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第100話藍刃愛羅を始末しますか?

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 奇声を上げながら、光源へ群がる虫のようにある一点にのみ迫る(おびただ)しい数のゾンビ共。


 目標へ一番乗りを果たしたのは若い男のゾンビ。

 首元の痛々しい嚙み傷からの血と返り血が、死した体とワイシャツを赤黒く染めていた。

 生前は鍛えていたのか、半袖から伸びている腕は太く筋肉質。首、胴、脚もだ。


 まるで熊のよう。いや、理性の消失した人間などその時点で(けもの)も同然か。

 大口を開けながら、巨躯のゾンビは獲物へ掴みかかろうと激しく身を振った。


 そうして、直後――勢いをそのままに焔の拳を横っ面で受ける事となる。


「ブ、ゴギャッ――」


 吹き飛んだ男は押し寄せる亡者の波を割り、大きく弾いた。

 それによって生まれた空間へ焔が飛び込む。


 次の瞬間だった。


「ッ、だらァァア!」


 焔が凄まじい勢いで横薙ぎに振るわれ、目前のゾンビ共を蹴散らす。


【想焔】。攻撃の意思と【メモリー】に蓄積された「怒り」の一部を糧に燃え上がるその焔は紅く、普段に比べ一層荒々しい。


 それは袈刃音が無意識に抱く焦燥感の表れだ。

 少年の視線は、意識は、ゾンビになど向けられていなかった。


 彼が睨み付けていたのはたった一人――藍刃愛羅だけだ。


「ダメだよぉ袈刃音君、鬼からは逃げないと。……それともぉ、袈刃音君が鬼――したい?ふふっ、いいよぉそれでも♪」


「何、言ってんだよ……!藍刃さん、“おふざけ”なんかで済まされないんだぞコレ」


「ふぇ?別にふざけてないよぉ?」


「だったら、何で……ッ」


「何で……って、だってほら、こうしたらまた私を見てくれるでしょ?朝比奈旭なんかじゃなくて、藍刃愛羅(わたし)を」


「ッ!待て、藍刃さ――」

「「「ヴォガァァァァァ!」」」


「なッ……!?」


 気付けば、袈刃音はまた四方をゾンビに囲まれていた。


「くっ。んのっ、邪魔すんじゃ……!」


 咄嗟に応戦するが、その内に袈刃音の下へ新たなゾンビが続々と群がって来る。

 次第に亡者で埋め尽くされていく視界。


 その中で、こちらに背を向けた愛羅が去り際、ふと思い出したように振り向いた。


「じゃ、見つけてね袈刃音君。私を。――待ってるから」


 含みのある笑みと彼女の言葉は、押し寄せる死者の波に紛れて消えていった。


「待て」と叫ぼうとした時には遅かった。

 正面のゾンビ共を蹴散らし愛羅を探すも、彼女の姿はもう先程の場所になく、無意識に伸びた袈刃音の右手は空気を掴んだ。


「ッ!クソっ……」


 だが、少年に悔やむ時間はそれ程長く与えられなかった。

 ――四方から群がって来る大量のゾンビ共の所為だ。


 周囲へ目を向ければ、逃げ場がもうどこにもない。


「【メモリー】、抽出――」


 紺碧の焔が袈刃音を中心に渦巻いた。

 半径数メートル程度という狭い範囲で、勢い良く。


 焔に巻き込まれたゾンビは、その一瞬で塵と化した。


 そうして【想焔】が消失するや否や、袈刃音は後ろを振り向き跳躍した。

 着地先は地面ではない。


「グ、ギャ――」


 ゾンビの顔面を踏み付けると少年はさらに跳ね、次々にゾンビの頭へ乗り移って行く。

 建物が近くなった頃だ、最後に力強く跳躍。


 4メートルにも届く大ジャンプを果たした袈刃音の右手が、建物の窓枠を掴んだ。


 首を背後の方へ捻って眼下の様子を見る。

 だが、


「いない」


 愛羅の姿はやはり見つからなかった。


 ――あの短い時間で、一体どこに隠れたってんだよ……?


 日通戯(ひつぎ)通り、この場所には道幅の広い道路が伸びているのみで、彼女が身を潜めさせられそうな街路樹は存在しない。

 先程の【想焔】も出力を抑えたのだ、焔に巻き込まれて死んだなんて事も当然ない。

 まさか、向かいに建ち並ぶスーパーやビルの中にでも潜り込んだのか?


