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第19話異変が発生しました

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 どうしてそんな事が起きたのか、一瞬分からなかった。

 だが、その現象を引き起こした者の正体は直ぐに分かった。


 ――三浦袈刃音だ。


 居間にいたはずのあの少年が、右の拳を乱暴に突き出した姿で真白の瞳に映っていた。

 そう、ゾンビとなった老女は、文字通り袈刃音に殴り飛ばされたのだ。


 彼の鋭い視線が真白の方へ向く。


 直後、真白を馬乗りになって襲っていたゾンビに近づくと、服の襟を右手で掴み――家の外へ、無造作に投げ飛ばした。

 その巻き添えを食らって玄関の引き戸も吹き飛ぶ。


「なッ……!?」


 相手は老人だ。しかし、普通の人間の力で、ゴミ袋でも放り捨てるように容易く投げられる体重はしていないはずだ。

 真白のそんな驚愕も知らずに、袈刃音は玄関の外へ出た。


「申請、バール」


 爪先で地面をトントンと軽く叩き、履きかけだった靴をしっかり履きながら、袈刃音は虚空より現れたバールを右手に掴んだ。

 視線は、眼前のゾンビ二体に貼り付けたまま離さない。

 玄関の方が騒がしいと思って来てみたが、どうやら判断は間違っていなかったようだ。


「真白さん、噛まれてないですよね?」


「えっ、噛まれ……嚙まれてない。うん」


 背後から返って来た真白の声に、そうですか、と袈刃音は小さく返した。

 最悪の可能性も考えたが、杞憂で済んだのは幸運だった。

 しかし、だ。


 ――どうなってんだ?クロノの話じゃ、今日ゾンビは神社に出ないはずだったろ……。


 無論、情報源は、勘などというあやふやな物ではない。未来で幾度も実際に起こった事が元となっているのだ。

 それが覆った。


 何となく予想は付くが、原因について考えるのは後だ。今は眼前の不死者達の対処に意識を向けるのが先決だろう。

 袈刃音は、こちらへ鈍い足を進めようとするゾンビ二体を相手にバールを構えた。


 ――だが、唐突に聞こえた真白の声が、袈刃音の動きを止めた。


「ま、待って!……袈刃音君、その人達私の知り合いなの」








「……………………ぇっ?」


 思わず、袈刃音の口からそんな声が零れた。

 ただの、見ず知らずのゾンビだと、そう思っていた。

 けれど違った。兎祁神真白にとって、この不死者達は。


 ――知り、合い……?


 困惑が胸を突き抜けて、全身に広がっていく。


「ねぇ、そ、そんなので殴ったりしないよね?ねぇ!?」


「……ッ」


 一瞬、心臓が大きく鼓動したような感覚がした。息が荒くなった。

 ――『人、殺し……』。荒山千華と出会った場所で誰かに言われたその言葉が、不意に蘇って、それが頭から離れなくなった。

 ……どうして、だろう。

 どうせ、殺さないという選択肢など選べないというのに。人も不死者も、数え切れないほど殺してきたくせに。その選択を取ろうとする自分に、酷い嫌悪感を抱いた。

 ――クソ……ッ。

 そう思った。


「………………すみません」


 罪悪感に苛まれる。袈刃音は、決心が揺るがないよう拳をギュッと強く握って、小さくそう答える事しか出来なかった。


「ダメッ、そんな事したらお婆ちゃん達が死――」


「もう、とっくに死んでます」


「嘘…ウソッ!だって、さっきまで話してて……。お婆ちゃん、お爺ちゃん、しっかりして!」


 突き付けられた事実を前に、しかし、真白はそれを否定するように叫んだ。

 袈刃音は音を立てずにゾンビからそっと身を引いた。胸がキュッと苦しくなる感覚に襲われながらも、この人に現実を知ってもらうためだ、と自分に言い聞かせて。


 屍となった老夫婦の歩みが止まる。同時に、その視線が真白の顔に向いた。言葉は発さず、その代わりにこちらへ何かを訴え掛けるような瞳を向けたのだ。

 玄関から出て来た彼女は、一瞬、二人が正気を取り戻してくれたのだと思った。

 

 だが、次の瞬間。


「「ヴォガァァァァァァアアアッ!!」」


「――ッ!?」


 不死者達が彼女を襲った。

 違った、間違っていたッ。この人間だった者達の目が瞳に映していたのは、真白であって真白でなかった。あの二体にとって彼女は、最早ただ貪り食らうべき人肉でしかなかったのだ。

