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偽りの住人  作者: momo
25/46

その25(ハイアンシス王子)



 殺しそこなったと気付いた時には何もかもが遅かった。



 *****


 ハルカと共に公爵家を訪れたのは、アイオライトにかけられた精神拘束の魔法を解くためだ。真偽のほどは定かではなかったが、サードの言葉通りなら魔法などかけられていないとの確信があったから、ハルカが願うならと仕方なく従ったのだ。


 何事にも関心がなくただ従う人形、それが姉の隣にいたアイオライトだ。何もおかしな所はなく、わざわざ出向くような事態でもないと判断したが、頼みに来たサードの願いを跳ねのけられなかったハルカの願いならと従った。ハルカが向かうことでアイオライトが喜ぶことになるような気がしたが、ハルカはアイオライトに対して特別な感情などない。だからこそ私は同行を了承したのだが、その先で過去を悔いるような思いをするとは予想だにしていない出来事であった。


 姉の後ろに立つアイオライトに変わった様子は見られない。だがサードの言うように精神拘束を受けているのは直ぐに解り、どうするべきかと一瞬迷ったのが正直なところだ。私にとってアイオライトは何故か気に食わない、邪魔なものになっていた。このまま放置しておけばそのうち消えてくれる、二度とハルカの前に姿を現さないとの思いが脳裏を過った。だがそれはほんの一瞬。強固に施された魔法はこれまで感じたことのない強い物で、俄かに関心を抱いた私は術者からの挑戦を受けることにした。


 受けるからには徹底的に、しかも最短で術を解き力の差を見せつける。お前など敵どころか目にも止めていないと見せつける様に。最後の一重を残したのはわざとではないが、時間配分を気にしなかったと言えば嘘になる。この場で全ての術を解いてしまえばハルカを奪われるような気がしたのだ。さっさとこの場から消えた方が我が身の為と思えた。


 翌朝王より召喚されたが知らぬふりをすることもできた。そうしなかったのは怯える公爵の態度が不自然過ぎると感じたからだ。サードの言葉が事実ならアイオライトはハルカの元へ向かおうとしてたのに、それを王が引き止め姉に差し出したのも腑に落ちない。何よりも重要視しなければならないハルカを差し置かれたのも気分が悪かった。


 城に到着すると周囲の様子がおかしかった。召喚されてわざわざやって来たというのに不審な視線を向けられる。後に続いて到着した馬車を開けるともぬけの殻で、怯える公爵の様子から事態を悟って蹴り倒し喉元を踏みつけた。


 「私を謀って命があると思うな。」

 「ひぃっ、私は断ることができなかっただけです!」

 

 過去の私を知る公爵は竦み上がり怯え泣きながら全てを暴露した。誓約の問題があったから王は姉にアイオライトを与えたのか。アイオライトがハルカに近付かないのは有り難いことだが、この事実を知ればハルカは確実に傷つくだろう。姿の見えない姉たちの行方を問いただすが、公爵は私を城まで連れて行くように命令されていただけで三人の行方は知らなかった。


 私は自分が恐れられ、触れてはいけないものとして見られているのをよく理解しているが、過去に一人として人を殺したことはない。だが『殺さないでくれ』と泣き叫ぶ公爵が煩すぎて今回は本気で殺してしまいそうになった。それを止めたのが姿を現した叔父クリソプレーズだ。


 事情を把握した叔父と共に取り合えず公爵家に引き返した。するとサードが血を流して倒れており、そのサードに必死で精神拘束の魔法をかけようとしているヘリオドールがいた。先回りして処置を施していたのが幸いし、サードに術はかかっておらず、無理にかけようとしたヘリオドールは私の姿を認めると力尽きて息を失った。


 ヘリオドールは得体の知れない魔法使いだ。本来なら王の側に仕えても不足ない力を有していたのを、どういう訳か実力を悟られぬよう隠していたらしい。ここで死なせるのは惜しい存在と言えるが、助かったとしても罪人だ。それに私の優先するべき事柄は息を失った魔法使いではない。


 「あいつら殺してやる!」

 「待たないかっ!」


 ハルカの姿がない。叔父が倒れているサードの目を覚まさせると、彼女の正体を暴露する前に連れ去られたと吐いて再び気を失った。グロッシューラに連れ去られたのは確かで、アイオライトの拘束が解けるのもまだ先だ。ハルカが傷付けられるのを想像すると頭に血が上り、気持ちが落ち着かないせいでハルカに入れておいた魔力を辿ることができない。苛立ったわたしは姉と公爵を殺すことで頭がいっぱいになった。それを引き留めたのがクリソプレーズで、頭にものすごい衝撃を受けて目の前に火花が散る。


 「何をするっ!」

 「殺せば済む話ではない。まずはするべきことをしろ!」

 「私の最優先はハルカだ!」

 「その為の最善を選べと言っているのだ!」


 爆音のような声で怒鳴った叔父が再度私の頭に拳骨を落とす。物凄い痛みに頭が割れたかと思った。私が再び文句を言う前に襟首を掴んで引きずられ、怪我をしたサードの傍らに押し付けられる。