「――ッ!?」


 そう考えた時だった。


 頭上からパリーンという何かが割れる音。

 咄嗟に腕で頭を庇うと、袈刃音は割れた硝子を真上からもろに被った。

 ――だけではない。


 盾にした腕を下ろし窓の方を見上げた直後、少年は窓枠を掴む右手を何かに握られた。


「なっ、ゾンビ……?!くッ」


 窓に群がる死者共が、袈刃音の手に噛み付こうとしていた。

 空いた左手に【想焔】を顕現させ、一気に窓の奥へ放つ。


 ゾンビ共が熱を伴ったその勢いに吹き飛ばされ離れた隙に、袈刃音は腕の力で体を持ち上げ窓から素早く建物の中へ。


「ヴ、ゥガッ……」


 赤々とした焔の寿命はそう長くない。

 引火による焼身を免れた亡者共は立ち上がり、侵入者の影を探し始める。


 ――申請、――。


 袈刃音は丸めた掌に収まる形で現れたボール型のアラームを遠くへ投げる。

 ピピピピピッ、とけたたましい音が廊下の奥から響いて来たのは直後の事。


 アラーム音にゾンビ共が引き寄せられ始める中、少年は偶然近くにあった便所の入り口に身を隠した。

 背中を壁に貼り付かせ息を殺している内に、また一つ、また一つと奴等の足音が遠ざかって行く。


「行ったか……」



 袈刃音はそう言うと小さく溜息を零した。

 これで暫くの間は追われずに済むはずだ。


 とはいえ、


「藍刃さん……クソっ」


 完全に想定外だった、愛羅が逆上してこんな真似をして来るだなんて。

 一度釘を刺して、それで安心してしまっていた。


 ともかく今は彼女を見つけなければ……。

 幸いにも、その算段は既についている。


 だが、動き出そうとした一歩踏み出した所で、袈刃音は足元に血が付着しているのに気付いた。


 血の跡は点を打つように途切れながらも、背後の男性トイレの方へと続いていた。


「?」


 ここは死体の蔓延る建物内だ、血痕などそこら中にあって当然だろう。

 トイレにゾンビが入り込んでいたとしても不思議ではない。

 無視しても良かった、ただ……。


 ――ドアが閉まってる。


 人に喰らい付くしか能のなくなった死人が行儀良く扉を閉めたというのなら、それ程滑稽な話はない。

 だとすれば。


「まさかっ」


 生存者がこの中にいる。

 袈刃音は急いでドアノブを引き、扉の先へ身を乗り出すと――目を見開いて言葉を失った。




嗣斗(ひでと)、さん?」


 長身の人影が、血塗れの状態で奥の方の壁にぐったりともたれながら座り込んでいた。

 短い黒髪で、細く、しかし筋肉質な体つきの男性。

 シックな薄藍色のワイシャツは大量の赤い血を吸い、くたびれた鎧のようにその身を包んでいる。


 袈刃音は彼の事をよく知っていた。

 職業、家族構成、性格、好きな物や嫌いな物、最近の趣味……会話に時々出る癖といった本人も気付かない事まで。


 ……当たり前だ。彼は朝比奈嗣斗、旭の父親なのだから。


「だ、大丈夫ですか!」


 嗣斗の傍に駆け寄って片膝をつき、容体を見る。

 傷口は左の肩口、腕、腹、よく見ると太腿にも。


 だが、問題は傷の数ではなく、それがどのようにして出来たものであるかだ。


「これって……」


「かば、ね……君か?」


 と、そこで嗣斗が頼りない声で袈刃音を呼んだ。


「良かった、目ぇ覚めたんですね」


「起きて……いたよ。はぁ。ずっと……。でないと、今すぐにでも、あの外の連中と同じ……はぁ、化け物になってしまう。だから」


「はい、もう少しだけ頑張ってください。ゾンビ化を止める方法があるんです」


 残り十分に満たない時間で拠点に戻れる。

 そうなれば、クロノの神の力で満実と同じように嗣斗の命を繋ぎ止める事が可能なはずだ。


「けど、その間に他の皆も探さないと。ヤバいな、あんまり時間が……」


「い、いい」


「え?」


「いい。俺は、はぁ……いいんだ。助け、なくて。もう」


「何言って……!ホントにもう直ぐなんです。あと少しだけ持ち堪えてくれれば、俺が何とか――」




「二人が、死んだ」


 嗣斗の要領を得ない言葉に袈刃音は眉をひそめる。

 けれど、何故か胸騒ぎがして、その理由を考える暇すらなく嗣斗がこちらの胸倉を掴んだ。


「藍刃愛羅、あの子だ。あの子が突然、ナイフで、同級生の男子を……。それであの子を……止めようとしてたら、知らない内にゾンビに囲まれて。――君のお父さんと、お母さんが……死んだ」


