第10話CONTINUE
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眼前に浮かぶ文字は確かに読める。読めているのに、思考は言葉だけを汲み上げて意味を無理解の海へ置き去りにしていった。
何度も、何度も、理解しようと思考の手で掬い上げた。しかし、掬った先から零れていく。
知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知らなきゃいけない――それなのに、分からないまま時間だけが過ぎていく。
次第に加速していく焦燥感が袈刃音の心を掻き毟った。
「何が、言いてぇんだよ!どういう…どういう意味だよぉ……ッ!」
焦りと苛立ちの感情が渦巻く中、袈刃音は、その文字へと震える右手をおもむろに伸ばす。
何もかも不可解だった。
何故って、だって、そもそもこの文字は――
「お前、表示システムのはずだろ……!?」
掠れた声で、けれど、訴え掛けるように袈刃音は言った。
涙が止まらない。
悲しかった、辛かった、苦しかった、寂しかった、だから泣いていた。
でも、今流れているこの涙の源はきっと――。
【『知りたいけど知る勇気がないから、代わりに教えてくれ』って?甘えるなよミウラ・カバネ。本当は気付いているはずなのに、そうやって相も変わらず見たくない物から目を背けて、そうやって知ってしまう前に思考へ蓋をして……まるで成長しないな君は】
「……な、何を言って――」
【ほら、もう認めてしまえよ。神、ボクは神さ、ミウラ・カバネ】
「――ぁ」
その言葉が、袈刃音に全てを悟らせた。
無意識だった。無意識の内に、自分は理解を拒絶していたのだ。
けれど、それはきっと、必要な事だったのだと思う。
自分でも、嫌悪感を覚える程にちっぽけで情けない理由だ。
それでも、少なくとも、全てを知る前までの袈刃音にとっては必要だったのだ……ッ。
「……」
降りしきる雨の中、袈刃音は糸が切れた人形のように項垂れた。
「何で、何で騙した……」
【ポイント】を対価として捧げれば、願いを叶えてくれる。
それがこのゲームにおけるルールだった。
だからこそ、袈刃音は記憶や能力を引き継いだまま、時間を巻き戻そうとしたのだ。
そうする事で、朝比奈旭を死の運命から救い出せると思っていた。
けれど、どうやら全くの見当違いだったようだ。
【分かるだろう?君の要望を叶える事は可能だった。でも、それじゃあ神々の遊戯としてつまらない。そんな意見が出たし、ボクもそう思った。それだけさ】
「……ルール違反だって思わなかったのか」
【ふふっ、ルール違反だって?君は勘違いしているようだね。ゲームの設定なんて、製作者の気分次第で幾らでも変えられる。そう、ルールなんて設定に縛られているのは、あくまで君達プレイヤーだけさ】
「……」
何も言えず、袈刃音は沈黙の中で、ただ時の流れを無為に感じている事しか出来なかった。
他に、どうすればいいと言うのだろう。
神に騙され、全てを失い、過去に苛まれ、そして今がある。
そもそも、神がこのゲームを始めなければこんな事にはならなかったはずだ……ッ。
けれど、感情の行き場がどこにもない。
どれだけ怒り、足掻こうとも、今ここに神がいない限りこの拳が奴に届く事など決してないのだから。
ならば、そんな残酷な真実なんて、知らないままでいた方がまだマシだった。だから何も分かりたくなかったのだ。
分かっている、逆境を直視しようともしないその思考を受け入れる事は、きっと贖うべき罪なのだろう。
だが、果たして、その想いを抱いてしまう事すら咎だというのだろうか?違うはずだ……ッ。
――ピキッ、ピキッ。不意に、心に亀裂が生まれる音が聞こえた。そんな事、あるはずがないだろうに、しかし音が聞こえた。
止まない、音は止まない、止めようとも思わない。
【さて、それじゃあ――そろそろ答えを聞かせてもらおう。今、どんな気持ちだい?】
