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偽りの住人  作者: momo
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その3(遥)



 見目麗しい騎士が監視のように付き纏う。何かしたいと意識が向けば、目敏い彼らは求める前に対応してくれる。見えない糸で縛られているような気がして否定したくても、結局は側にいる彼らを頼るしかない。監視と知りながら受け入れるしかない状況にうんざりして、わたしは常に変化を欲していた。


 この世界で最も優れた魔法使いだという王子様は、わたしを元の世界に帰す方法がないと泣いて謝っていた。愚かな子供だけど許すことはできない。傲慢な彼への恨みを抱いて生涯をこの世界で終えるのだろうか。煌びやかな美しい世界だけど、寒々しさを感じるこの世界での未来を描くことなんて出来やしなかった。


 常に付き従う綺麗な監視たち。初めはとても多くの男たちが顔を見せていたが、最近は何人かに絞られているみたいで、その中でも特にわたしの目に触れるのはアイオライトだ。背が高くて細身のようだが、触れるととても硬い筋肉がついている。わたしに伸ばされる指も一本一本がとても太くて皮膚は硬く、腰に下げた剣が見かけだけではないと知らせていた。


 恐らく、もとの世界で出会っていたら一瞬で恋に落ちてしまうだろう容姿をしている。けれどごく普通の見かけをしたわたしとは決して恋仲になるような相手ではなく、あくまでも遠くから眺めて心で想って終わる恋だ。憧れや妄想で終わると表現した方がしっくりくるかもしれない。


 そんな彼がさらりとした銀色の髪を揺らし、青緑に輝く宝石のような瞳でわたしを見つめて跪く。大切な物にでも触れる様に、敬うと同時にまるで恋い焦がれるように熱のこもった視線を向けるのだ。これが十代の夢見る乙女なら一瞬で心を奪われて彼の手を取ってしまっただろうが、社会に出て現実を知っているわたしは、差し出された手に自分の手を重ねるような馬鹿はしなかった。


 見目麗しい、わたしを守ってくれる騎士様。様子を窺うような王様に、床に額を擦り付け謝罪した王子様。


 最初は権力を恐れて警戒していたけれど、甘いものを与えられ続けていると、彼らがわたしを恐れていることに嫌でも気づいてしまう。特別視しているだけじゃない、どうしてでもわたしの機嫌を取りたがっているようなのだ。


 綺麗な物を、言葉を与え、王子様にまで謝罪をさせて、王様は常に笑顔でわたしに気を使っている。どうかこの世界で心安く過ごして欲しい、幸せになって欲しいとの言葉は嘘ではなさそうなのに、どことなく違和感を感じるのは与えられすぎるからだろう。甘言に溺れた方が心は楽になる。けれど仮面で隠された何かがあるのに信じることなんて出来なかった。


 王子様との面会で情緒不安定になったけれど、近頃のわたしは落ち着いていた。それはけして自分の世界に帰るのをあきらめたからじゃない。常に付き纏う騎士を撒いて一人で自由に行動する時間を得られるようになったからだ。


 見守るように見せかけ監視する騎士たちのなかで、唯一アイオライトだけが撒かれてくれるようになったのは、わたしに気を使ってわざとそうしてくれているからだろう。それが有り難くてアイオライトを気にする仕草を見せれば、彼が護衛に付く時間が更に増した。いったいいつ休みを取っているのかと不思議な程、アイオライトはいつもわたしの視界に入り込む。

 常に手の届く距離に存在してうんざりしていたので、アイオライトの仕事量を思いやるよりも欲求が勝った。

 背の高い木々で整えられた庭でわざとらしく逃げ出して、追いかけっこを楽しんでみた。顔で笑って声にも出して、見つからないのを楽しんで、見つかればふくれて見せたりして。何処の乙女だよと自分自身で突っ込んで、馬鹿馬鹿しさがあまりに可笑しくて笑い転げている所を見つかって。子供っぽさをみつかり恥ずかしそうに微笑んでみたりして。


