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第28話中ボスを撃破しますか?

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「ははっ、ンっとに飛び込んで来てやんの。馬鹿みてぇ」


 五指を窓の枠に引っ掛け、墜下(ついか)を逃れたイートスレイトは嘲りを込めて言った。


「か、袈刃音ッ!」


「ん?」


 叫び声がした方へ意識を傾けると、眼下へ、千華が焦ったように駆け寄って来た。

 だが、敵の存在を思い出したのか、立ち止まり、赤紫の瞳がイートスレイトを見る。

 同時、その両手で頼りなく握る槍の切っ先もそちらを向く。


「あぁ、そういえばミウラ・カバネに付いて来てたのがいたっけ」


 飛び降りて、床に着地した敵に驚き、千華は思わず槍を胸に引き寄せて身構え


「きゃッ……!」


 イートスレイトの蹴りが、槍の柄ごしに彼女を襲った。


 倒れる。

 まずい、と踏ん張ろうとして、誰かが体を支え――違う。


「ぇッ……」


 胸元に回された腕。

 冷たい何かが首に触れる。


 不意に、背後から、囁くような声が聞こえた。


「動いたら、首がスパーン、だ」


「……ッ!?」


 イートスレイトに、捕まった。

 首に当たっているのは恐らく、拾ったナイフ。


 千華が目を離した隙を突かれたのだ。


 けれど、だからといってこれは……。


「この()()、良い動きをするよねぇ。そうだよねぇ。足が強くて、体も結構柔らかい。使いやすくて、少々の無茶をしても壊れにくいんだ。武器も持ってるしさ。ただの人間じゃ、相手にならなくても仕方ない。あぁ、ミウラ・カバネは別ね?はははっ」


「……ッ……ッ」


「いいねぇ、それ。最高に良い反応するじゃん。……ま、それはさておき。アイツの事だ、落としたくらいじゃどうせ死んでない。きっとここに上って来る。だからさ、早めに済ませようじゃないか」



「す、済ませるって、な、何を……ッ?」


 ほとんど無意識に、千華は尋ねていた。

 袈刃音が生きている。その事実に安堵した心が、強烈な不安の影に見舞われた。


 もし、もしも千華の予測が当たっていたなら、最悪だ。


 何故なら、このイートスレイトという敵は――。


「当然、殺すのさ。ここの全員ね」


「!?」


「僕はここじゃ死なない、ミウラ・カバネも死なない。勝負はどこまで行っても平行線だ。そりゃあ、どの道、ここでアイツを殺すつもりはなかったけどさぁ?ほら、それは何か癪じゃんか」


「ま、待ってっ……!」

(まぁ)たないよぉ、ははっ、何言ってんのさ君。沸いた脳味噌に冷や水ぶっかけて、よぉく想像してみろよ。アイツが焦りながら必死に階段駆け上って、部屋に辿り着いて、それで誰一人生きてないんだぜ?どんな顔するか、ちょっと見ものでしょ」


