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偽りの住人  作者: momo
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その6(遥)




 王子様と約束した一日はいつも通りに過ぎてしまった。王子様の力ではアイオライトを説得してわたしを連れ出すのは無理だったみたい。そもそもわたしには怖がって近付きたくもないだろうから逃げて当然だ。


 だけど嫌だからって逃げ出して許されるのは小さな子供たち位のもので、その子供だって約束の大切さを学んでいる。王子様はその小さな子供とはわけが違うのだし、無理矢理約束させられたとしても、もう少し頑張ってくれるのではないかと期待したのだけど残念。わたしから逃げ出したいのだからこの結果もおかしなことではないけれど、違う日常を過ごすことができるかもしれないと期待していた分がっかりだ。


 やっぱり自分でアイオライトに言わないとだめなのか。アイオライトの熱のこもった眼差しや、懇願するような表情やらで攻撃されるのは苦手なのだけど……仕方がないかなと溜息を吐き出す。


 夜の帳は下りて小さな橙色の灯りが寝室を照らしていた。蝋燭ではなく魔法による柔らかな光源は贅沢品で一般には広がっていないらしいが、現代のまばゆい光の中で育ったわたしでは、贅沢品で夜の闇を灯しても小さな豆電球のような光しか感じなかった。それがここに来て三か月でようやく慣れたのか、小さな光の中でも部屋の中を見渡すことができるようになってしまっている。暗いから見えにくいと目を細めることも無くなっていたけれど、それでも長年この世界に住んでいる訳ではなく、突然の侵入者に気付くのが遅れてあっさりと後ろを取られた。


 「静かに。」


 後ろから伸びた一本の腕が上半身と口を拘束して声を出せないようにされる。肝が冷えると同時に何のための護衛なのかと、いつもは邪魔に思っている煌びやかな護衛達に身勝手ながら腹立たしさを覚えた。

 

 どの世界であろうと暗い場所で後ろから拘束され、口まで塞がれたら身の危険を感じて暴れるに決まっている。めいっぱい体を捻って暴れて、扉の前に立っているであろう騎士に気付いてもらえるよう抵抗していると耳元で囁かれた。


 「ハイアンシスに言われてきた、私に話があるらしいな。手を放すから静かに出来るな?」


 驚き過ぎて理解するのに少し時間が必要だった。物凄い速さで心臓が跳ねるが何とか頷くと解放され、慌てて振り返って距離をとる。すると薄暗い中に大きな男の影が浮かび上がった。じっと凝視するとそれは間違いなく一昨日出会った右腕と左足のない、顔に火傷の様な痕がある男だ。我儘で邪魔なわたしを、権力者の判断で消してしまおうとなったのではないとようやく理解して心の底からほっとする。


 「義足の音がしませんでした。」

 「魔法のお陰だ。私には効かないが義足には有効らしい。」


 護衛が建前であったとしても部屋の周りには見張りがいるはずだ。それを掻い潜ってやって来た侵入者に、会って話がしたかったのはわたし自身だとしても、こんな現れ方をされるとは思いもしなかったので鼓動が収まらない。けれど知られたくなくて虚勢を張り真っ直ぐ見上げた。わたしを拘束した一本の腕は、甘やかす騎士たちのように穏やかなものではなく声と動きを奪う凶器と化す代物で、わたしを怯えさせるには十分な効力を発揮していた。話したいと思った相手でなければ解放された時点で悲鳴を上げていただろう。


 「話をしたかったのは確かですけど、呼び出すようにお願いした記憶はないわ。それにこんな時間にやって来るなんて、わたしからしたらとても非常識なんですけど?」


 高飛車な態度で非難すれば申し訳ない、確かにそうだなと頷かれる。

 

 「確かに女性を訪ねる時間ではないな、非礼を詫びる。だがハイアンシスの力ではお前を連れ出すことは難しかったようなので許して欲しい。私はお前の存在を知らないことになっているので、会うためには忍び込むのが手っ取り早かったのだ。驚かせてすまない。しかしばれると裁きを受ける人間が出てしまう故に、少し声を抑えてくれると助かるのだが。」

 

 だから静かにしろと言いたいのだろう。命令することに慣れた態度だけど、素直に頭を下げた様を何故か新鮮に感じてわたしは素直に了承した。もともと彼と話をしたいと思ったのはわたしなのだから、見つかっては目的が果たせなくなってしまう。


