第15話サブクエストが発生しました
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後ろを振り向くと、視線の先には、袈刃音が今いるデパートと対になって建っている背の低いビルの姿。
そして、その建物の粉々になった窓硝子の破片が、数人の人影と共に落ちゆく光景があった。
体感の時間でしかないが、その間、約五秒。しかも、十数メートルの高さから落ちたのだ。
自由落下の計算式に当て嵌めれば、時速五十キロから六十キロ程度の衝撃力で体が地面に叩き付けられた事になる。
普通の人間ならば、重傷を負ったか、最悪死んだだろう。
だが、ビルから落下したのは、ただの人間ではなかった。
「今のッ――あれは……!」
「不死者?馬鹿な、この日付と時刻にここでの発生はあり得ぬぞ。くっ、恐らく遊戯神の仕業か。まさか、時花の存在があ奴に露見した?いやしかし、妾が時花と共に行動しておったのは、袈刃音が時間遡行を始める前の一回のみだったはずじゃ。それも、隠れながらの短期間。他の可能性として……袈刃音と妾との会話か?あれは世界の時間を止めていた所為で聞こえておったはずがない。妾達の居場所を掴むにしても、この時期は早過ぎる…か。ならば何故じゃ、何故時花の事が知られた」
少し焦りつつも、クロノは冷静な思考で一つ一つ情報漏洩の原因を探るが、分からなかった。
そんな中、袈刃音が震える声でクロノへ声を掛けた。
「……ちげーよッ、そうじゃねぇ。クロノお前、計画の一部がバレたかも、って言ってただろ。なら、相手に確信があるかは別にしても、時間遡行前の記憶を俺が全部引き継いでる事は多分知られてる」
「なるほど、そうか。では、これは恐らく……」
「あぁ、俺だ。ゲームの邪魔にしかならねぇ俺を、消そうとしてんだよ」
下を見れば、操作の甘い操り人形のようにゾンビがぎこちなく立ち上がり、その場の人間へと襲い掛かろうとしていた。
それを見て、心臓の鼓動が、加速していくのが分かった。
冷や汗も、体のあちこちから噴き出して来ている。
「状況は理解した。それで、どうするのじゃ袈刃――」
「助けるに、決まってんだろ……ッ!」
クロノの言葉を遮って、袈刃音は言いながら屋上の柵を飛び越え淵の上に立つ。
そして――次の瞬間、袈刃音はそこから飛び降りた。
十メートル以上の高さからの落下だ、このままいけば地面に叩き付けられて転落死はほぼ確実。
だが、
「申請、バール!」
そう言葉を発し、眼前に出現した黒い板状の表示画面をタップする。
次の瞬間、袈刃音の目の前に長さ一メートル程のバールが現れた。
「これ、でぇぇえッ」
バールを右手で掴み取ると、袈刃音はそれをデパートの壁へと突き刺した。
それによって、がりりりりりりりッ、と音を立ててコンクリートを激しく削りながら落下速度を落としていく。
そして、地面から三メートル程度離れた地点で、袈刃音は両足で壁を蹴った。
放物線を描きながら空中を移動し、赤信号で止まっている車の一つに着地した。
「くっそ、ざけやがってッ。させるか、よ……!」
言いながら、バールを片手に、袈刃音は止まっている車の屋根へ次々と飛び移り、道路を挟んで建つビルの前に向かう。
時花という名の少女と朝比奈旭を、死の運命から救う事がメインクエストならば、これは受けても受けなくてもいいサブクエストと言える。
けれど、助けない、などという選択肢はなかった。
ゲーム開始から間もないこの状況で、襲って来るゾンビから適切に身を守れる者など皆無だ。大勢が死ぬに決まっている。
それも、自分の所為で。
――嫌だ、そんな事。
だから、何としても、遊戯神の思惑を阻止しなければならなかった。
幸いな事に、まだゾンビに噛み付かれた者はいない。
だが、ビルの下では、上から落ちて来たゾンビ達が立ち上がり、近くにいた人間を襲い始めていた。
「えっ、ちょ、触んないでッ。放し――このっ……!」
その様子を携帯で撮影していた少女が、ゾンビ達の襲撃から逃げ遅れ、その内の一体に迫られた。男のゾンビだ。
肩を掴まれ声を上げるが、彼女は自分を襲っている者の正体を知らない。
故に、少女の制止の声は意味を成さなかった。
「ガッ、ア、ヴァアッ!」
不死者が上げる獣のような奇声。
同時、少女の首元へ、ゾンビが噛み付こうとして――
「……ぇ?」
ゾンビは口を大きく開けたまま、少女の眼前で静止した。
一瞬、訳が分からず、少女の口から声が漏れた。
だが、ゾンビが真横へ倒れた事で、その答えは明らかになった。
少女の瞳に映っていたのは、バールを手にした少年――三浦袈刃音の姿だった。
「逃げろ、早く!」
