第2話幼馴染を救いますか?
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その日、神を名乗る者の手によってゲームは始まった。
名を『アンデッド・ゲーム』。
プレイヤーは鹿羽市にいる人間全員であり、ゲームの攻略条件は『1年間生き抜く事』と至極単純な物だった。
そして、袈刃音を含めたプレイヤー達が神の存在を信じたか否かについてだが……結論から言うと、全員が信じた。
別に彼等が、異常なまでに信心深い、という事はなかったのだ。
ただ、それを信じ得るに足る、超常的な“何か”が彼らの前で起こり過ぎたというだけの話である。
原因は、このゲームにおける敵とルールに関係する。
敵は――ゾンビだった。
『アンデッド』とも言うのかもしれないが、呼び名など些細な事。
問題は、そんな空想上の化け物が現実に現れたという点だった。この時点で多くの者が、何かのウイルスの可能性を考えた。
次にルール。
ゲーム終了まではプレイヤーは鹿羽市から出られない。
プレイヤーは一定の条件を満たした場合、神より【ポイント】を贈られる。
【初期ボーナス】として、プレイヤーには【ポイント】を100贈呈する。
死んだ、もしくはゾンビに噛まれたプレイヤーはゾンビになる。
そして実際、誰も鹿羽市からの脱出は出来ず、不思議な事にその【ポイント】とやらも貰えた。
【ポイント表示】と唱えると、薄く黒い板がプレイヤーの目の前に現れ、そこに白い字で現在の【ポイント】が明記されていたのだ。
……そして、人間のゾンビ化も実際に起こった。
この時点で少数の者が神の存在を信じた。
きっと、全員がそうだったとは言えないだろう。
が、それも【ポイント】の恩恵とその真実性が知れ渡った事により一変した。
【ポイント】を消費したプレイヤーの望む物が、【ギフト】として目の前に現れたのだ。
…まぁ、だからこそ、
「地獄を見てる気分だ……」
自身の左側に張られた巨大な透明ガラスから見える外の様子。
それを壁にもたれ生気の感じられない目でぼんやり眺めていた三浦袈刃音は、視線を逸らし呟いた。
この馬鹿げたゲームが始まって3ヵ月。
ゲーム開始時、遭遇したゾンビに訳が分からぬまま襲われ、袈刃音は旭と共に逃走を図り成功。
以来、基本的に2人で行動しており、現在はショッピングモール3階でのトイレ休憩中。
ライフラインは途切れており、昼前だというのに店内には照明一つ付いていない。
そして先にトイレを済ませた袈刃音は、女子トイレへと入って行った旭と交代し、周囲の警戒をしていた。
……大人数で徒党を組んだ方が良いのは当然だろうが、袈刃音達には出来なかった。
袈刃音は再び、上から駐車場の光景をガラス越しに覗き見る。
そこには、今まさにゾンビ化した一般人を殺そうとする人間の集団の姿があった。
もちろん、チキンな袈刃音は、ゾンビの最期を見届ける前に顔を素早く背けた。
「【ポイント】の為に人を2回も殺す輩となんて、絶対やっていけない……」
溜め息を付きながら袈刃音は言った。
人間が人間を殺す惨状、それを多くの者が異常と思わなくなった世界に彼はいた。
神のルールにおいて唯一人々を救済する為の物だと思えた【ポイント】という存在は、現状最悪のルールに成り下がっていたのだ。
原因は、神が提示してきた【ポイント】の入手方法。
1:ゾンビを殺す。
2:人間を絶命させる。
3:一定期間アンデッドに見つからない(触れないでも可。ただし、その場合ポイントは減少する)。
そう、このふざけた方法が悪辣だった。
流石『神』と言うべきか、【ポイント】さえあれば文字通り何でも手に入る。
しかし、裏を返せば、それがないと何も手に入らない。
それでも、最初の内は良かったのだ。
幾ら市内をゾンビが闊歩する奇怪な現実があろうとも、警察がその怪物共の対処に動いてくれた。
水やガス、電気や食料も問題なく手に入った。
問題が起こったのは、ゲーム開始から数日後だった。
恐るべき事実がプレイヤー達に突き付けられたのだ。
――ゾンビは殺せない。
いや、殺せはした。
【ポイント】を使って手に入れた武器でならば、殺せはした……。
当然の話、ゾンビの全身を跡形もなく消し飛ばしたりでもすれば話は別だが、生憎とそんな物騒な武器など、この平和な日本では探すだけ無駄というもの。
【ポイント】を消費して武器を手に入れる方が早い。
だが、人々がそれに気付いた頃にはもう既に遅かった。
死なない怪物達に殺され喰われる一方的な蹂躙により、ゲーム開始から1週間後、ゾンビの数は爆発的に増加。
その時点でプレイヤーの約一割が脱落した。
ライフラインも徐々にストップしていった。
文字通り生命線が絶たれたのだ、生きる為には物資の調達が必要となり、それには当然ゾンビとの遭遇という危険が付き纏う。
そう、その時点で必須になったのが【ポイント】による武器の獲得である。