 「王子様はあなたに謝りました?」

 「謝られる理由はない。あのような王族を作り出した責任は我々にあるのだからな。」

 「腕と足を失くさずに済んだかもしれないのに?」

 「これは自業自得の結果だ。私の力が及ばなかっただけで、誰かのせいにするつもりは毛頭ない。」


 ずいぶんと大人で模範的な回答だ。この世界に来た当初から感じている違和感やうすら寒さも彼からは感じない。腕と足がなく、見える場所は傷だらけの彼が煌びやかな世界でようやく出会えた現実のように感じて興味を持っているからだろうか。身分のある人なのに敬うではなく対等に、少しばかり不遜に接しても表情や雰囲気を変えない。王様たちに対して初めて口をきいた時には異世界人だから仕方がないといった感覚を受けたが、目の前の彼は本当に気にしていないようだ。ようやく、やっとこの世界で思惑以外の何かに出会えたような気がした。


 「話をする前に謝罪せねばならない。」


 一歩引いたクリソプレーズはゆっくりと膝を折ると胸に手を当て頭を下げる。義足は小さな音もたてず滑らかに動いて彼の低頭を助けていた。


 「全てはハイアンシスの愚行を止められなかった我らの責任だ。貴女あなたから全てを奪い、責任を取ることもできない状態を大変申し訳なく思っている。王家に血を連ねる者が犯した罪の一因は私にもあるのだ、できる事があれば何でもすると約束しよう。」


 愚かで高慢なクソガキを作った責任は自分にもあると認めた彼は、王子様の父親である王様とは違って思惑を感じず正直に思えた。けれどこんなことで信頼するような付き合いでもない。口では何とでも言えるのだ、二十歳を過ぎたわたしは美形や上辺の優しさに絆される世間知らずの子供ではなかった。 


 「何でもするって、それじゃぁ目障りだから死んでと言えば死ぬんですか?」

 「勿論だ。」


 間髪を容れず答えた彼にこの男もそうなのだろうかと苛立ちが湧き起る。


 「わたしを意味もなく、無駄にこんな世界に連れてきた王子様を殺してと言ったら?」

 「従おう。」


 何でもない風に人の命を奪うと告げる彼にむっとした。ようやく見つけたと思ったのに違ったのだと、とても残念な気持ちになる。


 「甥でしょう、殺せるの?」

 「それが王家に名を連ねる私の責任だ。」


 跪いたまま顔を上げたクリソプレーズの目は真剣で、とても強い眼光をむけられて怯みそうになった。機嫌を取るために繕っている訳ではない、とても真剣な眼差しがわたしを捕らえている。王子様と同じように脅そうとしても彼には効かないのだと一瞬でわかる鋭い眼光だった。


 「小娘の言葉一つで人が殺せるなんて馬鹿らしい世界ね。」

 「お前の機嫌を損ねるとオブシディアンに未来はない。世界を守る為なら王家の人間は全て、喜んで命を差し出すべきだ。」

 「―――どういう意味?」


 わたしをこんな世界に連れてきた責任はあの王子様が負うべきだ。親や叔父だから、同じ血を分ける王家の人間だからとかで本気で死ねなんて思わないし、最も望むことはもとの世界に帰して欲しいということだけだ。出来ないと強く言われても僅かな希望を抱いてそれだけを願っている。それなのに、目の前の彼はわたしの機嫌を取る為なら、たった一つしかない命を、自分や甥の命を喜んで差し出すと、冗談でもなく真剣に告げていた。


 「わたしの機嫌を損ねると未来がないってどういう意味ですか?」

 「言葉の通りだ。お前がオブシディアンを厭えばこの世界は滅ぶ。召喚された異界の者を大切に扱わない我々にこの世界が下す裁きだ。」

 

 だから誰も彼もがわたしの機嫌を取る。王は面倒な存在に気を使い、高慢な王子が今にも死にそうなほど憔悴して謝罪する。煌びやかで美しい男たちがあてがわれ、綺麗な物ばかりで囲い込む。それもこれも全ては世界を崩壊から守るため。わたしの顔色を窺って、この世界を大切にしてもらうための上辺なのだとクリソプレーズの言葉が突き刺さる。


 「わたしが、この世界を嫌えば滅ぶの?」

 「時期を待って召喚される異界の黒は世界に馴染み、必ず幸福な生涯を閉じる。だがお前のように時期を違えて召喚が行われた場合、必ず世界に馴染み幸福な生涯を終える保証を世界はしてくれない。全てはお前次第だ。お前がオブシディアンを呪えば、オブシディアンはお前の望み通りに世界を崩壊に導くだろう。」


 彼の言葉はよく理解できなかった。

 オブシディアンと言う世界はまるで生きているようで、召喚された異質な存在の心ひとつで未来を決めてしまうと言っているのだろうか。千年に一度の召喚は世界の均衡を保つために必要な召喚で、その時期に召喚された者は必ず世界に馴染んで幸福な生涯を送る。与えられた美しいものを素直に受け入れる純粋な人間が召喚されるのだろう。けれど時期を外れて召喚されたわたしのようなものは、必要のない存在としてオブシディアンは気にもかけないのか。なのに世界を恨めば天が落ち、オブシディアンは崩壊してしまうという。それは気にかけないではなく、オブシディアンがこの世界に生きる人たちに報復するという意味なのではないのか。


 「世界の未来はわたしの手の中にあるということ?」


 その通りだと頷かれ、わたしはふらつきながら後ずさり自分を抱き締めた。


 「報復したいと思えば、わたしが不幸になればこの世界(オブシディアン)を崩せる……」


 本当に、感情一つでどうとでもなる世界なのか?

