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偽りの住人  作者: momo
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その5(ハイアンシス王子)



 彼女に呼ばれ、再び追及されるのだとばかり思っていた。


 私はハルカが恐ろしい。驕り高ぶっていた私を失墜させた元凶がハルカだが、そもそもの原因は全て未熟な私自身のせいなのだ。それは誰に言われなくても分かっている。ハルカがこの世界にいるのも、今後約束されていたオブシディアンの安定を崩して滅びの危険をもたらしたのも全て愚かな私が犯した罪なのだ。私の命一つで罪から逃れられるなら喜んで差し出すと思えるほど、傲慢だった私の心は弱り切っていた。


 あの日より二月、すっかり様変わりして大人しくなった私に向かって無礼な態度をとる輩も現れていたが、それもすべて自分のせいだと解っていたので甘んじて受け入れ、悔しいという思いすら浮かばない。見下す視線や囁かれる罵りよりも、ハルカに『帰せ』と詰め寄られるほうが辛く胸が抉られるのだ。そのせいだろう、能力の劣る輩にこれまでため込んだ恨み事を面と向かって吐き捨てられても一向に堪えることはなかった。


 私は生まれた瞬間より王子であり、世界一の魔法使いでもあった。将来的にはこの世界(オブシディアン)を統治していく存在として誰よりも相応しいと自負し、馬鹿で下等な者たちを罵り蔑みながら生きていた。誰よりも力を持っている、実力は他者の追随を許さないと自他共に認めていたせいで好き勝手に生きていたのだ。だから許されない時期外れの召喚が招く最悪の事態すら知ることすらせず、次期国王としての我が将来を疑うことなく傍若無人に振る舞っていた。


 あの一件より、私を廃太子としようとする動きがあるが当然と受け入れる所存だ。今の私には玉座から見下ろし輩を顎で使う気力も、改心して世界を統治する力もない。父王には私以外に男子がないが、王弟となる叔父が世界の果てより帰還する運びとなり、重臣たちはその叔父に王位を継がせてはと考えている様だ。


 王族にしては魔力が弱かったため、剣術を磨いて蛮族を退けることに生涯を捧げると城を出た叔父を私は下等な存在として蔑んでいた。


 蛮族を相手に熱中しすぎるあまり幾度も幾度も怪我を繰り返して、治癒魔法の効力を受け付けなくなったあげく、最後には腕と足を失って帰還するのだ。王族としての務めを果たしたと周囲はもてはやしていたが、王族なら王族らしく踏ん反り返り、醜い蛮族の相手など他の奴らに任せておけばいいのにと冷めた考えしか浮かばなかった。私には王族でありながら自らの体を犠牲にする叔父の精神がまるで理解できず蔑んでいたのだ。

 

 だが今は違う。世界の為に自らを犠牲にしてきた叔父なら、立派な王になるだろうと予想がつく。今の私には蔑んでいたあの叔父がいてくれたからこそ、玉座に立つことからだけは逃げることが叶うのだ。


 身も心も重く体を引きずる。呼びに来たアイオライトは納得していないようだが、ハルカが望んでいるから仕方がないと彼女の部屋まで案内された。彼女を誑かすために用意されたアイオライトは、いつの間にか自分の方がハルカに捕らわれてしまっている様だ。見目麗しく女たちに騒がれいけ好かない男ではあったが、同時に我が姉(グロッシューラ)に飼われている哀れな男だとも思っていた。


 アイオライトを専属の騎士として所有していた姉は拒絶したが、王命により取り上げられハルカに与えられる。アイオライトは男の目から見ても美しかった。だからこそアイオライトがいることでハルカの心が和み少しでも穏やかになってくれるならと、私は心底見下し哀れにすら感じていたアイオライトにまでも縋ってしまう状況に陥っていた。


 部屋に案内されアイオライトが追い出される。アイオライトは不服そうにしていたが、大人しくハルカの命令に従った。扉が閉じられると私は声を聞かれないためこっそり部屋に魔法をかける。無様に泣く様を覗かれるのも聞かれるのも嫌だったのだ。今から心を抉られるのかと思うと立っているのも辛かったが、ハルカは私が思いもよらない質問をしてきた。