 「本当に貴方は可愛らしいお方だ。」

 

 そんな風に言われて思わずドン引きしたけど笑ってごまかした。そんなことを繰り返しているとアイオライトも付き合ってくれ、目の届かない場所まで行っても慌てて追いかけてくるようなことは無くなった。どうやら優秀な彼にはわたしが歩く音で、何処に向かってどのあたりにいるのかを感じ取れるようだ。それでも彼の姿が見えない一人の時間はほっとする。それまでは一人になることが許されるのは部屋の中だけで気が狂いそうになっていたから。


 胸の下で切り替えられた長い裾を翻し、物語のお姫様のように美しい騎士とのかくれんぼを楽しむ。わたしがもとの世界で小さな子供たちを相手にしていた遊びはこの世界でも有効なようだ。子供たちはわたしが居場所を知っているのに知らないふりをすると、心から喜んで必死に声を押し殺して物陰に隠れ、苦労してやっとのこと見つけてくれるのを期待していた。わたしが子供と違うのはかくれんぼを楽しんでいないことと、このまま一生見つからなくてもいいとすら思っているところだろうか。

 

 出来るだけ遠くへと足を向けるけれど有能な彼は許してくれない。それでも許された距離まで離れたわたしは、すっと表情を消して辺りの様子を窺う。ここからは見つからないように息を潜めている子供と同じだ。出来るだけ見つからないように息を潜めて、気配を感じたらまた笑い声を出して逃げ出すのだ。


 ほんの少しの時間、唯一得られるわたしだけの世界。けれどそろそろお姫様風を装ったかくれんぼも疲れてきた。他に一人になる方法はないだろうかと考えていると、かすかに金属が触れ合うような音が耳に届いた。


 「訓練?」


 剣の訓練でもしているのだろうか。騎士がいるのでありえなくはないが、城の中でやるのも変な話だ。もしかしたら殺し合い?

 

 そんな冗談を思い浮かべながら恐る恐る音のした方へ歩いて行くと、東屋の側にとても大きな人が立っているのを視界に捉えた。


 背の高さはアイオライト程ではない。けれど明らかに筋肉質で逞しすぎる体をした、腰に剣を差したその人は、かしゃんと音をたてるとわたしの方へと振り返り、黄緑色の瞳を大きく開いて凝視した。


 青みを帯びた銀色の髪をした青年……だろうか。年の頃は三十ほどで、右目の上には火傷のようなただれた痕がある。容姿は決して悪くないようだけど、わたしの周囲に侍らされている騎士とは見た目も体つきも異なっていて粗暴に感じた。


 まるで戦う為に存在するような体だ。けれどすぐに戦えない人だと気付かされた。何故なら彼の右腕は空っぽだったから。彼が踏み出すと音が鳴る左足は地面についているが明らかに義足だ。彼は信じられない物を見るかに目を見開いて一歩ずつ、ゆっくりと音を鳴らしながら近づいてくる。


 「黒が……何故?」


 ああ、彼はわたしの存在を知る立場にない人なのだ。そう気付いた途端に面白くなった。わたしも彼に歩み寄ろうと一歩足を踏み出すと、彼は途端に立ち止まり、わたしにも止まるように指図したのだろう。左手を前に突き出して静止をかける。


 「何者だ?」

 「あなたこそ誰ですか?」


 驚いているけど冷静さもある。粗暴なように感じたけど、言葉や動きからすると違ったようだ。命令することに慣れた低い声に怯えはないが内心ではどう思っているのか。詰襟の着崩した長衣は騎士たちが着ている衣服に似ている。腕がなくて足もないけれど彼も騎士なのだろうか。こんな姿でと思うが、綺麗すぎて傷一つない騎士ばかり見ていたので新鮮に、これこそがこの世界の本当の姿であるかのように感じた。