 こんな場所に来たくなんかなかった。わたしだけじゃなく、オブシディアンの誰一人としてわたしが来ることを望んでいなかったのに。ただ王子様が自分の力を見せつける為だけに魔法を使っただけだ。その結果がわたしで、望まれないわたしがこの世界を嫌えば本当になくなってしまうのか。


 その時わたしはどうなるのだろう。世界が崩壊したらもとの世界に帰れるのか、それとも一緒に滅んでしまうのか。こんな世界のことなんてどうなっても構わないけど……けど。今のわたしはけして幸せじゃない。間違いなく不幸だった。それが意味するのは滅びということになる。


 いつの間にか目の前に立っていたクリソプレーズを見上げた。薄暗い中でも青緑の瞳が真っ直ぐにわたしを見下ろしているのがわかる。


 「どうしてこんなこと教えるの……絶対に知られたくない事柄じゃないの?」

 「我々は罪を犯した。実行したのはハイアンシスだったとしても、全ては我らの罪だ。全てを奪われたお前にはオブシディアンの未来を決める権利があると私は思う。それにお前は我々に対する不信感でいっぱいだっただろう。どの道このままでは世界は滅ぶ。」

 「滅ぶ……」


 無駄に、意味もなくこんな世界に引っ張って来た奴らを滅ぼすことができる。それは本当なのか、事実なのかとクリソプレーズの青緑の瞳から目が離せなくなった。


 美しいもので囲い込んで誑かし、何もかもを思い通りにしようとしたこの世界の人たち。予想通りだ、美しく優しい彼らの言葉や態度は上辺だけで全てが嘘だった。薄ら寒いものを感じて震えると同時に口角が緩む。だったら王子様以外の人たちを犠牲者だと、関係ないなんて思わなくてもいいということだろうか。わたしは何をしても、それが滅びへ向かうとしても許されるだろうか。


 「わたしは……この世界で神様みたいなものってこと?」


 ぽろりと漏れた呟きにクリソプレーズの眉が寄った。彼が真実を語っているならそれは何故なのか。権力者とは身勝手なもので彼も例外ではないのかも知れない。綺麗な優しい態度に騙されないようにしていたけれど、ここに来て傷だらけの男に騙されているのかもと警戒心が湧いたがそれも一瞬だけだった。


 「王子様はこのことを知らなかったのね。だから―――」


 だから傲慢な王子の愚行なのか。権力者に排除される可能性に怯えていたわたしは滑稽だ。怯えていたのは権力者たち。わたしの一挙手一投足に神経を集中して、綺麗な騎士様をあてがって色仕掛けを目論んでいた。きっと相応しい時期に召喚された人間には通用したのだろう。けれどわたしは時期外れの、本当に必要のない面倒な客人で。なのに絶対に幸せに穏やかに過ごさせなければならない、世界を守るために機嫌をそこなう訳にはいかない対象物となった。


 「どうしてこんなこと教えたの?」


 正直者だとしても馬鹿者だ。彼は蛮族から世界を守ろうとしていたから腕と足を失ったのではないのか。それなのにわたしに秘密を明かして復讐の機会を与えようとしている。本当の所は何なのかと聞けば、彼はほんの少しだけ微笑んだ。


 「私は人を見る目がある。」

 「冗談言わないで下さい。わたしは慈悲深い神様じゃない、何処にでもいるただの人です。」


 味方を装う彼を怒らせたらどうなるだろう。逆鱗に触れたら不自由な体でもわたしを切って捨ててくれるだろうか。殺してくれるだろうか。それがこの世界に対する復讐になるならやってみようかと思ったわたしは壊れかけているのかも知れない。


 わたしに世界を滅ぼす度胸なんてないと判断して正直に話してくれたのだろうか。これはきっと国家的な極秘事項のはずだ。ただの小娘に世界を道連れにして滅ぼす度胸はないからと、それなら疑心暗鬼にさせたままよりも、滅ぼすという重大な秘密を明かして心情に訴えようとしたのかも知れない。

 

 彼に会ったのは間違いだったかもしれない。だけどわたしがこの世界の命運を握っていると知ってほっとしたのも確かだ。唯一解らなかった奉仕の理由がようやく判明して怖いものはなくなっていた。






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