 叔父が、クリソプレーズが既に城に呼ばれているとは知らなかったが、彼女が告げる特徴はまさに叔父のものだった。私を廃して叔父を王位にとの声が本格的になっていると知りほっとしたのも束の間、蛮族を相手に体を酷使し続けた叔父へ何の治療も行っていなかったことを責められた。私は王族である身で最も危険な場所に自ら赴く叔父を愚か者と思っていたし、叔父からも治療を乞われたことはない。乞われたとしても素直に応じていたかと言えば否だろう。蛮族との戦いに明け暮れる叔父を野蛮と蔑み、世界一の魔法使いである私の魔法で癒される栄誉に膝を折るよう強要したに違いない。叔父も私がどのような人間か解っている故に、決して私の前に姿を見せ慈悲を懇願するようなことはしなかったのだろう。


 今から叔父の手当てに行くと逃げ出そうとした私をハルカは『クソガキ』と罵り捕みかかった。もとの世界に帰せと言われるのではなく、これまでの非人道的な考え全てを追及され罪を明るみにしていく。私はただただ彼女から逃れたくて涙が零れた。


 蛮族とはこの世界で汚れた者たちの成れの果てだ。時期外れの召喚を行った私のせいで、ハルカがこの世界を恨んで生涯を閉じれば世界が亡ぶ前に多くの者たちが蛮族と化すだろう。真っ先に落ちるのは私だろうか。触れるだけで人の体を腐らせる異常な存在に成り果て、叔父に切られて絶命するだろうか。


 いっそのこと蛮族に落ちた方が楽かもしれない。そんな考えが浮かんだ拍子に壁に押し付けられ、ハルカの細い腕の中に囲われた。いつもは漆黒に見える瞳がこれだけ側に寄ると濃い茶色であることが証明される。この世界にない色はとても美しく、呑まれそうになり視線を逸らしてまたもや逃げた。


 ハルカは叔父に謝罪するよう要求し、彼女自身も同行するという。これがいったい彼女の何になるのか解らないが、望まれるなら首を縦に振るしかない。彼女は周囲に置かれた護衛と言う名の供物を拒絶している様だ。これではますます世界の崩壊は免れないと、私はハルカの指示に従うことに決める。


 「ハルカを連れてクリソプレーズに会いに行く、警護は不要だ。」

 「何のためにですか。」


 身分を凌駕した冷たい青緑の目が私を見下ろす。本来なら了承以外の答えなど許されないが、ハルカの護衛として付き従うアイオライトはまるでただ一人の主であるようにハルカに従順で、彼女を傷つけた私を決して許さないと冷たい視線で語っていた。口答えする様は姉の側で飼われていた時の人形のような姿とはまるで別人だが、私としても彼女の指示があるために引くわけにはいかない。


 「彼女が望んだからだ。」

 「私は伺っておりませんし、オブシディアンの未来の為にも許可できません。クリソプレーズ殿下は国の為に忠義を尽くして下さった尊い存在ではありますが、失礼ながら婦女子の視界に入れて穏やかでいられる形をしておりません。ハルカ様が更に心を痛められぬよう配慮するのが私の役目ですので、殿下のお言葉は却下させていただきます。」


 美しい姿で彼女を誑かす役目を担った騎士たち。その中にあってアイオライトは愚かな私への怒りだけではなく、任務の壁を超え個人的にハルカに執着しているように感じられる。他の騎士たちなら一応ハルカに伺いを立てるだろうが、アイオライトからは何があっても私とハルカを会わせたくないという感情が読み取れるのだ。もしかしたら姉に飼われていた経験から、ハルカを自分の目の届く場所にだけ閉じ込めておかなければ安心できないのかも知れない。


 立ち塞がるアイオライトに背を向けた。恐らくこれ以上頼んでも答えは同じで、私がハルカに会うにはハルカからの働きかけが必要となるだろう。私に与えられた役目は叔父への謝罪と、彼女が叔父と話をする機会を設けることだ。完全に彼女の望み通りに出来ないならそれに近い形でやり遂げるしかない。私は重い体を引きずるようにして、会いたくもない叔父を訪ね城を彷徨った。


 叔父は騎士団の鍛錬場にいた。義足をつけ不便ながらも騎士たちの相手をしているが競り負けている様子はない。私は素人故によく解らないが、こうしてみると肉体的に不利な条件を背負っていてなお五体満足な騎士たちを相手に出来る辺り、蛮族を相手に戦い続けた叔父の実力は相当なものなのだろう。片方ずつとはいえ手足を失ったのは国損という、これまでの私なら考えもつかない言葉が脳裏を過った。


 じっと眺めていると視線を感じたのだろう、動きを止めた叔父が振り返ると驚いたように目を見開いて、義足を引きずりながらこちらへと向かってくる。私は目の前に立った叔父から視線を外して小さく、ほんの僅かだが頭を下げた。


