番外編(家庭訪問)
見上げた空は落ちていないけど、緊張しているせいで大きな溜息を吐き出した。
「ハルカ様?」
「うん、大丈夫です。大丈夫……」
隣に立つアイオライトがじっと見下ろしている。ずっと緊張しているわたしを心配しているのだろう。
「やはり今日は止めておきましょう。」
「それは駄目。予定も組んでもらったし、今になって止めるなんてなしだわ。大人としてちゃんとご挨拶しないといけないもの。」
アイオライトと同じ屋根の下で暮らすようになって一月が過ぎている。正確には大きなあの家に自分の部屋を確保している王子様も月の三分の二以上を一緒に過ごすけど、保護すべき成人前の王子様と、成人しているアイオライトとでは取り扱いに差があって当然だ。
王子様とは被害者と加害者同士の同居人だった。アイオライトとは将来を誓い合った同居人だ。大人としてアイオライトのご両親に挨拶するのは常識ではないか。王子様の時とは状況も異なるので、アイオライトが報告して終わりという訳にはいかない。わたしの両親なら大激怒だ。わたしの両親には挨拶してもらう方法がないのでしょうがないけど、アイオライトのご両親は健在で同じ城下に住んでいるのである。これから嫁姑の問題もあるだろうから、きっちりご挨拶しておくのは大人として、これからの嫁姑問題をこじらせない為にも必要なことだと気合を入れた。
「おにぎりも作ったし、ちゃんとご挨拶します。」
「私が頂きますよ、ハイアンシス王子もハルカ様の作った物は化け物のように食べてしまわれますので、この程度の量なら問題ないかと。」
手土産は何がいいかと考えていたら、おにぎりはどうかと王子様が提案してくれた。王子様はお米を気に入ってくれているけど、万民にうけるわけじゃない。アイオライトに相談したら、珍しいので喜ぶだろうと言ってくれたので大量に作ったのだ。貴重なお米を使っただけに無駄にはしたくない。
「アイオライトさんはわたしを御両親に会わせたくない?」
「ハルカ様が悲しまれるので致しませんが、正直に申しますと、家の中に閉じ込めて誰の目にも止めさせたくはありません。」
アイオライトは大きな勘違いをしている。確かにわたしの容姿は珍しいけど、この世界においても決して美人ではない。『おっ?』と目を引いて、ちょっと不思議で神秘的な感じがするけど、不細工でも美人でもないなというのが一般的なようだ。けれどわたしは召喚された人間で貴重性は凄まじい。もし誰かの目にとまって誑かされて、わたしの心が遠のいてしまってはとアイオライトはいらぬ心配をしているようなのだ。
それを言うなら顔に痣が残っていて、左目の充血が完全に取れなくて、体中に傷や火傷の痕のようなものがあったとしても、一向に衰えないアイオライトの美貌に言い寄って来る女性がいることに、わたしの方が心配するものではないだろうか。なのにわたしという存在がいると知っていてもアイオライトに告白する女性たちにわたしは嫉妬心が湧かない。何故なら告白する場面に出くわした時、アイオライトは凍てつくような視線で女性を見下ろしていたから。まるで魔王……と思ったのは口にしていないけど、あんな視線を向けられたらトラウマになりそうだ。
心配しながらも引かないわたしを案内してくれる。そして行き着いた先には大きなお屋敷。
東の家に来たときに『生まれ育った家庭は大体このような感じ』と言っていたけど、家の規模が違い過ぎる。ああでも、そうだな。アイオライトが貰っているお給料を考えると、同じ騎士である父親が大きな家なのは納得できることかもしれない。しかもアイオライトの父親はクリソプレーズに剣の使い方を教えたというのを最近知らされた。勤続年数や配属先によっても変わるだろうけど、騎士って高給取りだなと改めて実感する。
アイオライトが扉を叩くとすぐに開かれた。出てきたのは三十代前半の男性で、一目見てアイオライトのお兄様だと解ってしまう美しい顔の作りをしていた。
