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偽りの住人  作者: momo
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その2(ハイアンシス王子)




 オブシディアンと呼ばれる世界。何千何万何億と時を刻み続けるこの世界は、異界の人間からすると極めて不思議な成り立ちをしている。


 千年に一度だけ、我々は異界の人間を一人要求して崩壊を免れるのだ。異界より生きた人間を連れてくることにより均衡を保ち続ける世界。怠れば世界は闇色に染まり、最後には天が落ちて全ての存在は消え失せる。世界を支配する我々だけではなく、我々の領域に進攻してくる蛮族たちをも巻き込み、世界は無に返ると言われていた。


 何故オブシディアンが異界の人間を望むのかは不明だが、召喚される人間の髪色が必ず闇の色をまとっていることから、オブシディアン自体が闇の色を望んでいるのだろうと予想されている。


 光り輝くオブシディアンだが、本質的には闇を好んでいるのだろう。我々は闇に染まり崩れることを望む世界にあらがい、オブシディアンが望む異界の黒い存在を召喚し続けている。崩壊を避けるため千年に一度の召喚を当たり前のこととして繰り返しているのだ。我々がオブシディアンを乱し、寄生し続けているという学者もいるが真実のほどは定かではない。


 千年に一度、多くの魔法使いが召喚に関わる。召喚には膨大な魔力が必要で、魔法使いの力と数が揃わなければ己の命までかけて召喚を成功させる。このような世界に生まれた私だが、己の人生において召喚の時期と年を重ねないのを悔しく思い続けていた。


 私はオブシディアンを統治する王の子として生を受けた。それだけではなく、生まれた私はオブシディアン始まって以来と言われる膨大な魔力を有し、魔法使いとしての力も極めて優れていたのだ。あまりの力の強さに私を恐れる輩も少なくなかった。


 小さな子供に怯える臣下たちを前に、屑と見下していたのは己の力を自負していたからだ。百人の魔法使いを相手にしても負ける気はなく、攻め入ってこようとする蛮族の群れを一人で退ける実力もあった。私がいれば安泰な世界、いずれ王となる私が支配する輩たちはなんと幸運なのだろうと常々考え、傅かれ敬われるのが当然と思っていた。


 しかし私は現実に蛮族を相手になどしないし、望まれて臣下の役に立ってやるようなことなどやりはしない。何故なら私でなくても事足りるのに、偉大な魔法使いである私がわざわざ出向く必要などないと解っているからだ。どうしても私でなければと額に泥をつけて乞われるなら手を貸してやるのも悪くはないが、平和な世界で早々あることでもなかった。


 王子であると同時に、オブシディアン始まって以来の天才である私に頭を垂れる輩たちだが、心の底では足の下に敷かれることに腹立たしさを覚える輩もいる。


 『召喚の時代に生まれなかったことが悔やまれます。ぜひともハイアシンス様が異界の民を、オブシディアンの均衡を保つ偉業を成す姿を目に収めたかった。』


 残念だと言いながら、その時代に生まれていたとしたら一人では成し得ない事柄であるとの意味が含められていた。どうせできないのだと、嘲笑いを含ませた負け犬の遠吠えに口角が上がる。力のない、私を羨むばかりの輩はそうやって私を貶めることで己の矜持を保とうとしていたのだ。


 『召喚など容易いこと、私一人で十分だ。時が満ちていないのが何だというのか。収めたいならその目に嫌というほど収めさせてやろう。』


 絶対的な王者となる私は、ほんの少しの遠吠えも木っ端微塵にして地に伏せさせたかった。地面に額をすり寄せ、悔しさに拳を握るしかない輩を見下ろすことの何と心地よいことか。私に敵うことのない無能者たちが地に臥す様は愉快で、退屈な世界がほんの少し彩を宿す。


 今なら解る、私がいかに驕り高ぶった無知な子供であったかということが。けれどその時の私は学友とは名ばかりの、奴隷に等しい下等生物たちを徹底的に打ちのめし、嘲笑ってやらなければ気が済まないひねくれた性格をしていたのだ。


 千年に一度の儀式が行われる神殿にて、時期違いの召喚の儀を執り行う。陣を敷き、多くの魔法使いの代わりに私一人が立った。恐ろしさがなかったとは言わないが、何よりも屈服することが死の恐怖に勝っていた。


 私の本気に気付いた奴隷(学友)たちが慌てて引き止めようとするのを無視して祝詞をあげ、魔力を込め術を行使する。渦が起こり体が引き裂かれそうになる痛みが内側から起こったが私は耐えた。やめろ、いけないと恐怖に慄く声が聞こえるのが心地よく、ついに目の前に現れた黒髪の人間を認めると笑いが収まらなくなる。


