第11話神を殺しますか?
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世界から、音が完全に消えてしまっている。
冷静な思考が、狂気に染まる寸前の感情に埋もれてしまっていた所為だろう。
袈刃音がその事に気が付いたのは、唐突に聞こえた声に反応した後の話だった。
静寂によって急速に正常さを取り戻していく、錯乱状態に陥っていた思考力。
周囲に視線を巡らせて見れば、そこには異質な光景が広がっていた。
落ちゆくはずの雨粒達が皆、空中で静止している。
水溜まりに広がっている雨粒の波紋が、止まっている。
――そう、まるで世界の時間が完全に停止してしまったかのように。
だが、だとしたら何故――
「何で、俺だけッ……」
明瞭な意識と思考。
呼吸を続ける肺。
手足も思いのまま自由に動かせる。
何故か、袈刃音だけ。袈刃音だけが止まっていないのだ。
湧き上がって来る、どうして、という疑問。
ただ、脳裏に浮かんだ考えは、瞬時に塗り潰される事となった。
「……ッ」
嫌な、予感がしたのだ。あるいは、強烈な恐れが思考を急襲したと言ってもいい。
ボードは?自分の目の前に浮かぶ、この漆黒のボードは?
そんな訳がない、そんなのあってたまる物か。
暗闇の中見つけた光を誰にも奪われまいと掴み取るかのように、袈刃音は焦燥感に駆られながら漆黒の画面に手を伸ばす。
最終確認を済ませれば、時間遡行が終わる。そのはずだ。
だから、急いで選択肢の内にある『はい』を指先で選択した。
だというのに、
「クソッ、クソッ、クソッ!何で、何でだよ、何で反応しねぇんだよ!」
無音の世界の中、ウンともスンとも言わない黒いボードに袈刃音は悪態を付く。
画面の同じ場所をタップする、何度も、何度も、何度も。
だが、やはり返事はない。
故障したのか、バグったのか、それともシステムエラーが起こったのか。どれも違う気がした。
だとすれば、この不可解な現象は一体何だというのだろうか。
加速する焦燥感の中で、袈刃音は僅かなヒントを手探りで探して――
「ん、だ……これ」
【PAUSE】
◆―――――――――◇―――――――――◆
【プレイヤー名:三浦袈刃音】
・プレイヤー認証→達成済み
・シナリオ条件→達成済み
・メモリーダウンロード→達成済み
・メモリー保存→達成済み
・ステータス引き継ぎ→達成済み
・【ポイント】引き継ぎ→達成済み
・全データコンバート→達成済み(時間溯行後、ゲームマスターにより実行)
・本人意思確認→達成済み
【全ての確認が完了しました。本当にニューゲームを始めますか?:→はい/いいえ】
◆―――――――――◇―――――――――◆
疑問の声を漏らす袈刃音の瞳に映っていたのは、時間遡行前に毎回現れる最終確認用画面。
だが、おかしい。今回は、そこに本来なかった表示まであるのだ。
特に、この【PAUSE】という表記……。
これはそう、ゲームでよく見る――
「ポーズ、画面?」
言葉の意味が袈刃音の考える通りならば、一時停止状態に――つまり、本当に世界の時間が停止しているという事だ。
――と、そこでようやく先程聞こえた声に意識が向いた。
「そうだ、さっきの声ッ……」
声の主を探すように袈刃音は視線を周囲に彷徨わせた。
だが、いない、それらしき人影はどこにもいない。
訳が分からず、まるで不躾に背中を誰かに撫でられ続けているような、そんな不気味さが襲って来た。
が、次の瞬間だった。
『妾を探しているのか、人間よ?』
「――ッ!」
不意に、耳元で誰かが囁いた。
思わず振り向くも、しかし、そこには誰もいない。
女の、声だった。そして、それは先程袈刃音が聞いた声音と同じ物だった。
どこに、どこに、どこにい――
『探さずとも妾はここにいるぞ、人間』
正面から声がした瞬間、そちらに向き直ると、数メートル先にいた。
人間離れした女だった。簪で止めた薄紫色の長髪に、宝石のような紫紺の瞳。大人の女性とも少女とも取れる美しい顔の下には、浴衣を纏い、肩や胸元、太股を派手に開けさせた肉付きの良い体。
そして、挙動から伝わって来る色気と毅然とした態度も……その女は、全てが人間とはかけ離れていた。
「……誰だ、お前」
思考は異様な程に冷静に、発する声は驚く程冷淡に。
確かめなければいけない、と思った。
恐らくこの状況を作り出し、そして、見る者を圧倒する雰囲気を放つ存在。
眼前に佇むこの女を見つけた瞬間、袈刃音の中で、ある一つの予感が脳裏を過っていた。