「ただいま戻りました。」
「ああ、お帰り。久し振りだな。」
アイオライトには三歳年上と一歳年上の二人のお兄様がいる。二人共同じ騎士で、結婚して子供もいるそうだ。アイオライトと同じ銀色の髪をしている彼はどちらだろう、黄色の瞳でじっとわたしを見下ろしている。
「はじめまして、伊能遥です。」
「……ジャスパーだ、どうぞ。」
ジャスパー、たしか年長のお兄様だ。それにしても不愛想で態度が悪い。招かれざる客といった感じで、もしかして綺麗な家系にわたしのような容姿の人間が入り込むことに不満があるのだろうかと悲しくなってしまう。嫁姑問題を心配する以前に、アイオライトの家族一同に受け入れてもらえなかったらどうしようかと不安になった。
「ハルカ様、気分が優れないなら帰りますが?」
ここまで来て何を言っているのか。入れと扉を開けて待つジャスパーに視線を向けると高い位置から不満そうな視線をわたしに向けていた。
アイオライトにとってわたしは何より優先するべき存在だとしても、こちらのお兄様にとっては違うのだ。帰りましょうと踵を返しては友好的な関係を築くことは不可能になるだろう。だけどお兄様の冷たい視線は、いつまでたっても『ハルカ様』呼びをやめてくれないアイオライトのせいでもあるような気がしていた。
「失礼いたします。」
頭を下げて室内に入るとジャスパーの先導に従って進む。通された居間にはテーブルを囲んで椅子が置かれ、わたしとアイオライトは長椅子に、正面の長椅子には家長であるお父様と長男のジャスパー、右手には次兄だろうトリフェーンに、左手にはとても美人なお母様が薄っすらと微笑んで座っている。個別に容姿の表現なんてしていられない美形の集団を前に顔が上げられなくなったけど、それではあまりにも失礼だと俯きそうになる顔を必死に上に向けた。
「初めまして、伊能遥です。あの……お米で作ったおにぎりです。お気に召して頂けるといいのですが。」
つまらない物ですがとは決して口にしない。つまらない物を持ってきたのかと追い出されても不思議ではない雰囲気なのだ。唯一、お母様だけが笑顔で答えてくれる。
「まぁ、気を使って下さってありがとう。わたしは母親のガーネットよ、お米なんて珍しいもがよく手に入ったわね。」
「産地に知り合いがいて、お願いして送ってもらっています。」
有り難いことにババラチアが定期的に送ってくれるのだ。お城などの権力を頼らなくていいので気分的に楽なのだけど、ふと視線を上げると友好的に接してくれるお母様と異なり、目の前に座るお父様の視線の厳しいことといったら。PTAに詰め寄られている気分になって身が竦んだ。友好的なお母様がお茶を入れるからと席を立ったせいで余計に辛い。
「本日は結婚の報告に参りました。」
「報告……まだ籍は入れていなかったのでは?」
アイオライトに続いて、まるで叱るような低く重い声が続く。
「既にご存知でしょうが、私は彼女と生活を共にしています。同じような物です。」
同じような物でも、たとえ大人であっても、親の承諾を得て籍を入れるか入れないかはとても重要だと思う。恐る恐る二人の様子を窺うと、見えない筈の火花が散っているように見えてとても恐ろしかった。だけど分かるのは、わたしが彼らに受け入れられていないということだ。
「あの、お父様……」
「貴女に父と呼ばれるのは不本意だ。」
「……ラリマーさん。」
聞かされていた名を口にすると目の前のお父様は腕を組んだ。長年騎士をしているだけあって威圧感が半端ない。きっと普段は女性相手にこんな感じではないのだろう。そうさせているのはわたしだと思うと胸が抉られる。
「何処の誰とも解らない女に、大切な息子さんを奪われるのは気に入らないでしょう。ですが、わたしにはアイオライトさんが必要なんです。生涯大切にします。だからどうか、この結婚をお許し頂けないでしょうか。」
