第18話説得しますか?
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「は~い、お待たせ」
声がしたと思うと、開いたままの襖の影から、二十代前半程の女性が、お盆の上に乗せた四人分のお茶を両手に持って現れた。
兎祁神真白、時花の従姉であり、先程外で出会った女性が彼女だ。
こちらが全員未成年であった為か、多少の不信感は持たれたものの、あの後「話したい事がある」と言うと、真白は神社の離れにある自宅に袈刃音達を招き入れてくれた。
居間にあるテーブル、その手前の床に置かれた座布団に真白が座る。
「改めて、時花の保護者をしている兎祁神真白です。それで……袈刃音君だったけ、話があるんだよね?」
「はい」
彼女に問われると、袈刃音はそう短く答えた。
想定外の出来事がいくつか起きたものの、ここまではほとんど滞りなく事が進んだ。
問題はここから。袈刃音は小さく息を吸うと、神妙な面持ちで口を開く。
「どこから説明しようか迷いましたけど、まずは今起きてる事から話そうと思います」
「今、起きてる事……?」
「はい――これから、この鹿羽市で大勢の人間の死体が人を襲って、大勢の人が死にます。今は、その前段階です」
「?……へぇ、それは…大変だねぇ」
目の前の真白は、袈刃音の話を、子どもの戯言か何かだと思って信じていないようだった。
しかし、袈刃音の隣に座っていた千華は、彼女とは打って変わって驚いた表情をこちらに浮かべ声を上げた。
「ちょっ……聞いてないんだけどッ。何でそんな大事な話、私に言わないワケ!?」
「え…いや、急いでたんだよ。言い方は悪いけど、真白さんや千華は兎も角、時花ちゃんは絶対に死なせられなかったからさ」
「なっ…私や真白さんが死んでもいいって言ってんのッ?」
「助けるから今こうやって説明してるだろ。まぁ、信じてもらえてないっぽいけど」
言いながら、袈刃音は真白の方を見る。
真白の隣にいる時花が、少し焦ったように彼女の服の裾を引いた。
「シロ姉様、時花は信じて欲しいです」
「……うーん、話は面白いけど、ちょっと突拍子もなさ過ぎだね。時花、このお兄さん達に遊びに誘われたんだと思うけど、学校は行かなきゃ駄目。今日は私も一緒に行ってあげられないし。土日とかにしなさい」
「ち、違いますッ。……袈刃音さん、ど、どうしましょう」
時花は困り切った顔を袈刃音に向けた。
――ちょっと、手こずりそうだな。
今までの言動を見ている限り、兎祁神真白は常識人だ。悪い事ではない、時花の保護者としては寧ろ適していると言える。
だが、今回はそれが裏目に出た。常識的な人間である分、袈刃音の妄想染みた話を簡単には受け入れられないのだ。
【ポイント】を消費して何かを出現させてみるのも手だが、それでも半信半疑程度にしか信じてもらえないだろう。実際にゾンビが人を襲っている様子を彼女に見せるのが、一番効果的なのだから。
とはいえ、今出来る最善の説明方法だ。一度試してみるべきか。
「真白さ」
――ピンピンピンピンピンピン、ピンポーンッ!!