……もちろん、言われずとも分かっていた、それに論理的根拠など何一つ存在しないという事は。だがしかし、この直感を無視するなど出来はしなかった。
こいつは、こいつは、もしかしたら――
「クロノ。否、訊いているのは名ではなく、身分の類か。確かにそれだけ知ったのでは、妾の正体など分からぬままよな。ふむ……であるならば、時空神というのが正解であるかのぉ。まぁ、質問の本質としては、この世界の時間を止めた者と言っても――一体何のつもりじゃ、小僧?」
「殺、して…やるぅッ……!!」
感情の器から溢れ出して来た物は、憤怒と呼ぶにはあまりに熱くドロドロとし過ぎた、まるで高粘度のマグマのような怨恨。
激しく血走り、涙で潤んだ目が睨み付けるは神を名乗りし女の顔。
直後、押し殺したような声に殺意を乗せ、袈刃音はそう言葉を発した。
剥き出しになった上下の歯の間から、軋んだ音が出る。
視線の先、殴打の為に放った右の拳は、クロノに届く寸前で不可視の壁を殴り付けたように止まっていた。
そんな袈刃音を、クロノは爪先から頭の天辺まで一通り見ると、こう言った。
「やはり、何度見直しても哀れよのぉ」
「な、に?」
先程言われたのと同じような言葉。
しかし、それは今になって到底無視する事の出来ない言葉となった。
ふざ、けるなよ……ッ。
「お前が……お前がッ、それを言うのかよ!!」
震える声が怒号へと変貌を遂げた瞬間、袈刃音の鋭い左ストレートが仇敵たる神へ襲い掛かった。
それも当然、まるで見えない壁に行く手を阻まれたかのように、クロノの直前で停止してしまう。
だが、それとは裏腹に、袈刃音の憎しみは留まる所を知らない。
「全部ッ、全部俺から取り上げて、こんだけ苦しめてッ……それを嗤いながらやった張本人が、何を理解したみたいに言ってんだ!『哀れ』?お前が俺の何を知ってる、お前が俺の気持ちをどんだけ知ってる!?少しだって分かるなら、時間遡行もゲームもとっくに終わらせてるだろうがッ。『哀れ』だって思ってもねぇお前に、それを言う資格なんてこれっぽっちもあるかよ!!」
「なるほど、道理じゃの。が、その資格ならばある。妾は、妾が思うた事しか言っておらぬのだからなぁ」
「……ッ」
強い歯軋りに、更に大きく開く瞼と歪む眉間。
腕を組みながら、澄ました顔でそう言ったクロノの言葉を聞き、袈刃音の感情が再び爆発した。
「あぁぁぁぁァァァァアッ!」
乱打、乱打、乱打。
知り得る限りの急所へ狙いを定め、袈刃音の拳と蹴りの乱打が嵐のように強襲した。
しかし、人間の限界を超えた速度と威力で、次々と放たれるその全ての攻撃を以てしてもクロノには傷一つ負わせられずに終わった。いや、正しくは『強制的に終わらせられた』だろう。
「くッ……!」
猛烈な速度で打ち出した拳が、突然停止した。
全身が、まるでコンクリートで固められたかのように動かなくなったのだ。
だが、袈刃音は、その元凶であろうクロノへの攻撃を止めようとしなかった。
「ぐッ、ぅううッ!」
骨と筋肉が、軋む音が聞こえた。もう既に、右足と左腕は先程の攻撃でひびが入っているか折れていた。そして、今鳴った音は右腕からだ。
けれど、そんな事はどうだっていいのだ。
痛みを、今目の前でのうのうと生きているこの女に、自分が味わった物と同じだけの痛みを与えてやる。殺してやる。
「ぅ、う……ぐ」
今この瞬間に、己が全てを出し尽くせ。
失うものは何もない、希望はとっくの昔に潰えている。
あるのはただ、虚しいのみの現実と絶望だけ。
だから、今ここで神を殺せるならば――後はもうナニモイラナイッ。
「あ、ぁあ……ぐぁ、ッ!――ぅ、ぁあッ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァアアッ!!」
無理矢理に不可視の拘束から逃れようとする右腕が、激しく軋み、皮膚が裂け始めそこから血が噴出した。
それすら無視し、袈刃音は殺意を込めた絶叫を上げ続ける。
そして、次の瞬間だった。
「何……?」
――バキバキッ。
硝子に亀裂が走ったかのようなその音と共に、体の見えない拘束を振り切った袈刃音の拳が、クロノの手前にある空間へヒビを入れた。
一瞬止まった拳は直後、その勢いを取り戻しクロノへ向かう。
「るぁぁァアッ!」
見えた反撃への微かな道筋。
だが、その一撃が、クロノの顔面に触れる寸前。
――パチンッ。
指を鳴らしたような音が耳に届くと同時、袈刃音の視界が暗転した。
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《完了》
【次の話へ進みますか?】
【→はい/いいえ】