多分こういうことって男性が女性側の両親にむかって告げるものだろう。だけど世界が違うと自分に言い聞かせて頭を下げた。そうしないとアイオライトが今にもお父様と絶縁でもしそうな雰囲気なのだ。
どうしてこうなったのだろう。まさかこんなご挨拶になるなんて少しも予想していなかった。出身の知れない女に対して不満に思っても、大人同士なのだから心に思っていることは隠して大人な対応で終了すると思っていたのに。アイオライトは反対されてもわたしを見捨てたりしない。そうなると親子の縁を切るとか言い出しかねない。そんなことはさせられないと頭を下げたのに。
「ハルカ様、どうぞ顔をお上げください。貴女は一介の騎士程度に頭を下げて良い方ではありません。」
「一介の騎士だとっ、お前はいつもいつも厄介なものを押し付けられおって。王家への忠誠は何よりだが、いい加減己の意思を持ってはどうなのだ?」
「ハルカ様との未来は私の意思ですが?」
「王家に押し付けられたのだろう、これで二度目だぞ!」
お父様が拳を握りしめ力任せにテーブルを叩きつける。びっくりして思わず身を引いたら、アイオライトが庇うように陣取った。
「彼女を傷つけるならたとえ父でも許しません。」
「その体で私に勝てると思うのか?」
「長くは動けませんが腕は落ちておりませんので。」
「アイオライト、貴様父に歯向かうのか!」
「ハルカ様は私の全てです。」
なんだか物凄い言葉が巡っている。どうしたらいいのか解らなくて辺りを見回すけど、二人のお兄様方は特に反応もなく、いつの間にか戻って来たお母様が出すお茶を優雅に飲んでいるではないか。
「ごめんなさいね、うちの人、頭が固くて。ハイアンシス王子の寵愛を受けた女性が相手でも、アイオライトが幸せならいいと思うのだけど。夫も息子もグロッシューラ王女に可愛い末っ子を取られて以来、どうも過激になってしまってね。せめて夫が許せば息子も納得するのでしょうけど、夫は本当に頭が固くて困りものなのよ。」
お父様とアイオライトが言い合い殺気を散らす中、お母様は微笑みを浮かべてお茶とお菓子を勧めてくれるけど、とてもじゃないがお茶を飲める雰囲気ではない。それよりお母様の言葉で大体のことが分かったわたしは、弾ける火花の中に飛び込んだ。
「わたしっ、王子様の愛人なんかじゃありませんからっ!」
「当然です。」
わたしの叫びにアイオライトが冷静に答える。けれどお父様は鼻で笑った。
「平民女に懸想した王子が王に攻撃を仕掛け、城から追い出され辺境にやられたのは有名な話だ。その王子が戻って来るに至ったのは、貴女との関係を清算したからだろう。手切れ金代わりにアイオライトを強請っただけでなく、アイオライトが褒章として得た屋敷で王子と連日に渡り逢瀬を重ねているとは。幾つになっても子は子、息子をいいように扱われては王家が相手でも流石に不満がある。」
ここに来てこれか……わたしが王子様に責任を取ってもらうために作られた嘘が、まさかここでとんでもない障害となってやって来るなんて思いもよらなかった。
「王子様と一緒に東で暮らしていたのは本当です。でも噂されるような関係ではありません。」
「女というものは泣きながら笑える化け物だからな。」
信じられるかと見下すお父様の視線があまりにも痛い。
「その証拠に、貴女は王子の瞳と同じ色のピアスをしている。」
「これはわたしの目の色です。」
「同じのをハイアンシス王子の耳にも認めたのだけどね?」
そう言って口を挿み退路を塞いだのは次兄のトリフェーンだ。焼き菓子を指でつまんで一口で食べると咀嚼しながら指を拭っていた。
「対のピアスを左右に一つずつ。王子との関係がないと主張するなら、まずは証拠を身に付けて来ないのは初歩の初歩だよ。」
