第一章(きっと彼等の旅はここから始まった)Ⅱ
「警戒しなければいけない以上、別行動は控えるべきではないか」
「えーっと。うん。そうなんだけどね。あれ、あれなんだよ」
「あれってなんだ」
しどろもどろで目を泳がせている彼女に、呆れる。
こいつ、絶対何かやらかしてるな。
「あれはあれだよ。そんな恥ずかしい事を女の子に言わせる気」
「お前は魔法ギルドに行って、恥ずかしい事をする気なのか」
「そんなわけ無いじゃん。おにいちゃんはデリカシーがないよ」
彼女はプスンカ怒った。
彼女が始めに言い出したことなのに、何で此方が悪くなったように言われなければならんのだ。
と言うかこいつ、ノリで誤魔化そうとしてるな。
「で、何を隠してるんだ」
「えぇ、隠してませんよ。やだなぁ、隠してるわけ無いじゃないですか」
「それで、誤魔化せた気になってるのか。だとしたら、喜劇役者もびっくりだな」
目が凄い勢いで泳ぎ、冷汗をかいている。
「あぁ。あんな所に裸の女性が」
「居てたまるか」
唐突に叫んだ彼女のだが、内容が酷い。
そんな嘘に引っかかるものか。
通行人の数名は引っかかった様だが、普通は引っかからないよな。
「くぅ。こうなったら色仕掛けで」
「その凹んだ胸が膨らんでから出直して来い」
「くそぅ。今に見てろ。絶対に後悔させてやる」
「と言うか、困ったらとりあえず、下ネタを使う癖をやめろ。こっちが、対処に困る」
毎回、彼女は俺だけには下ネタを仕掛けてくるのだ。
気を許してるのか。それとも男として見られてないのか。
そもそも、気を許しているからって下ネタを仕掛けてくる女性は如何なのだろうか。
色々と考えていると馬鹿らしくなった。
「わったよ。言及もしないし、付いても行かない」
彼女はほっとしたような顔をする。
「ただし、待ち合わせ場所を魔法ギルドにする」
「えっ。待って、待ってよおにいちゃん」
「待ちません。本日の業務は終了しました」
「子供の屁理屈みたいな事で誤魔化さないで」
彼女はワーワー言っているようだけど、聞く耳を持たない。
「んじゃあ。後で魔法ギルドに集合って事で解散」
半ば強引に彼女の元を去り、冒険者ギルドを目指した。
☆
冒険者ギルドは伝統的に酒場のようなつくりをしている。
それは、こんな時間にもなると、此処が冒険者で溢れ返った酒場に変貌するからである。
そんな訳で、中では多くの屈強な男達が冒険譚を肴に酒を飲み交わしている。
飲んでいるのは冒険者と言う事もあり大人しく飲んでいる者は少なく笑い声や叫び声等で賑やかだ。
若干数名、迷惑な奴等も混じっていたりもするのだが。
怒号を上げてる少年冒険者、暴れるているギルドの受付嬢、床で眠るおっさん冒険者。
本来、酒場で行えば咎められる行為ではあるのだが、ここは酒場ではなく冒険者ギルドだ。
初めての者は大抵驚くが、馴れてしまえば、こう言う場所だと納得してしまう。
そういう場所なのだ。
というか、彼等を咎める筈の、冒険者ギルド職員達が冒険者に混じり酒を飲んでいるのだ。
しかも、受付嬢達に至っては気に入った冒険者を落そうと必死になっていたりもする。
そんな状態に、規律などは機能しない。
ここで、規律が如何こう言う奴はそもそも冒険者になんて成ろうとはしないのだ。
まったくもってここは、駄目な大人達の見本市なのだ。
さて、此処からが問題だ。
そんな駄目な大人達が沢山居る場所では、絶対に極力絡まれる訳にはいかない。
絡まれた最後、面倒だからな。
そのために、目立たない立ち振る舞いに、細心の注意を払いながら横切った。
☆
途中、アル中で呂律が怪しい冒険者に絡まられたり、女冒険者や受付嬢から誘惑されたりもした。
そんな奴等を穏便にあしらい、何とか目的の場所まで、辿り着く事が出来た。
そこには、酒盛りに参加できず、羨ましそうに見ている女性職員が居た。
彼女は、カウンターに頬杖を付いて、退屈そうにも見える。