 『見てみろ、やったぞ。お前ら屑と私は違うのだ!』


 本当の屑は私だったのに、オブシディアン始まって以来の魔力を持った私は高らかに吠えた。お前たちとは何もかもが違う、特別な存在なのだと、体の痛みも感じずに高笑いを上げ続けたのだ。見守った奴隷がくゆうたちの恐れる様は全て私の偉大な力に向けられていると何もかもを勘違いし嘲笑い続けた。


 この召喚のせいでこれより五百年後、真実に必要な召喚が行われなくなる危険性を知ったのは翌日になってからだ。


 時を違える召喚を行った罰を受けるのは覚悟していたが、大した罰でないのは解っていた。召喚のあと謹慎を命じられ部屋に籠りきりになったが、父の怒りがいつもと異なりあまりにも酷かったので取りあえず静かにしていた。次に呼ばれるまで一晩の時が開いたのは、父王を筆頭に、多くの学者が成すべきでない召喚を行ったせいで今後起きるであろう事柄を改めて調べつくし、対処法を考えていたからだというのは後で知ることになった。


 『世界の存続は全て、召喚した娘がこの世界を愛してくれるかどうかにかかっている。』


 憔悴した父王が臣下を見る目で私を睨んでいた。


 『千年に一度こちらへ引き込む異界の民は、必ずオブシディアンを愛し溶け込んでいくのだ。だが時期を外れて召喚された異界の民は必ずしもそのような心の動きを成さない。この世界を恨んだまま死なせれば、次の召喚を前に天は落ち、オブシディアンは闇に染まる。オブシディアンの空気に触れた娘を送り返す方法はない。』


 オブシディアン始まって以来の魔法使いである私は、この世界を崩壊に導く輩であったと王が怒りの涙を零す。娘の心ひとつで世界は崩壊する。世界のことわりを利用すれば、娘は呪うだけでこの世界を破壊することができてしまうのだから。


 これは王家にとっては当たり前の事柄で、奴隷と見下した学友たちも学んで知っていた。けれど私は天才であるが故に必要ないと、学ばなければならない事柄を学友と言う名の奴隷たちに押し付け、好き勝手にやりたいことだけを貪っていたのだ。だから時期外れの召喚をやってはいけないことだと気付けず、けしかけた輩も禁じられた愚行を私が本当にやってしまうとは思いもしていなかった。


 己を過信し過ぎた私は、自分がいかに愚かなことをやっていたのかすら気付くことができなかったのだ。


 『娘が望むのは帰還だ。お前は命をかけてでも娘の望みを叶えよ。』


 光り輝く世界に導かれる黒いたった一つの存在は時を違えれば毒となる。多くの魔法使いが集うからこそ成し得た秘儀であるのに、何故この時代に生まれた私にたった一人で成す力が与えられていたのか。驕り高ぶる私は世界が自らを崩壊へと導くために準備したものなのか。


 どんな理由があるにせよ、私はけしてやってはならないことをしてしまったのだ。己の満足の為、他人を蹴散らし這い上がれないようにするために、徹底的に尊厳を取り上げてやろうとした子供じみた行為が、優越が、けして取り返しのつかない現状を招いてしまった。


 王は時期ではないのに召喚されてしまった娘に偽りを告げる。あなたがいてくれるだけでこの世界は幸せになれるのだと、オブシディアンを愛してくれるよう世界を崩壊から守るために。娘がこの世界を愛してくれるよう、見知らぬ世界に召喚された絶望から嘆き続けなくて済むように策を考え整えて行った。


 王が娘の心をオブシディアンに引き付ける努力をしている間、私は学者や引退した魔法使いたちに交じり、古より伝わる書物をあさり、不眠不休で調べつくした。オブシディアンから魔法を使って手を伸ばす、異なる世界の存在。一方的な道程に帰還のための痕跡など残されてはいない。オブシディアンが求める唯一の漆黒を逃さないためなのか、私が行ったばかりの魔法の痕跡すら微塵も存在しなかった。


 「ハイアシンスよ、これは召喚ではない。意味もなく、戯れに一人の娘を誘拐したに過ぎぬ。」

 「彼女に謝らなければ―――」

 「娘はお前を許しはせぬぞ。」

 「それでもどうか。父上、陛下。どうか私に謝罪の機会を。」

 

 見知らぬ世界に困惑し、帰りたいと泣いて喚いていた娘。今は状態が落ち着いているがすぐに会わせる訳にはいかないと王は私を退ける。彼女の感情一つで世界が滅ぶのだ、当然と言えよう。