 言葉など、きっともう聞こえてはいない。今自分に襲い掛かろうとしているこの老夫婦の頭にあるのは、人を食い殺す事だけ。

 それが一瞬で分かって、だからといって今更避けようとしても手遅れな気がして……。

 だが、その動きが途中で止まる。

 何が起こったのか真白が分からないままに、老女のゾンビがうつ伏せに倒れた。


 袈刃音が背後からバールを振り落とし殺したのだ。


 直後の事。

 服を掴み、動きを止めていたもう一体のゾンビを、少年は同じように絶命させた。

 ……真白は、その場にへたり込んだ。


 周囲に沈黙が流れる。地に伏し、ただの肉塊と成り果てた老人二人の頭頂部辺りから血があふれ出す。それが零れ落ちて、地面に染みながら広がっていく。

 ふと袈刃音が視線を玄関の奥に向けると、廊下で呆然と立つ千華と時花がいた。

 恐らく、途中からここでの様子を見ていたのだろう。


 袈刃音はそっと真白の前に立った。


「……大丈夫、ですか?」


「……」


 彼女は、その問いには答えなかった。

 ただ訳が分からないとでも言いたげな表情を袈刃音に向けるだけだった。


「あの動く死体に――ゾンビに噛まれたら、死にます。死んで、ゾンビになります。それがそのうち……多分、一週間もしないうちに、あっちこっちで起こるはずです。だから、一緒に行動しないと……」


 そこで言葉を区切る。

 代わりに、袈刃音は完全な死体となった老夫婦を見た。

 それだけで真白は彼が何を言いたいのか理解した。


「分かった……準備するから、ちょっと待ってて」


 彼女の決断は早く、返事をしながら立ち上がった。

 真白はまだ、現実を完全に受け入れられた訳ではない。そう感じられるような、気が抜けた返事だった。


 いや、真白だけではない。袈刃音(ほど)でないにしても、現状を把握している時花や千華にとって今起きた事は衝撃的だったはずだ。


 慣れてもらうしかない。

 けれど、あまりに(こく)な話だ。

 それが痛いくらい分かって、けれど、彼女達にかける言葉が見つからなかった。


 ――不意に真白の声が聞こえたのは、丁度その時だ。


「えっ?」


 そんな疑問の声だった。

 直後、彼女の注意が一つの所に集まっている事に気付いた袈刃音。


 その視線を辿って背後を向くと、そこに――一体のゾンビの姿があった。


「もう一体いたのかよ」


 小さく舌打ちした後、袈刃音は呟いた。

 若い、二十代くらいの男のゾンビだ。遠目に見ても分かる程全身が血塗れで、その割には目立った外傷が見当たらない。単純に見えないだけか、あるいは。

 ――返り血。アイツ、何人か殺してる?じゃあ、あの老人二人も、多分どっちかが……。

 情報がこれ以上ない所為で、確信のない推測しか出来ない。

 兎も角、今殺さずに、あとで死角から不意打ちされる危険性を考えれば、あの男の死体を見逃す理由はない。それに、幸いにも敵は一体だけだ。

 そう考え、軽く身構えた袈刃音だったが。


「――なッ……!?」

 

 鈍足であるはずのゾンビが、こちらに向かって走って来た。

 何が起こったのか分からず驚く袈刃音。


「真白さん、そこから動かないでください!」


 袈刃音は彼女にそう指示を飛ばすと、バールを片手に歩き出す。

 想定外の事態だが、慌てる必要はない。落ち着いて一撃で倒せば問題はないのだから。


「っらァッ!」


 そして、男のゾンビがこちらの間合いに入った瞬間、袈刃音はその後ろに回り込んだ。直後、ゾンビの後頭部にバールが勢いよく叩き込まれる。


 ……恐らく即死した。経験上知っているのと、武器で殴った時の手応えから分かる。そんな事が分かるのもどうかと思うが、こういった時には助かるのも事実だ。

 早々に敵の死を結論付け、袈刃音は真白の元へと戻るため歩き出した。

 これでしばらくは安全だろう。とはいえ、何が起こるか分からないため、警戒は怠らないようにすべきか。


「ふぅ……じゃあ、真白さん戻って準備――」













 だが、そう思った矢先に布の擦れる音が聞こえ、袈刃音の足が止まる。

 嫌な、予感がした…。猛烈に。


 一瞬にして冷や汗が背中に生まれて。

 服の小さな摩擦音が聞こえたのが、背後からだった気がして。

 咄嗟に後ろを振り向いた。


「ん、なッ……!?」


 馬鹿な、有り得ないと思った。

 何故なら、()()が出来る人間を袈刃音は一人しか知らないから。そして、まだ今の()()には不可能なはずだから。


 ……驚愕を(あらわ)にする袈刃音の視線の先、そこには――先程殺したはずのゾンビが立っていた。






文月です。


お知らせを。


次話が本日ラストの投稿となります。

時間帯は午後8時頃の予定です。



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 作者のモチベーションとなります。


 《完了》





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【→はい/いいえ】

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