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偽りの住人  作者: momo
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その4(遥)



 久し振りに顔を合わせた王子様は顔色が悪く、深い海の底を思わせる瞳は生気を失て、目の下には濃いくまがくっきりと刻まれていた。


 自分のしでかした愚行に気付いて許されたくて必死に頑張っているのだろうが、だからって彼の犯した罪が消える訳じゃない。そんな十五の少年をいたぶるのはわたしだ。わたしにはその権利があると自分に言い聞かせ、怯えたように身を小さくしている王子様にゆっくりと歩み寄った。


 アイオライトには外に出てもらったので二人きりだ。一歩近づくと王子様の体が恐れる様に更に小さくなる。わたしの召喚に成功した時に見せた傲慢な王子様はいったい何処に行ってしまったのだろう。この少年がこれ程やつれて、ただの女を恐れる本当の理由は何なのか。禁止されている召喚だったのは初めから解っているのだ。それをやってしまった後に何があったのか。王子様が相手なら全ての事実を問い詰め告白させることが可能な気がするが、それをしたら自分の命が危ういかもしれないと思うと勇気が出ない。気を使われて大切に扱われているのも分かるが、過剰な接待が危険な何かを垣間見せる。


 「お久しぶりですね。」

 「あ……私はまだ……」


 消え入るような声で「申し訳ない」と吐き出した王子様の瞳から一粒、涙が零れ落ちた。帰す方法が見つかっていないと言いたいのだろうが、正面に立つわたしに責められるのが恐ろしくて口に出来ないようだ。悪いのは王子様なのに、幼気な少年を虐めている悪い大人の気分にさせられ不快に感じたけど知らぬふりで話を続けた。


 「右腕と左足のない人に会いました。三十歳くらいの男の人で、青みがかった銀色の髪をしていたわ。瞳は黄緑よ。それが誰なのか教えてくれませんか?」


 城には多くの人間がいるだろう。けれどアイオライトが棘のある雰囲気を覗かせながらも敬語を使っていたので、身分がある人だというのは間違いない。


 意外な質問だったのか王子様は驚いたように目を見開いた。二か月前のように責められると怯えながらここに来たのだろうけれど、今はこの少年を罵るより知りたいことがある。


 「知りませんか。それともこの世界では手足のない人間ばかりなの?」


 傷や病気は魔法で癒す世界と聞いている。それなのに傷だらけの人を見て驚いた。身体の欠損はわたしの世界でもどうしようもないようにこちらでもそうなんだろうけれど、手足のない人間ばかりがいる世界とはいったいどうなっているのか。答えを急かすように促すと、王子様は慌てて首を横に振ってようやくわたしを見た。


 「クリソプレーズ、私の、叔父だ。顔に火傷の痕がある。」

 「ああ、右目の上にそんな感じの傷があったわ。ここは綺麗な人ばかりだから傷だらけで驚きました。叔父ってことは王様の弟?」

 「そうだ、陛下の弟にあたる。」

 「そんな偉い人がどうして傷を癒してもらえないの?」

 「クリソプレーズは蛮族との戦いに出て怪我ばかりしていた。魔法による治療は度を越せば効力が無くなる。それを解っていて、腕を失っても蛮族とやり合い足を失ったのだ。」

 「へぇ。世界で一番の魔法使い様にも癒せなかったんだ?」

 

 わたしの嫌味に目を見開いて息を詰めた王子様は酷く狼狽えだした。高慢な王子様だ、叔父を相手にしても嫌味な少年だったに違いないと思うと同時に嫌な予感が脳裏を過る。


 「もしかして、偉大な魔法使い様は叔父様を助けてあげなかったの?」

 「私は戦場に出る年齢ではなかった故に……」


 消え入りそうな声で言い訳を始めた王子様を前にわたしは驚いた。さすがに手足を失ったらどうしようもないのは解っている。けれどこの王子様はわたしに嫌味を言われて否定しなかったのだ。何処まで高慢などうしようもない子供だったのだろうか。呆れて一瞬言葉を失った。