こんな質問に答えてやる義理などない。
あまりに虫が良すぎる。
けれど、自棄になったのだろう、気が付くと袈刃音は呟くように答えていた。
「楽に、なりたい。楽に、してくれよ……」
そして、
【あぁ、そう言うと思ったよカバネ君】
少年は次の瞬間、その愚かな行為を後悔した。
思わず、目を見開く。
もう終わっていいと、何度も思った。
痛くて、怖くて、苦しくて、辛かったからだ。
その上、これ以上の生は無駄だと、現実を突き付けられたからだ。
神も飽きたと言っていた。故に、殺してくれるのだろうと思っていた。そうでなくとも、死んでやるつもりだった。
だが、その考えは大きな誤りだった。
視線の先、目の前に浮かぶ漆黒のボードには――こうあった。
【ゲームマスターからのギフトが届きました。今回に限り、プレイヤー・三浦袈刃音は【ポイント】の消費なしに申請を行う事が可能です。ニューゲームを始めますか?:→はい/いいえ】
「は、ははは……」
声が、漏れた。掠れた笑い声だった。
笑ってしまった、意図せずに。笑えてしまった、その質問内容に。
当たり前だ。その文字を読むのは、これで二十回目だったのだから。
ニューゲームだと?笑わせてくれる。
こんなもの、ゲームオーバーとほとんど変わらない。
何もかもをなかった事にする――ノーセーブ状態でのコンティニューでしかない。
「はっ…はは……」
飽きたはずじゃなかったのかよ、そう思いながら、途中で腑に落ちた。
初めから、神はこの二択を自分に迫るつもりだったのだ。
途中で止まったはずの涙が、不意にまた溢れ、片目から一筋の雫となって流れ落ちた。
……こんなの茶番だ、二択なんて形だけで、袈刃音が出す答えなんて決まり切っている。
巻き戻しの世界の中、多分自分は、また幾度となく罪を犯すのだろう。
きっとまた、自分の腕の中で、大切な人が冷たくなっていくのを感じるのだろう。
恐らく自分は、それをただ見ているしか出来ないのだろう。
そして大方、最後に全てを知って、今と同じかそれ以上の絶望を味わう羽目になるのだろう。
そうして、どうせ最後の最後に、神は同じ質問を自分へ投げかけるのだろう。はい、と答えれば世界の時間を巻き戻すのだろう。そう、袈刃音の心が完全に壊れるまで、何度でも。
けれど、その世界には必ず君が――朝比奈旭がいる。
「……じょう、とうだ」
――ボロッ、ボロッ。
心が徐々に崩壊していく音が聞こえた、そんな感覚を覚えた。
だが、知った事か。
「やって…やってやるよ……」
張り裂けそうなこの胸の痛みなど、吞んでやる。
狂ってやるあぁそうだ狂ってやる狂ってやるよそれがオマエの望みなんだろ神いいぜ上等だそれで生きる意味を取り戻せるのならば俺は狂気にだって染まって道化を演じてやるよどうせもう心は半壊状態だし狂うのなんて赤子の手を捻るくらい簡単だ俺なら出来る余裕だろ俺それに絶望がこの身を苛み続けるのだとしても結局全部全部終わってしまう事なんだとしても本当はこの生に意味などもう全く残ってないのだとしてもあぁ構わない構わないさこれは終わりの始まりでだからこれから見る世界は全部仮初だって事は俺が一番知っているけどそれでも構わない単純で簡単な話だそんな残酷な事実は神お前が俺に言ったように今まで通り見て見ぬフリをしてやるんだからもちろんそれだって俺なら出来るいや余裕過ぎて欠伸が出るくらいだよな俺例えそうでなくたってやってやるよいいややるんだ俺やれよやれって言ってんだッ、だってだってそうじゃないか、その方がほら――シアワセだろ?
「やり、直してやるよ…何度だって……ッ」
今にも壊れそうな笑みに、嗚咽を堪え詰まる声。
加速する心の崩壊。
震える指先が、『はい』を選択した。
『哀れなものよのぉ、人間』
その声が袈刃音の耳に届いたのは、そんな時だった。
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【次の話へ進みますか?】
【→はい/いいえ】