砦で騎士にも指摘されたことだ。これまで耳に入らなかったけど、王子様との関係やピアスのことでアイオライトは周囲からそういう目で見られていたに違いない。それでもアイオライトは真実を知っているので気にしないでいられただろうけど、お父様やお兄様方は同じ騎士として嫌でも耳にするのだ。可愛い末っ子を王女様に取られ、そして今は得体の知れない女に取られているなんて……家族なら反対して当然だろう。
「ハルカ様。」
「駄目です、それは駄目。」
言ってしまえば楽になるだろうけど、公表する勇気はない。
「父上、許していただけないのなら絶縁して下さって構いません。二度とこの家の敷居を跨がないと約束しましょう。」
「アイオライト、王家への忠誠は理解するが、お前ばかりが犠牲になる必要はないと言っているのだ。そのハルカ様と王子の間を取り持つ役目は他に用意する。お前はお前の人生を歩け。」
「先ほども申し上げた通り、ハルカ様は私の全て、人生そのものです。」
アイオライトに自分自身の人生を―――お父様は父親としてわたしと同じことを息子であるアイオライトに望んでいるのだ。そしてアイオライトはわたしこそが自分の人生だと宣言してくれる。嬉しくて泣きそうになって、わたしはアイオライトのために何が出来るだろうと考えた。
「お父……ラリマーさん。二人だけでお話がしたいのですが。」
「私に色仕掛けか。王子のようにはいかないが良いのか。恥をかくのは貴女だ。」
ええそうでしょうとも。王子様は子供だけどお父様はいい年をした立派な大人だ。しかも年齢を重ねても飛び切りの美貌を損なわない奥様までいらっしゃる。御自身も若い子からお年を召したご婦人に至るまで、目を引きつける美貌を損なっていない。それに色仕掛けなんて技術、わたしには無理です。
「ちょっと、誰にも聞かれたくない告白を聞いてもらいたいのですが。」
「ハルカ様。」
はっとしたアイオライトがようやくお父様から視線を離してわたしを見下ろした。本当にいいのかと視線だけで訊ねている。
「お母様が仰るには、お父さ……ラリマーさんの了承が得られればお兄様方は納得して頂けるようなので。ラリマーさんにピアスのことを説明します。」
「宜しいのですか?」
「絶縁させるわけにはいきませんから。」
「私のことなどどうでも良いのです。」
「良くないですよ。ラリマーさんに告白して、駄目ならその先も考えます。」
「ならば私から説明を。」
「いいえ、自分のことなのでわたしがします。」
駄目なら世界に向けて公表することになるのだろうか。わたしの将来にアイオライトを欠く選択は出来ない。お母様の言葉を信じてやってみようと、訝し気なお父様と別室に移動することになった。
扉を閉める。外では誰にも聞かれないようにアイオライトが見張ってくれているけど、本当の所はわたしとお父様を密室で二人きりにすることに不満があって聞き耳を立てているのだ。わたしではなくお父様に大変失礼だと思うけど、お父様自身もわたしが男を誑かす悪女と考えているようなので、アイオライトの聞き耳には目を瞑るらしい。
「それで私に話とは?」
開いた窓の向こうに誰もいないことを確認して、窓を閉じてカーテンを閉めると「ハルカさん」と咎めるように名を呼ばれた。だけど何処までも足掻きたい。出来るだけ誰にも知られたくないし、アイオライトの父親で現役の騎士だから、この意味をきちんと理解してくれると信じてお父様に向き直った。
「このピアスには王子様の魔力が込められています。」
「成程。それで?」
「何故かというとわたしには魔力がないからです。王子様から魔法をかけてもらって、ピアスから魔力を供給して姿を偽っています。」
ここまで来たのだ、潔く左耳のピアスを取ると側にあった台の上に置いて体から離した。するとお父様の様子が瞬く間に変わった。指でつまんで自分の髪の色を確認すると、久し振りに真っ黒な本来の色を認める。きっと瞳の色も元に戻っているだろう。
「この意味が分かりますか。説明が必要ですか?」
「これは―――」
