第13話目覚めますか?
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『アンデッド・ゲーム』開始からの約三ヵ月間。
そして、朝比奈旭の死亡から時間遡行開始準備完了までの約二ヵ月間。
そのおよそ五ヵ月の間に、殺伐とした世界で生き抜いて来た三浦袈刃音は、自然と、深い眠りにつかない事が習慣となっていた。
所謂レム睡眠だ。それ故に、余程の事がない限り少しの物音で起きたし、起床時の眠気はいつも皆無だった。
しかし、
「――ッ」
睡魔に意識が引き摺られる感覚を久しぶりに感じつつ、袈刃音は重い瞼を持ち上げ覚醒した。
未だ微睡む思考の中、おもむろに上体を起こす。
――どこだ、ここ……。
そう思って、頼りない視線を周囲に彷徨わせる。
六畳程か、窓から差し込む日差しに照らされた部屋。
雑多な漫画が適当に並べられた本棚。
部屋の中央に置かれたちゃぶ台。
TVの前の床にはゲーム機や、ゲームソフトのケースが散らばっている。
数秒程が経過した頃だろう。
ここが自分の部屋である、と認識した瞬間、急速に袈刃音の思考が回り出した。
なるほど、
「――戻って来たのか、ちゃんと全部覚えたまま……」
どうやら、あの女神がした話は本当だったらしい。
そう思いながら、三浦袈刃音は、無事に記憶を受け継いで時間遡行を終えた事に安堵したのだった。
◆◇◆◇◆
「七月十五日、か」
右手に持つ携帯のロック画面、そこに今日の日付が表示されていた。
ちなみに、時刻は既に八時過ぎであり、袈刃音の学校遅刻はほぼ確定している。
今から数分以内に自宅を出て、全力で走って行けばギリギリ間に合うかどうかといった具合だ。
本来であれば今日この日は、何時も通りの時刻に起床し、もう既に学校へと登校していたはずなのだが……。
しかし、問題はそこではない。
七月十五日と言えば、『アンデッド・ゲーム』開始の翌日。
そう、つまり袈刃音が時間遡行を果たしたのはゲームが始まる前ではなく、始まって半日以上が過ぎた日だったのだ。
「でも、何で……まぁ、後でいいか」
きゅるきゅるきゅるぅぅぅ、と、考えている途中で腹が情けない音を鳴らした為、袈刃音は思考を放棄した。
まずは朝食だ。
着替えた後、一階のリビングと二階の自室との間にある階段を下り廊下を渡る。
しかし、リビングには誰もいなかった。
と、上の階から下りて来る足音が一つ、袈刃音の耳へと不意に届く。
振り返ると、廊下から人影が現れた。
「んぁ、あぁ……おはよ、袈刃音ぇ」
寝惚け眼で欠伸を噛み殺しながら、そう言葉を掛けて来たのはパジャマ姿の女性だった。
彼女は三浦朱音――袈刃音の母だ。
どっしりと構えていて大抵の事には動じない為、朱音は赤茶髪に染めた少し派手な髪と相まって見た目より美人に見える。
けれど、大雑把な性格が原因だろう、寝起きだけはいつもだらしがない。
丁度今、袈刃音の眼前に映っている朱音の様子がそうだ。
と、そんな彼女に声を掛ける存在が現れた。
「あ、朱音ちゃんッ、ゴキ、トイレにゴキブリがぁぁあ――って、あ……。コホンッ、あぁ母さん、トイレにゴキブリが出たんだ。退治頼めるかな?」
中肉中背の黒髪に、茶色が若干混じった黒目の男。
朝っぱらから騒がしく登場したのは、袈刃音の父である三浦灯弘。
「えぇ、またぁ?たまには自分でやんなさいよ、今日電車止まってるからどうせ会社休むんでしょ?てか、あたし休むし」
「い、いや、人には向き不向きがあってね……」
「ったく、しょうがないわねホント」
袈刃音よりも小心者で、幾ら苦手だからといっても四十歳を手前に虫如きに悲鳴を上げ、毎回朱音か袈刃音に頼りに来る。
とはいえ、息子の前では最低限の威厳は保っておきたいらしく、父親然とした態度を取っているのだ。
いや、それは少し違う。灯弘の事は正しいが、袈刃音の気が小さかったのはもう過去の話なのだから……。
「あっ、そうだ袈刃音、学校は――って、アンタ何泣いてんの?」
「え、ぁ、あれっ……何で、俺…………」
朱音に言われ、袈刃音は自分が涙を流していた事に気付いた。
慌てて涙を腕で拭うが、拭った後から直ぐに涙が流れて来る。
「朱音ちゃん朱音ちゃん。もしかして袈刃音の奴、ゴキブリがそんなに怖かったのかな?」
「いや、それはアンタだけでしょ……」
小声で両親が話している間に、袈刃音は何とか涙を止めた。
そして、二人を抱き締めたくなるのを堪え、はぐらかすように笑みを作って言う。
「何か目にゴミが、さ……はは。あ、学校行く、もう制服着替えてるし」
「そっ。なら、早よ朝食べなぁ。菓子パンでしょ、取ったげる」
袈刃音の台詞を特に気にした風もなく、朱音は言葉を返した。
それに従い、袈刃音はリビングのテーブルへ向かい、席に着いた。
「はい、袈刃音」
「あっ、ありが――」
ありがとう、そう言おうとして口が途中で止まった。
視界に映っているのは、席に着いた朱音。
その横で、マグカップに入れたインスタントコーヒーに、ポットのお湯を注ごうとしている灯弘。
そして、朱音が台所から持って来てこちらに差し出したメロンパンと、それを取ろうとして彼女の指先に触れる袈刃音の指。
なんて事はない、普通の光景。
――それと重なるようにして脳裏を過ったのは、血と暴力の記憶だった。
だが、それを振り払うように袈刃音は、
「……ありがとう」
菓子パンを受け取ると、椅子の横に置いていた学校の鞄へそれを入れ、彼は席を立った。
「ん、食べないの?」
「学校行きながら食べる」
「どうせ遅刻確定してんだから、食べてけばいいのに」
「いや、今から行ったらギリ間に合うから」
朱音にそれらしい理由を付けて返事を返しながら、袈刃音は玄関へと向かう。
ドアを開け、家を出ようとする。
そんな袈刃音に朱音が声を掛け、彼はそれに反応し朱音の方を振り向いた。
「袈刃音アンタ気を付けなさいよ、不審者。昨日アンタと旭ちゃん襲って来た奴もだけど、何か訳分かんない連中がいるらしいってネットニュースに――」
「うん、分かってる。母さんも、俺が帰って来るまで家出ると危ないから。父さんにも言っといて」
「え、あっ、うん……分かった。行って、らっしゃい」
朱音は、いつも大雑把な癖に、こういう所で気遣いが出来る。そこが結構好きだ、そうでなくても彼女の事は母親として好きだ。
少なくとも、もう失いたくない程度には。
もちろん、それはあのビビりな父親の灯弘も同じだ。
だから、もう少し一緒にいたかったけれど、本当はここで朱音達を護っていたかったけれど、それは今の自分では無理だと思ったから、
「――行って来ます」
袈刃音は少し困ったような笑みを朱音に向け、そう言って家を出た。
「…あれ、あの子、あんな顔する子だったっけ……?」
そんな母親の独り言など、既に家の中にいない袈刃音に聞えているはずもなく、彼は学校への道とは反対の道を早足で歩き始めた。
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