「ん?はいはーい、今行きまーす」
そこでインターホンの音が連続して居間に鳴り響き、会話が強制的に中断させられた。
しかし、家の外にいる人間は嫌に急いでいるような様子だった。もちろん、この目ではっきりと確認した訳ではないが。
「ごめんねぇ、ちょっと待っててくれる?」
「あ、はい……」
真白は居間を出て、玄関へと向かった。
朝から家を訪ねて来るとは、一体誰だろう。廊下を歩きながら考えるも、答えは玄関の引き戸を開ける前に分かった。
「あれ、田中のお婆ちゃん?」
「はぁ…はぁ…はぁ……ま、真白ちゃん」
「どうしたの、そんな慌てて」
玄関の中に入り、そこで息を切らしながら、壁を支えに立っている老齢の女性の姿があったのだ。
毎日、この時間に散歩の途中に夫婦で神社へ訪れ、お参りをして帰るのだが、今日は何時もと様子が違うようだった。
「救急車を呼んで頂戴……じ、神社の方で血塗れの人が倒れてて…ッ」
「えっ!?その人今どこに!」
「今うちの旦那が看てるはず。携帯なんて私達持ってないから、真白ちゃんお願い」
「分かった。救急車呼ぶから、お婆ちゃん、その後で倒れてる人のとこに案内して」
真白は返事を待たずに自分の携帯の電源を入れ、番号を入力しようとする。
その時、不意に、開いたままの引き戸の外から足音が聞こえた。
「ん?あれ…っ、アンタ何でこんなとこに……!?」
「えっ、田中のお爺ちゃん…?」
真白が音のした方を見ると、男性の老人が一人、玄関先にまでやって来ていた。
そう、老人は田中夫妻の夫の方だった。
トボトボと、おぼつかない足取りで、俯きがちにこちらへ向かって来る。その様子が少し、少しだけ不気味で……一抹の不安を真白は覚えた。
女性の方も、旦那の行動に疑問を抱き、
「何やってるのッ、さっき倒れてた人はどうし――」
次の瞬間、女性は自分の夫に首の付け根を噛まれた。
「……ぇ?」
遅れて、その一部始終を見ていた真白の口から、小さな声が漏れた。
何が起きたのか、それが理解出来なくて狼狽した真白。ただ一つ、混乱した思考を置き去りにした物があった。
――本能だ。
全身の毛が一瞬にして逆立つような恐怖。それと共に強く鼓動する心臓。加速する心音。
生存本能が言っている、ここは危険だ!
「おば、お婆ちゃん……!!」
それを理性が跳ねのけ、真白は叫んだ。
助けないと。漠然と、しかし焦燥感に駆られるようにそう思ったのだ。
だが、田中のお爺ちゃん――真白がそう呼ぶ老人が、今の今まで伏せていた顔を上げる。
途端、彼女を再び恐怖が襲った……ッ。
「……ウ、ソ…」
それ以上は、言葉が出て来なかった。
夫は妻である女性の首に刺さった歯を抜くも、直後に倒れた彼女など、歯牙にもかけずこちらを見つめる。恐怖したのはそれ自体にではない。
潰れていたのだ、その顔にあったはずの左目の眼球が。まるで何かに噛り付かれたかのように。
残った右目も、焦点が合っていない。
血液がよだれと混ざって、だらぁっと口から垂れる。
その口内から発せられる声は、言葉になっていなかった。
そう、それは絵に描いたような不死者の姿だった……ッ。
「ヴぉォォォォォォぉぉおッ!!」
次の瞬間、叫んだゾンビが真白へ襲い掛かった。
「きゃッ!」
逃げようと背を向けた真白の肩をゾンビが掴み、体勢を崩し転倒する真白。
一緒に倒れたゾンビが、馬乗りになってこちらに噛み付こうと暴れる、暴れる!
「やめ、やめて……!!いやぁぁぁぁあッ」
訳も分からないまま、真白はゾンビの両腕を両の手で掴み必死に抵抗した。
足で腹も蹴った。
だというのにッ、痛みに止まるはずの相手の動きが、痛みを感じていないかのように止まってくれない!
まるで動く人形でも蹴っているような感覚。
不意に脳裏を過ったのは、三浦袈刃音という少年の言葉。
『はい――これから、この鹿羽市で大勢の人間の死体が人を襲って、大勢の人が死にます』
嘘だ!有り得ない、そんなはずがないッ。そんな事、信じたくなどない。
当然だ。もしそれが本当だとしたら、田中のお爺ちゃんなんて人はもう、この世には……。
「……ッ?」
その時、真白の視界の端に人影が映った。
急いで視線を向けた。
「田中のお婆ちゃ――」
田中のお婆ちゃん。生きていたのだと真白は思って、そう呼ぼうとした。
「ぅヴぉ、ガッ…」
「そん、そんな……」
けれど、違った。多分死体に、ゾンビになっていた。
噛まれた時、動脈を切ったのだろう、首から大量の血をドクドクと流しながらこちらを見ている。
そして、真白の元へ一歩足を進め――そこで老女の死体が真横に吹き飛んだ。
「……えっ?」
次話は今日、5時40分頃の投稿となります。
引き続き、お楽しみください。
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