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偽りの住人  作者: momo
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その7(遥)



 この世界に連れ去られてから半年が過ぎた。


 もとの世界で保育士だったわたしは朝起きて仕事に行っていた。沢山の子供たちに囲まれて、命を預かる大変な仕事ながらも癒されて、最後の子供を見送って疲れて帰宅する。


 大変ながらも子供の成長を見守ることのできるとても充実した毎日。それが今ではすることもなく、ただ時間を潰すことばかり考えながら、豪華な作りのお城と言う異空間で生活を続けている。することもないわたしは相変わらずで、もといた世界に帰ることがあきらめきれず、王子様を責めつつ帰れる日を夢見ながらぼんやりと無駄な時間を過ごしていた。


 綺麗で夢見るようなお城に住まわされ、煌びやかな見目良い騎士たちに傅かされ一日、また一日と特にするべきこともなく日々を過ごす。この世界の常識や過去、召喚された人たちについて調べたり学んだりするだけで、ほとんどの時間を部屋に籠ってすることもなく一人で過ごすしかないのだ。


 暇を持て余していると、アイオライトを始め騎士たちがやって来ては会話をしてくれようとする。だけど綺麗すぎる男の人っていつまでたっても慣れず、しかも会話のほとんどが賛辞ばかりで大変耐え難い。そのせいで誰かと話をするとなると王子様を呼ぶしかなく、それも嫌味で終わるので自己嫌悪に陥ることすらあるのだ。いったい誰のせいでこうなったのかと腹立たしいけど、やっぱり綺麗すぎる人たちって得だ。ずるいと思う。


 なのでわたしに出来る暇つぶしの大半がこの世界を学ぶことだった。生活様式や常識は異なるのに言葉や文字を読むのに不自由はなく、やろうと思えばなんだって許される身だ。人を相手にすると口説かれるので一人で本を読むに終わるけど、そんなことも長く続けていると飽きて何もやる気が起きなくなるばかり。いっそのこと海外赴任でもさせられていると思い込もうとしたが、もとの世界で保育士をしていた身分では海外赴任なんてあり得る筈もなく思い込むこともできなかった。


 これが十代の女の子なら世界に馴染んで上手くやって行けたのだろうか。『働かざる者食うべからず』とか言いながら拳を握りしめて気合を入れて、周囲を巻き込んでドタバタしながらも相手の心を引き込んで馴染んでいく。綺麗な王子様や騎士たちから愛の告白をされて『わたしなんて』と謙遜しながらも疑うことなく、最終的には好きな人と結婚して幸せな家庭を築くのだ。この世界にない料理や機転で大感動されて、『そんなことないよ』とまたもや謙遜しながらもちゃっかり居場所を広げる。記録によれば過去に必要な存在として召喚された彼や彼女たちは、常にそんな感じで多くの幸せを掴んでいた。わたしも流されて、見えないふりを貫けばきっと幸せになれるのだろう。なにせわたしを不幸にしたら世界が滅ぶのだから、常にご機嫌を取られて幸せに違いない。


 「それのどこが幸せなのよ。」


 乾いた笑いを発しながら大きな寝台に寝ころぶと両腕をまじまじと見つめた。


 「すっかり痩せちゃったなぁ……」


 精神的な物だろうけど、食べても味を感じなくて食はすっかり細くなっていた。何事にもやる気がなく続かない。魅力なんてないわたしにアイオライトは相変わらず熱い視線を送って来るけど、こんな棒みたいな体で何処からどう見てものっぺりとした顔つきの東洋人に、物語の王子様のような身形の青年が恋心を持つなんてあるわけがない。本気で言い寄っているのだとしたら特殊な趣味があるか……やっぱりこれはわたしが世界の命運を握っているからだな。