 「何者だ?」


 答えないままでいるともう一度「何者だ」と低く警戒した声が向けられ、彼の腕が腰に下げた剣にそえられる。わたしを知らない彼に出会えたことが嬉しくて、無意識のうちに口角が緩んでしまったのを不気味に感じたのかも知れない。もしかしたらこの世界にない色を前にして怯えているのだろうか。傷だらけで剣を持つ大きな男なのに、ちっぽけな何の力もない女一人に怯えているのかと考えると思わず吹き出してしまった。


 「怯えないで下さい。わたしよりあなたの方が絶対に強いはずです。あなたは片腕でもわたしの首を跳ねてしまいそうですよ?」

 「俺は、そんなことは……」


 黄緑の瞳が戸惑いを見せ、剣からゆっくり手が離れる。


 「黒ってわたしの髪のことですよね?」

 「そうだ。蛮族かと思ったが違うな。お前が持つのは聖なる黒か?」


 蛮族と言うのは、このオブシディアンという世界の外側に追い出された人間たちのことだ。大昔に異界より黒い存在を召喚するのが遅れたせいで体が灰色に変化し、理性を失い、輝かしい世界から追い出されしまった人たちの成れの果て。


 蛮族は蛮族だけで命を繋いで独自の文化を築いているが、輝きに惹かれてオブシディアンに侵入してくるという。彼らの侵入を許すと世界の崩壊が進んで千年に一度の召喚を早めることになるので、騎士たちの主な仕事は蛮族との戦いらしい。この世界の人間は彼らなりに異界から人を攫う罪を理解しているのかも知れないけれど、わたしの召喚がまったく無駄だという事実はどうしても変わらなかった。

 

 「蛮族って世界の端にいるって聞きましたけど、こんな所まで入り込めるものなのですか?」

 「五百年前の召喚以降は蛮族の侵入は許していないし、壁を突破してくる蛮族は切り捨てているので心配はない。だがお前は……なぜ黒がこのような場所に存在する?」

 

 人を一人攫ってくることでこの世界は千年保たれる。壁と言われるものは目に見えないけれど、煌びやかなこのオブシディアンに攫われた異質な黒い色の存在がその壁も強化して守ってくれるらしい。本当に不思議な夢物語のような世界だ。それでも壁を越えて侵入してくる蛮族がいて騎士たちが切り捨てる。かつては同じ煌びやかな領域で生きていた存在を鋭く磨かれた剣で殺してしまうのだ。異質なものは処分する、ここはそういう世界なのに。


 「そうですよね。やっぱりわたしはこの世界に存在するのはおかしいですよね?」


 それなのに何故これほど大切に扱われるのか。時期を外れた召喚を秘密にしたいなら蛮族同様に殺して証拠隠滅するか、殺すのがはばかられるなら檻にでも閉じ込めておけばいいのに。矛盾したものを感じてわたしは王様の優しさも、騎士たちの傅きも全てが嘘のようで信じられない。初めは逆らって殺されるのを警戒したけど、彼らの気遣いはその可能性をないものにしていた。他にある理由が知りたくてこの世界を学んでいたけど確信は掴めていない。誰も彼もが自分たちに都合のいいことしかわたしに教えてくれないのだ。だけどわたしを知らない彼に聞けば教えてくれるだろうか。口を開こうとしたら男の視線が外れ、釣られるようにして振り返ると慌てた様子でアイオライトが駆け寄ってきていた。


 「ハルカ様っ!」


 瞬く間に走り寄ったアイオライトが、まるで腕と足のない男から守るようにわたしの前に立つ。何事かと背中から逃れる様に顔を覗かせれば、前に出るなと言わんばかりに腕を伸ばして止められた。