冒険者ギルド職員の教育の一環に、受付嬢見習いと罰則を受けた職員の雑務奉仕と言うのが有る。
これは、教育と名だけの、ただの雑務を押し付けだったりする。
今回も犠牲になっている彼女は、罰の方ではなく、受付嬢見習いである。
「やぁ。暇そうだね」
声を掛けると、彼女は怪訝そうに此方を見る。
しかし、それもつかの間、鳶色の瞳を限界にまで開き、口をパクパクさせ始めた。
その姿は、まるで滑稽だ。
「金魚の物真似でも始めたのか」
「金髪だけ、金魚って事。ふざけないで」
「何も言ってないのだが。それにしても、お前のギャグ、寒いな」
「うっさい」
彼女はムスッとした。
「なんで、あんたがいるのよ。勇者達と次の場所に行ったんじゃないの」
「色々、有ったんだよ。もちろん話さないが」
先に、彼女が聞きそうな事を潰しておく。
彼女のことは、勇者がこの町に滞在していた頃からの事だから、一月ぐらいの付き合いになる。
その為、ある程度は彼女の事は知っているつもりだ。
彼女が冒険者ギルドの受付嬢になろう決意したのは、冒険者から冒険譚が聞きたい為。
そして、必要以上に首を突っ込む為に、長い間、見習いから卒業できない残念な女性だ。
それが、アリスと言う受付嬢見習いだ。
「少しぐらいいいじゃない」
「拒否する。それより、預けた荷物を出してくれ」
俺がギルドカードをテーブルの上に置くと彼女は拗ねながらもそれを確認する。
そして渋々ではあるが奥の棚から、重そうにリュックを持ってくる。
そして、全力で胸の高さまで、持ち上げドンと落すようにカウンターに置いた。
「もうちょっと、丁寧に扱ってくれ。それ、新品なんだから」
「仕方ないじゃない。このリュック重いのよ」
少し息を乱しながら彼女は言う。
「そりゃあ。悪かった」
「まったく、何でこんなの預けてるのよ」
勇者パーティーから追い出されるのが解っていたから、保険を打っておいたなんて、言える訳が無い。
「秘密だ」
「教えてくれたら、一晩付き合うわよ」
「とうとう、身売りまで始めたぞこの見習い」
「な、誰にでも言ってるわけじゃないんだからね」
顔を真っ赤にして抗議してくるアリスなのだが。
そもそも、そんな事をいうこと事態がアウトなのだ、そこが解ってないからこそ見習いなのだろう。
「ギルマスにばれるとまた見習い期間延ばされるぞ」
「うっ。今のなし」
青ざめるアリス。
これは、相当参っているな。
「そもそも、色仕掛けしてくるのは一人で充分だ」
「貴方、地味な割りにモテるね」
地味とは失礼な奴だ。
「ちょっと、自分の顔が良いからって人を見下すのはどうかと思うぞ」
「いや、見下してないし、そもそも男と女では比べる対象に成らないでしょう」
顔を赤くしゴニョゴニョと言っているアリス。
何故、そんな事になっているかは不明だ。
「どうした。なんか顔が赤いぞ。酒の匂いで当てられたか」
「だぁ。うっさい。とっとと荷物を受け取ってどっか行け」
声を強めて抗議し、荷物を投げつけてきたアリス。
重いと嘆いていた彼女が荷物を投げつけてくるとは思わなかった為一瞬反応が遅れた。
が、なんとか、荷物を受け取る事が出来た。
「おぉ、怖い怖い。さっさと退散しよ」
カウンターに置いた冒険者ギルドカードを懐に仕舞い、演技をするように大げさな動きをする。
「明日も来なさいよ。来なかったら、許さないんだから」
「おう。解ったよ」
顔を赤らめたまま言ってくるアリスに、戸惑いを覚える。
いったい何がどうなっているのだろうか。
アリスにどう言う事か尋ねよう思ったその時だった。
「ヒューイ殿はおられませんか」
ギルドに一人の女性が駆け込んできて、大声で俺の名を叫んだ。
まだ、俺の厄日は終わっていないのかも知れない。
お読みいただきありがとうございました。
さて、いかがだったでしょうか。
ギルド内描写に拘って見たのですが、やりすぎましたかね。