 「ハルカは私たちで捜す、お前はサードを診ろ!」

 「叔父上では彼女を捜すことはできない!」 

 「サードが死ねばハルカが悲しむぞ、お前はそれで良いのか?!」

 

 冷静になれと怒鳴る叔父にハルカのいるであろう場所を地図に示した。確かに私一人で飛び出しても町の様子が分からないので、行くとするなら私でなくてもいいだろう。だが私はハルカのいる場所に駆け付けたい。その役目を叔父に託すのは嫌だった。だが瀕死のサードの治療をしなければ確実に死ぬのも確かだ。ヘリオドールの死は自業自得としても、サードが死ねばハルカは悲しむだろう。サードを見捨ててハルカのいる場所へ駆けつけたと知られたら、私は今度こそ彼女に見放される。そんな恐ろしいことはできないと、仕方なくハルカを叔父に任せ私はしたくもないサードの治療に専念した。


 ただでさえ治療困難な状態にまで血が失われ重傷であるというのに、サードの体には無理に押し込められたヘリオドールの魔力が渦巻いて面倒なことになっていた。想像した以上に治療に時間がかかり、全てを終えた頃には日がすっかり落ちて嫌に近い位置に星を感じる。流石の私も疲れていたが、迎えがきて今度は腕を落としたアイオライトの治療を言いつけられる。先にハルカの様子を確認したが随分と憔悴しているものの、意識を失っているだけで小さな打ち身以外には特に問題なかった。裂けた衣服や酷く汚れた様子に心が痛んだが、悲しむ間もなく叔父に無理矢理アイオライトの治療をするよう命じられ、仕方なく、ハルカが喜ぶならと本当に仕方なく完璧に治療してやった。


 死にかけのサードの治療をした後に、蛮族に犯され切り離された腕の浄化をして本体につなぐなど、オブシディアン始まって以来の天才である私だからできた所業だ。私でなければできなかったのだとハルカは理解して誉めてくれるだろうか。いや、誉められたいなどと思ってはいけないのだ。彼女が私を誉めてくれるのは、彼女を元の世界に戻すことに成功した時に決まっている。それはとても悲しいことだが、私は彼女のためにそれを叶えなければいけないのだ。


 だがその前にやるべきことがあった。 

 ハルカをこのような目に合わせるに至ったグロッシューラへの報復だ。


 馬鹿で無能で役立たず、暇つぶしの相手にもならなくなったと解った時点で『消え失せろ』と言うのではなく、本当の意味で消してしまっておけばよかったと心の底から後悔した。私にとってのグロッシューラは、動けぬ乳児時代から言葉を正しく発せるようになる幼児期に至るまでの暇つぶしの相手であったが、その役目が必要なくなった時点で殺しておけばと悔やまれてならない。


 これ以上の魔法を続けざまに使えば確実に体が壊れ、しばらく使い物にならなくなるのは解っていた。倒れたらまたハルカに心配をかけてしまうがやらねばならない。眠り続ければ元に戻るのだから気にするようなことでもないし、ハルカの為にもさっさと片づけなければならないのだ。休んでいる暇などない。何しろこれは天才である私にしか出来ないことなのだから。


 私は生まれた瞬間から天才的な魔力を有した王子だった。二年先に生まれていたグロッシューラは魔力がほとんどなかったものの、見た目の愛らしさより蝶よ花よと傅かれ世界の中心にいたのだろう。その役目が強い魔力を持って生まれた私に移行し、幼いながら嫉妬に燃えたようで、幾度となく私を亡き者にしようと試みた。


 初めは首が座る前。グロッシューラは大人の目を盗んで濡れた布巾で私の顔を覆った。当然息が出来なくなり苦しくなったが、手足が短いうえに上手く使えない私は魔力で布巾を弾き飛ばし、代わりとばかりにグロッシューラの口にねじ込んだ。ちょうどその時やって来た者がグロッシューラを助けたが、グロッシューラは『お話ししていたらハイアンシスにやられたの』と大泣きして大人たちの同情を誘った。


 以来グロッシューラは足りない頭で私を抹殺し世界の中心を取り戻そうと必死で、あれやこれやと策を巡らせていたがその度に返り討ちにしてやった。グロッシューラは返り討ちに会う度に泣き叫び、駆け付けた大人たちに私の所業を訴え、大人たちは強い魔力を持つ私を恐れる目で見るようになった。


 生まれた瞬間より判断能力を持っていた私は、自分の欲求の為に私を殺そうとするグロッシューラの浅はかさが嫌いではなかった。何しろ判断はできるのに子供としてのつたない動きしかできないので退屈していたのだ。無能ながらも考え果敢に挑んでくるグロッシューラは、私の能力を恐れる大人たちよりも果敢で、暇つぶしの相手としてはちょうどよかったのだ。


 だがそれなりに話をして動けるようになると、子供特有の嫉妬心を持って挑んでくるグロッシューラの相手をするのにも飽きてくる。だから無能者など消え失せるべきと諭してやった。以来グロッシューラは私を避け、これまでの所業を私でない物に向けるようになっていたようだが知ったことではない。