 「随分と様変わりしたな、いったい何があった?」

 「別に。ただ、叔父上殿に謝罪をしに来た。」

 「謝罪?」


 訝し気に視線をよこしてくる叔父を見上げる。筋肉質で体が大きく顔にも傷があるせいで、もともと端正である顔立ちは恐ろしく不機嫌に映る。確かに一般的な女性たちからは恐れられる姿だろうが、何故だかハルカなら厭わないような気がしていた。


 「成程な、そういう訳か。」


 暫く私を見下ろした後に何やら一人で納得したらしい叔父は、高い位置から私を品定めするように見据え続けていた。居心地悪く顔を顰めると、気分が悪いのはこっちも同じだと言われてしまう。


 「陛下より妻を娶り子を成すよう命令が下った。世継ぎはお前がいるというのに何事かと思ったが……お前だな、あの娘を召喚したのは。」


 盛大に溜息を吐き出し、大きく硬い掌で私の頭を鷲掴みにすると上を向かされる。いつもならこのような無礼はけして許さず魔法で吹き飛ばしていただろうに、その気力すらなくされるがまま頭を揺らされた。

 城に呼ばれ、未婚ゆえに子がない叔父は私の代わりとなり、血を繋いでいくことを要求されているのだ。そして私の姿を認め何が起きたのか理解したらしい。


 「とんでもないことをやらかしおって。」


 見下ろす黄緑の瞳に私を責める色は小さな点ほども宿っていなかった。

 

 「クソガキには矯正が必要と気付いた時には後の祭りか。この責任は王族としての責務を放棄し、やりたい放題だった私にもあるのだろう。」


 何処にも叔父の責任などない。王の子として生を受け、世界で最も強い力を持った魔法使いである故に高慢となった私の責任だ。それなのに叔父は面倒そうにしながらも、何処となく温もりの込められた瞳で私を見下ろしている。


 そんな視線を向けれるような存在ではない。私は恥ずかしさと情けなさに視線を外したかったが、がっしりと頭を固定され自由にはならなかった。


 「責めないのか。誰も彼もが私を責めるし、私ですら自分のしでかしたことの重大さをようやくではあるが理解している。私は愚か者だったのだ。」

 「驕り高ぶるクソガキを放置した大人の責任でもある。まぁ、これ程に愚かであるとは誰も予想がつかなかったのだろう。気付くのが遅すぎたな。」


 子供の躾は大人の責任だと叔父は私の頭を撫でまわす。忙しすぎて自分の子供に全く目を向けていなかった王にも責任があるが、忙しい兄を助けずに辺境に出向いてばかりいた自分の責任もあると。

 子供と言うには年齢を重ねていたが、反論できる材料を持っていない私は成すがままだ。己の尻拭いすら出来ないのだから子供以下かも知れない。


 「叔父上よ、私は貴方あなたの手足を繋ぐことができたのにやらなかった。今更ではどうにもならないと解っているが―――本当にすまないことをした。」


 叔父の残された左腕の重みを頭に受けながら、彼女から言われたからではなく心からそう思った。過去に戻れるなら、進攻してくる蛮族との戦いに挑む叔父について私も戦地に赴くと願望が漏れるが、叔父は私の頭をぐりぐりと撫でながら鼻で笑う。


 「あんな場所に子供は連れて行けないし、腕と足はその場で切り落として持ち帰らない判断をしたのは私だ。当時のお前が純粋で善良であったとしても、繋げる手足がなければどうしようもない。それにたとえ持ち帰っていたとしても、治癒魔法を受け続けたこの体では元に戻すのは到底無理だ。こうなることを選んだのは私自身、故にお前のせいではない。」

 

 権力と実力を伴い生まれた私は傍若無人でどうしようもない輩に成長した。けれど叔父は大人である自分の責任でもあると、憎たらしい甥であるはずの私を突き放すどころか案じる言葉をくれる。かつての私なら憐みなど決して受けず、そのような態度を示されたなら許さず徹底的に報復しただろう。けれど叔父の言葉はどうしようもなく八方塞がりとなった私の心にすんなりと入り込み、安堵の気持ちを抱かせた。


 私が安堵を覚えたと知ればハルカはますます怒り心頭に私を罵るだろう。世界を破滅に導く行いをした私が許されるなどあってはならない。けれど心の底では許しを望む愚かな私は、叔父の言葉に光を、温もりを感じて跳ね除けることができなかった。





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