第27話中ボスと闘いますか?
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ナイフを持つ両手に綾辻自身の体重がかかる。
正面から低い姿勢で突っ込んで来た彼の体は、袈刃音に密着する形で止まっていた。
けれど、その鋭利な刀身が貫いたのは、袈刃音の横腹近くの虚空。
「何、すんですか。綾辻先輩」
両手で掴んでいた綾辻の手を放すと、彼は逃げるように数歩後ろへ下がる。
そうして、後頭部を右手で掻いて半笑いしつつ言った。
「やぁ、悪ぃ悪ぃ。ちょっと躓いたわ。刃物持ってんのにな、気を付けねぇと」
「……そのナイフ、どっから出したんですか」
「ぁあ、これは……アレだアレ。ほら、あのゾンビ?連中に俺囲まれてさ。武器欲しいと思ったら、何かさっきお前出してた真っ黒なボードが浮かんで、それで「噓付くなよ」――え?」
袈刃音の低い声が綾辻の言葉を途中で遮った。
「ゾンビが何体も自分の周りにいて、ナイフみたいな短い刃物が欲しいなんて普通思わない。てか、素人がそれ一本で逃げ切れるはずないだろ。あり得ないんだよ。そもそも、今のが躓いたっての自体、相当無理があるだろ」
「……」
「けど、違うな。考えてみたら、綾辻先輩が躊躇なく人刺そうと思うのが一番おかしい。刺そうって動けるのもおかしい。お前が、本当に先輩ならな」
綾辻に向ける視線をより敵意あるものとする。
異常だ、彼は。思考も、行動も、取り繕ったようなその笑みすらも。
普通の人間らしい姿をしているのに、中身は得体が知れない。
故に、袈刃音は疑念を胸に抱いた。
「――誰だよ、お前?」
返答は、口を三日月のように鋭く歪めた笑みの後に出た。
「良いねぇ……良い良い、やるじゃあん。やっぱそうでないと、ねぇ、カ~バネッちっ」
「……ッ」
「ぷっはは、怒ってやんの。冗談じゃん、落ち着けよミウラ・カバネ」
綾辻の声で、何者かがおどけた調子で喋る。
挑発だ。しかし、ここで心を乱す袈刃音ではなかった。
静かに敵を見据え、右手で握るバールを低く構える。
「遊戯神に命令されたのか?」
「ご名答。遊戯神様の命により、君の抹殺に来た。そういえば自己紹介がまだだったよねぇ。そうだったよねぇ?――初めましてだ、僕はイートスレイト。あぁ、そっちの君は二回目だっけ」
綾辻――いや、イートスレイトの嗜虐的な目に見られた小野寺へ、袈刃音の意識が向かう。
彼女は何かを思い出したのか、恐怖の表情を顔に浮かべていた。
「小野寺、知ってるのか?」
「……こ、こいつ。カバネっち……きょ、教室に来たの、こいつだよ…………ッ」
「モブのクセに、僕を『こいつ』呼ばわりか。立場をわきまえろって、僕一回教えてあげたよねぇ、そうだよねぇ?……まぁ、だから本当は、ここに閉じ込めてさ、身をもって分からせてやろうと思ってたんだ。けど、お陰でミウラ・カバネが釣れたし許してやるよ」
「身をもって?なら、やっぱり下の騒ぎもお前が……」
「?ぁあ、アレね。帰りに一階で適当な数殺して、ゾンビを作ったんだ」
「何のために、そんなことした。学校の全員閉じ込めて何をしたかった」
「あまり冷めるような質問するなよ。言ったじゃないか、君を釣るためだってさぁ?って言っても、君が絶対ここに来るかなんて分かんなかったから、半分は暇潰しだよね。ははっ――っと、危ない危ない」
一歩下がったイートスレイトの眼前で、袈刃音から放たれた拳が止まっていた。
けれど、攻撃は終わらない。さらに半歩踏み込み、敵の胸倉をその手で掴みにかかる。
咄嗟に手の甲で払ったイートスレイトだが、甘い。
狙ったのはそこで生まれる隙。
袈刃音はバールを振り下ろそうとして、
「そのままやったらセンパイ死んじゃうけど、いいんだ?」
イートスレイトの首の付け根に直撃するその寸前だった。
バールの勢いが、一瞬で死んだ。
「ミウラ・カバネ。僕の操り人形壊したの、お前だろ?どこだっけ。そうそう、このゲームフィールドの中心にいた奴さ」
「……ッ」
「ほぅら、やっぱり。予想通りじゃん。なら分かるはずだ。この体を再起不能なまでに破壊したって、死ぬのは僕に操られてる人間だけさ。僕には何の影響もない。……で、それでも続けるの?ねぇ、どうなのさ」