 袈刃音は頭が真っ白になった。

 言われた事を心が受け入れられなくて、だから言葉を反芻して、反芻して、それでも信じられなくて。


 だって、過去の世界であの二人が死んだのは、袈刃音がドジを踏んだ所為で。袈刃音がいたからで。今回も近くにいると神に狙われると思って離れて。


 それなのに、


「今、二人は」


「この近くで……」


「そうですか」


 今はただ現実を無理矢理にでも呑み込むしかなかった。

 取り零したものを数えていては、掌に残ったものすら指の隙間から零れ落ちてしまう。


「すまない。すまない……っ。俺が、もっと上手くやれてたら。責めてくれていい」


「そんな、何言ってるんですか」


「いいや、責めてくれ。そうでないと、頼みにくい。――旭がまだ、生きてる。だからどうか、どうか……助けてやって欲しい」


「頼まれなくても、そのために来たんですから。立ちますよ」


 声をかけ続けないと、と思った。


 ゾンビの噛み付きは致命傷となり得る。

 ゲームにおける特殊攻撃とでも表現しようか。【鉄壁】によってどれだけ肉体の強度を上げようと、奴らの歯は容易に皮膚を食い破り、【ポイント】を消費しても傷を癒せない。


 嗣斗は出血で意識が朦朧としていた。


「あさひ……は、もう外、に」


「無理しないで、大丈夫ですから」


「もう、遠くに、いる……はず、だから」


 駄目だ、眠っては。


「すま、ない。あさひ、以外……もう」


「えぇ」


「す……ない」


 駄目なのだ、それだけは。


「かば、ね君……頼む」


「えぇ」


「たの、む。あさひを……」


「えぇ。…………えぇ」


 駄目だったのに、嗣斗は――。


「くッ。申請、――」


 やめてくれ。

 もうこの人を殺さないと誓ったのだ。


「ヴ、ガ」


 何故死んだ人間をもう一度殺めなければならない。

 どうして、そんな惨い事をしなければならない。


「ガ、ァッ」


 これのどこが楽しいというのだ。


「ァ、ガ。ガガ……ッ」


 こんなの、辛いだけではないか。


「ガ、ァァァアアア!」


「ちく、しょうが……!」


 暴れ出した嗣斗を――ゾンビを壁に押し飛ばし、袈刃音はサバイバルナイフでその喉を素早く突き刺した。


 返り血を浴びた。

 顔に、腕に、服に、靴に、人を殺した証が飛び散った。


「クソ、クソ、クソ……。クソがッ」


 何も救えなかった。

 それどころか、救おうとした人に二度目の死を与えてしまった。


 ナイフは痛かっただろうか。

 苦しまないよう、あの一撃で即死させてあげられただろうか。

 分からない。そうだとしても一秒は苦痛を感じたかもしれない。


 そんな後悔ばかりが脳裏を過る。


 責任は誰にも転嫁しない。

 これは袈刃音のミスで、袈刃音の罪だ。


 けれど、


「藍刃、さん……」


 もうどうやっても彼女を赦す気にはなれなかった。
























【祝・アンメモ第100話!】




お久しぶりです!

どうも、文月です。


今回はちょっと色んな意味でいつもより気合い入れて書いた方がいいよなぁ。

そんな風に考えていると、気付いたらもう2月になっていました……。

遅くなって申し訳ありません。


ともあれ、遂に100話目。

長い道のりでしたが、皆様の応援のお陰で何とかめげずにやってこれました。本当にありがとうございます!


繰り返しになりますが、アンメモは少なくとも第3章までの完結を保証致します。

ので、引き続き皆様にお楽しみ頂けるよう頑張りたいと思います(今やってる別の連載も、止まってはいますがそっちも終わらせます。『魔眼』の方です)。


【・ご案内】

 下の★★★★★の部分は、読後、ぜひ本作の評価にお使いください。

 ブックマーク、感想などもよければ。


 作者のモチベーションとなります。


 《完了》





【次の話へ進みますか?】

【→はい/いいえ】


【本当に進みますか?】

【→はい/いいえ】


【後悔しませんか?】

【→はい/いいえ】


【■■■、■■■■■■■■■?】

【→はい/いいえ】

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