 ……イカレている。

『嫌がらせ』だと?違う、それは自分が知る限り(もっと)も邪悪で、最も残酷な行為だ。

 真っ先に自分が殺されるだろうという事実より、イートスレイトが持つ理解し(がた)い思考に、千華は恐怖を覚えた。


 一寸先も見えない暗闇の中に投げ込まれたような、そんな不気味な恐怖だ。


「本当は面白おかしく死体を部屋に飾ってやるのがベストなんだけどなぁ、今回はパス。時間がない」


 震える体が背後のイートスレイトを強く意識した。

 逃げなければならない、と。


「まずは君からね」


 冷静ではなかった。

 何が真に正しい行動かなど考える余裕すらなかった。

 ただ死にたくなくて、その心が体を突き動かして、イートスレイトの拘束を振り解いた。


 けれど、やはりそれは間違いでしかなかった。


「ば~いばいっ」


 後ろを振り向いた瞬間、共にナイフが横薙ぎに振るわれようとしていた。

 奴の声と共に、千華は悟った。


「――ぁっ」


 死んだ。


 脳裏を過ったのは、それだけ。

 直前まで胸の中を圧迫していた死の恐れは、その衝撃で消し飛んだ。


 イートスレイトのナイフの刃先は、確実に千華の首に届く軌道を描いている。

 何も考えられない、何も出来ない。

 可能なのは迫り来る『死』を受け入れる事だけ。


 ――イートスレイトの操る綾辻の体が吹き飛んだのは、その時だった。


「……え?」


 (おおよ)そ教室でするはずのない衝突音の直後、千華の口から呆けた声が出た。

 しかし、視界の端に人影を見つけ、咄嗟にそちらを見た。


 そこに佇んでいたのは袈刃音だった。


「悪い、遅れた。大丈夫か?」


「う、うん」


 千華の声を受け取って、袈刃音は安堵の息を漏らす。


 三階から落下した時は焦りを覚えたが、間に合った。

 いや、今回は運が良かっただけだ。この状況を許したのは、袈刃音の対応の早さ、袈刃音に対する敵の油断、そして……その敵の性格から来る言動。


 出入り口側の壁に激突し、床に伏したイートスレイトへ視線を向けると、既に立ち上がろうとしていた。


「ったく、あぁッ、ンっとやってらんないなぁ!これだから人間は嫌いなんだ。おい、どうやってここ上ったよ?」


()()()


「?下から三階まで?ははっ、ついに人間辞めたじゃんお前」


 耳に届く言葉は無視して敵へと進む。


 イートスレイトは危険だ。

 能力よりも思考そのものが、酷く幼稚で、快楽主義的で、けれど残酷で、放置しておく事すら危うい。


 故に、何か不審な動きを見せる前に身動きを取れなくしなければならない。

 決して殺してしまわないように。慎重にッ。


 床を強く蹴り、敵へと急接近を果たす袈刃音。

 咄嗟にナイフを一閃したイートスレイトだったが、遅い。


「ッ!?」


 背後を取った袈刃音は、傀儡となった綾辻の背中に拳を叩き込む。

 衝撃に地面へ手を着くイートスレイト。しかし、そのまま跳ね起き、組み伏せようと迫った袈刃音の首を両(もも)で強く挟んだ。


 それを軸に体を回転させて、遠心力で袈刃音を引っ張り暴れる。


 無茶苦茶だ。とはいえ、甘い。

 袈刃音は両脚を掴んで拘束を振り解いた。


「なッ。っそぉ――ッ!?」


 放り投げられたイートスレイトが即座に立ち上がる。

 その直後だった。

 横から飛んで来た袈刃音の拳が、奴の顎を掠った。


「なんッ……」


 言い終える事は叶わなかった。

 揺れる視界の中、袈刃音の膝蹴りがイートスレイトの腹に直撃し、そうして地面に組み伏せられた。


「甘いんだよ。テメェが操ってる人間越しにこっち見てんのは、とっくに気付いてる。なら、脳震盪起こしてもキツイよな」


「……ッ」


 袈刃音は、拘束から逃れようと、這うように暴れる敵のうなじを右手で強く掴んで押さえ付けた。

 完全に動きを封じる。決して妙な真似をさせないように。

 油断はせず、このまま、綾辻の首の後ろに刺さった【隷属化の糸】を【想焔】で焼き切る。


 その直前の話だ。途端、イートスレイトが大人しくなる。


 代わりに聞こえたのは、奴の笑い声。


「ふっ、ははは。何言ってんだよ、甘いのはお前さミウラ・カバネ。こんな()()相手してる場合じゃないだろに。なぁ、そうでしょ、そうだよねぇ?」


「……何だと?」


「アサヒナ・アサヒ、連れ去ったの誰だっけ」


「――!?」


 思わず、目を強く見開く。


「そう、僕達だ。僕達が直接やった」


 顔が強張り、冷や汗が額に生まれるのを感じた。

 イートスレイトに胸に生じた動揺を悟られまいと、袈刃音は沈黙する。


 やられた。


 そうだ。イートスレイトには旭というカードがある。

 それを今、切ろうとしているというのか。


 だとすれば……奴が一体何をするつもりか、まるで予測不能だ。

 僅かな時間接しただけでも分かる、眼前の敵は理性では動かない。けれど、いやらしい程に知恵が回るのだ。


 だから、だか、ら……


 ――いや、待て……コイツ、が、旭を攫った。攫った…………?