ゆっくりと、イートスレイトは、袈刃音の持つバールに首を近づけさせ、触れた。
「今回までで散々殺してきたろ。そら、殺れよ。それとも何か?今さら善人ぶりたいってか」
「……」
何もかもを見透かしたような敵の双眸が、こちらに向けられる。
教室がいやに静かに感じた。
イートスレイトの言葉に、周りの者達が戸惑っているのだろう。
「ははっ、ならここにいる全員に教えてやろうか!お前が何をしたのかをさぁ。脆弱な連中だ、聞いたらビビッて漏らすぜきっと。そして、お前を最低な屑だって蔑んだ目で見るに決まってる。だって、だってだってお前は、自分の都合で同級生ぶっころ――」
「そうだな。……で、だから何だよ?」
「あ?」
袈刃音はバールを肩に担ぐ。
何もかも、イートスレイトの言う通りだ。
幾度時間を巻き戻そうと、過去の過ちをなかった事には出来ない。
その証が記憶として、【ポイント】として、手に残る感触として、全て残っているから。
なかった事にしたい。誰にも知られたくない。
けれど……ッ。
「呑み込めねぇモンたくさん呑み込んで、お前らの妨害を振り切って……それでやっとここまで来れた。だから、後は全部失くすか、全部取り戻すかの二択なんだよ。……ここで終わるくらいなら、お前を殺して先に進んでやる」
「…………………………はぁー、つっまんねぇ奴……」
盛大に、イートスレイトは大きく開いた口から溜息を零して言った。
「だからお前は殺されるんだ。僕らの思った言動や反応をしない。あぁやだやだ、ホントやだ――なぁッ!」
言葉を吐き捨てる最中、突如、イートスレイトがナイフを横薙ぎに振るった。
しかし、袈刃音には届かない。
刀身を止められた、素手で。
それを振り解こうと抵抗するが、力が強い。
だというのに、これだけ強く凶器を握っているにも関わらず、刃がまったく皮膚を裂かない。
武器を、取り上げられる。
「チッ……ッ!」
ナイフを諦め、イートスレイトは袈刃音から離れ、窓際まで下がった。
丁度、先程の両者の立ち位置が入れ替わった形だ。
「お前の方から教えてくれたおかげで、綾辻先輩どうするか探る必要もなくなった。どうお前を攻略するのかもな」
「……何だよ。お前、思ってたよりずっと冷静じゃん。しかも、ちょっとの事じゃ死なない。確かにこれだと、ゲームの邪魔が過ぎる。序盤だと、特にね」
「……」
「でも、大した脅威じゃない。自惚れちゃあいけないよ、ミウラ・カバネ。君程度じゃ、神の従属者たる僕に敵うべくもないんだから」
嘲りと余裕の混在した笑みを、顔面に湛えて言うイートスレイト。
その顔が、後ろの窓に向きを変えて空を見上げた。
ふざけているのか、こんな状況だというのに、奴は窓枠へ両手を乗せて呑気に深呼吸する。
「それにしても、いい天気だよねぇ。そうだよねぇ?上には眩しい太陽、下には歩く死体ども。こんな日だと、勢い余って外に飛び出しちゃうかもしれない」
「三階だぞ、ここ」
イートスレイトの後ろ姿に、袈刃音は、不穏な空気が体に纏わり付く感覚を覚えた。
「【死霊術】、アレは死体を無理やり動かすだけの力だったっけ。けど……っと、僕の【隷属化の糸】は、死者か生者かなんて関係なく操れる。こんな風に。――うん、悪くない眺めじゃんか」
言いながら、綾辻の体が、開いたままの窓の枠の下に立つ。
外から室内へ入り込む突風が、こちらを振り向いた彼の茶髪を揺らした。
「お前……」
袈刃音が送る威圧的な視線に対し、イートスレイトが作ったのは、悪戯を思い付いた子どものような笑み。
その口元が、鋭さを増した。
「さて、ここで問題。今操ってるのはどっちかな」
「ッ!」
イートスレイトが室外へ背を傾け始めた時には、既に袈刃音は動いていた。
両手に持つ武器など捨て去った。
こんな場所から落ちれば、落下後の生死など関係ない。ゾンビに噛まれて死ぬ。
「んのッ……」
窓枠に飛び乗り、急ぎ綾辻の体へ伸ばす右手。
それが彼の腕を掴ん――
「なぁんちゃって」
その直前、イートスレイトが袈刃音の右腕を素早く掴み、引っ張った。
「!?」
崩れた体勢。足場を失った体。
一瞬にして全身を浮遊感が襲う。
袈刃音の体が、校舎の三階から落下を始めた。
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