 「この世界もわたしも気持ち悪い。」


 すっかり痩せて腹は抉れるようにぺったんこだ。痩せて嬉しいと喜べる範囲はとうに過ぎていて不健康丸出しの鶏ガラみたい。何の魅力もないし、魅力が欲しいとは思わないけど不健康であり続けるのは嫌だなと、今では誰よりも忠実な部下に成り下がっている王子様を呼びつけることにした。王子様を呼ぶとアイオライトが嫌な顔をするのが解っているけれど、この世界に対する復讐の一つと思い気にしないようにしている。わたしは聖女様でも女神様でもない。権力で命を奪われないと知ったわたしは安心してやりたい放題にやっていた。


 「城の外に出たいの、付き合ってくれるよね?」


 頼みではなく命令だ。前にアイオライトに頼んでみたが『危険だから』『あなたが汚れてはいけない』と歯の浮くような台詞で鳥肌が立った。以来わたし自身の心の平安のためにアイオライトに頼むのはやめた。他の騎士とは顔をあわせる機会がほとんどないし、騎士達よりも頼みやすい相手はいるのだ。自分のための我儘は王子様を通した方が早いと学んだわたしは、手っ取り早く願いを叶えるために王子様を呼びつける。


 「しかし―――」


 ちらりと横目でアイオライトを気にする王子様を前に、わざとらしく溜息を吐き出してみせた。アイオライトは王子様が嫌いなようでいつも睨んでいる。王子様の為ではなく、このままでは話がしにくいので出てもらうことにした。


 傍若無人な王子様は世界を破滅に導く召喚をしてしまったせいで肩身が狭く、身分が下の者たちにすら頭が上がらなくなっている。召喚の事実を知らない人達も、すっかり様変わりした王子様や彼を取り巻く人達の態度から、とんでもない失態をしたと気付いて、これまでに受け続けた攻撃の報復をねちねちとしているらしい。自業自得とはいえ止める人もいなくて辛いだろうけれど、その辺りはわたしの知ったことではない。


 「このままじゃ痩せ細って死にそうなのよ、何とかして体力を取り戻して健康にならないと。」

 「しかし、その……私は世間に疎い。」

 

 出来ないと劣ることを認めるのが屈辱であろう王子様。彼は泣きもせずに己の無知を素直に認めて俯いてしまったが、少し背が伸びたようで表情は隠れてしまわない。


 高みから見下すだけだった王子様が、城の外に興味を持たなかったことは予想済みだ。だからといってアイオライトに無理矢理頼んでも、特別な存在として扱われるのは目に見えているので気分の上昇は見込めなかった。

 特に煌びやかでとんでもなく綺麗な顔つきのアイオライトと、この世界にない色を持ったわたしが肩を並べて出歩いたら目立つことこの上ない。当然髪の色は隠さないといけないので、頭からすっぽり頭巾なんて被ったら少しも楽しめる気がしなかった。

 本当ならわたしだって王子様と一緒に街を散策したいなんて思わないけれど、わたし自身の為に必要なら我儘勝手に使ってやるのだと決めているのだ。と言うよりも、我儘放題ぶつけても気兼ねしなくて済むのは、わたしをこんな世界に連れてきた元凶である王子様しかいないのが正直なところだ。


 「ねぇ、世界一の魔法使い様。あなたにならわたしの見た目だって変えることができるんじゃない? 街に疎いなら二人きりでなくてもいいの。他に分かる人もいるでしょう?」


 この世界に黒い髪色をした人間なんてわたしだけだ。過去に召喚された人達の子孫もいるが、生まれるのは遺伝の法則を丸無視してこの世界と同じ色と形をした子供達ばかり。黒髪の人間はこの世界にたった一人なので、こんな姿で外に出てしまえば大騒ぎになるのは目に見えていた。それにわたしの召喚は秘密にされているので、流石の王様も黒髪のままの外出なんて許可してくれないに決まっている。見えない檻であるこのお城から解放されるためには王子様が必要だった。


