむろに歩き出した。


 旭もそれに倣って、こちらに足が向いていた。

 無論、それは彼女自身の意思ではない。


「かばね、袈刃音……ッ、こ、来ない、で…………」


「大丈夫だ、旭。大丈夫」


 恐怖を顔に滲ませた旭を安心させるように、袈刃音は言葉を送る。

 そんな少年にイートスレイトは呆れたように告げた。


「大丈夫なもんか。その短剣は特別だ、神以外の全てに害を及ぼせる。どれだけ強靭な肉体でも、人間じゃ耐えられない」


「……ッ。そうか」


「あ?」





 けれど、袈刃音の歩みは一瞬たりとも鈍らなかった。

 寧ろ、その一歩一歩にどこか力強さが宿った気さえして、イートスレイトは僅かにたじろぐ。


「かば、ね……」


 両手に掴む短剣の切っ先をこちらに向かわせ進む旭を前に、袈刃音は淡々と近付く。


「……」


 ずっと、再会が叶った時にどうするかを考えていた。

 手を伸ばせば届きそうな距離で立ち止まった今も、まだ、迷っていた。

 それどころか、言葉すら見つからない。


 旭にとって今日は喧嘩別れの翌日で、袈刃音にとってはそうではないから。


 けれど、『アンデッド・ゲーム』が始まったあの日のことは鮮明に思い出せる。

 取得した【メモリー】によってではない、袈刃音の中の記憶が、後悔として残っている。


 感情のままに怒りを旭に振り撒いて、謝ろうとして、それが出来なくて。


 だから、袈刃音は彼女を抱き寄せて――


「…………ぇ?」




「昨日は、ごめん。……ごめんな、旭」


 ()()、短剣の刀身を伝って滴り落ちた。


 旭は、驚愕に目を見開いて視線を自身の手元へ落とす。恐る、恐る。

 そうして瞳に移り込んだのは、受け入れがたい現実。


 歪んだ刃が深々と突き刺さしたのは、袈刃音の腹だった。


「――!」


「……ぅ、くッ…………!」


 異物が体内に侵入する感覚が、衝撃の後に、強烈な痛みと共に袈刃音を襲った。

 痛い、痛い、痛い。

 痛くて、そして咳き込んだ口から血が零れ、口元を紅色に染める。


 だが、その場に(うずくま)ってしまいたくなる心を――意思の拳で黙らせた。


 歯を食い縛り、袈刃音はより強く少女を抱き締める。


「誰が、放すかッ……」


 そうして、旭の背に触れる右手を這わせ、その手で彼女のうなじを優しく包んだ。


「誰に、殺させるかッ……」


 もう、決して失わないように。

 優しく、けれど力強く。


 だってそれが、袈刃音が過去(ここ)に戻ってきた理由だからッ。


「【想焔】」


 直後、旭のうなじに刺さった【隷属化の糸】を赤い焔が焼き切った。


 ……これで、いい。これでいいのだ。


 望んだシナリオとは違っていたけれど、敵に翻弄されるままここまで来たけれど、それでも確かに目的は達した。


 ――勝利の旗は、袈刃音に傾いたのだ。


 だから、




「――ッ、真白さん!!」


 自身の腹に刺さった短剣を抜き、次の瞬間、振り向きざまに叫んで幼馴染の背中を押した。

 しかし、それを見逃してくれるほど敵は優しくない。


 こちらに鋭く飛来する炎の弾丸。

 袈刃音は旭を庇ってそれを背で受けた。


 真白がたたらを踏む彼女の手を掴んで、急ぎ下がって行くのを視界の端に捉えると、少年の顔は背後の敵へ向く。


「おいおいおい、イートスレイト。逃げられてんぞッ」


「なッ!?んの野郎!」


「――貴様等、目的を見失うな」


 イートスレイトと巨漢が逃走を図る真白達を追おうと動く直前、逆立った黒髪の男が炎を袈刃音に放った。


 目論見通り、敵の意識が自分に集中した。


 肉体が炎に包まれゆく中、袈刃音は傷口を手で押さえながら膝を地面につける。


「見ろ、目標は虫の息だ。これ以上無駄に下界の者を殺せば、神界の規定に触れる。よくやったイートスレイト、ルシドラ。――あとは私に任せろ」


 黒い髪の男は袈刃音の元へ歩を進めつつ、掌の上の虚空に炎を灯す。

 それは空気を巻き込むようにして渦を作り、巨大なものへと成長していった。


 袈刃音は激痛に呻くでもなく、薄ら笑いを浮かべる。


「死ね」


 燃え盛る炎が少年を襲う直前、男が送ったのはそんな台詞だった。







文月です。

少々遅れての投稿となりました。

今回はお知らせはございません。


【・ご案内】

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 ブックマーク、感想などもよければ。


 作者のモチベーションとなります。


 《完了》





【次の話へ進みますか?】

【→はい/いいえ】

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