 私は優越に浸る為だけに召喚してしまった彼女への申し訳なさに、取り返しのつかない事態に八方塞がりとなり疲れ果てていた。困りごとがある度に全ての者が私に頼っていたというのに、今は私の犯した世界崩壊に繋がる大失態に、誰もが文句ひとつ口にする暇もなく必死になって方法を探っている。これが逆の立場なら消し炭にしてやるところだが、崩壊から免れる方法を探る者たちにはそんなことを思う暇すらないのだ。


 私は召喚してしまった彼女に罵倒されたかった。罪を償いたくて、けれど何一つ方法が見つからずに絶望が心を支配する。せめて彼女の怒りを私に、私だけにと面会を申し出ることが止められなくなっていた。ずるい私は罵倒され、貶されることでこの身を打たれ、少しでも心が軽くなることを望んでいたのだ。


 自分勝手な我儘で、子供の失態というには酷すぎるやりかたで召喚した娘。一月後にようやく会う機会を与えられた。召喚した時には己の力に溺れて周囲を見下すことに夢中で、男女の区別どころか黒髪の人間としか認識していなかった彼女だったが、よく見るととても不思議な顔立ちの神秘的な女性だった。


 漆黒の髪を持ったイノウハルカという、二十二歳の成人女性。私よりも七つ年上だが、凹凸おうとつの少ない顔立ちのせいか、それ程の年齢を重ねているとはとても思えなかった。


 血が通っているのを見せつけるような象牙色の肌は、真っ白な肌をした私たちとも、まして灰色の肌と髪色をした蛮族とも異なり視線を惹きつけられる。縁取りのない切れ長の瞳の中心には、天より降り注ぐ光が全てを青に変化させる儀式の間であっても染まらない漆黒のようだ。極めて黒に近いこげ茶色と聞いてはいたが、私と彼女の距離では黒にしか見えない。女性にしては背が少し高いのか、視線は私とほぼ同じで真正面から向かい合っていたが、見惚れている場合ではないと思い出し慌てて膝を突いた。


 首を垂れると白金の髪が滑り落ちて顔を覆う。ほんの少し前までは地面に額をすり寄せる輩どもを嘲笑っていたというのに、私は自分が許されたい、楽になりたい一心でそんなことも忘れ、両膝を突いて首を垂れると両手を胸に謝罪の形を取った。


 「申し訳なかった。」

 

 神聖な大理石の床に青い影が差す。この世界の足首まである女性用の衣装に身を包んだ彼女の足が私に向き、サンダルの先から覗く形の良い爪先が視界に入り込んだ。天から差し込む青い光をかき分ける様にして象牙色の肌が私の目に移り込んでくる。

 

 「あなたが、犯人?」


 ようやくといった感じで息を吐き出すのに合わせ発せられた言葉。『犯人』との言葉に、彼女にとって私が罪人であることを改めて突き付けられる。


 「悪かった。本当に、私は取り返しのつかないことを。」


 言葉が詰まり自然と涙が溢れた。ほんの僅かも許されなどしないのだと彼女の一言で理解した。息をするのを忘れた彼女がアイオライトに声をかけられる。その後に自分は己の世界に『帰れるのよね』と確認されてしまった。


 「わたしを元の世界に帰してくれるんだよね?」


 嘘でも帰れると告げるべきだったのだろう。けれどそれが出来ないと解っていた。過去の偉人が成し得なかった技を、世界が始まって以来の力を持った私なら出来ると言えればよかったのに。それだけの力があるからこそ、私は彼女を帰せないということだけは確実に理解してしまっていた。


 もともと帰すつもりなど考えず、ただ単に召喚しただけなのだ。彼女がいた世界に通じる道などどこにも存在しない。痕跡の欠片すら残さずに、わたしは彼女をただ自分の力を誇示する為だけに連れて―――誘拐してきたのだ。


 自分が楽になるために謝るのかと罵られ、違うと嘘をついた。本当は楽になりたかったのだ。けれど声を上げて掴みかかり、馬乗りになって胸を叩くか弱い力を目の当たりにして、私はこれまで以上に自分のしてしまった罪の重さを痛感させられた。


 「簡単にすまないなんて言わないで!」


 私の心を見透かした彼女は泣きわめき、卑怯だと罵る。泣きながら弱い力で私の胸を殴る彼女の肉体が、比喩ではなくばらばらに崩れてしまいそうで本当に恐ろしかった。


 息が出来なくなった彼女をアイオライトが抱き上げ儀式の間を出て行く。私には目もくれず、彼女を傷つけた私を責める様に背を向けたアイオライトは、とても大切な宝物を扱うように彼女を抱き締めていた。会うべきでなかったとアイオライトが漏らした呟きは、召喚されてより常に娘の側にいた彼女を案じる想いで溢れていた。

 


 

 


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