ただ、武器も劣化もすれば破損もする、紛失だってあり得た。
故に、プレイヤー達は必死に武器を手に入れる為【ポイント】を稼ごうと模索した。
そして、悪魔的な方法を思い付いたのだ。
人を殺し、その死んだ人間がゾンビとなった瞬間に再び殺す。そうすれば二百ポイントが手に入る。
無論、出来なかった者もいただろう。
単純にその力がなかったのか、殺す前に前に殺されたのか、あるいは殺人に忌避感を覚えたのか…。いずれにせよ、その多くが死んだ。
ゲーム開始から三ヵ月が経過した現在、殺人歴のないプレイヤーはちょっとしたレアキャラではなかろうか。
朝比奈旭と三浦袈刃音もその部類に入るプレイヤーだった。
彼等の家族は、死んだ。正確に言えば、目の前でゾンビ達に殺された。
「クソッ、嫌な事思い出した……」
そう言って、袈刃音は背中を支える壁を拳の側面で殴り付けた。
思った以上に壁の強度が高く、加減も考えないでやった為、割に痛かったのは内緒。
いや、それよりもその衝撃により立て掛けておいた袈刃音の武器―――バールが床に倒れてぶつかり、自己主張の激しい金属音を鳴らした事が問題だった。
袈刃音は一瞬、自分の心臓が止まったのではないかと本気で錯覚した。
現在、もうどれほどの人間がゾンビになったのか、少年には見当もつかない。
ただ1つ、確実に言えるとすれば、ゾンビ達は見つけようとしなくても見つけられる程大量にいる。
どこにいてもおかしくない、寧ろどこにでもいるものだと考えおくべきだ。
そして、だからこそ、バールなんて目覚まし時計のようによく鳴る物の音によって、ゾンビ達が寄って来る可能性だってあり得た。
「袈刃音、どうしたのッ?今の音何!?」
「あっ、あぁいや、ちょっとバール落としただけッ。だ、大丈夫だ旭」
女子トイレの中から聞こえた旭の声に、慌ててそう返した袈刃音。
バールを拾い、隠すようにそれを抱き締め、音を生み出す振動を握る両手で殺しながら言うその様は、中々に滑稽だった。
「そう、気を付けてね」
なんて、旭の台詞を聞いた後、袈刃音はバールを見た。
護身用として所持しているのだが、正直ここ最近邪魔だと感じ始めている彼の相棒ならぬ“相バール”である。もちろん、この頑丈な釘抜きは緊急時には心強い武器となってくれる為、捨てるつもりはない。
そもそも、これは袈刃音の【ポイント】を消費して手に入れた物、それを捨てるなど馬鹿としか言いようがない。
「はぁ……重くて振り回すのすら億劫なんだけどなコレ」
手放せないのにはもう1つだけ理由があった。
寧ろそれが一番の理由と言えた。
――敵はもう、ゾンビだけじゃない……。しっかりしろ俺。
神の与えた【ポイント】の恩恵は絶大だ。
しかし、袈刃音達のようにゾンビ達から逃げ回っている人間には貰える恩恵が少なく、例えそうでなくても、貰える恩恵の多さには個人差が生まれて来る。
人間は欲深い。
ある者は生きる為に、またある者は薄汚い我欲の為に【ポイント】を欲した。
もう既に、【ポイント】争奪戦が始まっているのだ。
袈刃音が先程ガラス越しに見た外の様子がまさにそれだったと言えるし、彼もそれを理解している。
少年は胸の中で、静かに憤りを溜め込んでいた。
彼等のその傍若無人ぶりに、彼等のその残虐さに、今この瞬間にも発狂してやりたいくらいの耐え難い怒りを覚えていたのだ。
この3ヵ月で、ゾンビは増えに増え、対する袈刃音達は少数かつ武器もバール一つという状況。
数が多い所為だろう……正直、最近ゾンビが単体で行動している事は珍しい。
多対一で戦えるのか?と聞かれれば、答えは『そうするしかない』だ。
出来る出来ないに関わらず、あるいは勝敗に関わらず、戦うしかないのだ。
だって、袈刃音が囮になれば、ゾンビ達は彼に意識を向けざるを得ない。そうでなくとも数は減らせる、逃げる旭を追うゾンビの数は。
つまり、ビビりで軟弱な袈刃音にとってゾンビと遭遇する事は死とほぼ同等だった。
誰もがゾンビ達との鬼ごっこをしている中、少年は独り、そもそも見つかってはいけない『かくれんぼ』をしていたのだ。
袈刃音の精神は徐々に疲弊してきていた。
それでも、【ポイント】の為に殺人を起こそうとは思わなかった。
超えてはいけない一線の前で悩み、苦しみ、踏み止まっていた。
だが、倫理観が引いた不可視のラインを多くの者は無遠慮に踏み付け、その先へ軽々と越えて行ったのだ。
騙されたような感覚が、人を簡単に殺してしまう彼等を見る度に衝撃となって袈刃音の胸を穿った。
ゾンビでさえ元は人間で、その面影が残っている者だっていて、殺す事に抵抗を覚えるはずだろう。
いや、覚えるのだ、覚えたのだ。
袈刃音は知っている、何故なら彼は自分と旭の両親を――。
だからこそ、人間は殺せなかったし、それは正しいのだと思っていた。