 「戻った彼に手当ては?」

 「今すぐにっ。」

 「このクソガキっ!」


 昨日会ったばかりの男に対して情があるわけじゃない。手や足を失くしたのもどうしようもない。けれどこの少年は、偉大と自負して周囲を馬鹿にする魔法使いは、自分に出来ることがあったと知りながら見て見ぬ振りをしたのだ。しかも手足を失う怪我は命に関わる部類に入るのではないのだろうか。いったいどうしたらこの様な悪鬼が出来上がるのだろう。育てたのはいったい誰だと部屋から飛び出して行こうとする王子様に掴みかかった。


 「手足を繋げられたなんて言わないわよね?!」

 「蛮族に汚されて切り落としてきたのだ、持ち帰ってなければ流石に無理だ!」


 必死になって嘘じゃないと泣きながら訴える王子様から手を放す。わたしは別の意味で唖然とした。何故なら目の前の少年は、手足を落としても持ち帰れば繋げると言っているようなものだ。


 「蛮族に汚されたって、どういうこと?」

 「蛮族に触れられると体が腐り始める。だから切り落として進行を止めるのだ。そうしなければ生きたまま腐り死ぬ。」

 「落とした腕を持ち帰っていたら?」


 がたがたと震え出した王子様に答えろと詰め寄る。


 「浄化して……繋げたかもしれない。」


 浄化とは腐った部分を元に戻すという意味だろう。そうしなければ腕が繋がっても腐ったままになってしまう。信じられない思いを抱きつつ最低なものを見下す視線を送り続けた。 


 「あなたはしなかったの?」

 「頼まれなかった故に!」

 「頼まれたら喜んでやったの!?」

 「すまないっ、すまないすまないっ!」

 「あなたの叔父さんでしょう!」


 子供相手に戦場に立てとは言わない。けれどやれるのに何もやらなかったのならたとえ子供でも許してはいけないのだ。それに彼はただの子供じゃない、この世界の王子様で力を持っている。自分以外を『屑』と言い切り見下した王子様は、たとえ腐って悪臭を放つばかりでも王子様なのだ。思惑があって表向きだけだとしても、わたしに謝罪して贅沢を許す絶対的な権力を持った王様の息子だ。王様は王子様に弟の治療をするように命令しなかったのだろうか。いったい何がどうなっているのだろう。自分の常識が通じない世界でまたもや腹立たしさが爆発する。


 「謝る相手はわたしじゃないっ!」

 「すまないっ。」

 「だからわたしじゃないでしょう!」


 いったい誰がこの傲慢な王子を作り出したのだ。わたしが召喚されたのもこんな子供を作り出した奴らのせいだ。悔しくて歯がゆくて、結局王子様を責め立て、最後にはどういう訳か二人して泣いていた。


 「本当にすまない、私は其方そなたにどう償えばいいのか……」


 消え入りそうな声で鼻をすする王子様に向かって、同じく鼻をすすりながら間違いを正してやる。


 「あなたはわたしが怖いのね、だから叔父さんにもすまないと言ってるだけ。あの人、クリソプレーズさんっだっけ。彼に心からすまないって本当は少しも思ってないでしょう?」


 返事はなかったが押し黙ったのが答えだ。王子様はわたしに許されたいために、一生懸命にもとの世界に帰す方法を探しているのだろう。そして呼びつけられて、叔父に対する態度を責められ、わたしの意に沿うことで間違いをほんの少しでも許してもらおうと必死なのだ。わたしの前だけかもしれないが、傲慢さを失わせるだけのものがわたしにはあるのだろう。解った、それなら大いにその何かを使ってやる。


 義足のかしゃんという金属音が聞こえた気がした。綺麗なものだらけの世界で唯一見つけた傷だらけの彼が、煌びやかな世界に連れ去られた黒い染みであるわたしに近い何かがあるように感じていた。美しいアイオライトがわたしの目から遠ざけるように拒絶したあの人は誰なのか。美しすぎる世界で初めて興味を得たのは、帰れない現実を受け入れたくないからかもしれない。