まさに驚愕といった表情で固まってしまったお父様との間に長い沈黙が流れた。クリソプレーズはわたしの姿を見て理解していたけど、突然こんなものを見せられては固まってしまうのも当然だろう。これを理解するには少しばかり時間が必要かもしれない。
それなりの年齢になるお父様だけど、アイオライトの父親なだけあって見た目はとても素敵な渋いお方だ。そんな人と無言で見つめ合った状態はわたしへの負担が強い。かなりの時間が流れた後で、お父様がようやく口を開いてくれた。
「時期外れの召喚で、宜しいか?」
「そうですね。」
「実行者は、ハイアンシス王子……」
「その通りです。御存じと思いますが、混乱を避けるためにも内密にして頂けると有り難いのですが。」
「勿論にございます!」
お父様は突然、物凄い速さで膝をついてわたしの手を取った。あまりの速さと突然の行動に小さく悲鳴が漏れる。その途端、扉が開いてすぐさま閉められると入って来たアイオライトがわたしとお父様の間に身を滑らせ、お父様に取られた手を引っぺがし、台に置いていたピアスを取ると素早く耳に嵌めてくれる。そして彼にしては強い力でわたしの両手を包み込んでしまった。
「やめて下さい、ハルカ様は私だけの女性です。父であろうと膝をつかないで頂きたい。」
父親を睨んだアイオライトだったが、すぐにわたしを見上げると懇願するかの視線を向けた。
「ハルカ様も、わたしだけが貴女の騎士で間違いありませんね?」
「えっと……間違いないです。きゃあっ?!」
わたしの手を握っていたアイオライトが突然消えた。いや、吹き飛ばされた。何事かと目を見開くと、どうやらお父様に襟首を掴まれて放り投げられたようで壁に激突しているではないか。
「アイオライト、これはいったい何事だ。例え命令であってもこの様なか弱き女性を誑かしおって。騎士としての誇りは何処へ行った!」
なんだ、いったい何が起きたのか。突然怒りだしたお父様が再びわたしの手を取って、懇願する様に頭を下げる。
「何卒お許しを。真実であると疑わないハルカ様には酷なことを申しますが、これは偽りです。時期半ばの召喚に際し、不都合無きよう、見た目だけは良いこれを使って我が国はハルカ様を誑かしたのです。父として、オブシディアンを統べる王に仕える者として、また一介の騎士として、真に申し訳ないことで御座います。」
これはクリソプレーズと似ている様なそうでないような。お父様は短い時間で理解してくれたみたいで良かったけど、この様子ならきっと口外しないだろうけど……さっきまでとは態度に雲泥の差があり過ぎてついて行けないです。
この後、アイオライトに誑かされていいように丸め込まれたと思われているわたしは、『ハルカ様に触れるな』『ええい、お前こそ』と、互いにわたしを守ってくれようとするアイオライトとお父様のやり取りにおろおろし、騒ぎを聞いて駆けつけたお兄様方が間に入って二人を止めてくれたものの、『父まで誑かされた』と呟いた長兄ジャスパーがお父様に殺されそうになるとか、色々あったけど、物凄く疲れ果てたけど、何とか結婚を許してもらえることになった。
「本当にこの様な男で納得されているのですか。今からでも私がハルカ様に似合う、誠実で強く心優しい騎士をご紹介いたしますが。」
「アイオライトさんがいいんです。それからラリマーさん。」
「嫌でなければ父と。」
呼ぶなと冷たく切り捨てられてからさほど時間は過ぎていないけど、まるでなかったことのように期待のこもった青い目で懇願される。時期外れの召喚は厄介なだけではなかったのだろうか。どうやらお父様の心内では騙されている可哀想な娘に転換されてしまっているようだ。
「……お父様、出来ればハルカと呼んで頂けると有り難いです。」
本当に、想像したのとまったく異なる顔合わせになったけど、お父様が許すならとお兄様方も納得してくれ、お母さまは「また娘が増えて嬉しいわ。そのうち一緒にお酒を飲みましょうね」と笑ってくれていた。