「でも、アイツらは違った。……チクショウ、何で……何でそんな簡単に、殺せんだよッ」
声を押し殺し、止めどない感情の嵐が生み出す言葉を袈刃音は吐き出した。
まるで『法律があるから温厚なフリをしているだけだ』なんて暗黙の了解が最初から存在していて、それを自分だけが知らなかったような錯覚さえ彼は覚えていた。
それ程に誰も自らの殺人行為に疑問を持っていなかった、それ程に多くの残虐な人間を見て来てしまった。
そして、だからこそ。
「覚悟…、決めなきゃな…」
手に握る唯一の武器を見つめ袈刃音は呟いた。
早々に覚悟を決めねばならない、自分達に害をなそうとして来る人間を殺す覚悟を。
「さてと、そろそろ移動の準備でも」
――ヒタ……ヒタ……ヒタ……。
「……………………………………………ぇっ?」
微かに、聞き逃してしまいそうになる程微かに、誰かの歩く音が女子トイレの近くから聞こえた。
旭の足音ではなかった、靴が出す音ではなかったのだ。
途轍もない胸騒ぎが袈刃音を襲った。
奴等とは何度か鉢合わせた事がある。
不意に、その時の五感の感覚が記憶の底から、強烈な恐怖を伴って蘇って来た。
ゾッとした。
生まれた可能性は確信に近い予感へ進化する。
この音は、この鈍く不気味な足音は――。
「あさっ、旭ッ…!」
駆け出した袈刃音は、女子トイレへ辿り着きドアノブに手を掛け捻ると、ドアを吹き飛ばすような勢いで思い切り開けた。
そこで袈刃音は目にした。
「はいはい、どうしたの袈刃ね……――ッ!ひッ……!」
ドアを開け、個室から出た旭とその前に立つゾンビの姿を。
袈刃音にとって、予想が確信へと変貌を遂げた瞬間。
旭にとっては恐怖が始まった瞬間。
だが、そこから彼女が立ち直るまでの猶予を、この意思無き不死者は与えてくれなかった。
「ヴォガァァァァァァァァァァァァァァアアアッッ!」
耳を塞ぎたくなる程の咆哮を上げ、ゾンビが旭へ噛み付こうと襲い掛かる。
旭は死を確信した。
既に目の端に溜まっていた涙は、彼女が瞼をキュッと思い切り閉じた事により頬を流れた。
暗闇と恐怖の中で旭は願った、『せめて痛いのは少しの間だけがいい』と。
しかし、訪れるはずの凶暴な歯が皮膚を突き破る感覚は、何時までも訪れる事はなかった。
恐る恐る、重い瞼を旭は開く。
「え…?」
そこには。
「…んのッ!」
自分とゾンビの間に割って入る形で袈刃音が立ち、ゾンビにバールを咥えさせ足止めをしていた。
そして。
「させる…かァァァァァァァァアアッ!!」
力の限りバールを振り回し、ゾンビを吹き飛ばした。
壁に激突したゾンビの元へ、息つく間もなく袈刃音は向かっていく。
――あの時と同じだ。
袈刃音と旭の両親がゾンビとなった日。
その日、袈刃音は自分と幼馴染の親だった者達を殺した。
最初は逆。恐怖と混乱で動けなかった袈刃音に対し、旭は、自分の両親を殺そうとしていた。
けれど、涙を流していた。
それを見た瞬間、思ったのだ。
旭は自分なんかよりも強い。
――でも、だからって別に傷付かない訳じゃないッ…。
完全なるエゴだったと自覚している。
いや、今自分が動いているのだって同じ理由だ。
――そんな顔すんな、似合わないんだよ、嫌いなんだよお前のその表情がッ。
朝比奈旭は常に呆れる程ポジティブで、こんなどうしようもない程情けない袈刃音にだって優しくて、少し天然で、そして何時だって笑っていなければならないのだ。
だから袈刃音は、バールを思い切り振り被り。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアッ!!」
マヌケな顔をしたゾンビの脳天をバールで叩き潰した。
恐らく絶命した。だが、興奮状態の袈刃音は武器を振り上げ、何度も、何度も、何度もゾンビの頭へと振り下ろす。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ……――うおぇぇ……ッ!」
興奮が冷めた後、ゾンビの原型を留めていない頭を見て、袈刃音は強烈な嘔吐感に襲われその上に吐いた。
――気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪いッ……。
だが、未だに続く吐き気を抑え、吐しゃ物で汚れた口元を腕で拭いながら袈刃音は幼馴染の方を振り向き。
「だ、大丈夫か…旭ッ」
膝から崩れ落ちた旭は、そう尋ねる少年の顔を呆然とした表情で見て、頷きながら「うん」と言った。
本作について、追記。
→あらすじにも記載させて頂きましたが、「第一章」部分まで(十万字前後)は必ず完結させようと考えております。
なお、本日中にさらに数話投稿しますので、お楽しみ頂ければ幸いです。
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《完了》
【次の話へ進みますか?】
【→はい/いいえ】