 「申し訳ありません。このような恐ろしいものを貴女の美しい瞳に宿す失態を……」

 「えっ?」


 振り返り見下ろしたアイオライトは眉を寄せ、青緑の瞳は悲しそうに憂いていてわたしは本当に驚いた。


 「恐ろしいって、この人のこと?」

 「目を離した私の失態です。咎は受けますがまずはお部屋に戻りましょう。」


 悲愴感漂わせるアイオライトを前にわたしは言葉を失っていた。本気で言っているのだろうか。多分同じ騎士。そして傷だらけの彼はこの世界を守るために蛮族と戦って傷を負ってしまったのではないのだろうか。蛮族の侵入を許してしまうとこの世界は穢れて均衡を失い、千年に一度の召喚を早める結果になるから。それを光り輝くように美しい姿をしたアイオライトは醜いと、恐ろしいと表現したのだ。わたしの瞳を美しいと表現したのもドン引きだがさらにドン引きだ。驚き過ぎて声を失くしているとアイオライトに腕を引かれ連れて行かれる。そこに恐ろしいと表現された彼から声がかけられた。


 「アイオライト、彼女は何だ?」

 「貴方様の知る必要のないお方です。」


 振り返ったアイオライトは彼に突き刺すような視線を向ける。綺麗な顔の男性から繰り出される氷のような視線はとても恐ろしくてわたしまで凍り付いた。アイオライトは彼に向かって丁寧に一礼するとわたしを抱き上げる。どうやら腕のない男はアイオライトよりも身分が上のようだが、アイオライトの優先事項はわたしなのだろう。さすがは絶対的な権力者のお墨付き。


 「申し訳ありませんハルカ様、どうか心を痛められませぬよう。」


 悲痛に耳元で訴えるアイオライトの声を余所に、抱き上げられたわたしは肩越しに小さくなる男の姿をじっと見ていた。彼も立ち止まったままわたしをじっと見つめている。けれどすぐに角を曲がって見えなくなってしまった。


 それにしてもアイオライトの行動は異常ではないだろうか。もしかしたらこの世界の女性は手や足のない人間を見たら卒倒するのか。誰かに聞いてみたいが、アイオライトでは駄目なような気がして、この日は異常なまでに心配する彼に従い大人しく部屋に引き籠っていた。


 翌朝、わたしは王子様に会いたいとアイオライトにお願いした。わたしをこの世界に引き込んだ元凶の王子様。彼を前にして怒りが噴き出して息が出来なくなる程だったけど、あれから二月程の時間が過ぎて、あの王子に会っても罵らないだけの余裕は出来たように思える。何よりもこの世界にやって来て、『帰せ』以外の興味が僅かにでてきたのだ。これを逃したらわたしは気が狂う未来しか予想できない。


 「ハルカ様のお体が案じられます。王子に会うのはお勧めできません。」

 「そうですね、あの時は酷く取り乱してアイオライトさんには迷惑かけてしまいました。」

 「いいえ私は迷惑など何も。ただハルカ様が心配でならないだけですので。」

 「ありがとうございます。それじゃあ今回はジェイドさんに頼みますね。」

 「ハルカ様っ!」


 深い緑の瞳を持つもう一人の美しい騎士の名を出せば、アイオライトは慌てたようにわたしの名を呼んだ。


 「何ですか?」

 「……ハイアンシス殿下を呼んでまいります。」

 「ありがとうございます。いつも我儘でごめんなさい。」

 「ハルカ様……いいえ、私はハルカ様の為に存在するのですから。」


 生まれた世界で出会っていたなら同じ空気を吸うことすらなかっただろう、超絶美形の心優しい騎士様。まるでこちらが本当のお姫様になったような錯覚に取りつかれる。逆らえない彼に意地悪をしてみたけれど、苦しそうな表情をされた途端にどうしようもなくなって、逃げる様に視線を逸らした。結局は悪女になりきれず恥ずかしくてすぐに謝罪すれば、アイオライトはほっとしたように胸に手を当て頭を下げるのだ。これが演技と解っていても落ちそうになる。いっそ落ちた方が楽だろうかとの考えが過ってしまった。

 




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