 不意に、違和感が生まれた。

 微かな違和感。だが、それは急速に脳裏で膨張して、


「……ッ」


 静かに、袈刃音は俯き歯を食い縛った。

 唇の隙間から漏れたのは、強い歯軋り音。


 ……何故、気付かなかったのだろう。


 答えは知っていたはずなのに。

 聞いていたはずなのに。


「早く駆け付けてやるこったな。はっ、いつもの癖で僕が殺しちゃわないうちにさ」


 神には、この拳は届かない。

 だって、何故って、奴らはこの()()に存在しないから。

 眼前で笑うこの神の従属者のような連中も、当然そうなのだと決めつけていた。


 どれだけ、殺してやりたい、と殺意の焔を胸の内で燃やしただろう。

 どれだけ、それが出来ない事を恨んだだろう……。


 目の前で敵が嘲るように言葉を紡ぐ度、ドス黒い感情の焔が袈刃音の中で、静かに、けれど激しく、手の付けれられない程に、その勢いを増していく。


「あぁ、居場所を伝えてるのはカスガ・アクヤだ。生きてるといいね?はははッ」


 そう、何故か。

 何故か、ずっと袈刃音は、イートスレイトが人を操って誘拐したのだと勘違いしていた。

 敵も人間の世界でなく、神の世界にいるのだと思っていた。

 けれど、違う。違ったのだ。


『そう、僕達だ。僕達が直接やった』


 袈刃音の焦げ色の瞳に、瞼が微かに下り、目から消え去った光。

 その酷く凍て付いた眼差しが、敵の姿を()()()捉えた。


 ……あぁ、何だ、























































「そうか、お前――()()()()()()()?」







 ◆◇◆◇◆


「――ッ!?」


 気が付けば、イートスレイトの意識は自身の体へ完全に戻っていた。

 直前まで動かしていた操り人形も、既に操作不能となっていた。

 人形との視覚共有を行えない。


「?どうしたよ、イートスレイト」


 おもむろに、自身に声をかけたルシドラへ顔を向けた。


「ん?」


「は、はっ、何でもねぇっての。人形があの野郎にやられたんだよ、ミウラ・カバネにッ。お前の所為だルシドラ!」


「あぁ!?何で俺の所為になるんだよクソガキが!」




「そこまでにしておけ」


「「あっ」」


 例によって、言い争いが始まりそうになる。しかし、そこで、凄みを纏った短い言葉が二人の間に割って入った。

 ドミエンだ。


「くだらん揉め事を起こすなと何度言わせるつもりだ。貴様等には私が能力を貸し与えた。故にこそ、私達は神の第七【守護者】なのだ。それを忘れるな」


「も、申し訳ございませんでした、ドミエン様」


「分かればいい、ルシドラ。それとイートスレイト、【隷属化の糸】が切れたようだが、大丈夫か?」


「……え?大丈夫って、何が」


「――脚が先程からずっと震えているぞ」




「ッ!?」



 そこで初めて、イートスレイトは自身の膝が小刻みに震えを起こしているのに気付いた。

 まるで何かに怯えているかのように。


「何かあったの「大丈夫ですッ!」……そうか、ならばいい」


「は、はい。僕、ちょっと、外の空気を吸って来ます」


 イートスレイトはドミエンに背を向け、足早にその場を去って行く。


 苛立ちが込み上げて来て、無意識のうちに親指の爪を噛んだ。

 体に、心に、未だに拭えない恐怖が纏わり付いている。


 不意に、意識がこちらへ戻る直前の記憶が脳裏を駆け巡った。


 ――何だよ……()()()()()()()()


 何故かアレには、触れてはならない気がした。

 根拠などない。強烈な熱を感じた訳でもない。

 そもそも、人間如きの牙が【守護者】たる自身に届くはずがないだろう。


 ……だというのに、三浦袈刃音が見せたあの表情が、頭にこびり付いて離れない。


「クソッ」


 受け入れ難い感情と直感に、イートスレイトは抹殺すべき少年への殺意を人知れず強めた。








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