 だがあの時殺していればハルカがこのような被害にあうことはなかったのだ。今度は私ではない、ハルカが狙われた。これをなかったことになどさせるものかと公爵から誓約書を奪い取る。アイオライトがグロッシューラに与えられた時点で契約が成され、誓約書は魔力を宿しただけのただの紙切れになっていたが、私は誓約の書き換えを行いグロッシューラに罪を償わせることにした。王は私がすることに口を挿まず静観している。ハルカが異議を唱えなければそれでいいと思っているのだろう。王は王なりに今回の件を反省している様である。

 

 誓約の書き変えは困難を極めたがどうにかなった。本当に天才でよかったと思う。私は再び効力を発揮した誓約書を持ってグロッシューラのいる場所へと赴いた。


 そこは朽ちた建物が立ち並ぶ、浮浪者や犯罪者がうろつくような都の外れだ。そこにある廃墟の一つ、半地下の牢にグロッシューラは捕らえられている。この場所を選んだのは叔父だった。ハルカが閉じ込められ蛮族に襲われた牢であり、グロッシューラが蛮族に人を襲わせ鑑賞し楽しんでいた場所でもある。そこに今度はグロッシューラ自身が捕らわれているとはなんと面白いのだろうか。


 「これが何かわかるな?」

 

 暗く汚らしい場所に押し込まれ不機嫌を隠そうともしないグロッシューラへと、鉄格子越しに書き変えた誓約書を突きつける。グロッシューラはそれが何だとでも言うかに鮮やかな緑色の瞳で一瞥すると、薄汚れた壁へと視線をうつした。


 「違えれば双方蛮族に落ちることになる、王のみが使用を許された魔法による誓約だ。」


 本来なら王のみが使いこなせる秘儀であるはずが、どういう訳かグロッシューラが手に入れ使ってしまった。手に入れたのはヘリオドールかもしれないが、そうさせたのならそれもグロッシューラの罪だ。


 「お前と公爵との間に交わされた契約は果たされたが、少しばかり追記をさせてもらったぞ。」

 「追記ですって。何を馬鹿なことをいっているのかしら?」


  そんなことはできやしないと鼻で笑ったグロッシューラの姿が滑稽でならない。幼い頃の私は馬鹿な姉が嫌いではなかった。何故なら退屈な私を楽しませてくれる唯一のものだったから。しかし成長した今はあの時に報復として殺しておかなかったのを心底後悔している。何故ならハルカが姉に限らず人の死を望まないだろうからだ。彼女が望むのは死ではなく罪に対する償いだ。ならばどこで私自身が納得するのか。死よりも重い罪を被せなければ、この憎い愚かな姉が私の頭から離れることはないだろう。


 「私が天才だというのを忘れたか?」


 馬鹿な姉に私と言うものがどれ程の存在であるか思い出させる。王が誓約の秘儀を奪われたように、王にしか使えぬ誓約を捻じ曲げるなど天才たる私に不可能である筈がないのだ。また同時に、王だけが行える誓約を王でない魔法使いが使用したために、誓約における術に小さな綻びがあった。見つけてしまえば崩すことなど容易く、そして再構築も簡単だ。


 「お前は公爵の子を宿す代わりに、公爵によって願いを一つ叶えてもらうとの契約をしたな。」


 アイオライトを側に置くために公爵を利用し、自らと公爵の命を持って王を動かした。公爵は蛮族に落ちない為に、また王は王のみが仕える誓約の管理を怠った事実を隠すために、不要となったアイオライトを再利用したに過ぎない。王はハルカが再びアイオライトを望むとは予想していなかったのだ。

 

 「グロッシューラ、お前は公爵の子を宿し、またお前の願いも叶った故に誓約は成された。だが誓約には続きがある。」

 「そんなものがあるわけがない!」


 鉄格子に飛びついたグロッシューラが引っ手繰るようにして誓約書をもぎ取ると、握りつぶさんばかりに掴んで鋭い爪が紙を傷つける。だが魔法による誓約は書が失われようと失効されることはない。目を見開きわなわなと震えながらグロッシューラは、王女にあるまじき形相で誓約書を凝視する。


 「ただし、得たものが失われた場合……失った者のみに対しては、この限りではない?」 

 「両者に契約の効力があるのは得るところまで。公爵は子を、お前はアイオライトを得たな。その得たものを失えば、失った者のみ契約違反として誓約が執行される旨が追記されている。」


 要するに両者が蛮族に落ちるのではなく、得た物を失ったものだけが蛮族に落ちるよう誓約に新たな項目を書き加えたのだ。誓約とは両者が蛮族に落ちるというもの。そうでない誓約に作り替えることができたのは、恐らくこの誓約が王によってのものではなかったからだ。王によらない誓約は不完全、私のような力を持った魔法使いがいじれば簡単に書き変えられ、恐ろしい悪魔の書へと変化を遂げる。


 「胎児はこちらで預かろう。公爵家の大事な跡取りだからな。」


 新たに母体となる女が姿を現すと、グロッシューラは金切り声を上げ半狂乱になりながら誓約書を破り捨てた。

 




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