第12話ニューゲームを始めますか?
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「…………………ぁ、え?」
袈刃音の口から、小さな戸惑いの声が漏れた。
視界の暗転は数舜だった。
だが、気が付けばクロノの姿が遠くにあった。
更に、何故か袈刃音は膝を付いた状態になっていた。
訳が分からないまま数秒後、呆然としていた袈刃音は、先程まで体のあちこちに感じていたはずの強烈な痛みが消えている事に気付いた。
咄嗟に、一番損傷の酷い右腕へ視線を移すと、傷が消えている。いや、腕だけではない、全身の怪我が消え去っている。
「案ずるでない。あそこまで体が壊れてしまっていては、激痛で会話に少々支障が出るのでな、其方の時間を巻き戻しただけじゃ」
「なん、だと……?」
顔を上げ、袈刃音はこちらに近付いて来るクロノの顔を凝視しながらそう言葉を漏らした。
それを見てクロノは、「少しは冷静になったようじゃな」と袈刃音に確認するような台詞を口にした。
彼女は袈刃音の目の前に立ち止まると、彼を見下ろして話し始めた。
「そも、妾は其方と殺し合いに来たのではない――交渉をする為に来たのじゃ」
「交渉?……今更、何を話し合う必要があるってんだよ」
「其方の心情を思えば、その思考は然もありなん。じゃが、誤解されたままというのは、妾としても意図するところではないのでなぁ」
「俺が、誤解してる?」
「しておるとも、盛大にな。そも、妾は『神々の遊戯』――『アンデット・ゲーム』など始めておらぬし其方を貶めてもおらぬ」
「………………………は?」
クロノの発言に理解が及ばず、袈刃音は思わず訊き返してしまった。
「やっておらぬと言った。妾は、何もなぁ」
「しょ、証拠はッ、あるのかよ」
「……ふむ、そうじゃの。――一つ、妾の登場がそこに横たわっておる娘の死の直後ではなく、其方が時間遡行を決行する直前であった事。二つ、あと一歩で其方の心を壊せるという所で、かような会話をする必要性がないという事」
淡々と根拠を並べ立てるクロノに、袈刃音は納得した。
確かにそうだ。袈刃音を謀った神は、袈刃音が絶望する様子を見たかったはずなのだ。
そして、クロノがその神であった場合、彼女の言動は非合理的と言えた。
――が、クロノへの疑念が全て晴れた訳ではない。
「だったら、何で俺を騙した奴を直ぐ止めなかったんだ、お前神なんだろ?何が目的なんだよ」
「ふん、まず言っておくが神とて完璧ではない。それと、妾の目的は先程……否、其方が問うておるのは交渉で妾が何を求めるか、か」
そう言った後、クロノは黙り込んだ。
静寂に包まれた世界の中、彼女は何か嫌な事を思い出したかのように両の眉を小さく歪め、視線を逸らした。
「この鹿羽市の丁度中央に、神社があるのは知っておるか?」
「えっ、あ、あぁ知ってる。兎祁神神社だろ。確か、何年か前に交通事故でそこの宮司さんが亡くなった所為で、後継者問題とかで騒いでたっけか……」
「如何にも。まだ幼い一人娘を残し、父母揃って逝った。その後、次期後継者である娘が育つまで父方の親戚が代理を務める事になってな。娘の方は、『宮司になる為』と、こうなる前までは健気に精進しておったわ」
「そうかよ。で、それがどうし――」
「死んでおった」
袈刃音の台詞を低い声で遮り、その直後、クロノは背けていた目を彼に向けた。
「娘の方は、妾が以前より目をかけていた故、この下らん遊戯で不死者となった娘の親戚の代わりとして、共に行動していた時じゃった。数分程じゃが娘とはぐれ、見つけた。――が、その時には死んでおった。死んで、人の肉を噛み千切り喰らう、怪物になっておった。無論、救う事など叶わなんだ」
神を名乗る麗人の声は、抑揚がなく、そして何処か切なかった。
それが理由だろう、心臓を冷たい手に握られたような感覚がして、袈刃音の呼吸が一瞬止まった。
これは、喪失感だ。
少女を失ったクロノの喪失感が、袈刃音の心に突き刺さったのだ。
しかし、ここまで聞けば、クロノが自分に何を求めているのか想像が付く。
「その子を俺に助けろって、そう言いたいのか……?」
「簡潔に言えばな。当然、その過程で其方が何をしようとも勝手じゃ。殺したい人間がいれば殺せばよいし、救いたい人間がいれば救えばよい」
「……信じられるかよ、そんな話」
「ふっ、これは異な事を言うなぁ、人間――否、三浦袈刃音。仮に妾の話が嘘偽りであったとして、今の其方が失う物など数える程もなかろう?最悪、今度こそ其方が絶望の内に死んで終いじゃ」
つまり、どれだけ悪い結果になろうと、クロノが現れる前の続きが始まるだけ。
それは至極悪辣で、残酷で、醜悪な結末だ。
けれど、
「ははっ……確かに、それだけだな」
自嘲気味に笑い、袈刃音は呟いた。
そう、それは一度、彼が受け入れた未来だった。
ならば、一体何を今更恐れる必要があったのだろうか?
ならば、三浦袈刃音が今為すべき事は――
「どうやって、助ければいい?過去に戻っても、俺はお前との約束も全部忘れるぞ」
「見くびるでない、妾は時空神ぞ。その程度、妾の力でどうとでもなる。其方はただ、世界の時間が再び動き出した後、今まで通り時間遡行を行えばよい」
「それ、だけか……?」
「単純で分かりやすかろ?では、そろそろ時間を停止させておくのにもちと疲れて来たのでな、そちらは任せたぞ袈刃音」
言いながら、クロノは歩き始め、袈刃音の横を通り過ぎて行った。
それから数秒も経たない内に、彼女の足音が消えた。
世界が息を吹き返したかのように、雨音やらの音が聞こえてきたのは、その直後。
「……」
土砂降りの中、雨粒達が濡れた服を体に貼り付かせ、既にかなり冷たくなっていた袈刃音の体温を更に奪っていく。
寒い、と軽く身震いしながら感じたのは、ここに来てようやくの事だった。
顔を右後方に向け、朝比奈旭の遺体を見つめる。
自分でも分かるくらいに、顔面がぐちゃぐちゃに歪み、涙が出た。
しかし、それを直ぐに腕で拭って、袈刃音は表情を引き締めた。
そう、これは未来へ進む為の、過去との決別だ。
「待ってろよ、旭」
正面に顔を戻し、袈刃音は眼前の黒いボードを睨み付けた。
右手をそこに表示された選択肢の元へと持って行く。
「今度こそ、俺が……ッ」
――お前を護るから。
もう直に、ある種の終焉を迎えるだろう世界の中、そんな声が雨音に消えた。
そして、袈刃音は漆黒のボードに表示された、『はい』の文字を選択した――。
『Now Loading……』
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次回も今日中に投稿しますので、お楽しみに!
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《完了》
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