 「王子様。あなたはこの世界で一番の魔法使いなのよね?」


 逃げ出したくてたまらない様子の王子様を壁際に追い詰めた。両腕を顔の横について逃がさないように囲い込むと俯いて視線だけでも逃れようとする。この世界の男性はみんな背が高いので目の前の王子様にもあっという間に抜かされてしまうだろうけど、今の王子様とわたしはほとんど変わらない高さで視線も同じだ。こんな小娘一人を恐れる権力者に笑ってしまいそうになった。もしかしたら王子様は誰にも叱ってもらえず、甘やかされ傅かれて育ったのかも知れない。この化け物を作り出したのは周囲の大人たちなのだとしたら、こんな愚かな世界は滅んでしまえと思ってしまう。これから五百年経てば異世界からまた一人誰かが誘拐されてくるのだ。その前に滅んでしまえと、何の愛着もない綺麗なだけの愚かな世界に呪いの念を抱いた。


 「ねぇ王子様、どうなの。ちゃんと返事をして。」

 「そうだっ、私は……この世界で最も優れている。其方を戻すためにっ……」


 息を詰まらせた。俯いたまま泣いているようで、磨き上げられた真っ白な床にぽたぽたと雫が落ちていく。よく泣く王子様だけど、わたしもよく怒鳴る意地の悪い女だと思われているだろう。


 「屑とは違うんでしょう、それならあなた一人でわたしを守れる?」

 「―――よく意味がわからないが。」


 涙に濡れた顔をようやく上げた王子様は視線を彷徨わせ、幼い子供が母親の様子を窺うように眉を寄せて遠慮がちに視線を合わせてきた。泣いて目の周りが赤く腫れているがとても綺麗な少年だ。まっとうなわたしの部分がこんな子供を泣かせるなんてと痛み始めるのが、ほだされるのが怖くて急いで押し込めた。


 「いったい何の危険があるのか解らないけど、危ないからって騎士たちが側にいるでしょ。その騎士たちに代わって王子様でもわたしを守れるのかと聞いているの。」


 守りと言うよりも監視されているのだと気付いている。けれど知らぬふりで守られるだけの女を演じるけど、王子様はわたしを恐れているからか弱い女になんて見えないだろう。


 「それは、まぁ。私は魔法を使えるので、其方が望めば膝をつくしかない。」

 「はっきりしないわね、苛々するわ。」


 壁に囲い込んだまま睨み付ける様に迫れば王子様は小さな悲鳴を上げ、逃げられないながらも慌てて体を捻って壁に縋りつく様に身を縮めた。


 「私は戦場になど立ったことがない故に……根本的な能力の差はある。だが……魔法で其方を守ることは可能だ。」

 

 ようやく劣る部分を自ら宣言した王子様を前に思わず口角が上がった。王子様にしたら屈辱だろうに、わたしが喜ぶ正しい答えを導き出せたと気付いたのだろう。ほっとしたように王子様が言葉を繋ぐ。


 「この城で其方を害する者は存在しない筈だが、実戦経験がなくとも私ならば不足の事態にも備えられる。其方が剣で貫かれようと私が側にいて魔法を使えば大丈夫だ。其方が剣で貫かれた瞬間にその剣を砂に変え、同時に受けた傷を塞ぐことができる……筈だ。」


 答えながら自信がなくなって来たのか、最後の方は声が消えてしまいそうになっていた。


 「出来ると宣言して失敗した時が怖い?」

 

 本当なら多くの魔法使いを使ってようやくできる召喚の儀式を、この王子様はたった一人でやってしまったのだ。そんな王子様なら間違いなくこの世界で一番役に立つ魔法使いなのだと、犠牲者のわたしですら分かる。そんな王子様が俯いて小さく震えている様子から、彼は本当にわたしを恐れているのだと解って可笑しくなった。


 「明日、叔父様の所に謝りに行って。その時にわたしも彼と話してみたいので迎えに来て欲しいの。騎士にはついて来て欲しくないから、彼らにはついて来ないようにあなたが言い包めて。いいわね?」


 これは頼みではなく命令だった。王子様がわたしを恐れて首を横に触れないことなんて一目でわかる。わたしは何かの目論見を持って与えられた騎士たちから逃げたかったし、腕と足のないあの人に会って話をしたかった。


 頷くしかない王子様は壁際から解放されると逃げる様に部屋を出ていく。入れ替わるように姿を見せたアイオライトは泣いた跡の残るわたしの顔を見て驚いたが、駆けよられる前に制止をかけて部屋を出て行かせた。




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