 別に何かをしたいわけじゃない。わたしは特別なのよと存在を見せつけたいわけでもない。姿を変えて、誰もわたしを特別視しない場所に赴こうとしているだけだ。けしてこの世界で前向きに生きて行こうと思っての行動ではなく、あまりに不健康になった体を何とかしなければと思ってのこと。お城で庭を散歩するのには飽きてしまった。


 「分かる人……叔父上に頼んで一緒に行ってもらう。」

 「よろしくね。それからアイオライトや騎士たちは置いて行くから話をつけておいて。」


 わたしにとっても王子様にとってもアイオライトを退けるのは難関だ。だからわたしはこうやって面倒なことは全て王子様に押し付けていた。彼の限界が何処なのか、その時が来るのが楽しみだ。わたしは悪い女になりきり、世界を崩壊に導けているだろうか。


 本当はこの世界が亡べばいいなんて思っていない。けれど意味もなくこんな世界に攫われて、何もかもを失くして気力もなくて、何をどうしていいのか解らなかった。いい大人が心をふらつかせ子供を虐めて常識を失くしていくのを実感する。わたしと同じように痩せて頬が削げ落ちてしまった王子様をいたぶるしか捌け口のない現状に、自分自身で最低な大人だなと冷ややかな気持ちを抱きながらもやめられない。


 だってわたしと同じように痩せ細るほど悲しみに暮れてくれるのは、わたしをこの世界に攫った張本人である王子様しかいないのだ。恨めしい相手で加害者と被害者であり立場はまるで違うけれど、それでも同じように苦しんでいるのは彼だけだった。


 王様は優しくて素敵なお城に住まわせてもらえる。何の努力もしなくていいと言われるけれど、普通に仕事をしていた大人としては何もしないことが苦痛でもある。王様からすると何かしてもらうほうが困るのかもしれないけど、飼い殺しの状態で本当に死んでしまいそうだ。不幸のまま死んだらこの世界に復讐できるけど、わたしはもとの世界に帰ることをあきらめていないのだ。


 慣れない世界で失敗しても、慰め守ってくれる煌びやかな騎士様に靡いて、健気に努力する様を認められて愛されて。何処からどう見ても魅力なんてない薄い体に黒いだけの髪と、よく見るとこげ茶色なだけの目は一重瞼。体と同じで凹凸おうとつの少ない顔立ちはけして称賛されるようなものじゃない。それなのに意味もなく訪れたモテ期。これらを怪しいと思わず信じて受け入れるだけの幼さがあれば、何も知らずに幸せだったのかも知れないのに、大人になってこんな世界に攫われる不幸に見舞われた自分自身が情けない。


 「痛い女。」


 過去の召喚者たちを罵りながら王子様が返事を持ってくるのを大人しく待っていると、数日経ってようやく渋い顔をしたアイオライトが王子様とクリソプレーズを連れてやって来た。


 「私も同行させていただきます。」

 「アイオライトさん、それは駄目ですよ。」


 ついてこられると面倒なので、あえて表情を作って微笑みを浮かべる。右腕がなくて左足が義足、そして顔には火傷の痕があるクリソプレーズよりも、綺麗すぎる顔立ちのアイオライトの方が絶対に目立つに決まっているのだ。それにアイオライトは王子様だけじゃなく、クリソプレーズにも良い印象を持っていないように感じる。余計な気を使って面倒になりそうなので絶対に付いて来て欲しくない。


 「アイオライトさんはずっと休んでいないでしょう、だからクリソプレーズさんにも来てもらったんです。いつも守ってくれてありがとうございます。だから今日はゆっくりお休みしてください。」


 役立たずの王子様ではアイオライトに話を付けられなかったようだ。アイオライトは朝から晩まで付きまとい、わたしが部屋に籠っていても扉の前に控えて呼ばれるのを待ち構えている。ここに来た当初は騎士たちが交代でわたしを監視していたのに、最近になって他の騎士を見た記憶がまるでない。四六時中付きまとってまるでストーカーではないか。きっと彼は真面目で与えられた任務に忠実すぎるのだろう。こんな綺麗な人が凡人なわたしを誑かすことが出来なくて、苛立ったりしているのかと思うとちょっと可笑しかった。