呆然としている少女へ、袈刃音は逃げるように言うと背後を向き、残ったゾンビの元へと走った。
途中、少女が何か言いかけたような気がしたが、どちらにしろ今はそれどころではない。
残りは三体。
袈刃音はその内の一体へ接近。直後、バールの先端部分をゾンビの顔面へ突き刺した。
そして、絶命させたゾンビからバールを瞬時に引き抜き、
「っらぁぁぁあッ!」
左側にいたゾンビへそれを叩き付けた。
だが、これで終わりではない。
袈刃音は即座に右を向き、十メートル先で人に噛み付こうとしている最後の一体を追う。
間合いに入ると、こちらに背を向けているゾンビの脳天目掛け、バールを大上段から振り下ろした。
「よし、これで……一先ずは安全か」
周囲を見渡し、ゾンビの姿がないのを確認すると、袈刃音は安堵の息を漏らした。
が、一つ失念していた事があった。
確かに、ゲーム自体は既に始まっている。
しかし、この時点において、大多数の人間はゲームの存在を信じていない。
『人、殺し……』
不意に、誰かがそう言った。
気が付けば、周囲は騒然とした空気に包まれていた。
誰も彼もが袈刃音を恐怖の目で見ている。
「愚か者ッ、一旦退くぞ!」
「あ、えっ、ちょッ――!」
予想外の展開に思考を停止させていると、猛烈な速度でこちらへ走って来たクロノが、袈刃音の腰に腕を回し米俵で担ぐようにして肩に袈刃音を乗せる。
そして、即座にその場を離脱、路地裏へ入り薄暗い道を駆ける。
「おい、降ろせッ。てか、移動なら神の力でも何でも使えよ!」
「生憎、規則で、下界では神の力はみだりに使用出来ぬ。『神々の遊戯』の最中は、特にな。妾とて力仕事は好まぬが、力の使用が知られれば事じゃ、致し方あるまい」
「の割に、世界の時間を止めるなんて、無茶な真似してた気がするんですがねッ!?」
「ふん、時間が止まっていたのだから知られるも何もなかろう?……それに、無茶をしたのは其方も同じなはず」
そう言うと、クロノは立ち止まって袈刃音を降ろし、言葉を続ける。
「遊戯開始から時間遡行開始までの、五ヶ月間の記憶が十九回分。加えて、前回の三ヶ月間の記憶。約八年分の記憶か。一度にそれだけの量の情報を頭に流し込んだのじゃ、体に影響が出ぬ方がおかしい。そんな状態で動くのは危険な気がしたが?」
「いや、あのくらいじゃ全然……って、待てよ。まさか、朝からのこの頭痛やら眩暈やらって、その所為で?いや、でも前に遊戯神の奴に記憶を取り戻させられた時は大丈夫だったはず」
顎に右手を当て、袈刃音は思考を進める。
実際、あの時は、肉体的な異常は何もなかった。
それに恐らく、袈刃音は記憶を残したまま時間遡行を果たしたはずだ。
ならば、そもそも頭痛や眩暈が起こるはずがない。
そう思ったのだが――
「あれは違う、あのような雑な記憶の取り戻し方をしても無事じゃったのは、遊戯神が其方の体に手を加えたからじゃ」
「それだけ聞くとゾッとしねぇな……」
「あ奴からすれば、ちょっとした『さーびす精神』で行った事であろうがなぁ。……あぁそれと、ゾッとしないついでに言えば、其方はもう記憶を失う事はないぞ?」
「は?」
意味が分からず、袈刃音の口から疑問の声が漏れた。
「正確には、今からそうする。【ぎふと】じゃったか?それを使って、其方の記憶を保管する」
「あぁ、なるほど。でも、それ大丈夫なのか?俺が記憶失くしてないって事、遊戯神の奴に完全にバレるぞ。そしたらお前の事だって……」
「構わん、寧ろそれが目的じゃ」
そう言って、妖艶さを兼ね備えた悪い笑みをクロノは浮かべた。
時間遡行にクロノが関与している事をバラす、それの利点が分からず袈刃音は眉をひそめる。
すると、クロノは袈刃音の顎を、右手でくいっと軽く持ち上げた。
「このままいけば、遊戯神の不手際として、時間遡行をやり直される可能性がなくもない。であれば、懸念材料は排除すべきよなぁ。本来なら妾の行為は違法じゃ。が、今回に限って言えば其方の願いは遊戯神に叶えられていなかった故、その代わりを果たした妾を咎められる者はおらぬ。無論、そういう事であれば時間遡行のやり直しの話も白紙となる」
「で、でも、そんな上手くいくのか?」
「案ずるでない、遊戯神やあ奴に組する神々が何を言おうと、決定権を有しておるのは別勢力じゃ。下界の『裁判』に近い、と言えば分かりやすいか?」
「な、なるほど……」
「――とはいえ、今言うた可能性のどちらもあり得る。なれば、どう転んでも良いような用意が必要であろう」
最後にそう言葉を付け足すと、彼女の悪戯っぽい笑みは、意味ありげな含み笑いへと変化した。
文月です。
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