伝説になりたい勇者のとある朝
鶏の声で目が覚める。眠い目を擦りながら起き上がる。
着替えてタオルを持って、湧水の場所まで顔を洗いに行く。
目的地までは約200mと、ただ顔を洗いに行くのには多少遠いが、2ヶ月前から水道を止められているので仕方ない。
道中、同業者に出会う。彼は中国古代拳法の使い手だ。毎朝外で修行をして気を高めているらしい。
こちらに気づくと早口で何か喋りかけてくる。気さくでいい奴なのだが、何を言っているかさっぱりわからないので、「你早」とだけ返して通り過ぎた。
冷たい水で顔を洗い引き返す。
一日の予定を考える。
今日は8時から13時までコンビニでバイト。15時から17時まで家庭教師のバイト。その後明日に備えて装備を磨いて寝る、と。
勇者は常に金欠だ。
金欠は金欠でも、某桃から産まれた英雄のように団子一つで野生動物を手懐ける能力とか、某口髭の似合う声の高いイタリア人のようにその辺のキノコや花で体力を回復できる能力があればいいのだが、不運にも僕は平凡な勇者だ。
回復薬を買うにも装備を維持するにもお金がいるし、余りに貧乏だと仲間もついて来てくれない。勇者といえどこんなもんだ。
それに、日が出ている間だけ活動しているので電気を止められたのは諦めがつくものの、水道を使えないのは非常に不便だ。真冬に朝から200m歩くなんてたまったもんじゃない。
こんな時、義務教育を終えておいて良かったと思う。というのも、家庭教師のバイトはなかなか時給が良い。時には夕食をご馳走してもらえることもあり、貧乏勇者には非常に有難い。
同業者の中には、様々な事情で教育を受けてこなかった人も多い。そのためバイト先に行ってみると生徒が同業者であることもしばしば。
義務教育さえ終えていれば、受験にしろ就職にしろいつでも人生やり直せると勝手に思っている。
家に着き、出かける準備を始める。
明日の決戦に思いを馳せる。
勇者歴10年目である僕。明日の戦いに負ければ、もう魔王城に挑戦する権利を剥奪されてしまうのだ。
そうなると一生『伝説』の肩書きを得ることはできない。
それと同時に、母との約束がある。
「10年経っても成功しなかったら、高校に入って学び直し、一般職に就くこと」
今まで僕は序盤で手こずり、魔王とのボス戦に辿り着いたことさえない。
明日がラストチャンス。負ければ勇者引退。
溜息をついて家を出る。
朝日に目を細める。
愛車に跨り、漕ぎ出す。
「さて、今日も頑張りますか。」
自らの力の無さと金欠に悩む勇者を売れない芸人風に書いてみました。1000字ぎりぎり!