 「陛下のお許しがあるとはいえ、ハルカ様に万一にも何かあれば私は自分が許せません。」


 重いんだよと笑顔で突っ込みそうになるのを微笑み程度にとどめると、そっと手を伸ばして指先だけで触れてみる。こんな風に微笑んでわたしから彼に触れたのは初めてではないだろうか。驚いたようにアイオライトの瞳が見開かれた。ああ、やっぱり彼は美しい夢の中の人だと見惚れてしまう。


 「クリソプレーズさんは手と足がなくても普通に騎士の相手をしているようですが、アイオライトさんの足元にも及ばないくらいに弱いのでしょうか?」


 アイオライトが弱いとは思っていない。けれど実戦で鍛えたクリソプレーズが強いだろうことは、訓練の様子を見たことのあるわたしにでも分かることだ。それともあの光景は嘘で、周囲が気を使っての結果なのか。王の弟である人を前に実力を問えば、アイオライトは言葉を濁して唇を噛んだ。こんな表情でもどきりとするほど綺麗な人だ。美人は得というのは絶対に嘘ではないと思いつつ、それを了承としてアイオライトから手を離した。


 「よろしくお願いします、クリソプレーズさん。それから王子様も。」


 わたしが考えていることが分かったのだろうか。クリソプレーズはふっと笑って左手を上げ、王子様はわたしの機嫌を窺うように恐る恐ると言った感じでゆっくりと頷いた。


 王子様に魔法をかけてもらうと煌めく粉のようなものが全身を覆い尽くし、輝きが消えた後に肩をすべる髪の色が王子様と同じ白金に変わっていた。鏡をみると何の変哲もなかったこげ茶色の虹彩が、これも王子様と同じ深い海の底を思わせる青に変わっている。


 「どうして同じ色なのよ。」

 「私の色を反映させる所までしか作れていないのだ。次は他の色も出せるよう努力する。」

  

 非難を込めて睨み付けると慌てたように説明された。なんだ、もともと姿を変える魔法があるのだとばかり思っていたけど急遽作ったものらしい。魔法を作るということがどんなことか解らなけど、すごいと思った自分に腹が立って八つ当たりした。


 「世界一の魔法使いじゃなかったの?」


 無能との意味を込めれば素直に謝られる。話に聞いた傍若無人な王子様の姿は微塵もないが、召喚された時に聞いた他者を罵る最初の声は脳裏に焼き付いて消えることがない。彼の本質はあれなのだと自分に言い聞かせて、罪悪感を抱きそうになるのを押し止めた。


 王子様に魔法をかけてもらっているのだろう、クリソプレーズの義足は音を立てず歩き方も自然だ。右腕はないままなので歩くたびに袖が揺れる。


 「可哀想なので一応言っておくが、アイオライトの態度は演技ではないぞ。」

 

 城を出た所で追い抜き様にクリソプレーズが言葉を落とした。演技でないなら何なのか。自分にも罪がある、滅ぶなら仕方がないと言いながらクリソプレーズも世界を守りたいのかも知れない。

 

 わたしは自分の容姿が十人並みというのをよく解っている。演技でないなら世界の滅亡を回避するために必死なのだ程度にしか思えないし、事実そうに決まっているのだ。試しにアイオライトの隣に並んだ自分を想像したけれどあまりに痛くてすぐにやめた。世界一のパティシエが何かの大会で作った作品の横に腐った芋が置かれているような感覚だ。


 視線を感じて振り返ると、城壁の側で立ち尽くし見送るアイオライトの姿があった。離れた場所からでも強い視線を感じて慌てて前を向く。あんな美人過ぎる彼に本気で好かれているなんて思うほど乙女じゃないし、楽観的でお目出度い性格でもない。想像するだけで痛いと考えていると、叱られるのではと不安そうにしている王子様と目が合ってしまった。




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