多分、良かったのだと思う。こういうことになるなら今後は召喚のことを誰にも言わない方がいいだろう。お兄様方もお父様の急変に物凄く引いていたし。
ゆっくりして行けと引き止められるのに断りのご挨拶をして、ようやく家に戻るとアイオライトが冷たい水を入れてくれる。ふかふかの長椅子に座って一気に飲み干すと、空いたコップの片付けまでしてくれた。
「こうなるだろうと思っていたので、貴女を家族に会わせたくなかったのです。」
「アイオライトさんは反対されると解っていたのね。」
「そうではありません。私自身ハルカ様の素性を隠す必要性は感じておりませんが、本当の姿を曝す結果になるのではと案じていたのです。」
お母様は受け入れるだろうというのは解っていたけど、わたしに纏わる噂もあるので、お父様には反対されると予想していたそうだ。父親が許さない限り家族として迎えられない。アイオライトはわたしの為に手っ取り早く召喚の事実を公表したかったけど、姿まで曝す必要はなかったのではと少々不機嫌だ。
「本当の姿はたとえ父でも曝して欲しくなかった。私だけの特権にしておきたかったのです。」
特権か。成程ね、そういうのはわかるな。時期外れの召喚を隠し通すためにわたしの本当の姿はさらすことができない。もともとの髪や瞳の色を見せることは必要なら特に問題なく見せられるけど、この世界の人たちにとって黒髪やこげ茶色の瞳は出会えることのない色だ。アイオライトが特別なものとして、独占欲から自分だけに見せて欲しいと思う気持ちは解らなくない。
「今後ピアスを外すのはアイオライトさんの前だけにします。」
いつどこで誰に見られるか解らないので外すのは稀だろうけど、アイオライトが望むならそうしようと決めた。そんな風に思ってもらえるのもなんだかこそばゆくて嬉しいと感じる。
「そうして頂けるととても嬉しいです。」
本当に嬉しそうに微笑んだアイオライトが膝をついてわたしの耳に手を伸ばした。弄ぶようにピアスを触って「外しても?」と熱のこもった視線を向けてくる。正直、見慣れているとはいえ動悸が激しくなった。どもりそうになりながら「どうぞ」と何とか答えると、ピアスの針がそっと耳から抜き取られる。
「濡れたような艶のある黒髪と、漆黒に見紛う瞳の色。この二つは貴女にとても良く似合っている。この世界で最も美しい存在です。私はハルカ様の纏うこの色が、ハルカ様同様に愛しい。」
「そんなこと……」
アイオライトに比べたら塵のようなものだ。確かにこの世界にはない色だけど、わたしにとっては特に珍しくも何でもないもの。だけど生まれた時から纏う違和感ないこの色を好きだと言って貰えるのはとても嬉しかった。
わたしが選んだことだけど、この色でこの世界を生きていくことはできない。そう考えると悲しくなって、思わず涙が一筋零れ落ちる。
「ハルカ様、私は何か間違いましたか?」
「あなたがいてくれて良かったと、心からそう思いました。」
本当のわたしを見てくれて、頼れる甘えてもいい存在が側にいてくれる。自分の命のことなんて少しも考えずにわたしの為だけに生きてくれる人が、こんなにも遠く離れた世界で見つかるなんて。
「ハルカ様は私の生涯で唯一の人です。貴女は私のためにこの世界に来て下さった。貴女はオブシディアンが私に与えてくれた唯一の女性です。必ずお守りします。この世界で一人になどしません。心から愛すると約束致します。」
アイオライトの手がわたしの髪を撫で、頬を包み込む。すぐ側に迫った顔を前に瞼を閉じた。
「ですから共に生きていきましょう。」
そう呟いたアイオライトの唇がわたしの唇に重ねられる。とても長く重ねられた唇は一度離れると、再び重ねられて食むような動きが加わり、わたしは必死になってついて行った。
罪を背負って。
脳裏に浮かんだ言葉があるけど、今だけは目の前の人に全てを持って行かれても許されるだろうか。




